ランドシン伝記Ⅳ

キール・アーカーシャ

第1話

 第2章〈ククリ島・戦乱-編〉


  第1話


 

シオン「戦争が始まる・・・・・・」

 そう剣聖シオンは呟(つぶや)いた。

シオン「だが、俺にはそれが正しいか分からないんだ。

    ヴィル先輩は今頃どうしているのか?本当は

    俺もあの人と共に戦いたかった」

『それならば何故、行(ゆ)かなかった。若き剣聖よ』

 との年老いた声が響いた。

シオン「それは・・・・・・俺の心が弱いから」

 『今ならば引き返せるだろう。弱いのならば、戦わぬ方が

  余程マシだ』

シオン「だけど、今更、逃げ出せないッ!」

 『愚かな名誉か?無意味な責任か?』

シオン「両方だ」

 『それらは今後お前の両腕をもいでいくだろう。それで

  済めば良いが・・・・・・』

シオン「どうする事も出来ない。運命は決まってしまった」

 『抗(あらが)う者達も居る』

シオン「ヴィル先輩・・・・・・」

 『・・・・・・剣聖シオンよ。死んだ運命の先を見せてみよ。

  死闘の末(すえ)に、それはある』

 その言葉と共に、シオンは目覚めるのだった。


シオン「夢、か。嫌だな・・・・・・。それでも戦わねばならない」

 との-やるせない呟(つぶや)きが寝室に消えていくのだった。


 ・・・・・・・・・・

 第3皇子クオーツと従者カポル、それに父を探す少年カインは、ようやく目的地の港町エーシェスを目前にしていた。

クオーツ「じゃあ、カイン。俺達が行けるのは、ここまでだ。

     紹介状を書いたから、前も説明したけど、これを

情報屋のパシェルという人に渡すんだ。そうすれ

ば彼女・・・・・・が君に協力してくれるから」

カイン「はい。何から何まで-ありがとうございます。

    クオーツ様」

クオーツ「いや、本当は街の中まで行くべきなんだろうけど」

カイン「いえ、大丈夫です。本当にありがとうございました」

 そう言い、カインは大きく頭を下げた。

カポル「カイン。気をつけて」

カイン「はい、カポルさん」

クオーツ「カイン、いつかまた君に会える日を楽しみにしているよ。その時はお父さんも紹介して貰えたら嬉しいな」

カイン「はい。僕、その時までに剣の腕を上げて、クオーツ様

    の騎士にふさわしいくらい強くなってます。だから、

    その時は僕の剣を受け取って下(くだ)さい」

クオーツ「分かった。約束するよ」

 とのクオーツの言葉に、カインは満面の笑顔を見せた。

 すると雨季だけはあり、突如として-どしゃ降りとなった。

クオーツ「これはいけない。カイン、急いで街の宿屋に行くと

     いい。ずぶ濡(ぬ)れのままだと風邪(かぜ)をひいちゃうから」

カイン「はい。じゃあ、行って来ます。お二人とも、本当に

    ありがとうございました」

クオーツ「どういたしまして。・・・・・・じゃあね」

 そして、クオーツとカポルが見送る中、カインは一礼して駆け出すのだった。

カポル「行ってしまいましたね」

クオーツ「また会えるよ。そんな気がするんだ。それもそう

     遠くない日に」

カポル「クオーツ様がおっしゃるなら、きっとそうなんですね」

クオーツ「ありがとう。・・・・・・さぁ、行こう。本当に風が強い」

 こうしてクオーツ達は再び放浪(ほうろう)の旅(たび)に入るのだった。


 ・・・・・・・・・・

 母を求めるダーク・エルフの少女フィナは、ついに王都へと到着していた。しかし、剣聖シオン一行の居ると言う王城の前で困り果てていた。

フィナ「だから、私は剣聖シオンのパーティの一人、フォウンの一人娘なんですッ!お母さんに会いに来たんです」

 と衛兵に説明しても、彼らとしても簡単に通すわけにはいか

ないのだった。

衛兵A「申しわけ無いけど、ここから先は通行証が必要なんだ」

フィナ「じゃあ、通行証はどうやったら手に入るんですか?」

衛兵B「それは城(じょう)務(む)省(しょう)にて発行して貰わないと。ほら、向こうに見える建物がそうだよ」

 そう優しく言うのだが、フィナは文句が有るようだった。

フィナ「そこに行ったって、どうせ門前払いされるんでしょ?」

衛兵A「いや、それは・・・・・・その。まぁ、素性もよく知れない者を・・・・・・」

 すると、城の中から小人族の女-魔術師が出てきた。

 彼女こそシオンのギルド・メンバーの一人、ユークであった。

ユーク「何、しているの?」

 そうユークは衛兵に尋(たず)ねた。

衛兵A「ハッ。この娘が剣聖シオン・イリヒム様のギルド・メンバーであるフォウン殿の子供であるから通せ、と言い出しまして」

ユーク「そう・・・・・・」

 と言い、ユークはフィナの顔と体を無機質に眺(なが)め回(まわ)した。

ユーク「あぁ、彼女は私の知り合いよ。通して問題ないわ」

衛兵B「ですが、通行証が無ければ」

 すると、ユークは人差し指を衛兵達に向けて立てた。

 指先からは小さく青白い炎が幽出(ゆうしゅつ)した。今、衛兵達の瞳は

炎の青に染まっていた。

ユーク「ねぇ、いいでしょう?」

 その昏(くら)く甘い声を聞くや、衛兵(えいへい)達(たち)は彼女の下僕(げぼく)の如(ごと)くに従うのだった。

衛兵A「ハイッ!おおせのままにッ!」

衛兵B「どうぞ、お通りください。閣下ッ!」

ユーク「ありがとう。・・・・・・さぁ、お嬢さん、来なさい」

 手招(てまね)きをして、ユークは言った。

 一抹(いちまつ)の不安を覚えるフィナであったが、今は誘いに乗る事にした。

フィナ「はい。あ、あの。ありがとうございます」

ユーク「どういたしまして、フフッ」

 そして、ユークとフィナは城内へと歩いて行こうとするのだった。

 しかし刹那(せつな)、突如として黒い影がユーク達の前に現れた。

 その影は形を変え、漆黒(しっこく)の衣服を纏(まと)った黒髪の男と化(か)した。

男「異端なる魔術師ユーク殿・・・・・・許可も無く城塞(じょうさい)の周囲で

  魔術を発動するのは感心しませんな」

 対し、ユークは薄く笑った。

ユーク「なら、どうするの?宮廷(きゅうてい)の犬(いぬ)なる魔術師ベルモンド」

ベルモンド「これはキツイお言葉を。ですが、城(じょう)務官(むかん)として、

      後宮(こうきゅう)(王(おう)や后(きさき)などが住まう場所)の治安を保(たも)つという義務も私には有りまして。どうか、そこの所をご理解-願いたいものですね」

ユーク「私は何者にも縛られない。特にお前のような裏切り者

    の言う事など」

 との言葉に、ベルモンドは顔をわずかにしかめた。

ベルモンド「・・・・・・私の権限を使えば、あなたを今すぐにでも

      逮捕できるのですよ?」

ユーク「この城が吹き飛ぶ覚悟があるのなら・・・・・・」

ベルモンド「ほう、ずいぶんと力に自信がおありのようだ」

ユーク「その余裕そうな面(つら)を子供のように泣かせられるくらいには」

ベルモンド「・・・・・・ほう」

 そして、二人の間には冷たい殺気が張り詰めた。

 これを受け、フィナはオロオロとするのだった。

 すると、軽快な足音が響いた。

 来たるのは剣聖シオン、その人だった。

シオン「ん?何やってるんだ、ユーク」

 彼の出現で、今までの緊迫は嘘のように消(き)え失(う)せた。

ユーク「別に・・・・・・。フォウンの娘、フィナが来た」

シオン「娘?あぁ、って君が?」

 とシオンに話(はな)し掛(か)けられ、フィナは何度も頷(うなず)いた。

フィナ「は、はい。そうなんです」

シオン「へぇ、それは良かった。ところで、こちらの魔術師さんは?」

ベルモンド「宮廷魔術師のベルモンドと申します。お見知りおきを」

 そう自分で答えるのだった。

シオン「ああ、貴方(あなた)が。なる程。もしかして、ユークが何か

    問題を起こしたりしたかな?」

ベルモンド「ええ。ですが、今回は大目(おおめ)に見る事とします。

      剣聖シオン・イリヒム殿、貴方(あなた)に免(めん)じ・・・・・・」

 と言い残し、ベルモンドは影のように消えていった。

ユーク「嫌な奴・・・・・・」

 ぼそりとユークは呟(つぶや)くのだった。

シオン「まぁまぁ。ともかく、フィナちゃんだっけ?お母さんの所に案内するよ」

フィナ「は、はいッ。ありがとうございます」

 と答え、フィナは向日葵(ひまわり)のような笑顔を見せるのだった。


 期待に胸を膨(ふく)らませ、フィナはシオン達の後を付いていった

 そして、フォウンに割り当てられた客室へと辿(たど)り着(つ)いた。

シオン「フォウン、俺だけど」

 と、ノックをしてシオンは言うのだった。

フォウン「シオン?今、開けるから待ってて」

 そう中から声がして、扉が開き、フォウンが顔を出した。

フィナ「お母さんッ!」

 次の瞬間、フィナは堪(こら)えきれずに、母に抱きつくのだった。

フォウン「え?あれ・・・・・・嘘、フィナ?フィナなの?」

 予期せぬ事態に、困惑(こんわく)しながらフォウンは言葉を掛(か)けるのだった。

フィナ「そうだよ、お母さん。大きくなったでしょ?」

 との言葉に、フォウンは愛娘の頬(ほお)を両手で確かめるように

押さえた。

フォウン「あぁ、何て事。私の愛(いと)しい娘・・・・・・夢みたい。

     どうして?もしかして会いに来てくれたの?」

フィナ「うん。お母さんに会いたくて」

フォウン「お婆ちゃんは何て言ってたの?」

フィナ「内緒で来ちゃったの」

 これを聞き、フォウンは笑みを隠せなかった。

フォウン「そう、そうなの。私に似て、本当にヤンチャさんね。

     でも、フィナ。これで一緒よ。お母さんと、ずっと

     一緒だからね」

 そう言い、フォウンは最愛の娘を抱きしめるのだった。

フィナ「お母さん・・・・・・」

 涙をにじませながら、母子は抱きしめ合うのだった。


 ・・・・・・・・・・

 聖騎士団の本部ではようやく編成が終わり、いよいよ港へと

向かう所だった。

 しかし、ここに来て、予想外の人物が現れた。

 その者こそ白百合-騎士団のミリトであった。

 これを見て、狂戦士ロー・コヨータは嫌な予感をヒシヒシと

感じていた。ちなみに、こういう時の彼の勘(かん)は良く当たるのである。

ミリト「七英雄である老将軍ダンファン様、お願いが御座(ござ)います」

 後の聖女は、そう直訴(じきそ)を願った。

 対し、ダンファンは重々しく口を開いた。

ダンファン「ほう、言ってみるが良い、聖騎士ミリトよ」

ミリト「ハッ。此度(こたび)の戦(いくさ)、是非(ぜひ)、我が白百合(しらゆり)-騎士団(きしだん)も加わらせて頂きたいのです。先日の汚名を晴らす為(ため)にも」

 これを聞き、狂戦士ローは純粋に『ヤバイ』と思った。

ロー(待て待て、君達が行くと死ぬの。マジで。だから大人(おとな)し

   く家でゴロゴロしてようね、本当に)

 そう心の中で優しく告げるのだった。

しかし、現実は妙な方向へと進んでいった。

ダンファン「ふむ、良かろう。その心意気(こころいき)や良し。しかし、

      戦場は甘くは無いぞ」

ミリト「心しております」

ダンファン「よし。では最後尾に付いて参れ」

ミリト「ハッ!」

 こうして、行軍が開始されようとした。

 しかし、ローはあんぐりと口を開けたままだった。

ダンファン「む?どうした、ロー?そんな面妖(めんよう)な顔をして」

ロー「いえ・・・・・・でも本当に良いんですかぁ?」

ダンファン「まぁ、人手は多い方が良いだろう。後方での活動ならば、彼女等(かのじょら)でも務(つと)まるだろうしな」

ロー「だといいですけどね」

 そう不安げにローは答えるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、聖騎士ミリトの父であるモールド・ガウェネス、テーシア侯爵(こうしゃく)はある決断を成(な)そうとしていた。

 今、彼の前には一族の者が集まっていた。

モールド「皆の者。我が娘ミリトが手紙を送ってきた。そこには何と、今度のククリ島-遠征に志願するという旨(むね)が記(しる)されている」

 との言葉に、場はざわついた。

モールド「静かに。しかし、どうにもミリト一人(ひとり)では心配だ。

     まぁ、エリーも付いては居るが、それでもな。

     そこでだ。誰か、我こそはという者はおらんか?」

 すると、今度はあまりに対照的に場は静まりかえった。

 しかし、その静寂がズンズンという間の抜けた足音で破られた。

 「遅れましたぁぁぁぁッ!」

 との声と共に、扉が開かれ大男が現れた。

モールド「む、ポポンか」

 そうモールドはその大男を見据(みす)え言った。

ポポン「は、はい。庭仕事が遅くなってしまい」

モールド「よいよい。それよりも、ポポン。お前、ククリ島へ

     行ってみないか?」

ポポン「え?いいんですか?」

モールド「もちろんだ。なぁ、皆の者」

 とのモールドの発言に、一族はヒソヒソと言葉を交わしだした。

男A「奴なら丁度いい。所詮(しょせん)は素性(すじょう)も知れぬ捨て子だ。父上の

   気まぐれにより一族に入(い)れられたが、居なくなろうと誰

   も困りはしない」

男B「違いない。しかし、ポポンめ。中々に勇敢じゃないか」

中年男C「いや、あれは脳まで筋肉で出来ている奴だ。恐らく

     ククリ島を観光名所とでも勘違いしているのだろう」

 それに男達は笑いを抑えられなかった。

 一方、ポポンはキョトンと首を傾(かし)げていた。

モールド「ポポンよ。今より書状をしたためる。それを持ち、

     急ぎエーシェルの港へ向かえ。いいな」

ポポン「はぁ?分かりました」

 何も知らぬポポンは、そう返事をするのだった。


 翌朝、書状を手にしたポポンは義理の姉である聖騎士ミリトに会いに、港町エーシェルへと駆けて行くのだった。

 ポポンを見送る者は誰もおらず、いや正確には屋敷の最上階からモールドがこっそりと見ていた。

 すると、傍(そば)に控(ひか)えていた老執事(ろうしつじ)が言葉を紡(つむ)いだ。

老執事「よろしかったのですか?」

モールド「何がだ?」

老執事「ポポンお坊(ぼっ)ちゃまを行(ゆ)かせてしまいまして・・・・・・」

モールド「良いのだ、あれで。私はな、セルベス」

 そうモールドは老執事の名を言い、さらに続けた。

モールド「私はあやつに光を見た。路地(ろじ)裏(うら)にあやつが捨てられていた時     の事だ。周りの孤児達は目をぎらつかせて居る中、あやつだけが澄(す)ん     だ瞳(ひとみ)をしておった」

老執事「はい。左様(さよう)で御座(ござ)いました」

モールド「確かにあやつは利発(りはつ)とは言えぬ。だが、あやつは

     魂の内(うち)に強い輝きを有(ゆう)している。本人すら気づい

     ておらぬようだがな。

それはプライドばかりが高く-薄汚れつつある我ら

が一族と比べ、何と無垢(むく)であるか」

 これに対し、老執事セルベスは沈黙で返答した。

モールド「・・・・・・あやつは心優しい。しかし、その真価(しんか)が発揮(はっき)

