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今回の〝修学旅行〟もといアルバユリア星域探査作戦の概要は、次のとおりである。
アルバユリア星域は、我星首都星系より宙緯二三〇度・宙経一二〇度、これは我星本星の赤道面において、〝一月一日午前零時時点での、
五〇〇光年ともなると、
到着後はただちに惑星への降陸をはかるのではなく、降陸作戦により万全を期するために無人機械による惑星表面の事前調査をおこなうのだが、調査と情報解析にあたる
一週間の事前調査と情報分析の終了後、とくに問題が発見されなければ特務陸戦隊を先鋒として陸戦部隊と調査隊を降陸させ、本調査が開始される。二一日間を費やして先住生物・資源価値などを調査し、収集された情報をもとに、惑星開発、そして将来の有人惑星化の適否を判断することになるのだ。この本調査の際は戦闘用艦艇も惑星近宙にて待機し、必要な支援をおこなう。非常の場合は艦載艇による空からの支援や、艦砲による空爆まで行うこともある。
探査終了後は往路と同じく一〇日間の予定で、我星本星に帰投する計画である。
「やれやれ、また単艦行動だね」
アイリィは士官私室に臨時に運び込まれた簡易ベッドから視線と両脚を空中に放り投げて、天井に向かってため息交じりにいった。無論、ヴァルバレイス号が単艦行動中に実験事故を起こし、二一三名の殉死者を出したことを念頭においてのことばである。
「ま、何も起こらないでしょ。今回そんなに危険な実験もないしね」
と、自らが指揮を
その槍術の名手はつづけてなにか言おうとしたが、もはやベッドに埋もれて
ヴァルバレイス号はたしかに単艦行動時に問題事象を引き起こし
また単艦行動時の対外敵脅威という面を考慮しても、多目的航宙巡航艦も戦闘専用艦艇におよばずとも十分な火力と装甲を持っており、武装商船ていどでは相手にすらならない。宇宙海賊の艦隊などとまともにやりあっては勝ち目はないが、このような辺境星域に宇宙海賊が出没することはあり得ないし、万一遭遇したとしても逃げてしまえばよい。多目的航宙巡航艦は比較的軽武装である反面機動力にすぐれ、包囲されるか、敵の別働隊に退路を断たれない限り追いつかれることは考えにくい。だいたい、近隣宙域に味方艦隊がいるのだから、逃げ切らずとも救援が到着するまでもちこたえれば、それでよいのだ。
「単艦行動はそれほど問題でもないか…」
というのがアイリィの結論であり、それはヴァルバレイス号事件をうけて艦隊活動のあり方を再検討した政府軍本部の見解と異なるところはなかった。それより気味が悪いのは、艦内の生物科学実験の統率に関する艦首脳部の指揮系統の優越が認められなかったことである。まさにその部分こそヴァルバレイス号事件の原因の中枢であり、大幅に手術が執行されてしかるべきであった。
しかし結果を見てみれば、生物科学部門から艦橋への報告の強化が織り込まれているものの、艦司令部からの実験室への強制的な介入権限は付与されなかったのである。その事実を知ったとき、第六艦隊司令官メアリ・スペリオール・ルクヴルール中将が〝好ましくない政治力を感じる〟と評した微妙な権力のシーソー・ゲームを、アイリィもまた感じざるをえなかった。
もっとも今回、サルディヴァール号艦内の生物科学実験を統括するのはシュティ・ルナス・ダンデライオン生物科学少佐である。彼女は実戦部門との精神的
「まあ、別に心配する必要もないかな」
と、彼女は自らの思考の迷路に決着をつけた。親友の話によれば今回サルディヴァール号の艦内でおこなわれる実験に危険なものはないというし、この旅路に関していえば、不安の種にわざわざ水をまいて、かぎられた精神力を消費するのは避けるべきであるように思われた。あとから思い返してみれば、それはまったくの見当違いであったのだが。
いまこのとき、艦隊はすでにアルバユリア星域の中心部でもあるアルバ星系外縁部に到着している。艦隊行動訓練の一環として戦闘陣形を維持していた我星政府軍第一艦隊はここで情報収集分析艦と多目的航宙巡航艦を切り離し、数時間のうちに前者は駆逐艦の護衛をともなってアルバ星系第五惑星の事前調査におもむき、後者は単艦で航路開拓調査のため星域各部へ散開する。サルディヴァール号は短時間の超光速航行をもって我星本星方向からもっとも遠いフネドアラ星系外縁部まで移動し、〝さらに遠くへ、もっと遠くへ〟という、人類が宇宙に進出して以降ずっと変わらず使い続けられている合言葉を現実化すべく任務を遂行するはずであった。
アイリィも次の日の訓練に備えるため、頭脳の回転数を落として、眠りにつく準備をはじめた。ふと横に目をやると、黒赤の髪がわずかに上下に動いて、やや呼吸しづらそうにひかえめな寝息をたてていた。
「ま、何か起こったときは、私が守ってやるよ」
というアイリィの心の声は、しかし、音波となって士官私室の中を
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