第39話 準備をしよう



 俺はかつての魔王の玉座に腰掛けていた。リーズンが「ポンプ的な装置」と呼んだ魔力供給の機械の中央に据え付けられた、あの座席部分だ。

 この装置もどうやらただ魔力を召喚して供給する以上の機能があるらしいが……。


 魔王が封印直前に放った呪いの衝撃によって、玉座の間はすっかり半壊してしまっていた。壁も天井も半分以上が崩れ落ちていたが、もともと特殊なコーティングがされていたのか魔力召喚装置本体は多少の損傷を除いてほぼ全形を留めていた。


 崩れた玉座の間からは城の外の景色を見渡すことができた。

 眼下には魔都の大都会が広がっている。


 城内を移動しているときは分からなかったけれど、この玉座の間って魔都のなかでも結構な高所にある場所だったんだな――。

 そんな事実に、ここに至ってようやく気づく。


 魔都の闇夜にはビルの照明に交じって方々から火の手が上がっていた。

 朦々と立ち昇る煙、時折見える爆発。

 響き渡る断続的な悲鳴、うめき声。

 具体的に何が起こっているのかまでは見ることができないが、城下の混乱状態を想像するには充分だった。突然の魔力供給の断絶と呪いの蔓延は世界を確実に滅亡へと導いている、そう思えた。


 魔都の遥か彼方、荒野の地平線に一筋の光が差す。

 ああ、日が昇る。

 滅びゆく世界にも等しく朝はやって来るのだ。


 俺は魔国への道中に『最果ての竜湖』でちらりと見た夕陽を思い出して、少し郷愁に似た思いに駆られた。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「あれっ。ショア君、制服に着替えちゃったんですか?」


 玉座の間に入って来たヨーリがふと足を止めて俺を見上げた。

 彼女は大量の書類やら工具やらを抱えていた。

 ハハルル博士の助手に任命されたヨーリは、あれから玉座の間とコントロールセンターを行ったり来たりしていた。博士の指示を受けながら主に魔力召喚装置とその周辺機器の調整を行っているのだった。


「ああ、うん。さっき着替えた。あの白装束、実はあんまり好きじゃなくてさ」

「そうなんですか……」

「……どうかしたのか?」

「い、いえっ、その……」

「…………?」


 ヨーリと話すといつもこんな調子になってしまう。

 お互い口下手なのもあるが、もっと上手くやれないものかと我ながら思う。


「ヨーリ、あのさ――」

「えっと……あっ、公爵さん! そのケーブルはあちらに接続をお願いしますっ!」


 ヨーリが〝公爵さん〟と呼んだ先には、元・魔国軍四天王が一雄――機械公爵が太いケーブルを抱えて立っていた。公爵が腕を上げると、ギュインギュインという駆動音が響いた。


 公爵はハハルル博士によって再起動されたまではよかったのだが、彼女に動力源や緊急自爆機能などをのっとられた結果、行動の主導権を完全に掌握されていた。

 はじめこそ「ナゼ コノ ワシガ!」と抵抗していた公爵だったが、最終的にはそれも無意味だと悟り博士の下に従った。

 いまはヨーリに付き添うかたちで機械整備の補助をしている。


「ごめんなさい、あの位置だと私には届かないので……よろしくお願いしますね」

「了解シタ! 万事、ワシニ 任セルガ ヨイ!」


 従順。

 哀しいかな、四天王もこうなってはただの使い走りである。


 機械公爵は全身が機械でできている。加えて、呪いの発生時に全機能を停止させられていたこともあってか、精神汚染の傷は浅いようだった。それでなくとも彼は仮にも機械魔族トップの実力者。呪いにも多少の耐性があるのだろう……たぶん。


「それじゃあすみません、ショア君。あとで……」

「あ、いや。うん……」


 ヨーリはそのまま俺との会話を打ち切ると、そそくさと持ち場の作業に戻っていった。彼女の言動は気にならないではなかったが、忙しそうな彼女を俺がそれ以上呼び止めるのも躊躇われた。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ヨーリが言ったように、俺はシューティングスター式の祭祀服からホーリーハック魔導魔術学院の制服に服装を戻していた。馴染みがあるとはいえ、年に一回着るか着ないかというレベルの祭祀服よりも学校の制服のほうがしっくりくる。