     されるのは恐らく戦場でこそだろう。皮肉な事にな」

老執事「はい・・・・・・」

モールド「ポポンよ、ククリ島で何を見る?何を知る?いつか、

     私に聞かせて欲しい。お前ならば、騎士達には見えぬ何かを得て帰る事だろう。私はそれを心待ちにしておるのだ」

 と、慈愛(じあい)を言葉の端々(はしばし)に滲(にじ)ませながら呟(つぶや)くのだった。

 そんな主(あるじ)を見て、老執事セルベスは深々と頭を下げ、敬意を

示した。


 ・・・・・・・・・・

 エルフ達が中心の王立騎士団も準備を着々(ちゃくちゃく)と整えていた。

 そして、今回の遠征で王立騎士団の総大将なる第1皇子(おうじ)エギルフィアは母にお別れを告げに中宮(ちゅうぐう)(王妃(おうひ)の住む場所)に来ていた。

エギルフィア「母君、しばしの別れを申し上げに参(まい)りました」

 対し、王妃(おうひ)であるセーファは不安を露(あらわ)にした。

セーファ「エギルフィア、私の愛(いと)しい息子(プリンス)。どうして、そう焦(あせ)ってしまうの?貴方(あなた)は戦う必要など無いのよ」

エギルフィア「そう心配なさらないで下(くだ)さい。必ず無事に戻りますので」

セーファ「・・・・・・でも」

エギルフィア「大丈夫ですから。では」

 そう言い残し、エギルフィアは風のように去って行った。

 しかし、エギルフィアが部屋を出た瞬間、王妃セーファは

何か光の玉がこぼれ落ちるような幻視をした。

セーファ「あ・・・・・・」

 失われ行(ゆ)く予感が彼女の胸を占(し)めだした。

セーファ「駄目・・・・・・行(ゆ)かせてはならない、でも」

 床にぺたりと座りこみ、彼女は呟(つぶや)いた。

 だが、彼女は何もする事が出来ないのだった。今は。


 セーファ、彼女には実の妹が居た。

 妹とセーファは先代ルーテス公爵である父イゾールの落とし子であった。母は貧民街の出で、美しかったが、父からしてみれば娼婦に等しかった。

 母の容色が衰え、イゾールは母やセーファの下(もと)を訪れなくなったが、母が病死した際には、こっそりと顔を出した。

 その際、イゾールはセーファと妹を引き取ったのである。

 さらにイゾールは二人を養女にして育てた。

 イゾールは落とし子である美しい娘二人を見て思ったのだ。

《この子達は金になる。いや、大いなる権力の足がかりになる》と。

 そして、それは正しく、セーファは国王の目にとまり、長年不在であった王妃となったのである。

 この時、イゾールはセーファの妹をセーファの侍女にした。

 本来、セーファの妹も美しく、他の領主の妻にしてルーテス家の地位を広げる事も可能だった。

 しかし、イゾールには考えがあった。

 それこそは国王の相手をセーファ姉妹にさせる事であった。

 男とは飽きる生き物である。だが、美人二人ならば飽き辛い。これをイゾールは狙った。

 

 セーファが身ごもった時、イゾールは狂喜乱舞したと言う。

 だが、イゾールは何の因果か、その数日後に祝賀会が終り、

暖炉にあたっていた際に、心臓麻痺を起こし死亡した。

 さて、この時に実はセーファの妹も身ごもっていた事が判明し、ルーテス家は絶大な権力を約束されたようなものだった。

 新たな公爵にはイゾールの長男のエインが就き、彼は父以上に上手く立ち回った。


 とはいえ、数奇な運命が起きる。

 セーファと妹は同時、そう同じ日に出産を迎えたのだ。

 だが、その結果は暗明がハッキリと分かれた。

 セーファの子は死産であり、妹の子は無事に生まれた。

 そして、セーファは衰弱しながらも生きており、妹は出産と同時に役目を果たしたかに力尽きた。

 

 愛する我が子と妹を失ったセーファは、代償行為として、妹の子を自らの子と偽って育てる事にした。

これは義兄でありルーテス家の当主であるエインも同意し、

その子の名前はエギルフィアと名付けられた。

 実の所、セーファの妹は本当に先代当主イゾールの子供かは分からなかったが、セーファやエインにとって、それはどうでも良かった。

 エギルフィアがルーテス家の血を全く引いてなかったとしても、周囲がそう思いこんでいれば問題ない。少なくとも王家の血は引いているのだから。

(その後、国王エシュタスは妾(めかけ)を何人かとり、第2皇子、第3皇子、第4皇子がセーファ以外の女から産まれた。第2皇子と第4皇子はルーテス家関係の妾(めかけ)の子だが、第3皇子クオツェルナスの母は人間であり、彼女だけはルーテス家の関係が無かった。ちなみに、仮に今後、セーファに男の子が生まれた場合、それは順番的には第5皇子になるが、嫡出子なので繰り上げが起きて、第2皇子と扱われる事になる。その場合、今までの第2皇子以下は一つずつ繰り下がり、第3皇子、第4皇子となっていく。このような複雑なシステムが生じたのは、ひとえに聖堂協会との関係からなのだが、それは割愛(かつあい)する)

 

 セーファには子供が出来ず、エギルフィアは唯一の子にして義理の子であった。

 しかし、セーファは義理の息子が自分と血が繋がっていないかも知れないという可能性から、倒錯的な思いを胸に秘していた。

セーファ(エギルフィア・・・・・・私の血の繋がらぬかも知れない可愛い義理の息子。     どうして、貴方はそう-つれないのかしら?私はただ、貴方の身が心配な     だけなのに。

     ただ、貴方を愛しているだけなのに・・・・・・)


 一方、そんな母の想(おも)いも露(つゆ)知(し)らず、エギルフィアは廊下(ろうか)を

我(わ)が物顔(ものがお)で歩いていた。

 彼は母が苦手だった。

 それというのも、自分が母の妹の子であるという噂が立っており、さらに母の妹はルーテス家の血を引いてないという話もあった。

どれも眉唾(まゆつば)ものだとエギルフィアは考えていたが、少なくとも王の血は引いているのは確実ではあるのだが、どうにも母との関係や距離感に悩んでしまうのだった。

 すると、向こう側から剣聖シオンの彼女である聖騎士エレナがやって来た。

エレナ「おはようございます、殿下」

 と、エレナは恭(うやうや)しく礼をした。

エギルフィア「あぁ、聖騎士エレナか。相変わらず人間にしては美しいな」

エレナ「お褒(ほ)めに預(あず)かり光栄に御座(ござ)います」

エギルフィア「どうだ、私の愛人にならないか?戦場でも、

       欲は溜(た)まるからな」

エレナ「おたわむれを・・・・・・」

エギルフィア「なんだ?あの剣聖に本気で惚(ほ)れているのか?」

エレナ「ええ。彼は私のモノですから」

 この言葉を聞き、エギルフィアはさもおかしそうに笑い出した。

エギルフィア「これは傑作(けっさく)だ。なる程、なる程。面白い。

       だが、それを聞いて益々(ますます)、私はお前を欲し

       くなった」

エレナ「婚約者であらせられるセレス姫に忠義が立ちません」

エギルフィア「はは、よく言う。お前はセレスの事など好きでは無いだろう。私は       知っているぞ。あの秋の日、

       シオン・イリヒムに朱(あか)の聖剣エルザハードが

       授与された時、もっともそれはレプリカント

       なわけだが。ともかく、聖剣をシオンが得た時、

       お前はセレス姫と対面した。そして、隠してはいたようだが、お前       はセレスを嫌っていたのだ」

 対し、エレナは薄い笑みを浮かべた。

エレナ「ご冗談を。どうして次期の王妃となられる方を嫌悪す

る事が出来ましょうか」

エギルフィア「セレスは女受けしないからな。私が男受けしないように」

エレナ「そんな事は無いかと存(ぞん)じますが」

エギルフィア「世辞(せじ)はいい。それよりどうだ?私もそれなりには経験がある。お前を楽しませる事が出来ると

       思うが」

エレナ「・・・・・・では一つゲームをしませんか?」

エギルフィア「ゲーム?どんなゲームだ?」

エレナ「ここで私は7分間、待ちます。その間にセーファ王妃

の部屋にお立ち寄りください。7分以内に皇子殿下が、

ここまで戻る事が出来たら、私をお好きにしてくださ

い」

エギルフィア「つまり、7分以内に母君の部屋まで行って戻って来れたら私の勝ちと言う事か?」

エレナ「ええ。そうなります。あぁ、ただし走らないでくださ

い」

エギルフィア「早歩きで構わないのだろう?」

エレナ「はい」

エギルフィア「・・・・・・面白い。実に面白い。だが、後悔はしない事だ。私は紳士(しんし)だから先に言っておくが、どう考えても、ここから母君の部屋に行って戻るまで、1分もかからない。そこの廊下の角を曲がれば、すぐに母君の部屋なのだから。それでも構わないのだな?」

エレナ「ええ。ならば数分間、王妃殿下とお話(はなし)を楽しまれては

いかがです?」

エギルフィア「面白い。いいだろう。丁度、そこの壁に魔導式の水時計がある。それで時を計ろう」

エレナ「承知しました」

エギルフィア「そうだ、肝心(かんじん)な事を聞きそびれた。

聖騎士エレナ、お前が万一にでも勝った時の事だ。その時、お前は何を望む。金銀か?それとも名誉か、はたまた・・・・・・?」

エレナ「・・・・・・私は貴方(あなた)様が欲しいのです」

エギルフィア「良く分からないな?もしかして、口説(くど)かれているのか?」

エレナ「さぁ、どうでしょう?」

エギルフィア「まぁいい。好きにすると良い。さてと、ならば今より7分後だ。・・・・・・始めよう」

 と言い、エギルフィアはスタスタと早歩きをしていった。

 そして、ものの数十秒と経(た)たずに王妃セーファの部屋へと

入っていった。

セーファ「エギルフィア?戻って来てくれたの?」

エギルフィア「いえ、母君。少し、母君の顔が見たくなっただけですよ」

 すると、セーファは駆け寄り、エギルフィアに抱きついた。

エギルフィア「は、母君。私は急いでいるので、そういうのは

       困ります」

 しかし、セーファは聞く耳を持たなかった。

セーファ「あぁ、エギルフィア。ごめんなさいね。私はやっと

分かったわ。貴方(あなた)は反抗期なのね」

エギルフィア「いえ母君、そういうわけでは無くて・・・・・・・」

セーファ「懐(なつ)かしい・・・・・・懐(なつ)かしいわね。昔は私の言う事を

素直に聞いてくれたわね。でも、大きくなって、

侍女(じじょ)達(たち)と夜遊びをするようになってから、段々と

私から離れて行ってしまった。

そして、さらに遠くへと行ってしまおうとする」

エギルフィア「それは・・・・・・その」

 と、エギルフィアは口ごもった。

セーファ「悪い子にはお仕置きが必要。でも、貴方(あなた)は頑固だから、ホッペをピシャンとしても、むしろムキになるばかり」

エギルフィア「そ、そうでしたね・・・・・・」

セーファ「だから、ね」

 そう言い、セーファはエギルフィアに唇(くちびる)を近づけるのだっ

た。


 

 水時計の水面が下がり、1時間が経過した事を告げていた。

エレナ「私の勝ちですね、皇子殿下」

 彼女以外、誰も居ない廊下(ろうか)でエレナは呟(つぶや)いた。

エレナ「人は墜(お)ちやすく、墜(お)ちたての魂ほど甘美(かんび)・・・・・・。

    自己愛は近親を生む。我が父アセルミアが娘のリリアと禁忌(きんき)を犯     (おか)したように。それは愛、愛なの?

    いずれにせよ、今は束(つか)の間(ま)のまどろみに眠るが良い、

    ヒトの子の王妃(おうひ)と皇子(おうじ)よ。フフフ・・・・・・禁忌の代価は

    必ず付いて回るのだから」

 そして、エレナはきびすを返すのだった。


 ベッドの上では全裸のセーファ王妃と、半裸のエギルフィアが横たわっていた。

 エギルフィアは自分が何をしてしまったのかを呆然(ぼうぜん)と噛(か)みしめていた。

 一方、セーファの方は余韻(よいん)の多幸感(たこうかん)に浸(ひた)っていた。

 エルフは総じて長命であり若さを保(たも)つもので、この歳(とし)でも

セーファは透き通るような美しさを有していた。

 それでいて淫(みだ)らな妖艶(ようえん)さも兼(か)ね備(そな)えており、王妃の座を勝ち取っただけはあると言えただろう。

エギルフィア(何て事だ・・・・・・)

 背徳感(はいとくかん)を抱(いだ)きながら、エギルフィアは思った。

エギルフィア(とはいえ、賭けに負けてしまった。まぁ、それは置いておいて。流石(さすが)に抜け出さねば。これは

       一時(いっとき)の過ち。ともかく、無かった事にしよう)

 理性を取り戻しつつあるエギルフィアは、そう結論づけた。

 そして、そろりそろりとベッドから出て行こうとした。

 しかし次の瞬間、セーファはエギルフィアの手を優しく掴(つか)ん

で離(はな)そうとしなかった。

 絹(きぬ)のようなセーファの肌が絶妙にこすれるだけで、悲しいかな、エギルフィアは萎縮(いしゅく)を脱(だっ)してしまった。

 そして、なし崩(くず)し的(てき)に次が始まり、エギルフィアは完全にセーファの術中(じゅっちゅう)に-はまってしまったのだった。


 どうしてこんな事をしてしまったのか、セーファ自身にも分かっていなかった。言うなれば、魔が差したとでも表現すべきなのだろうか?

 彼女やエギルフィアを堕(お)とそうとする運命操作があったのも事実だが、それを彼女らは知るよしも無い。

 ただし、セーファにも目的はあり、単にエギルフィアを足止めしたかったのだ。とはいえ冷静に考えれば、体を重ねたからといって今更、出陣を阻止する事は出来ないわけである。

 しかし、少しでも息子との別れを遅らせる事は出来たわけで、

それに関しては成功したと言えるだろう。

 だが、彼女は知らない。

 この結果が後に、エストネア皇国に激しい動乱を招(まね)く事(こと)になると言う事を。


セーファ(あぁ・・・・・・これがルーテス家の業(ごう)なのかも知れない。

     結局の所、私達は一族の者以外は愛せないのね。

     でも、だからこそ守らねばならない。私の心の半身とも呼べるエギル      フィアを。でも、逆に・・・・・・。

     狂ってる、狂いながら喰らい合う私達。

     最期(さいご)には一つになりながら、その存在が膨(ふく)れていくのかも     しれない・・・・・・。愛してる、愛してるわ、

     エギルフィア。

     義兄(にい)さんよりも。もちろん、陛下よりも。

     何て愛おしい義理の息子なのかしら。

     私もククリ島へ行(ゆ)きましょう。

     そして、後方の安全地帯で、その天幕の中で、

     私とエギルフィアは体を重ね続けるの。

     薄汚いゴブリンの赤黒い血が外で飛び散る中、

     私達は愛を営(いとな)み続(つづ)ける。何(なん)て素敵なのかしら。

     もはや、誰にも私の息子は渡さない。

     姪(めい)であり婚約者のセレスにさえ・・・・・・。

     他の女に盗(と)られるくらいなら、いっそ私の腕の中で

     安らかに深い眠りについた方が良いわ。

     でも、今は今のままで良いの。

     お腹は痛めていないけれど、私の可愛(かわい)い坊(ぼう)や・・・・・・今は)

 そして、セーファは寝息をたてるエギルフィアの横顔を、

幸せそうに眺(なが)め続(つづ)けるのだった。


 いずれセーファは死に相対(あいたい)するだろう。

 首だけとなった息子を母は愛(いと)おしげに抱きしめ続けるのだ。

 それが動乱の始まり。

 エストネアにての、エルフと人間という二つの種族。

 その内乱が巻き起こる。

 

一対の聖剣。

白き異形なる巨人。

崩壊にさらされる中、皇国は無名の英雄を待ち望み続けるのだ。

 ヴィル・ザ・ハーケンス、真の聖剣の使い手を。




 ・・・・・・・・・・

 さて、肝心(かんじん)のヒヨコ豆-団の面々(めんめん)だが、彼らは未(いま)だ雨季(うき)に足(あし)止(ど)めされていた。

トゥセ「やれやれ・・・・・・いつになったら出発できるんだろうな」

 と、ダーク・エルフのトゥセは木(き)の実(み)を拾いながら-ぼやくのだった。

アーゼ「さぁな。まぁ、雨も全体的に弱くなって来たし、

そろそろじゃないのか?」

 そう相棒のアーゼは答えた。

トゥセ「まぁ別に、このままノンビリと過ごしても俺はいいけどさ。そもそもレククが無事ならさ」

アーゼ「確かにな。案外、ロイスさんとリコリスさんの夫妻に預けるのも手かもな」

トゥセ「だろ、そしたら任務は終了だぜ!」

アーゼ「お前は本当に楽をしたがるなぁ・・・・・・」

トゥセ「うっせ。とはいえ、ククリ島に行くにせよ、それが

    終わったら、俺達ってどうすれば良いんだ?」

アーゼ「さぁなぁ・・・・・・」

 そして、二人は深いため息を吐(つ)くのだった。

トゥセ「まぁ何とかなるさッ?」

 と言いかけた瞬間、辺(あた)りを大きな揺(ゆ)れが襲(おそ)った。

トゥセ「な、なんだッ!」

 その揺れは収(おさ)まるどころか激しさを増していった。

アーゼ「待てッ、なんだ、あれは」

 その視線の先には遠方で黒い何かが噴き出していた。

トゥセ「・・・・・・黒いな」

アーゼ「そんなの見りゃ分かる。急いで団長の所に戻るぞッ!」

トゥセ「お、おうッ」

 と答え、トゥセはアーゼの後に続くのだった。


 この時、二人は知るよしも無かったが、その黒い何かこそ

かつて島を襲った粘体だった。

 ニュウのエヌの力により消滅したはずのそれが、長い時を

経(へ)て蘇(よみがえ)ったのだった。


 今、黒い粘体は地上を侵食(しんしょく)しながら、自身の過去に想いを

はせていた。

 元々、この粘体は《闇の大魔導士ゼオフェン》により作られたスライム系統のホムンクルスだった。

 しかし、ゼオフェンは粘体を結界に閉じ込め、決して外に出れないようにしていた。もしかしたら、ゼオフェンも粘体の危険性を理解して封じたのかも知れない。

 なので、粘体は遙(はる)かな時を第六天(だいろくてん)なる霊界(れいかい)にて、ジッと耐えて過ごしていた。

 それが-ある日、何の前触れも無しに結界が独(ひと)りでに破れ、

粘体は自由を得た。

 魔の領域なる第六天をさまよう粘体だったが、長い封印で

弱っていた為(ため)、迫る悪魔達から逃げ続ける事を余儀なくされ

たのだった。

 しかし、その逃亡生活は突如として終わりを告げる。

 何者かが偶然にも粘体を物理世界に召喚したのである。

 それこそが、この孤島での災厄(さいやく)に繋(つな)がったのだ。

 

 生まれて初めて強者と化した粘体は、嗜虐的(しぎゃくてき)な快感の味を知り、次々に全てを飲み込んでいった。

 だが、それも騎士達やロイス達、さらにニュウにより終わりを告げる。

 特にニュウの使ったエヌの力は粘体との相性は最悪であり、

放射性の波動は粘体の核を蝕(むしば)んでいた。

 核を基点に体を再生しようとしても、思うように体を構築できないのだった。言うなれば遺伝子が傷つき、癌化(がんか)してしまったのだ。

 ちなみに、この放射性の波動は物質では無いので残留しない。

 なので、直接-喰(く)らった者は被害を受けるが、後から来たヴィル達には何ら悪影響を及(およ)ぼさなかった。

 さて、粘体は傷ついた核を修復する事に努(つと)めた

 しかし、多くの核は修復不能な程に破損しており、地中深くに埋めていた一つの予備の核だけが何とか使い物になりそうだった。

 そして、7年の歳月をかけ、地中に潜っていた粘体は再生に

専念した。その結果、何たる偶然か-それとも必然か、ヴィル達の到来に合わせたかのように粘体は復活を遂(と)げたのだった。


 ヴィル達とロイスの夫婦と半透明のニョモは小屋の外に出ていた。そこにトゥセとアーゼが駆けてきた。

トゥセ「団長ッッ!な、何なんですか?この揺れはッ?」

ヴィル「分からん。だけど、あの黒く噴き上げる何か、あれは

    一体・・・・・・」

 すると、ロイスがおもむろに口を開いた。

ロイス「とうとう、この日が来てしまったか」

ヴィル「どういう事です?」

ロイス「あれは恐らく粘体だ。かつて島の全てを飲み込もうとした」

 すると、仙人術の使い手カシムが恐(おそ)る恐(おそ)る尋(たず)ねてきた。

カシム「でも、それはニュウさんによって消滅したのでは?」

リコリス「生き残っていたのね。断片が・・・・・・」

 代わりに答えたのはロイスの妻のリコリスだった。

ヴィル「だとすると急いで逃げないと」

ニョモ「ニョモ・・・・・・」

 この事態に、小さな半透明の生物ニョモも怯えているようだった。

ロイス「ああ。君達は急いで出航しなさい。幸い、雨も弱まっている。これなら何とか海を越える事も出来るだろう」

トゥセ「ま、待ってくれよ。ロイスさんは?」

ロイス「・・・・・・私とリコリスはこの島に残る。ヴィル君、

    どうかニョモを一緒に連れて行ってくれないか?」

 これにヴィルは戸惑(とまど)いを隠せなかった。

トゥセ「何でだよッ。ニョモはどうするんだよ?この子は、

    あんた達を親のように慕(した)ってるんだぜッ!」

 とのトゥセの叫びに、ロイスは辛そうに首を横に振った。

 そして、リコリスは事情を語りだすのだった。

リコリス「トゥセ君、私達はもう寿命が残されていないの。

     ニュウの力の影響だと思うわ。私達の体は内側は

     ぼろぼろなの。何とか結界を張って、魔力を高め

     る事で保(たも)っている状態なの。本来なら死んでいる

     はずなのよ、私達は」

トゥセ「嘘・・・・・・だろ?」

ロイス「いや、真実だ。この安らかな生活も永遠では無い。

    分かって居た事だ。ニョモはニュウと同じ体だからか、何の影響も受けて    いないようだ。

    だから、頼む、どうか・・・・・・」

 そう言い、ロイスは深々と頭を下げた。

トゥセ「そんなのってねぇよ」

 すると、ヴィルが重々(おもおも)しく言葉を紡(つむ)いだ。

ヴィル「分かりました。ニョモちゃんをお引き受けします。

    ですが、俺達も安全を行(ゆ)くわけじゃありません。

    命に代えてもニョモを守りますが、その・・・・・・」

ロイス「それで十分だよ。ありがとう、ヴィル君。私はね、

    君達が来てくれたのを運命だと思っているんだ。

    元々、私とリコリスはあと数年も生きれなかった

    だろう。そうしたらニョモは一人ぼっちになって

    しまう。それがとても心配だったんだ。この子は

    寂しがりやだからね」

 と言って、ロイスはニョモを愛(いと)おしげに撫(な)でた。

ニョモ「ニョモ?」

 何も分かって居ないニョモはキョトンと首を傾(かし)げるばかりだった。

リコリス「でも、レククちゃんやモロン君もニョモと仲良くなってくれて。他にもヒヨコ豆-団のみんなも優しい人ばかりで。これでニョモも寂しく無いわね」

 そう言葉を掛(か)け、リコリスは慈愛(じあい)をこめながらニョモを抱き

しめるのだった。

ニョモ「ニョモ?ニョモモ?」

 何かを感づいたのだろうか、ニョモは不安そうに抱きかかえられながら、体を震わすのだった。

ロイス「あの黒い粘体は私とリコリスで食い止めるから、急いで出航してくれ。大    丈夫、この日のために術式を用意してある。今度こそ、あの黒い粘体を倒    せるはずだ」

ヴィル「はい・・・・・・。ロイスさん、リコリスさん。短い間でしたが、お世話になり    ました」

ロイス「いや、君達には感謝してもしれきれないんだ。

    女神アトラは偉大なるかな・・・・・・」

 すると一際-大きな揺れが周囲を襲った。

リコリス「ッ、レククちゃん。ニョモちゃんを」

レクク「あ、はい」

 人間の言葉を覚えつつあるゴブリンの少女レククは、

そう答えてニョモを受け取った。

ニョモ「ニョモ?ニョモ、ニョモッ?」

 異変に気付き、ニョモはレククの手から抜け出そうとした。

ロイス「さぁ、早くッ!別れを言っている暇は無いッ!」

ヴィル「行くぞ、みんなッ!何をしてる。行くんだッッッ!」

 とのヴィルの声で皆は意を決して、ロイスとリコリスに背を

向けて船へと駆けだした。

ニョモ「ニョモッ、ニョモッッッ!」

 とのニョモの叫び声が段々と遠ざかっていくのを、ロイス達は瞳(ひとみ)を涙で潤(うる)ませながら聞いていた。

リコリス「ニョモ・・・・・・元気で幸せにね」

 その言葉にロイスも無言で頷くのだった。しかし、時は余韻(よいん)を許さず、ロイスは最愛の妻に優しく言葉を掛(か)けた。

ロイス「・・・・・・リコリス、術式を発動しないと」

リコリス「ええ。ようやく私達の旅も終わるのね」

ロイス「そうだな・・・・・・長かった、長かったな」

 感慨深(かんがいぶか)くロイスは答えるのだった。

リコリス「あなた。始めましょう」

ロイス「ああ、リコリス」

 そして、術式が展開されていった。

 予め島全体に刻まれていた魔方陣が光を放ちだし、

大規模-魔法が紡がれていくのだった。

 それと共に、ロイスとリコリスの体からはマナの光が零(こぼ)れていき、二人の死は近づいていった。

 

 その頃、ヴィル達は必死に出航の準備を行っていた。

ヴィル「よしッ!錨(いかり)を上げろッ!」

 とのヴィルの命令で、船は自由を得るのだった。

 そして、カシムと茶猫のケシャの浮遊術で船はわずかに浮き上がり、水面に着水するのだった。

 雨の中、船出(ふなで)する無名の英雄達。

 それを感じ取り、ロイスとリコリスはジッと見つめ合い、頷(うなず)き合(あ)った。


 刹那(せつな)、大規模-魔法が発動した。

 黒い粘体は異変を感じたが、どうする事も出来なかった。

 島全体が鳴動を始め、ヒビ割れていった。

 何もかもが崩れ去り、海へと飲(の)み込(こ)まれていった。

 力を使い果たしたロイスとリコリスの二人は、成すすべも

無く地割れに吸込(すいこ)まれていった。

 だが、二人に後悔は-ありはしなかった。


粘体「グッ、ガァァァァァアッァ!」

 叫び声は虚(むな)しく響く。

 そして、ついに地中深くの核が崩壊に巻きこまれ、綺麗な音をたてて砕け散っていった。

粘体「ッ。ッッッッァッッッァ!!!!!」

 断末魔(だんまつま)の声をあげる事すら出来ずに、粘体は消失していくのだった。


 島から大波(おおなみ)が船へと向かうが、それは航海の妨(さまた)げにはならなかった。大きく上下する甲板から、ヴィル達は事の顛末(てんまつ)を見届けていた。

ギート「何と言う事じゃ、島が・・・・・・ロイス殿、リコリス殿」

 次々に崩落していく島を見つめながら、ドワーフのギートは

言葉を漏らすのだった。

トゥセ「なんで、なんでだよ・・・・・・」

 短いながらも暮らしていた島が海に消え去るのを、トゥセは

放心状態になりながら見ている事しか出来なかった。

 それは他の者達も同様だった。

 ただし、ニョモだけは違った。

ニョモ「ニョモッ!ニョモッッッ!ッッッ!」

 レククの腕の中でニョモは島に戻ろうと必死にもがいていた。

モロン「ニョモちゃんッ。駄目、駄目だよ。駄目なんだよッ!」

 小人族のモロンは涙(なみだ)混(ま)じりに言うのだった。

ニョモ「・・・・・・ニョモッ、ニョッ、ッッ、ニョモッッッ!」

 涙をポロポロと零(こぼ)しながら、ニョモは悲痛な声をあげるのだった。

 これを受け、レククとモロンも涙するのだった。

 他の者達も涙を拭(ぬぐ)わずには居られなかった。

 一方、ヴィルだけは涙を目の奥に封じていた。

ヴィル(ロイスさん、リコリスさん。ニョモは必ず守ります。

    そして、あなた達の意志をどうか受け継がせて下さい。

    いつか魔族とヒトが共存できる世界、それが実現できるよう、俺達は進み続けます。どうか、どうかそれを

    見守って居てください)

 そう二人の魂に告げるのだった。

 こうして無名の英雄達の旅が再び始まる。

 ククリ島にて彼らを待ち受けるのは光か闇か。

 だが、彼らは歩み続けるのだ、決して諦(あきら)める事は無く。



 ・・・・・・・・・・

 気づけば薄暗い世界にロイスとリコリスは居た。

ロイス『・・・・・・ここは?』

リコリス『分からないわ。あの世(よ)・・・・・・なのかしら?』

 すると、何かが二人に近づいて来た。

 それは騎士達でありゴブリン達であり、そしてニュウだった。

ニュウ『ロイスさん、リコリスさんッ』

 半透明な体を小刻みに震わせながらニュウは二人に抱きつくのだった。

リコリス『ニュウ。どうして?』

ニュウ『お二人を迎(むか)えに来たんです』

ロイス『そうか・・・・・・やはり私達は死んでしまったんだな』

ニュウ『はい・・・・・・』

 悲しげにニュウは答えるのだった。

ロイス『ならば、この世界で見守る事にしよう。ニョモや彼らの無事を』

ニュウ『はいッ』

 そう涙ながらに言うのだった。

リコリス『ところで、皆さんは・・・・・・』

 と、リコリスは人間の騎士達やゴブリン達に言うのだった。

ニュウ『仲直りしたんです。みんな、みんな』

ロイス『それは・・・・・・?』

 すると一人の男がロイスに歩み寄った。

 彼こそは艦隊司令だったカーチェスだった。

カーチェス『ロイス。結局はお前の言う通りだったな。

      死んでみて初めて分かったよ。姿形、種族

      など本当は関係が無いという事を。

      当たり前の事なのにな。どうして私達は

      分かろうとしなかったんだろうな』

 そう懺悔(ざんげ)するのだった。

 すると、他の者達は『ロイス先生』『リコリスさん』と、

ゴブリン・人間の分(わ)け隔(へだ)て無(な)く二人の名前を呼ぶのだった。

 それを見て、ロイスとリコリスは喜びで瞳を潤(うる)ませるのだった。


『リコリス』

『なに?あなた』

『私達のしてきた事は無駄じゃなかった』

『ええ・・・・・・。あなたと共に歩めて良かったわ』 

『私もだよ』


 そして二人はニュウや皆と共に、霊なる世界を進むのだった。

 薄暗い世界には、二人を祝福するかのように天から微(かす)かな光が差しこみ、彼らを照らしていくのだった。


 こうして一つの旅が終わり、新たな旅が紡(つむ)がれていく。

 いずれ無名の英雄達の旅も終わりを告げるだろう。

 その時、旅と旅は交(まじ)わり、安らかな語らいの時が訪(おとず)れるのだ。



 ・・・・・・・・・・

 剣聖シオン率(ひき)いる第4独立-混成旅団は王宮にて編成(へんせい)-完成式(かんせいしき)を迎(むか)えていた。

 しかし、国王であるエシュタスは体調が優れない為、この式典には出席していなかった。

 さらに黒雲より激しい雨が降り注ぎ、否(いな)が応(おう)でも人々の心を暗鬱(あんうつ)にさせた。

 そんな中、シオンは宰相(さいしょう)より旅団長の称号を賜(たまわ)るのだった。

 拍手が起きるも、シオンの心は晴れなかった。

シオン(何故だろう。これ程までに重要な任を与えられたというのに、満たされない。欠乏感(けつぼうかん)しか無いんだ)

 しかし、感傷(かんしょう)に浸(ひた)る間(ま)も無く、シオンは訓示(くんじ)を行(おこな)っていくの

だった。

シオン「こうして見るに、私は諸君(しょくん)等(ら)の力を頼もしく思う。

    だが、今回の海を越(こ)えての遠征(えんせい)はエストネア皇国(おうこく)    にとり威信(いしん)に関わる重大な任である。編成より日も無

    い出立(しゅったつ)となるが、各自-平素(へいそ)の訓練を思い出し、その

    力を存分(ぞんぶん)に発揮して貰(もら)いたい。

    また、遠征中は王立-騎士団・聖騎士団の両部隊と綿密(めんみつ)な連携(れ    んけい)が必須(ひっす)となるだろう。各々(おのおの)、種族・元々の所属の    違いはあるだろうが、私達は兵士だ。個人的な感情は