 この二日間、軍服として戦場をともにしたこの制服。俺は服の寄りしわを直すつもりでポケットに手を入れた。


「ん……。なんだこれ……」


 指の先に何か折りたたまれた厚手の紙が触れた。それは中央教会から出発するとき、ホダルト総大司教から渡された一枚の書類だった。

 そういや、もらってからろくに目を通さずに突っ込んだままだったな……。

 くしゃくしゃになった紙を広げると、そこには堅苦しい文言と並んで次のようなことが書かれていた。



  ==================================


    ショア・シューティングスター / 第十六代 八十八英雄 第八十八番

    装備|聖剣〈宝剣アルタルフ〉  / Lv:3 / Exp : 448 /

 --------------------------------------------------------------------------------------

 ・体力 :21

 ・生命力:15

 ・知力 : 6

 ・攻撃力: 8

 ・防御力: 9

 ・精神力: 4

 ・器用さ: 2

 ・素早さ: 3

 ・魔力 :23

 ・幸運 :11

   ・

   ・

   ・


 ==================================



「——いまさらすぎるッ!!」


 これってあれだ、冒険が始まる前にチェックしとかなきゃいけないやつだ!

 っていうか俺の数値、全体的にひっくいな!? まず、他の勇者のステータスを見たことないからどの程度が標準なのかすら分からないというね!!

 「体力:21」とか「攻撃力:8」とか、これ上限いくらの数字なの!?


 ……まあ、どういった基準で見積もってもLv.3が高い数値でないことは分かるが。


 それより目を引いたのはステータスの下欄にある文章だった。

 その欄には八十八番英雄隊の編成に関する諸事項が記載されていた。


 軍からウッドソン部隊長ら近衛騎士が、中央教会からセーミャら白魔導士が派遣される旨が箇条書きを交えてつらつらと書かれていて、特別枠としてホーリーハック魔導魔術学院の生徒であるミリアドとヨーリの名前もあった。

 そこまではいい(偶然居合わせたはずのミリアドとヨーリが事前に登録されていたことは引っかかるが、それは二人が学院の優等生であるために推薦されたと考えることで無理矢理納得できないこともなかった)。


 問題なのはそのさらに下の文だ。

 それは〝付記〟として付け足されたもので、


『 …… ※八十八番英雄隊の構成員については上記の通りであるが、戦力と為り得る志願者があった場合にはその限りではない。特に上記にない職種(例:召喚士、精霊使い等)や信用に足り得ると判断される人物(例:隊員の親族等)の場合には、申請が無くとも状況に応じて入隊を許可するものとする。 …… 』


 ——と、まあ抜き出すとそのようなことが書いてあったのだ。


「これは……」


 文中にある「特に上記にない職種(例:使)や信用に足り得ると判断される人物(例:)」という部分。

 〝召喚士〟で〝精霊使い〟で〝隊員の親族〟……。この書き方だとまるで、俺の妹、グレイスが加わることがあらかじめ分かっていたみたいじゃないか。

 グレイスはホーリーハックの生徒ではないし、帝都の危機というので親父と急遽やって来ていただけで、まったくのイレギュラーだった。この〝付記〟には、それさえも想定していたような記述がしてある。

 ミリアドとヨーリの件を加味すると、この公式文書はいまのメンバーが揃うのを予期していたとしか思えない。


 どういうことだ……?

 いまこの状況がすべて誰かに仕組まれていたとでも言うのだろうか。

 

 底知れない不可解さ。

 得体の分からない何かに操られているような不気味さ。

 俺はずっと成り行きで集まったパーティーだと思っていたが、どうやらその認識は改める必要がありそうだ。

 俺の知らないところで何が起こっていたというのだろうか……?

 俺は誰の意志によってここにいるというのだろうか……?

 

「……ま、考えていても仕方ないか!」


 だいたい、俺の知らないところですべてが仕組まれているなんて、俺の冒険は終始そんな感じだったじゃないか。それこそ何をいまさらという話である。

 言って、もう終わったことだしな!