    捨て、ただ皇国(おうこく)の矛(ほこ)とならねばならない。

    それを踏(ふ)まえ、共に死力(しりょく)を尽(つ)くそう。

    エストネア皇国(おうこく)、万歳(ばんざい)ッッッ!」

 これを受け、兵士達の士気(しき)は大いに鼓舞(こぶ)されたのだった。

 一方、エルフの宮廷-魔術師ベルモンドは冷めた目でそれを

眺めていた。

ベルモンド(シオン・イリヒム。平民(へいみん)出(で)だけはあり、エルフ・

      人間に関わりなく、兵士からの人気はあるよう

      だ。しかし、《死力を尽くす》か。正直が過ぎる。

      大臣達も忌々(いまいま)しく聞いていただろう。

      そのような危険な戦いにエギルフィア殿下を送る

      事となるのだから。大臣達もそれを自覚しないようにしていたのだろ      うに。まぁいい。

      シオン・イリヒムを嫌う勢力が増えるのは悪くは

      無い。奴の持つ聖剣。あれは奴のような下賤(げせん)の民(たみ)が持っ      てはならないのだ。これはやはり、手をうつ必要があるな)

 そう心の内で考えを巡らしていたのだった。

 しかし運命とは奇想(きそう)であり、策謀家(さくぼうか)のベルモンドですら読み

きれない事態を引き起こすのだった。


 その夜、ベルモンドは王妃のセーファに呼ばれて急ぎ向かう

のだった。

 周りに誤解されないように、面会場所は庭園のテラスである。

ベルモンド「皇后(こうごう)陛下(へいか)、ただいま参(まい)りました。ベルモンド      で御座います」

セーファ「あぁ、ベルモンド。お願いがあるの」

ベルモンド「私めで叶う事ならなんなりと」

セーファ「実は私もククリ島へと一緒に行こうと思うの」

 この突然の言葉に、ベルモンドは頭が真っ白になりかけた。

ベルモンド「へ、陛下・・・・・・。それは一体」

セーファ「やはり、私が居ないとエギルフィアも寂しいと思うし、駄目かしら?」

 と上目遣(うわめづか)いでセーファは甘えるように尋(たず)ねてくるのだった。

ベルモンド「いえ、それは・・・・・・その。ククリ島は危険で御座(ござ)いまして。皇后      陛下に万一の事があれば」

セーファ「あら?でも、そんな危ない所にエギルフィアを向か

     わせると言うの?」

ベルモンド「そ、それは・・・・・・」

セーファ「私とエギルフィアは一心同体。エギルフィアを産んだ時に私は新たに子     供を作れなくなったわ。だから、

     あの子にもしもの事があれば、私は王宮にて意味を

     なさなくなる。それはあなたも分かってるでしょ?」

ベルモンド「いえ。そんな事は」

セーファ「ともかく、何を言われようと私はエギルフィアと共に参ります。国王陛     下には許可を取ってありますから」

ベルモンド「それは真(まこと)で?」

セーファ「ええ。先程、見舞いに行った時に話したら、コクリと頷(うなず)いてくれ     たわ」

ベルモンド「・・・・・・分かりました。両陛下のご意向とあらば、

      従わぬわけにはいきませぬ」

セーファ「ありがとう、ベルモンド。あなたは本当に頼りに

     なるわね」

ベルモンド「いえ。もったいなきお言葉」

セーファ「あぁ、冷えて来たわね。私は部屋に戻るわ。

     ではね」

 そう言い残し、セーファは軽やかに去って行くのだった。

 後に残されたベルモンドは、あまりの事態に動けずにいた。

ベルモンド「これは大変な事になったぞ・・・・・・」

 声を震わせながら、冷静(れいせい)沈着(ちんちゃく)なはずの宮魔導士は呟くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、ようやくポポンは港町エーシェルに辿り着いていた。

 さらに、聖騎士団の駐屯地(ちゅうとんち)を訪れ、姉である聖騎士ミリトに

会おうとした。

 すると雨の中、ずかずかと地面を踏みならしながら鎧を纏(まと)ったミリトがやって来た。

ミリト「何の用だ、ポポン。私は今、忙しい。お前の相手をしている暇は無い。ど    うせまた、兄様達にいじめられたとかだろう?」

ポポン「い、いや違うんです、姉上」

ミリト「じゃあ、何の用なんだ?」

ポポン「父上からの手紙を持って来たんです」

ミリト「書状を?来い。ここでは雨で濡れてしまう」

ポポン「あ、はい」

 こうしてポポンは建物内へと入る事となった。

 体を布で拭き、ポポンは客室に腰(こし)を掛(か)けた。

ポポン「いやぁ、ひどい雨でして、ほんとひどい目にあいました」

ミリト「分かったから、早く書状を見せろ」

ポポン「あ、はい」

 そして、ポポンはミリトに滲(にじ)んだ書状を手渡すのだった。

ミリト「なんだ、これは。お前はまともに物を運ぶことも出来ないのか?」

ポポン「す、すみません。雨季でして」

ミリト「もういい。少し黙ってろ。今、読むから」

 と言い、ミリトは目を通すのだった。

ポポン「な、何て書いてあったんです?」

ミリト「・・・・・・お前をククリ島に連れて行けとある」

ポポン「あ、そうなんですよ。ククリ島に行く事になったんですよ。いやぁ、今から楽しみでして。泳ぐの好きなんで」

ミリト「お前はククリ島を何だと思っている?」

ポポン「え?リゾートとかじゃ?」

ミリト「馬鹿ッ!ククリ島とはゴブリンの住処だ。これから、

    私達はゴブリン討伐のために、海を越えてククリ島へ

    向かうんだ」

ポポン「?ゴブリン?」

ミリト「魔族のゴブリンだ。お前も戦争に参加するんだッ!」

 すると、ポポンは首を傾(かし)げた。

ポポン「なんでゴブリンと戦うんです?獣魔-戦争は10年前に終わったじゃ無いですか」

ミリト「馬鹿ッ。奴らはまた攻めてくるに決まっている。

    攻撃は最大の防御。今度はこちらが反撃をする

    番なのだ。それこそが獣魔-戦争で死んでいった

    英霊達に対する最大の慰(なぐさ)めだ、そうだろう?」

ポポン「えーと。かも知れません」

ミリト「しかし、父様も何をお考えなのか?ポポンのような

    臆病者(おくびょうもの)を戦場に出しても、何ともならないと言うの

    に」

ポポン「で、ですよねぇ」

ミリト「そうだ、この馬鹿ッ!反省しろッ!」

ポポン「は、はいぃッ!」

ミリト「ともかく書状は受け取った。しかし、お前をうちの

    部隊に入れるわけにはいかない。足手まといだし、

    何より白百合-騎士団は女性だけの部隊だ。

    だから、ククリ島に行きたいのなら他をあたれ」

ポポン「えぇッ。そ、そんな。姉上、なんとかして下さいよ」

ミリト「何とかってなんだ?そもそも、お前はどうするつもりなんだ?父様は優しいから今すぐ戻れば、許してくださるだろう。私としては、それをお勧めする」

ポポン「でも、ククリ島に行くって言っちゃいましたし」

ミリト「なら好きにしろ。じゃあな」

 そう言い残し、ミリトは足早に去って行った。

 ぽかんとするポポンだったが、仕方なく建物内をさまようの

だった。

 しかし、行くあてもなく、結局ポポンは中庭の木陰でしゃがんでいるのだった。

 すると、何者かがポポンに向かって歩いて来た。

 それこそ老将軍ダンファンと狂戦士ローだった。

ダンファン「そこの者、何をしている?」

ポポン「へ?えぇと、しょんぼりしています」

 との返答にローは興味深そうな表情を見せた。

ロー「君の名は?」

ポポン「ポポンです。聖騎士のミリトの弟です」

ダンファン「なんと、ガウェネス家の者か?」

ポポン「あ、はい。でも、孤児で拾われたんで、その」

ロー「なる程。それで、なんでションボリしてたのかな?

   聖騎士ミリトにいじめられたか?」

 との言葉に、ポポンはブンブンと首を横に振った。

ポポン「い、いえ。実はククリ島に行かなくてはいけないん

    です。でも、どうしたら良いか分からなくて」

ダンファン「ほう、戦いを望むか?」

ポポン「いえ、その・・・・・・父上と約束してしまって」

ロー「まぁ、何となく事情は掴(つか)めたよ。なら、ポポン。一兵卒として騎士団に入ると良い。ただし、君にそれだけの実力があるのなら」

ポポン「実力?」

ロー「そうだ。ほら、私の予備用の剣を貸してあげよう。

   何か剣技を見せてくれ」

 そう言い、ローは剣をポポンに手渡した。

ポポン「はぁ?剣技ですか。やってみます」

 と答え、ポポンは鞘(さや)の付いたままの剣をがむしゃらに振り出

した。

ダンファン「・・・・・・うーん。これは厳しいのではないか?」

ロー「ですねぇ。力はありそうですけど」

 すると、ポポンは剣を止めた。

ポポン「あ、あの。どうでしたか?」

ロー「いや、あのね。その腕じゃ死ぬだけだから、家に帰った方が良いと思うよ」

ポポン「そ、そうですか・・・・・・あ、なら何か手伝います。

薪割(まきわ)りとか得意なんで。どうにか連れてってもら

えませんか?」

ロー「薪割(まきわ)りねぇ・・・・・・。これが陸(りく)伝(づた)いの戦(いくさ)だったらい   いけど、今回は船を使うから無駄な人材を乗せるわけにはいかないんだよ」

ポポン「そ、そんな。こう見えて、薪割(まきわ)りには自信があるんです。お願いし    ますッ!」

ダンファン「ふむ・・・・・・少し可哀相(かわいそう)じゃな。なら見せてみてくれない       か?その薪割(まきわ)りの腕を。あの小屋に道具が」

 と言う頃にはポポンは、誰かが試し切りして隅(すみ)に落ちている

丸太に向かっていた。

ポポン「そりゃッッッ!」

 そして、手刀(しゅとう)で次々に丸太を叩き割っていった。

 瞬(またた)く間(ま)に出来上がった薪(まき)を見て、ローとダンファンは顔を

見合(みあ)わせた。

ダンファン「これはもしやすると」

ロー「するかもしれませんねぇ」

 一方、ポポンは薪(まき)を作り終わった達成感に浸(ひた)っていた。

ポポン「ど、どうです?」

ロー「いやぁ、素晴らしい。良いものを見せて貰ったよ。

   面白い、実に面白いよ。良ければ私の部隊に入ら

   ないか?」

ポポン「え?いいんですか?」

ロー「ああ。構いませんよね、将軍?」

ダンファン「もちろんだ。上手くすれば相当な戦力になるやも知れんしな」

 と言い、ダンファンは笑みを見せるのだった。

 そして、ポポンは二人に何度も嬉しそうに頭を深々と下げる

のだった。

 こうして、ポポンは聖騎士団の部隊に入る事となったので

ある。

 

 ・・・・・・・・・・

 小雨(こさめ)の中、ヴィル達の乗る船は順調に進み続けていた。

 しかし、船内では半透明のニョモは未(いま)だに泣きじゃくっていた。

レクク「ニョモちゃん。元気、出して」

 とゴブリンのレククは付きっきりで慰(なぐさ)めているのだが、

ニョモは涙をポロポロと零(こぼ)すばかりだった。

 その時、扉が開かれ、小人族(こびとぞく)のモロンが入って来た。

モロン「ニョモちゃん。ちょっと見てほしいモノがあるんだ」

 と優しくモロンは声を掛(か)けた。

ニョモ「ニョモ?」

モロン「ほら、人形だよ」

 そう言い、モロンは二つの人形を取り出した。それらの人形はどことなくロイスとリコリスの二人に似ているように見えた。

モロン「あのね。ロイスさんとリコリスさんの人形を作ったんだ。僕の故郷ではね、死んだヒトの人形を作る習慣があってね。それで作ってみたんだけど・・・・・・」

 恐る恐るモロンはニョモの前に二つの人形を置いた。

ニョモ「・・・・・・ニョモ?」

 小さな手でニョモは二つの人形に触れた。

 刹那(せつな)、ニョモには声が確かに聞こえた。

ロイス『ニョモちゃん』

リコリス『ニョモちゃん』

 との二人の声が。

ニョモ「・・・・・・」

 言葉を失うニョモは目をパチクリさせていた。

モロン「こっちがロイスさんで、こっちがリコリスさんを真似て作ったんだけど。あんまし似てないかな。ごめんね」

 すると、ニョモが口を開いた。

ニョモ「ロイス・・・・・・?リコリス・・・・・・?」

 そう。ニョモは二人の名を呼んだのだった。

レクク「ニョモちゃん。今、名前」

 これにはレククとモロンは驚かされていた。

ニョモ「ロイス、リコリスッ。ロイスッ、リコリスッッッ。

    うっ、ううっ、あーーーーーーんッッッ!」

 そうして、ニョモは激しく泣き出すのだった。

 しかし、泣きじゃくりながらもニョモは二人の人形をギュッ

と抱きしめていた。

 『ありがとう・・・・・・モロン君。レククちゃん』

 『ニョモちゃんと仲良くしてあげてね・・・・・・』

 そんなロイスとリコリスの声が、今度はモロンとレククに

はっきりと聞こえた。

 人形を介(かい)して霊界と通じたのだろうか?

 だが、理屈は意味を成(な)さない。

 想(おも)いが届く事こそが肝要(かんよう)なのだから。

ニョモ「・・・・・・モロン、レクク?」

 今度はニョモは目の前の二人の名を呟(つぶや)いた。

 これに対し、二人はニッコリと微笑(ほほえ)みながら「ニョモちゃん」

と優しく返事をするのだった。

ニョモ「ニョモッッッ!」

 そう声をあげて、ニョモは二つの人形を抱きかかえたまま、

レククとモロンにすり寄るのだった。

 彼らの姿は異種族でありながら、まるで親子のようであった。

 そして、この光景こそが希望なのだった。

 こうして安らかな一時が訪れる。

 

『懐(なつ)かしい魂を感じた。来るのね、この島に。あなた達が。

 私はあなた達を祝福しましょう。この星(ほし)の子(こ)と共に』

 

 星の子を愛(いと)おしげに抱きしめながら眠り続ける女皇帝は星霊(アストラル)体(たい)にて想(おも)いを馳(は)せるのだった。



 ・・・・・・・・・・

 唐突(とうとつ)に雨季は終わりを告げ、エストネア皇国(おうこく)は晴天に包まれていた。

 そんな中、剣聖シオン率(ひき)いる旅団が港町エーシェルに到着するのだった。

 さらに、後続で第1皇子エギルフィアを総大将とする王立-騎士団が付いて来る。

 王立-騎士団の行列の中心にて、エギルフィアは母である王妃セーファと共に、駕籠(かご)に乗って街道を進んで居た。二人は声を殺して堕落にふけっていたが、それを知る者は居なかった。

 いや、正確には王立騎士の何人かは気付いて居たが、あえて気づかぬ振りをしていた。

 

 一人の王立騎士の女性が遙(はる)か前方の駕籠(かご)を無表情に見据(みす)えていた。彼女こそ王立騎士ハインシェ。死神とも畏怖(いふ)される最強の騎士の一角(いっかく)である。

 すると、壮年(そうねん)の男がハインシェに声を掛(か)けた。

 その男は王立騎士の将軍アルストフであった。

 二人はいずれもエルフであり、それも相当の美形である。

 それと同時に、獣魔-戦争を生き抜いた歴戦の勇士なのだ。

アルストフ「ハインシェ。何を見ている?」

ハインシェ「・・・・・・守るべき方(かた)達(たち)を、です。苦しそう、です」

 そう無感情に、戦闘以外は何も知らない彼女は答えるのだった。

アルストフ「困ったものだな。ルーテス家にも」

ハインシェ「そう・・・・・・なのですか?」

 そう答え、ハインシェは駕籠(かご)から目を逸(そ)らした。

アルストフ「まぁ、お前には関係(かんけい)無(な)いか、美(び)の死神(しにがみ)」

 すると、ハインシェは微(かす)かに憂(うれ)い気(げ)な表情を見せた。

ハインシェ「ですが私に出来るのは、ただ敵を殺す・・・・・・、

      それだけなのです」

アルストフ「そう気負(きお)うな。お前は十分にやっているさ」

ハインシェ「そうでしょうか?ただ・・・・・・血(ち)の匂(にお)いを感じるのです。また、部下達がみな死に、私だけが生き残ってしまうのでしょうか?」

アルストフ「あの時とは違う」

ハインシェ「だと、いいのですが・・・・・・」

 それきりハインシェは沈黙を保(たも)った。

 馬上にて彼女の意識は水平線の彼方(かなた)へと向かってしまい、

彼女以外には呼び戻すことは出来なかった。

 対し、アルストフは肩をすくめて、馬を駆り-その場を後に

するのだった。


 ・・・・・・・・・・

 船内にてヒヨコ豆-団のトゥセはぼんやりとしていた。

トゥセ「なぁ、トフクの爺(じい)さん。最近、影(かげ)薄(うす)くねーか?」

 と、トゥセは黒猫に憑依(ひょうい)しているゴブリンの長老トフクに

声を掛(か)けた。

 しかし、返事は無く、黒猫は「にゃあ」と鳴くだけだった。

トゥセ「はぁ。寝てるのか?まぁいいや。ところで、カシム。

    変化(へんげ)の術ってマスターしたのか?」

カシム「はい。もう大丈夫だと思います」

アーゼ「しかし、いよいよククリ島だな。ゴブリンの言葉も

覚えはしたけど。どれだけ現地のゴブリンを誤魔化(ごまか)

せるかだな」

トゥセ「正直、俺はゴブリン語は全然だけどな」

アーゼ「お前はそもそも-やる気が無いだろうが、やる気が」

トゥセ「ち、ちげーしッ!」

アーゼ「はいはい」

 すると、甲板の方からドワーフのギートの声が響いた。

ギート『おーーーーーーーーいッッッ!島が見えたぞいッ!』

 これを聞き、トゥセとアーゼは急ぎ、甲板に向かったのだった。一方、カシムは神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちで黒猫のトフクに話(はな)し掛(か)けた。

カシム「トフクさん。大丈夫ですか?」

 すると、ようやくトフクは反応を示した。

トフク『む・・・・・・カシム君か。あぁ、ずいぶん長い間、眠ってしまっていたようだ』

カシム「ええ。どうも島が見えて来たようです」

トフク『そうか・・・・・・流石(さすが)に起きねばいかんの・・・・・・』

 と眠そうに言うのだった。

カシム「・・・・・・トフクさん。もしや、憑依(ひょうい)が薄(うす)れているのでは無いですか?つまり・・・・・・」

トフク『かもしれんの。死者がいつまでも現世に居て良いわけが無い。特にワシは巫女(みこ)や神官(しんかん)のように霊的(れいてき)な術に秀(ひい)でているわけでも無い。真に寿命という事じゃな』

カシム「成仏(じょうぶつ)なされるという事ですか?」

トフク『・・・・・・そうなるのう。じゃが、これでようやく王の下(もと)へ行(ゆ)ける。もっとも、レクク様を無事にククリ島へ送り届けるまでは決して消えるわけにはいかんがの』

カシム「もし、トフクさんが居なくなれば、レククちゃんは

    深く悲しみますよ」

トフク『かもしれんのう。ありがたい事じゃ。でも、心配はいらんよ。ククリ島に行けば、レクク様を皆は歓迎するに違いない。そうなれば、レクク様も一人では無い』

カシム「はい・・・・・・」

トフク『ほっほっほ、そう辛(つら)そうな顔をするでない。ワシは

    幸せじゃったよ。最後に希望まで与えて貰った。

    それにまさか、お主のような人間の若者に術を授けることになるとはのう。良い弟子を最後に持てて嬉しいんじゃよ」

カシム「トフクさん」

トフク『さぁ、甲板に行かねばのう。それに皆がお主(ぬし)を待っているのだから』

カシム「はい」

 そして、カシムはトフクを抱え、甲板に歩いて行くのだった。


 甲板では団長のヴィルが島を鋭(するど)く見据(みす)えていた。

 すると、ヴィルは上がって来たカシム達に気づいたようだっ

た。

ヴィル「カシム。いよいよククリ島だ。まだ、到着には時間がかかるが、変化の術を皆に掛(か)けてくれ」

カシム「分かりました」

 そう言い、カシムはトフクを甲板に降ろした。

トフク『カシム、我が弟子よ。しっかりやるのじゃよ』

カシム「はい」

 と、カシムはしっかりと答えるのだった。

カシム「ではトゥセさん」

トゥセ「俺かよ。まぁいいけどさ。前回みたいのは勘弁ねがうぜ」

カシム「ええ。では始めます」

 そう告げ、カシムはゴブリン語で詠唱を開始した。

 舞踏を行いながらカシムは術式を展開していく。

 そして、印(いん)を切り、術式を発動した。

 刹那(せつな)、トゥセの体全体を紫(むらさき)の煙が覆(おお)った。

アーゼ「ど、どうだ?」

 煙が晴れて出てきたのは、長身のゴブリンだった。

トゥセ「お?どうだ?どうよ?」

モロン「すごい。どこから見てもゴブリンだよ。肌の色も

    緑っぽい灰色だし」

トゥセ「お、そうか?そうかなぁ?へっへっへ」

アーゼ「・・・・・・何でお前が照れてるんだよ、お前が」

トゥセ「うっせ。しかし、やるなぁ、カシム」

カシム「はい、トフク師匠のおかげです」

 との言葉に黒猫のトフクはニコリとするのだった。

ヴィル「よし、これなら大丈夫そうだな。じゃあ、カシム。

    全員に術を掛(か)けれるか?人数が多いから大変だろう

    けど」

カシム「大丈夫です。この術は魔力をそんなに喰いませんから」

ヴィル「そうか。なら頼む」

カシム「はい」

 そして、カシムは次々に変化の術をヒヨコ豆-団の皆に使っていくのだった。

 こうして出来上がったのはゴブリン団員達だった。

ケシャ『ふむ、これなら大丈夫そうですね』

 と茶猫のケシャは呟(つぶや)くのだった。

ヴィル[じゃあ、皆。これから先はゴブリンの言葉しか使うなよ。それと各自、最後に術を掛(か)けた時間を忘れないように。また、今回の任務はカシムが必須(ひっす)となる。

    だから、優先してカシムを守るように」

アーゼ[了解ッ!]

 さらに他の団員達も了承するのだった。

 トゥセを除き・・・・・・。

トゥセ[分からん。団長、何(なに)言(い)ってたか・・・・・・]

アーゼ[後でこっそりエストネア語で教えてやるよ]

トゥセ[え?今、なんて言った?]

アーゼ[・・・・・・駄目だ、こりゃ]

 すると、茶猫のケシャがボソッと呟(つぶや)いた。

ケシャ[アホ、ですね]

トゥセ[おい。ケシャッ!お前、今、言ったろッ!言ったなッ!]

アーゼ[悪口は分かるんだな]

 とアーゼは呆(あき)れ果てるのだった。

 そして、ついにヒヨコ豆-団はククリ島に到着せんとしている。

 だが、これからこそが真に苦難の始まりなのだった。


 ・・・・・・・・・・

「出航ッ!出航ッッッ!」

 との声が港に響いていく。

 そして、次々に軍艦(ぐんかん)が港を後にしていくのだった。

 これらの軍艦は小さな帆(ほ)しか付いていないガレー船であり、オールを使って人力で漕(こ)ぐ必要があった。

 帆船(ほせん)に比べ、ガレー船は風を利用しづらいので長距離の移動には劣っていたが、いざ戦闘になれば小回りがきくので、軍船としては適していると言えた。

 とはいえ荒天時には航行速度が低下してしまうという欠点もあり、雨季には使えない船であった。

 さらに、大量の水夫を必要とするのである。

 聖騎士団では兵士がその役を担(にな)っていたが、王立-騎士団の

兵士達は水夫の真似事(まねごと)をするのを嫌い、帆船(ほせん)しか使えなかった。

 つまり、今ガレー船で出港しているのは聖騎士団とシオンが率(ひき)いる混成旅団なのだった。

 もちろんシオンの旅団に編成されたエルフの兵士達も漕(こ)ぎ手(て)をするのを嫌がっていたが、彼らの身分はそれ程に高くなく、

嫌々ながらも言う事を聞いていた。

 

 この時、聖騎士団の軍艦の一つではポポンが必死にオールを漕(こ)いでいた。

ポポンの乗る軍艦はトリレーム式の三段(さんだん)櫂(かい)船(せん)であり、ここでは3人一組となって2つのオールを漕(こ)ぐのだった。

しかし、ポポンは一人で3人分を行(おこな)っていた。

ポポン「わっせ、わっせ。どっせーーーーーいッッッ!」

 と思い切り漕(こ)ぐと、一気に推進力が起こった。

しかし、「こらっ!!周りに合わせんかッ!」との掌(しょう)櫂(かい)長(ちょう)の怒号(どごう)が飛び、ポポンは「す、すいませんッ」と答えるのだった。

こうして、ポポンの苦労は続くのだった。


 一方、後方の五段(ごだん)櫂(かい)船(せん)では剣聖シオンは漕(こ)ぎ手(て)達(たち)をねぎらっていた。

 兵士達は魔力を使えるため、多少の労働や悪環境はものともしなかったが、それでも狭く蒸し暑い漕(こ)ぎ手座(てざ)に長時間-閉(と)じ込(こ)められるのは、心身共に滅入(めい)るものだった。

 しかも、今後の戦闘に備えて、魔力の使用も著(いちじる)しく制限されていたのである。既にエルフの兵士達の不満は高まりつつあった。

 これを感じたシオンは意を決した。

シオン「俺が代(か)わろう」

 と一人のエルフの漕(こ)ぎ手(て)に声を掛(か)けたのだった。

兵士「で、ですが剣聖様にッ」

 しどろもどろに兵士は答えた。

シオン「大丈夫だ。少し休むといい。疲れてるんじゃ無いのか?」

兵士「は、はい。すいません・・・・・・」

 そして、そのエルフの兵士はヨロヨロと漕(こ)ぎ手座(てざ)から出て来るのだった。

シオン「ずいぶんと顔色が悪いな。トイレにでも行って、それから水分を摂(と)ると良い」

兵士「は、はい。あ、ありがとうございます」

 と感激の面持(おもも)ちで兵士は答えるのだった。

シオン「他の者もあまり無理をするな。予備の漕(こ)ぎ手(て)も居る。

    ククリ島に着く前に倒れては意味が無いぞ」

 そのシオンの声は明瞭(めいりょう)に通っていくのだった。

 これを聞き、やる気を失いつつあった漕(こ)ぎ手(て)達(たち)も頑張(がんば)りを見

せるのだった。

 そんな中、シオンは漕(こ)ぎ手座(てざ)に入り、オールを手にするのだった。


 ・・・・・・・・・・

 夜となり、漕(こ)ぎ手(て)達(たち)に休みが訪れた。

疲れ切った彼らは雑魚寝(ざこね)で眠っており、一方で剣聖シオンは甲板に出て涼(すず)んでいた。

星空の下(もと)、小さな帆(ほ)の力だけで-ゆるやかに進む軍艦達。

 そんな夜の光景をシオンは眺(なが)め入(い)っていた。

 すると恋人のエレナが後ろから歩み寄ってきた。

エレナ「シオン・・・・・・」

シオン「エレナ。どうした?まだ寝ないのか?」

エレナ「ふふ、あなたの顔が見たくて」

シオン「それは光栄だな。でも、あんまし近寄らない方が良いと思うよ。かなり汗臭(あせくさ)いと思うし」

 しかし、エレナはその言葉を無視し、シオンに抱きついてき

た。

エレナ「あなたの匂(にお)いがする。クラクラするくらいに・・・・・・」

シオン「エ、エレナ」

 戸惑(とまど)うシオンを無視し、エレナはシオンの唇(くちびる)を奪った。

 そして糸を引くようなキスを終え、エレナはしゃがみこみ、

彼のズボンに手をかけた。

シオン「ま、まってくれ。こんな所じゃ」

エレナ「大丈夫よ。魔法を掛(か)けてあるわ。誰も私達を見れないし、聞けない。それに、あなたも溜(た)まってるでしょ?」

 との言葉に、シオンは否定する事が出来なかった。

 こうしてシオンはエレナの愛を受ける事となったのだった。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、ヴィル達は静かにククリ島に迫っていた。

ヴィル「このまま闇にまぎれて上陸できれば・・・・・・。いや、

そうでなくても、もう少し近づければ泳いでいける」

 そうヴィルは呟(つぶや)くのだった。

 しかし、その目論見(もくろみ)はすぐに崩れる事となった。

 赤く光る何かが島より飛んで来たのだった。

トゥセ「ん?なんだ、ありゃ?」

 真(ま)っ先(さき)に気づいたのはトゥセだった。

 目を凝(こ)らして見れば、それは発火する岩石だった。

 燃える岩がこちらに向かい、落ちてくるのである。

アーゼ「嘘だろッ」

ヴィル「お前ら、魔力は使うなッ。いいなッ!」

トゥセ「えぇッ?」

 刹那(せつな)、船の真横の海面に岩は着弾していった。

 さらに岩は魔力により爆発を示し、船は大きく揺らいだ。

ヴィル「クソッ。敵と勘違いされているッ」

 そんな中、次々に燃える岩は放たれてくるのだった。

ヴィル「お前ら、これからッ」

今度は次々に岩は船に着弾していき、見る間に船は沈んでいくのだった。


 島より植物族の女王リステスは、満足そうに海の藻屑(もくず)と化(か)した船を見ていた。船の周囲からは何の魔力を感じる事は出来なかった。

リステス「ふふ。ただの漁船か、偵察船か?いずれにせよ、

     さようなら。ふふふ」

 そう冷酷(れいこく)に妖艶(ようえん)に告げるのだった。

 

 だが、ヒヨコ豆-団のしぶとさは並では無い。

 彼らはヴィルの統率(とうそつ)の下(もと)、数分間-潜水しており、少し離れた所から息継(いきつ)ぎのために顔をわずかに出していた。

トゥセ「・・・・・・ひどい目にあったぜ」

アーゼ「だけど、ばれてないみたいだ」

ギート「泳ぎは苦手なんじゃがなぁ」

 などとドワーフのギートはぼやくのだった。

 すると、ヴィルは手(て)信号(しんごう)で付いて来るように皆に合図(あいず)した。

 そして、ゆっくりと彼らはククリ島をぐるりと回るように

泳ぎ出すのだった


 ・・・・・・・・・・

 翌朝、日の出と共にヴィル達は砂浜に着いた。

 そして、濡(ぬ)れて重くなった体を海から引きずり出した。

ヴィル「トフクさん、道案内を」

 と黒猫に憑依(ひょうい)したトフクに言うのだった。

トフク『分かりましたのじゃ。ここらだと知り合いの呪(まじな)い士(し)が

    近くにおるんで、そこに向かいますのじゃ』

 そして、ヴィル達はトフクの先導のもと、急ぎ先を向かうのだった。


 幸運な事に道中(どうちゅう)、ヴィル達は誰とも出会う事は無かった。

トフク『む。おお、あれじゃ。あの小屋じゃ』

 見れば、古びた小屋があるのだった。

ヴィル「行こう」

 迷う事無くヴィルは小屋に向かった。

 そして、ヴィルは扉をノックした。

 すると、扉は独(ひと)りでに開いた。

 さらに中から老女の声が響いた。

「奇妙な事だよ。ゴブリンの気配なのに人間の習慣をするものが居る。さらにおかしな事に、死んだはずの友人を感じる」

 これを聞き、トフクは小屋の中に入っていった。

トフク『ガ・シヤ。ワシじゃ、トフクじゃ。帰って来たんじゃ。

    我が故郷に』

 すると、一人の年老いたゴブリンが杖をついて、トフクの前に姿を現わした。彼女こそガ・シヤであろう。

ガ・シヤ「ほう、黒猫に憑依(ひょうい)したのかね。器用なものだねぇ。

     しかし、そっちの奴らは何だね?ヒトの匂いがするよ。そこのお嬢さん    と半透明な子を除き」

トフク『説明はするから、ともかく中に入れてくれい』

ガ・シヤ「いいよ。あんたの魂を私が見(み)間違(まちが)えるはずも無いからねぇ。     ほら、他のゴブリンだか人間だか分からない者達も入っておいで」

 こうして、ヴィル達は小屋の中に招(まね)かれたのだった。


ガ・シヤ「さて、話を伺(うかが)おうかい?」

トフク『ガ・シヤ。心して聞いて欲しい。ワシはレク・ファト

様を連れて、戻って来たんじゃ』

ガ・シヤ「レク・ファト様?本当かい。まさか、この方が?」

 と、ガ・シヤはレククを見て言うのだった。

トフク『そうじゃ。母(はは)君(ぎみ)に良く似ておられる事じゃろう?』

レクク「あの・・・・・・こんにちは」

 そうレククは挨拶(あいさつ)をしてきた。

ガ・シヤ「こ、これは。お、畏(おそ)れ多い事です。し、しかしだね。

     ト・フク、お前さんは今まで何を」

トフク『それを語ると長くなる。しかし、話す前に約束しては

    くれぬか?この方達こそがワシとレク・ファト様をここまで命懸けで連れてきて下さったのだ。だから、決して、この方達を害するような事をせぬと』

ガ・シヤ「・・・・・・聞かずとも何となくは事情が掴(つか)めたよ。まぁ、

     分かったよ。呪(まじな)い士(し)として誓おうじゃないか』

トフク『ありがとう、ガ・シヤ。では話すとしよう』

 そして、トフクは全てを打ち明けるのだった。


 全てを聞き、ガ・シヤは神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちを見せた。

ガ・シヤ「なる程。事情は分かったよ。しかし未(いま)だに信じられないよ。ヒトがゴブリンのために」

ヴィル「ゴブリンだからじゃ無いです。俺達は不当に差別され

    命を奪われそうになる者を助けたいだけで」

ガ・シヤ「・・・・・・言葉だけなら何とも-うさん臭い限りだが、

     あんた達は本当にそれを成(な)し遂(と)げてきたんだね。

     どれ程の苦難と覚悟で、ここまで辿(たど)り着(つ)いた事か。

     居るものなんだね。これ程までに高潔(こうけつ)な魂を有する者達がヒト     にも」

 そうガ・シヤは瞳を涙で潤(うる)ませて言うのだった。

ガ・シヤ「いやだね、歳を取ると涙もろくて仕方ないよ。

     でも、レク・ファト様。ご無事で本当に良かっ

     た」

レクク「ありがとうございます」

 ニコッと笑みを見せて、レククは答えるのだった。

トフク『それでガ・シヤ。これからレクク様をガ・ルク大要塞(だいようさい)