 そんなことより俺にはまだやらなければならないことがあるのだ。

 俺は玉座から降りると、再び魔王城のラボ兼コントロールセンターへと向かった。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「なにか話の流れが盛大に叩き壊された気配がしたのであるが……」


 ラボに入って来た俺を、ハハルル博士はモニターから目を離さずに迎えた。


「……? なんの話です?」

「いや、なんでもない。こっちの話である……。貴様こそどういう用件であるか。いまのところ何も役に立たないのだから、余計なことせずに座ってろと言ったろう」

「うう……。その配慮が何気にいちばん心にクるんですけど……」

「いいから座っているがよろしい。貴様にはこれから大役を果たしてもらわねばならぬのであるからな」

「その割りに扱いが雑だなあ……。よっこいせっと……」


 要らない子呼ばわりされた俺は側にあった箱状の機械に腰を下ろそうとした。

 すると、それまでこちらを見向きもしなかったハハルル博士がキッと振り返った。


「ああっ! そこに座るなよ!!」

「うええぇっ!?」

「そこっ、それは発明番号一〇一八番『ギョルギョルくん』であるぞ! あっ、その横にあるのは小型魔導兵器『フロッティMk3』だ、不用意に触るでない!!」


 つぎつぎ博士に怒声を浴びせられ、狼狽えた俺はピエロのように飛び跳ねた。


「どうしろってんだよ……」


 自らの発明品を『ボクの子供みたいなもの』と呼ぶハハルル博士は、自分が開発した個々の機械すべてに名前を付けているのだった。ちなみに俺がさっきまで座っていた玉座は『天の御坐みざフリズスキャルヴ』、玉座の間にも『創世機関ヴァーラスキャールヴ』というたいそうな正式名称があるらしいが、あえて覚える必要はない(というより俺が覚えられない)。

 それだけだといかにもなマッドサイエンティスト的なエピソードに聞こえるが、彼女の生い立ちを知ったあとでは察せられる印象も随分と違ってくる。

 家族も居場所も失った彼女がようやくたどり着いた先がここ魔王城だったのだ。

 何ものにも差別を受けない幸せなファミリーを築きたいという願いの帰結がこの機械まみれの城なのだと思うと、ただこの部屋に立っているだけで寂しさが胸に込み上げてくるようだった。


「貴様が『主人公』を務めるに当たって、三機あるうちの魔王城のメインコンピュータのひとつを貴様のサポート専用にまわしてやる。そのための調整をしているところだ。ありがたく思うことであるなっ!」


 ハハルル博士はすぐに作業を再開し、俺のほうを見ずに言い放つ。


「あの、ハハルル博士」


 俺は画面に向かう博士の背中に声をかけた。


「まだ何かあるのかね。だから貴様が手伝えることはここにはないぞ」

「あ、いや、そうでなくて。ちょっと知りたいことが」

「なんだ」

「いま調整しているコンピューター? 魔導機械? ……にも、やっぱり名前て、付けてるんですか?」

「むろんだ! みんなボクの大切な家族なのであるからな! とくにこの魔王城のメインコンピュータは最高傑作であるからして!! ……いや、最高傑作と言うには語弊があるかな? この子たちにはまだまだ改良の余地がある。ボクが生きている限りそれは続いていくわけで、そういう意味ではともに成長し、互いを高め合う生涯のパートナーと言うことも――」

「なんて名前なんです?」


 饒舌な博士の台詞を途中から無視して俺は尋ねる。


「……ん。どうしてそんなことを訊く」

「いえ、なんとなく気になったんで。深い理由はないんですけど……」

「ああん? 相変わらずよく分からん奴であるな、貴様は」

「ええと、は俺の専用サポーターになってくれるんでしょう? なら、名前くらいは聞いておいてもいいかなって思ったんですけど……。ダメでしたかね?」

「…………ふん。まあよかろう。教えて進ぜよう」


 そこで博士は一端作業の手を止め、くるりとイスを回して俺を見上げた。


「——ミミルだ」

「え?」


 急に彼女と目が合って、俺は思わず聞き返してしまう。


「何度も言わせるな。魔王城統括システム第三コンピュータ、『ミミル』だ」



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