    にお連れしようと思うのだが』

ガ・シヤ「・・・・・・それはよした方がいいかも知れないね」

トフク『何故じゃ?誰もが王女の帰還を待ち望んでいるはずで

    あろう』

ガ・シヤ「もちろん、その通りさ。これが平時だったならね」

トフク『どういう事じゃ?』

ガ・シヤ「何とも時が悪い事だよ。まもなく戦争が始まるのさ。

     人間達が攻めてくるのさ。今、島は総動員でそれを

     迎(むか)え撃(う)とうとしている」

 するとヴィルが思わず口を挟(はさ)んだ。

ヴィル「エストネアが・・・・・・」

ガ・シヤ「ああ、そんな名前の国だったね。

植物族の長(おさ)リステスが教えて下(くだ)さったのだよ。

そして、リステス様が言うのなら、それは本当

なのだろうよ。あの方は間違える事が、まず無

いのだから」

 さらにガ・シヤは続けた。

ガ・シヤ「となると困るのは、レク・ファト様が戻られた事を説明するにせよ、ど     うやって帰られたかだよ。まさか、人間達に連れてこられたとも言えな     いだろう」

ヴィル「確かに、そうかも知れません」

ガ・シヤ「そうさ。だから、今しばらく様子を見た方が良いと思うね。少なくとも     戦争が終わり、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていた方が良いだろ     うね」

トフク『確かに、そうやも知れんなぁ』

ガ・シヤ「まぁ、お互い-ゆっくり考えようじゃないか。

     少なくとも今ここは安全なのだからね」

 そして、ヴィル達はガ・シヤの世話になるところとなったの

である。


 ・・・・・・・・・・

 数日が経った。

 その正午、エストネアの軍艦はついにククリ島を目前としていた。所々(ところどころ)に赤い浮(う)き草(ぐさ)が漂(ただよ)う中、軍艦は進み続ける。

 辺(あた)りは自(おのず)ずと緊迫感に満ちていた。

ダンファン「さて、どうなる事かな・・・・・・」

 旗艦(きかん)にてダンファンは呟(つぶや)くのだった。


 一方、狂戦士ローは最前列の軍艦で指揮を行(おこな)っていた。

ロー「さぁ、待ち望んだ日が来たぞッ!狂った殺し合いを始めようじゃないか」

 そう声を張り上げ、ローは仮面を装着した。

 この仮面こそ狂戦士のトレード・マークなのだった。

 すると、偶然ではあるが、これに呼応(こおう)するかにククリ島より発火する岩が放たれてきた。

ロー「投石(とうせき)かッッッ!ハハッ、壊してやれッ!」

 この言葉を受け、部下の弓兵達が一斉(いっせい)に岩に向けて矢を放った。矢の魔力が岩にぶつかり、空中で岩は砕けていった。

 しかし、燃える石が周囲に降(ふ)り注(そそ)ぐことになる。

ロー「結界はこれ以上-張るなッ。動きが鈍(にぶ)る」

 とのローの言葉に、結界術士は『了解』と答えるのだった。

 だが、さらに岩は飛んでくる。

 そして、ついに一隻(いっせき)が撃沈(げきちん)していった。さらに、もう一隻(いっせき)が続けて大破していくのだった。

ロー(ほう、ずいぶんと正確な投石だな。何か仕掛(しか)けがあるな)

 すると、ローは周囲に漂(ただよ)う赤い浮き草に気づいた。

ロー(なる程、これか。見れば、島から一定の距離で海に浮いているようにも見え   る。この草で島と船の距離を測っていると言う事か。賢(さか)しい限りだな。    ならば)

 と思い至り、ローは口を開いた。

ロー「全艦に告げろッ!赤い草を破壊せよと。これを目印(めじるし)に

   敵は照準を合わせてきているぞッ!」

 これを聞き、念(ねん)話術士(わじゅつし)は周囲に魔術の伝令をするのだった。

 その伝令(でんれい)は瞬(またた)く間(ま)に伝わっていき、騎士達は次々に赤い花を

散らせていくのだった。


 この状況を高台から植物族の女王リステスは魔(ま)眼(がん)で見据(みす)えていた。

リステス「どうやら敵にも利口なのが居るようですね。こうもすぐに対処してくるとは・・・・・・。グル・フに伝えなさいな。作戦は第2段階に入ると」

 それを聞いた羽の付いた植物は伝令として飛んでいくのだっ

た。

 

 すると、ゴブリン達は何百隻(なんびゃくせき)もの小舟(こぶね)を出してきた。

ロー「放てッッッ!」

 とのローの号令で、最前列の軍艦からは次々に弓矢が射られていった。雨あられに降り注ぐ弓矢を受け、ゴブリン達は倒れていくのだった。

 しかし、一つの舟に一人は高位の能力者が居るらしく、舟は止まる事は無かった。

 近づいて来る小舟を見て、ローは悪寒(おかん)を覚えた。

ロー(あれはまずいぞ。決して近づけてはいけない。

   まぁ、そろそろ始める時かな?)

 そして、ローは仮面の下で笑みを浮かべた。

ロー「騎士は抜剣せよ。これより突撃を開始するッ!海を駆け抜け、敵を斬れ。行(ゆ)くぞッッッ!」

 これを聞き、ローと同じく狂いし兵士である彼らは、軍艦を

飛び出して、魔力を纏(まと)い海面を駆け出すのだった。

 すぐさま、ロー達はゴブリンの小舟(こぶね)へと辿(たど)り着(つ)いた。

 そして、殺戮(さつりく)が始まる。

 次々にローの魔刃(まじん)に切断されていくゴブリン達。

 ローの部下である騎士達も負けては居ない。

 彼らもゴブリンを一人また一人と切り倒していった。

 だが、異変は突如(とつじょ)として起きた。

 騎士の乗り込んだ小舟が爆発を起こしたのだ。

ロー(まさか、自爆かッ?炎の魔石を積んでいるのかッ)

 海面でローは戦慄(せんりつ)を覚(おぼ)えた。

 これには騎士達も怯(ひる)まざるを得なかった。

ロー(だが、これが軍艦に体当たりして起爆したら大変な事になるぞ。それだけは避(さ)けねば。やるしか無いッ!)

 そして、ローは叫んだ。

ロー「何をしているッ!死を怖れるお前達ではあるまい。

   敵に覚悟で負ける気かッ?」

 これを聞き、騎士達も壮絶(そうぜつ)な笑(え)みを浮かべるのだった。

 今、決死の覚悟を決めた者同士の死闘が始まる。

 

だが、それを見て、植物族の女王リステスは忌々(いまいま)しげに顔を

歪(ゆが)めた。

リステス(思い出した・・・・・・。あの魔力、あの男。ライル川に 

     て私の邪魔をしてくれた男。そう、狂戦士ロー)

 すると、リステスの周囲におどろおどろしい程の魔力が吹き

荒れた。

リステス「死になさいな・・・・・・今度こそ」

 そう告げ、リステスは手(て)の平(ひら)より種を出現させた。

 この種に膨大(ぼうだい)な魔力が纏(まと)わり付(つ)いていった。

 刹那(せつな)、神速(しんそく)で種子が撃ち出されていった。

 その時、ローは何とはなしに首を横に向けた。

 次の瞬間、ローの左耳を種子が貫通していった。

ロー「ッッッ!」

 突然の事態にもローは冷静だった。

 ローは攻撃が来た方向に目を向けた。

ロー(あれは・・・・・・あの魔力。植物族の女王リステスか?

   まずい、奴め、十年前より力を増している。こっち

   はオッサンになりつつあるってのにッ!)

 すると第2射が来た。

 今度も何とかローは躱(かわ)すのであった。

ロー(クソッ。これじゃ避(よ)けるので精一杯(せいいっぱい)でロクに指揮を執れないぞッ。だが、今、死ぬワケにもいかない。動き続けないとッ)

 そして、ローは高速で海面を駆け回った。執拗(しつよう)にリステスは

ローを撃ち殺そうと狙い続けるも、ローに種が直撃する事は無かった。

 さらに、途中で遭遇(そうぐう)したゴブリンを瞬時に斬り裂いていくところが、敵からすれば厄介(やっかい)この上なかった。


 だが、ローと騎士達の活躍(かつやく)にも関わらず、ゴブリンの小舟は軍艦に迫っていた。そして、何隻(なんせき)かが直撃し、爆発していった。

 

ダンファン「何たる事だ・・・・・・。あなどっていた。ゴブリンだから、海戦は苦手で      あろうと。現に獣魔-大戦においては確かにそうであった。しかし、十      年の歳月が奴らを成長させたと言うのか?」

 そう呟(つぶや)くのだった。すると、また一つの軍艦が爆散していっ

た。

ダンファン「ッ、全艦に告げよッ!敵船との距離を保(たも)ちながら微速(びそく)で      後退ッ!魔術師は魔力を最大限に使う事を許可する。氷の術式を中心      に攻めよッ!」

 と的確(てきかく)に指示を飛ばした。

 しかし、島よりの投石は止まっては居ない。

 これでは一方的な攻撃にさらされ続ける事となるのだった。


 その時であった。剣聖シオン率(ひき)いる艦隊が右側から迂回(うかい)して

来たのである。

 現在、戦場の左側はローが押さえていたが、右側は無防備に近く、ゴブリン達は回り込もうとしていたので、シオンの加勢は絶妙なタイミングと言えた




シオン「聖剣を解放する。下がっていろッ!」

 と叫び、シオンは朱(あか)の聖剣エルザハードを抜刀した。

 そして、最上級-剣技を構築していく。

シオン『全てを滅(めっ)そう・・・・・・』

 刹那(せつな)、放たれたのは最上級-剣技である《斬滅(ざんめつ)空波(くうは)》であった。

 その剣撃は直線上に存在する全てを消していった。

 巻きこまれたのはゴブリンの船だけではなく、植物で補強された投石機も一つ砕け散っていった。


 これを受け、ゴブリンの戦士長グル・フは戦慄(せんりつ)を覚(おぼ)えた。

グル・フ(まずいッ。あれは異常だ。たった一人に戦況が引っ繰り返ってしまった)

 すると一人の呪(まじな)い士(し)のゴブリンが音も無く近づいていた。

呪い士『グル・フ様・・・・・・。我らの魂を生(い)け贄(にえ)に、奴の腕を

封じましょうぞ』

 その言葉は聞く者の背筋を凍らせる響きがあった。

グル・フ「・・・・・・だが、それではお前達の魂は煉獄(れんごく)に繋がれる事となるのだぞ」

呪い士『構いませぬ。元より我らは天涯(てんがい)孤独(こどく)の身(み)。せめて、

    最後は全部族の為に魂を捧げたく思いまする』

グル・フ「しかし・・・・・・」

 次の瞬間、剣聖の第二撃が放たれた。

 それは偶然か、グル・フ達の居る真横を吹き飛ばしていった。

グル・フ「ッ・・・・・・エン・ゼ。頼めるか?」

呪い士『承知』

 そう呪い士エン・ゼは答え、影のように姿を消すのだった。

 

祭壇(さいだん)にてエン・ゼと数人の呪(まじな)い士(し)は術式を構築していた。

数人の呪い士が昏(くら)い詠唱をする中、エン・ゼは魂の魔力を

解放した。

エン・ゼ『8柱神にて星と運命を司(つかさど)る蛙(かわず)の女神クル・セレよ。

     我らが魂を捧げまする。煉獄(れんごく)の炎の呪詛(じゅそ)を彼(か)の敵(てき)にッ』

 と叫び、エン・ゼは祭壇を発火させた。

 刹那(せつな)、祭壇より紫の炎が沸き立ち、それはエン・ゼ達に飛びかかり、彼らを業火(ごうか)に焼き尽くすのだった。

 それと共に、エン・ゼ達は黒い煙となり、剣聖シオンめがけて飛んでいくのだった。


ユーク「・・・・・・来るッ!」

 冷静沈着な小人族の女-魔術師は異変を察知し、軍艦に結界を張った。

 しかし、その紫の煙は結界を砕き、侵入してきた。

エレナ「クッ!」

 とっさにエレナは剣で煙を切りさこうとするも、紫の煙は素通(すどお)りしてシオンに向かった。

 一方で、シオンはこの攻撃をどういうわけか見入(みい)ってしまい避(よ)ける事が出来なかった。

シオン「ッッッ!」

 煙はシオンの右腕に纏(まと)わり付(つ)いて、腕の中に入りこんでいき、彼の霊体を蝕(むしば)んでいった。

エレナ「シオンッッッ!」

 と悲痛に叫び、エレナはシオンに駆け寄った。

シオン「だい、じょうぶだ・・・・・・。だけどッ」

 そう言い、シオンは右腕にかかる服を千切(ちぎ)った。

 中から出てきたのは異様に黒ずんだ腕であった。

ユーク「呪詛(じゅそ)・・・・・・。それも強力な」

 すると魔剣士のニアが口を開いた。

ニア「シオン。後は私達に任せると良いよ。ずいぶんと味な

真似をしてくれるね、奴らも」

シオン「だけどッ、グゥッッッ」

 突如-走った激痛に、シオンは甲板に崩れた。

エレナ「シオンッッッ!ユーク、解呪を手伝って。今は」

ユーク「分かってる。ニア、後はよろしく」

ニア「了解」

 そして、ユークとエレナはシオンに掛(か)かった呪いを解(と)こうと

するのだった。

ニア『さぁ、司令代理として命じようか?我が名は魔(ま)剣士(けんし)ニア。まず、   旗艦(きかん)を隣のルシェネ号に移す。ヤイス連隊長ッ!準備をしろッ!』

 と念話を発した。

すると『了解ッ!』との念話がルシェネ号より返ってきた。

ニア『本艦は後退。後方で待機せよ。また、本艦に搭乗している以下の騎士は私と   共にルシェネ号に移る』

 こうして、ニアと精鋭の部隊はルシェネ号へと渡るのだった。


 ニアが空中を何度も蹴ってルシェネ号へと着地すると、そこには連隊長のヤイスが待って居た。

ヤイス「ニア司令代理、剣聖殿はいったい?」

ニア「それを聞いてどうする?彼が居なくても奴らは殺さなくてはならないんだよ」

ヤイス「も、申しわけありません」

ニア「さぁ、前進。前進だ。上陸しないと始まらない」

ヤイス「で、ですがッ!」

 すると、ニアは刺突(しとつ)剣(けん)を抜き、ヤイスに突きつけるのだった。

ニア「命令なんだよ。分かるかな?」

ヤイス「は・・・・・・はい」

 冷(ひ)や汗(あせ)をかきながら、ヤイスは答えた。

ニア『これより一の縦列(じゅうれつ)にて進撃を開始する。先頭は本艦となる。ひた   すらに前進を続けよ』

 との命令が発された。

 そして、シオンの剣技により空(あ)いた穴をニア率いる軍艦達は

突き進むのだった。

 だが当然、左右よりゴブリン達は特攻してくる。

ニア『さぁ、殺せ、殺せ。死ぬ気で殺さないと、こちらが沈むぞッ!』

 そう告げながら、ニアは瞬時(しゅんじ)に魔力を放ち、ゴブリン達を貫(つらぬ)

いていった。

 この時、ダーク・エルフの弓使いフォウンは懸命に、周囲よ

り近づく小舟のゴブリンを射殺(いころ)していった。

 その反対側で弓を射(い)るのは娘のフィナだった。

 二人の腕は凄(すさ)まじく、ゴブリン達は次々に沈黙していくのだ

った。

フィナ「お母さん、私、私、頑張ってるよッ!」

フォウン「ええ、音で分かるわッ!腕を上げたわねッ!」

フィナ「うんッ!」

 だが、それはニアの乗るルシェネ号での話である。

 後続の軍艦は、そうもいかなかった。

 すると、ニア達の一つ後ろの船に、とうとうゴブリンの小舟

がぶつかり、起爆した。

 大破とまではいかなかったが、船体に大きな穴が空(あ)き、無惨(むざん)

に沈没しかけていった。

ニア『サジュエ2号、乗組員は脱出し、周囲のゴブリンを掃討せよ』

 と、ニアは沈む船に念話を送った。

 これを聞くまでも無く、兵士達や騎士達は船を脱出しており、

泳いだり海上を進んだりして、必死にゴブリンの小舟を目指し

た。

 だが、そんな彼らも敵のゴブリンの小舟に着くや、再び爆発

に巻きこまれ、今度こそ絶命するのだった。

 しかも、このサジュエ2号の残骸(ざんがい)で後続の軍艦達は行(い)き詰(づ)ま

っており、次々に小舟の衝突と巻き起こる爆発を受けて沈んで

いった。

 後方の惨事(さんじ)を見て、連隊長のヤイスは頭が真(ま)っ白(しろ)になった。

ヤイス(な、何て事だ・・・・・・。虎(とら)の子(こ)の軍艦が・・・・・・)

 そんな中、ニアや彼の乗るルシェネ号のみは、ひたすらに

突き進んでいった。


 しかし、この無謀(むぼう)な攻撃により、戦況に変化が生じていた。

 この周囲において、急激に小舟の数が減っていたのだ。

ヤイス(これは・・・・・・あまりに自爆を繰り返したから、敵の数が減ったと言うこと    か?いや、待て。そんな生(なま)優(やさ)しい

    話じゃないぞ、これは。沈没しそうな軍艦から海に逃げ出した兵士達が仕    方なしにゴブリンと戦った結果、

    必然的にゴブリンの小舟の数が減ったという事か?

    だけど、それは強制的な特攻と変わらない。

    爆弾を持った敵に攻撃を仕掛けさせたのだから)

 この時、ヤイスはニアに異様な恐怖を抱かざるを得なかった。

ヤイス(確かに、これは合理的だ。敵の小舟を倒すなら、こちらも一つの船に数人    の兵士を向かわせれば、潰(つぶ)す事が出来る。だけど、それは明らかに死    にに行かせるようなもので、普通に命じても兵士達が聞くわけが無い。

    でも、この状況においこめば、無理にでも戦わざるを得ない。それをこの    ヒトは分かっててやったのか?だとしたら・・・・・・)

 すると、ヤイスの考えを読んだかに、ニアは妖艶(ようえん)な笑(え)みを

見せた。

ニア『さぁ、陸は目前だ。これ以上、船は必要ないッ!本艦は

破棄(はき)ッ!以後の指揮は聖騎士エレナに委譲(いじょう)する。さぁっ、漕(こ)ぎ手(て)を含め、本艦の全乗組員(ぜんのりくみいん)は自(みずか)らの足でッ、進撃せよッッッ!』

 こうして、ニアを先頭に騎士や兵士達は前方の海へと飛び出していくのだった。

ニア「氷は私と共にあるッ」

 その言葉と共に、ニアの踏みしめる海面は凍結していき、氷の道が出来上がった。

 この道を騎士や、特に海面を上手く駆(か)けれない兵士達は利用していった。

ニア「アハハッ、一番乗りだッッッ!」

 と叫び、ニアはククリ島の砂浜に着地した。それと共に氷の道は役目を失ったかのように後ろから散っていった。

 すると、周囲から武装したゴブリン達が出現してきた。

ナック「チクショウ、やったるわッッッ!」

 と剣聖シオンのギルド・メンバーにて細身の男ナックは叫んで、剣を抜き放つのだった。

 その横で斧を振るうのは同じくギルド・メンバーの大男レギンである。

 さらに、ダーク・エルフのフォウンとフィナも矢継(やつ)ぎ早(ばや)に攻撃をしていた。

 こうして砂浜にて、混戦が開始された。

 その中でも魔剣士ニアの働きは凄(すさ)まじく、彼女の周りでは

血の赤い花が次々に舞い散るのだった。これにはゴブリン達

も畏(おそ)れを抱(いだ)かざるを得なかった。

ニア「ハハッ、さぁさぁ、かかっておいでよ。まだまだ血が

   足りないんだよ。ねぇ」

 すると、砂浜の奥の茂(しげ)みから戦士長のグル・フが現れた。

グル・フ[許さんッ!]

 そう叫び、グル・フは魔力を全開にし二刀を抜き放つのだっ

た。刹那(せつな)、グル・フの抜刀(ばっとう)技(ぎ)が発動し、交差する剣撃がニアに

迫った。それをニアは涼(すず)しい顔で刺突(しとつ)して無効化していくのだ

った。

ニア「少しは楽しめそうだ」

グル・フ[化(ば)け物(もの)がッッ!]

 そして、両者の死闘が始まるのだった。


 一方、狂戦士ローは未だに海上で植物族の女王リステスの種(たね)

による攻撃を避け続けていた。

 しかし、ローは突如として立ち止まった。

ロー「来いよ」

 とローはクイクイッと指で手招(てまね)きをした。

 この挑発を受け、リステスは渾身(こんしん)の魔力をこめて、種(たね)の弾丸

を放つのだった。

 しかし、その必殺の一撃はローの脳天を貫(つらぬ)く事は無く、ロー

の魔刃(まじん)により弾(はじ)かれていた。

リステス[なっ・・・・・・]

 予想外の事態に、リステスは驚きを禁じ得なかったが、躍起(やっき)

になって次々に種を放ちだした。

 しかし、ローはそれらの攻撃をひたすらに魔刃で受け流し続けた。

ロー「やれやれッ、オッサンを舐(な)めるなよッ!」

 そう叫び、狂戦士ローは遠距離-攻撃の剣技飛燕(ひえん)を発動し、

高台のリステスへと放つのだった。

 この一撃はリステスの頬(ほほ)を斬り裂き、背後の木々を切断していった。

ロー「ま、あの時と違って武器は良くなってるんでね」

 とローは呟くのだった。

 一方で、リステスは頬より止まらない透明な血を指ですくった。

リステス(血が止まらない。何らかの呪詛(じゅそ)の力?面倒なッ)

 そして、リステスは天に向かい口を大きく開き、大気を震わす声を発した。これを号令に、茂(しげ)みの奥からは次々と植物族が出て来るのだった。

 しかし、これに怯(ひる)むローでは無い。

ロー「さぁッ!我らも上陸を開始だッッッ!」

 そう叫び、ローの部隊も砂浜へと海面を駆けていくのだった。

 

 だが、ここに来て、戦況は新たな局面を唐突に迎えるのだった。遙(はる)か左方の海岸が突如として燃えだしたのだ。

グル・フ(あれは、我が弟ガル・フの担当地・・・・・・。

     一体、何が。まさかッ)

 すると、魔剣士ニアが横に迫っていた。

 それを何とかグル・フは躱(かわ)し、距離を取った。

ニア「ふふふ、よそ見をしてる余裕があるんだねッ」

 と声をあげ、ニアはさらに襲いかかるのだった。

 二刀(にとう)と刺突(しとつ)剣(けん)が無数の火花を散らす中、海岸の炎は大火(たいか)へと広がりを見せるのだった。


リステス(何が起きているのです?何が・・・・・・)

 高台よりリステスは燃える海岸を魔(ま)眼(がん)で見据(みす)えた。

 すると、そこには赤い鎧(よろい)を纏(まと)ったエルフの騎士達が存在した。

リステス「い、いつの間に・・・・・・何処(どこ)から上陸を?まさかッ」

 その時、海岸にぶれが生じ、停泊(ていはく)している軍艦(ぐんかん)数隻(すうせき)が出現した。

リステス(不可視の魔法。それを軍艦の全体に掛(か)けたというのですか?クッ、油     断しました。あそこは岩場の上に

     今は引(ひ)き潮(しお)でとても揚陸(ようりく)は不可能なのにッ。奴ら、     軍艦の船底(ふなぞこ)や竜骨(りゅうこつ)が壊れても上陸を優先したという     のですか・・・・・・。竜骨は船の基幹(きかん)であり、一度

     壊れれば、船は修復不能となるというのに。何(なん)て

     大胆(だいたん)で厄介(やっかい)な敵・・・・・・)

 しかし、その騎士達の正体を知れば、リステスは真(しん)に戦慄(せんりつ)する事となるだろう。

 一人の騎士の将軍が槍(やり)を高々(たかだか)と掲(かか)げた。

将軍『殺せ・・・・・・ッ。殺せ・・・・・・ッッ!殺すのだッッッ!』

 その怨念(おんねん)に満ちた怒号(どごう)に、部下の騎士達は禍々(まがまが)しい鬨(とき)の声(こえ)をあげるのだった。


 この様(さま)を洋上の軍艦から王立-騎士団のハインシェは見つめていた。

ハインシェ「・・・・・・煉獄(れんごく)の処刑人(しょけいにん)・ヴィグネス将軍。最も怖(おそ)ろしい騎士の一人」

 そう微(かす)かに物悲(ものかな)しげに呟(つぶや)くのだった。

 すると、彼女の後ろからアルストフ将軍が声を掛(か)けた。

アルストフ「彼らは、この時を待ち続けて居たのだろうな。

      ヴィグネス将軍を含め、その親衛隊(しんえいたい)の騎士達は皆、

      獣魔(じゅうま)-戦争(せんそう)の折(おり)に家族をゴブリンに殺されて      いる。

      大戦の後期(こうき)にて、あまりの残虐(ざんぎゃく)な殺戮(さつりく)      ぶりに味方からすら怖(おそ)れられたという。その再現が今、始まるの      だな・・・・・・」

 とのアルストフの言葉は全(まった)く正しかった。

 ヴィグネス将軍と親衛隊(しんえいたい)により、ゴブリン達は次々に串(くし)刺(ざ)しとなっていった。

騎士『ラァァァァッッッ!』

 さらに狂ったように叫びながら、騎士達は何度も何度もゴブリンを斬りつけていった。

 そしてゴブリンの息の根が止まったのを確認すると、次なる標的(ひょうてき)に向かって行くのだった。

 ゴブリン達の悲痛な声が響(ひび)き渡(わた)る。

 しかし、ゴブリン達もやられているばかりでは無い。

 決死の覚悟で魔石を持ったゴブリンの能力者が特攻してくるのだった。

 騎士達を爆発が襲う。

 だが、騎士達は体を抉(えぐ)られて血まみれになりながらも、闘志(とうし)を絶(た)やすことは無かった。

騎士『ガァァッッッ!』

 血を吐きながら、彼らは槍を新たな敵に向け振(ふ)り下(お)ろすのだった。復讐(ふくしゅう)の鬼(おに)と化(か)した騎士達は、自身の命(いのち)の灯(ともしび)が尽きるまで殺戮(さつりく)に殉(じゅん)じるのだ。

 そんな赤い処刑人達が徐々に主戦場へと近づいて来る。

 これを見て、リステスは引(ひ)き際(ぎわ)を察(さっ)した。

リステス『撤退ッ!撤退せよッッッ!グル・フッ、そちらも兵を退(ひ)かせなさいッ!』

 との大規模の念話が響いた。

グル・フ[ッ・・・・・・ガル・フッ。クッ!退却だッ!退(ひ)け、退(ひ)くんだッッッ!]

 との号令(ごうれい)に、ゴブリン達はすぐさま撤退を開始した。

 さざ波が引くようにゴブリンと植物族の姿は島の奥へと消えていった。

 しかし、これを追うだけの気力は兵士達には無かった。

 狂戦士ローも今は橋頭堡(きょうとうほ)を確立するのが優先だと思い、守備を固めるのだった。

 また、ヴィグネス将軍と親衛隊は死にかけのゴブリンに止(とど)めを刺すのに忙(いそが)しく、追撃どころでは無かった。

 今、ヴィグネスはゴブリンの副戦士長であるガル・フの前に居た。ガル・フは満身(まんしん)創痍(そうい)の状態であったが、毅然(きぜん)と目の前のヴィグネスを睨(にら)み付(つ)けていた。

ガル・フ[・・・・・・殺せッ。捕虜(ほりょ)となるくらいなら]

ヴィグネス『勘違(かんちが)いをするな。楽に死ねると思うな。お前は、

      生まれて来た事を後悔する苦痛を、これから味わうのだ』

 そうエストネア語で冷酷(れいこく)に告(つ)げ、ヴィグネスは短刀を手にするのだった。

 


 ・・・・・・・・・・

 小屋にてゴブリンの少女レククは涙を零(こぼ)していた。

モロン「レクク、どうしたの?どこか痛いの?」

 そう小人族のモロンは心配そうに声を掛(か)けた。

レクク「ううん。分からない。分からないの?でも、涙が

    止まらないの。悲しいの。悲しくて・・・・・・」

 これを見て、ヴィル達は考えこむのだった。

カシム「もしかしたら、何かに感応したのかも知れませんね」

 すると、ゴブリンの老婆ガ・シヤが神妙そうに口を開いた。

ガ・シヤ「私も感じるよ。魂達の泣き声が。痛い、辛いと」

ヴィル「それは・・・・・・」

 その問いを発する前に、小屋の扉が開かれ、トゥセが勢いよく入って来た。

アーゼ「トゥセ、どうしたんだ?」

トゥセ「やばい、やばいんだッ!」

アーゼ「何がだ?」

トゥセ「遠くで森が燃えてるッ!海岸の方だッ!しかも、臭(にお)いがしたんだ。魔族の焼ける臭(にお)いだッ」

 これを聞き、皆は立ち上がった。

ヴィル「まさか、戦争がッ」

レクク「そんなッ」

 とのレククの悲痛な声が響いた。

ガ・シヤ「とうとう始まってしまったんだねぇ・・・・・・。この島も終わりなのかね」

ヴィル「そんな」

ガ・シヤ「逃げる準備はした方がいいかもねぇ。まだ、ここまでは来ないだろうけど。時間の問題かも知れない」

 その言葉が重苦しく一同の耳に残るのだった。


 ・・・・・・・・・・

 海上にて逃げ遅れたゴブリンの掃討(そうとう)も完了し、軍艦は次々に停泊していった。

 ただし、ここらは遠浅なため、陸から少し離れた場所にしか船を泊(と)める事は出来なかった。そして、そこから小舟で物資や人員を運ぶのである。

 一方で、狂戦士ロー達は陸上にて、陣地の構築を急いでいた。

 燃える様(よう)な夕焼けの下(もと)、テントが張られ、さらに木々が切られて柵(さく)が作られていった。

ロー「とりあえず簡易のもので構わない。夜になる前に、完成

   させろッ!」

 と、ローは命令するのだった。


 その頃、ヴィグネス将軍の部下達は陣地の構築よりも、ゴブリン達をいたぶるのに夢中になっていた。

 あちらこちらに串刺(くしざ)しに掲(かか)げられたゴブリンの遺体が並んでおり、見る者を恐怖させた。

 また、負傷したゴブリンに油をかけて生きたまま焼くなどの

残虐(ざんぎゃく)な行為(こうい)がなされており、ゴブリン達の怨嗟(えんさ)と苦悶(くもん)の声が響き渡っていた。

 そんな中、第1皇子エギルフィアは少し離れた砂浜に降り立った。

エギルフィア「なんだ、あれは・・・・・・」

 遠目から見える残虐(ざんぎゃく)な光景にエギルフィアは絶句した。

 すると執事(しつじ)であり騎士であった老人イヴェグが口を開いた。

イヴェグ「閣下。あちらに休息用のテントをご用意しております。どうか」

エギルフィア「だが・・・・・・」

セーファ「エギルフィア。未来の国王が余計な心配をする必要は無いのよ。さぁ、参(まい)りましょう」

 と王妃セーファは言い、エギルフィアに腕を絡(から)ませて連れて

行くのであった。


 ・・・・・・・・・・

 深夜、聖騎士団の参謀本部テントでは軍議が行(おこな)われていた。

騎士A「我ら聖騎士団としては死者24、重傷者102となります。

剣聖シオン率(ひき)いる混成旅団にては、死者112、

    重傷者214です。さらに王立-騎士団においては、

    死者5、重傷者17となっております」

ロー「しかもシオンも重傷と」

騎士A「は、はい」

ダンファン「上陸作戦には成功したが、少なくない犠牲だ。

      もっとも、敵にも多大な損害を与える事が出来

      たようだがな」

騎士A「はい。おおよそ数千のゴブリンを倒した模様です」

ロー「数千は無いだろう。せいぜい、千五百くらいじゃないの

   か?」

騎士A「えぇと・・・・・・後で調べ直しておきます」

ロー「そうしてくれ。ただ、上陸作戦としては、まぁ悪く無いんじゃないですか?   シオンの失態を除いて」

ダンファン「そう彼を責めるな。異様な術式を喰(く)らったそうだ」

ロー「しかし、彼がもう少し頑張れば、シオンの旅団は大した被害も無く上陸が可   能だったでしょうに」

ダンファン「確かにな。まぁ、居るのだよ。攻撃には秀(ひい)でているが、魔導的な      防御が薄い者が」

ロー「というか、あの攻撃は聖剣の力では?」

ダンファン「やも知れん。だが、そう味方を悪く言うな。彼も

      最善を尽くした。味方を責めても始まらん。ただでさえ、格部隊の間      での連携が難しいというのに」

ロー「・・・・・・申しわけありませんでした」

ダンファン「しかし、これでシオンの旅団は残り約2200名か。

      今回の作戦でおよそ1割を失ったか。魔剣士ニアも無茶をしよる」

ロー「ですが、彼女の働きは素晴らしかったと思いますよ。

   思わぬ逸材(いつざい)ですね」

ダンファン「違いない。さて、では次に軍艦の損失だが」

騎士B「私が説明いたします。聖騎士団、混成旅団それぞれ

    6隻の軍艦を失いました。ただし、物資を積んだ輸送艦

    は後方に待機していたため、1隻も犠牲になっておりま

    せん。ただ、王立-騎士団に関しては、どうも3隻の船

    の竜骨が損傷したようです。ただ、この件に関して、

    王立-騎士団は口が堅く・・・・・・」

ダンファン「そうか。しかし、そうなると帰りが面倒だな。

      相当に無理に詰めねばならなくなるだろう」

ロー「いやぁ、その心配は必要ないと思いますよ」

ダンファン「ほう何故だ、ローよ」

ロー「そもそも、帰りの状況ですが、一つは逃げ帰る場合。

   もう一つは島を制圧してから帰る場合に分かれます。

   そして、後者なら何ら問題が無いわけですね。最悪、

   島で新たな船をのんびりと作ればいいわけですし。

   そもそも島に兵士達を駐屯(ちゅうとん)させねばなりませんからね。

   あまり問題にはならないでしょう」

ダンファン「ならば逃げ帰る場合は、どうだ?」

ロー「それこそ大丈夫でしょう。その時は大勢が討ち死にしてますからね。むし    ろ、船が余るくらいの可能性がありま

   すよ。船を動かすのにも人手が要(い)りますからね」

 とのローの発言に、場は異様(いよう)に静まりかえった。

ダンファン「・・・・・・違いない。さて、では次に敵の戦術を分析

      せねばな。まず、あの爆発する魔石だ」

ロー「ですね。しかし、妙ではありますよ。獣魔-大戦においては、あんな多量の魔   石、魔族が使ったという情報はありませんからね」

 すると、一人の魔術師ドルフェが手をゆっくりと挙げた。

ロー(魔術顧問ドルフェ・・・・・・。その実力は折(お)り紙付(がみつ)きだが、

   あえて様々な任務に身をやつしていたそうだが。さて、

   私は彼の事を良く知らないから、お手並みを拝見とさせてもらおうか?)

 などと内心に思うのだった。

ダンファン「おお、ドルフェ。何かあるか?」

ドルフェ「然(しか)りに御座(ござ)いまする。砂浜に流れ着いたゴブリンの小舟を検     分(けんぶん)いたしました所、魔石は存在しませんでした」

 すると、地味ではあるが将軍の一人であるサイクが口を挟ん

だ。

サイク「だけど、明らかに魔石が爆発したように見えたけど」

ドルフェ「はい。その時は魔石であり、私が見た時には石ころと化しておりまし      た」

ロー「聞いた事がある。限定魔石。発掘してから時が経(た)つにつれ、魔石としての   力を失うという。それか?」

ドルフェ「はい。その代わりに、地域によっては豊富にとれるので御座(ござ)いま      す」

ダンファン「なる程。どうりであれだけの量の魔石を用意できたわけだ」

ドルフェ「恐らくは」

ロー「しかし、その限定魔石はどれ程の時間で効力を失うんだ?」

ドルフェ「半日から一日ほどでしょうか?長くて数日かと」

 すると、ダンファンが首を傾げた。

ダンファン「となると妙だな。奴らはいつの間に限定魔石を用意した?いや、違       う。奴らは我らの到来の時期を

      知っていたという事か?」

ロー「・・・・・・そうなりますねぇ。あれだけの量の限定魔石を

   我らを目視で発見してから用意するのは無理でしょう。

   近くに限定魔石の採掘場(さいくつじょう)があると仮定するにせよ、ね」

サイク「うーん。しかし、となると相当に厄介(やっかい)だね。何故なら、

    王立-騎士団が途中で遅れて、こちらもそれに合わせる

ため、ちょこちょこ合わせて半日くらい洋上で待って

居たからね。つまり、ギリギリまで上陸作戦の時間は

分からないわけで・・・・・・」

ダンファン「余程の探知-能力者が敵に居るか、もしくは」

ロー「味方に裏切り者が居るか、ですね」

 とのローの言葉に一同は沈黙するのだった。


 ・・・・・・・・・・

 宮廷-魔術師ベルモンドは実は今回の遠征に付(つ)き添(そ)っていた。

ベルモンド(ああ、ついに来てしまった。ククリ島。ゴブリンどもの根城(ねじろ)。      しかし、何としても王妃殿下だけは

      守らねば・・・・・・。あの愚かな第1皇子など本当はどうなっても良い。だ      が、あの美しく聡明(そうめい)なセーファ王妃殿下だけは。あぁ、セー      ファ王妃)

 などと叶わぬ想いを募らせているのだった。

 そして、セーファ王妃のテントの外で、少し離れた人気の少ない所から、護衛の真似事(まねごと)をしているのだが、中からはエギルフィアと王妃の苦悶にも似た声が聞こえてきて、苛立(いらだ)ちが高まるばかりだった。

ベルモンド(あのアホ皇子がッ!私の憧れの王妃殿下をたぶらかしおってッ!あんなのが次期国王など、ゾッと

      するッ)

 すると、ベルモンドの後ろに一人の黒ローブが現れた。

黒ローブ「やぁやぁ、宮廷-魔術師さん」

ベルモンド「お前は・・・・・・ファントム。来ていたのか?」

 とベルモンドはハンターの名を言うのだった。

 そう、彼こそはヴィル達を追っていたハンターのボスである。

ファントム「そうだね。来ていたというか付いて来たというか。

      剣聖シオンの混成旅団の民兵にまぎれこんでいた

      んだよ」

ベルモンド「元暗殺ギルドが何の用だ?場合によっては」

 そう言い、ベルモンドはわずかに魔力を高めた。

ファントム「おっと、僕には敵意は無いさ。少なくとも王家には、ね」

ベルモンド「・・・・・・お前は純エルフ主義だったな」

ファントム「そうさ。最近は人間が調子に乗っていて良くない。

      特に剣聖シオン。あいつはね・・・・・・」

ベルモンド「剣聖シオンを殺しにでも来たのか?」

ファントム「いやいやいや。あくまでビジネスさ、ビジネス。

      偽(にせ)の戸籍(こせき)で兵士に登録し、そして戦死した事に

      なった。なんでね、僕たちはフリーなんだよ」

ベルモンド「何が目的だ?」

ファントム「でも、亡霊となった僕たちも確かにここに存在する。まぁ、今は茂みの奥に偵察兵の振りをして隠れてるけどね。ただ、ばれると色々に面倒だ」

ベルモンド「質問の答えになっていないな」

ファントム「実は、僕たちに協力して欲しい。君の目的に添(そ)えると思うけどね」

ベルモンド「何の事だ?」

ファントム「知っているよ。君が真実を知っている事を」

ベルモンド「真実だと?」

ファントム「あぁ、そうだ。あの聖剣の真実を。いや、確信は無いのだろうけどね」

 との言葉にベルモンドは声を失った。

ベルモンド「な、何故それを・・・・・・」

ファントム「僕たちの支援者には色々と居るのさ。そして、

      その真実を確かめようとしているんだよ。もし、

      それが本当だった時、エストネア皇国は大いに

      揺るぐ事となるだろうね」

ベルモンド「待て・・・・・・待て待て。話は分かった。だが」

ファントム「一つ言っておくよ。君の子飼いじゃ剣聖シオンから剣を奪うことなど出来はしない。奴の周りには化け物女がはびこってるからなぁ。でも、僕たちなら出来る。剣聖シオン、奴の弱点を知っている

      からだ」

ベルモンド「弱点・・・・・・だと?」

ファントム「あぁ、そうだ。怖(おそ)ろしく脆(もろ)い弱点を」

 そう言い、ファントムはニヤリと笑みを浮かべた。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、負傷兵を治癒術士(ちゆじゅつし)と医術師が治療を施(ほどこ)していた。

 手順としては、医術師がまず縫合などをして、その後に治癒-

術士が自己再生を促(うなが)すのである。

 多くの重傷者が居る中、一人の治癒術士が懸命(けんめい)に働いていた。

 彼女こそリーシャ。シオンのギルド・メンバーの一人である

エルフの女性である。

リーシャ「大丈夫ですよ。すぐに良くなりますからね」

 と患者に微笑(ほほえ)み掛(か)け、治癒魔法を発動するのだった。

 

 ・・・・・・・・・・

ファントム「まぁ、それは置いておいてだ。僕たちに協力して

      くれないかな?」

ベルモンド「話は分かった。確かに、お前達が純エルフ主義である事に疑(うたが)いは無い。そして、私は王家に従う者。

      ならば、お前達に協力するのは-やぶさかでは無い。

      だが・・・・・・」

ファントム「慎重だね。だけど、それもそうだろう。僕たちは

      明らかに怪(あや)しいからね」

ベルモンド「分かっているようだな」

ファントム「ならば、僕たちの後援者を教えようか?それは」

 そして、ファントムはベルモンドに囁(ささや)くのだった。

 これを聞き、ベルモンドは恐怖で身を強(こわ)ばらせた。

ベルモンド「あの方か・・・・・・。だが、何故」

ファントム「さぁね。あの方の考えられる事は分からない。

      ただ、僕たちは聖剣自体は要(い)らないんだよ。

      いや、むしろ聖剣を手にする事は誰にも出来ない。

      あれは剣が使い手を選ぶんだよ。だから、無理に

      手にしようとすれば、破滅(はめつ)が待ち受ける」

ベルモンド「待て、なら」

ファントム「証明さえ出来れば良いんだ。その証明さえ。

      エシュタス国王陛下の気まぐれの。そして、

      それは女神アトラより授(さず)けられし2対(つい)の聖剣

      の真実に繋(つな)がる」

ベルモンド「・・・・・・協力しよう。だが、ファントム。誓え。

      決して、王家に危害を及ぼす事は無いと」

ファントム「始祖(しそ)にして母なる大樹セフィリムに誓って」

 と、ファントムは確かに誓約するのだった。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、ファントムのギルド、デスゲイズの面々は森にて

潜んでいた。

 金髪の少女アリスがニコニコと楽しそうにしているのと対照的に、包帯(ほうたい)巻(ま)きの男サギオスは舌打ちを繰り返していた。

サギオス「ところでアリス。あのクエルトの馬鹿は何処(どこ)に行きやがった?」

アリス「え?知らない。おトイレとか?」

サギオス「何十分かかってんだよ・・・・・・。クソッ、あいつは

     いけすかねぇし得体(えたい)が知れねぇ」

アリス「うーん。でも、根(ね)は悪(わる)くないと思うんだけどねぇ」

サギオス「んなわけあるかッ」

 こうしてサギオスの機嫌(きげん)は何処(どこ)までも悪くなるのであった。


 ・・・・・・・・・・

 唐突(とうとつ)にヴィル達、ヒヨコ豆-団の居る小屋の扉が外から叩かれた。これに対し、ヴィルは戦闘態勢に入るように手信号を示した。

ヴィル[今、開けます]

 そう答え、ヴィルは勢いよく扉を開いた。

 だが、そこに居たのは予期せぬ人物だった。

 黒ローブを纏(まと)ったその者は、デスゲイズの獣使いクエルトだった。

トゥセ[ッテ!お前はッッッ!]

 あまりの事態に、トゥセは口をあんぐりと開けるのだった。

クエルト「ん?ゴブリン語ですか?それにゴブリンの姿。へぇ、

     上手(うま)く化(ば)けたものですね。なる程、なる程」

ヴィル「何故、お前がここに居るッ!ここまで追って来たか、

    ハンターッ」

 対し、クエルトは肩をすくめた。

クエルト「いやぁ、でも良くここまで辿(たど)り着(つ)きましたね。

     お見事、お見事。あ、私は敵じゃ無いですよ。

     むしろ味方じゃないのかなぁ?」

トゥセ「信用できるか、この馬鹿ッ!」

クエルト「おっと、辛辣(しんらつ)な言葉。お兄さんは悲しいですよ、

     トゥセ君」

トゥセ「なんで俺の名前を知ってんだよ」

クエルト「それは調べましたからね」

 との言葉に、トゥセは露骨(ろこつ)に顔をしかめた。

ヴィル「・・・・・・ともかく、敵で無いなら何の用だ?」

クエルト「いやぁ、近くを通ったら偶然、皆さんの気配を感じましてね。驚きましたよ、ええ。あぁ、それで質問に答えましょうか?いやぁ、皆さんの顔を見に来たくなりましてね」

トゥセ「帰れ、このアホッ!」

クエルト「ひどいなぁ。でも、拒絶される程に燃えますけどね」

トゥセ「もう嫌だ、こいつ。アーゼ、助けてくれ」

アーゼ「いや、俺に言われても・・・・・・」

 そんな二人のやり取りを見て、クエルトはニヤニヤとするの

だった。

クエルト「まぁ、冗談はさておき、皆さんが居る事に偶然-気づいたんで、忠告に来たんですよ。まもなく、こちらも戦場と化すでしょう。まぁ、数日くらいなら平気でしょうがね。今の内に寺院にでも逃げると良いでしょう。では」

 そう告げ、クエルトは夜闇へと消えていった。

 ヴィルが外に出れば、遙(はる)か上空に黒い翼を生やしたクエルトらしき者が滑空(かっくう)しているのが微(かす)かに見えた。

ヴィル「・・・・・・何者なんだ、あいつは」

 そうポツリと漏(も)らす事(こと)しかヴィルには出来なかった。


 ・・・・・・・・・・

 植物族の女王リステスは、山脈の麓(ふもと)に位置する隠れ家で

わずかなまどろみを得ていた。

 しかし、おもむろに目を開き、部下に告げるのだった。

リステス「これより空から客が来るわ。邪魔をしないように」

 これを聞き、植物族の従者は恭(うやうや)しく頭を下げて、場を後にした。

 数分が経(た)っただろうか、何かが羽ばたく音が近づいて来た。

 そして、クエルトが降り立つのだった。

 突如-現れたエルフを見て、リステスは目を細めた。

リステス「・・・・・・魔(ま)獣使(じゅうづか)いクエルト。何の用ですか?」

クエルト「いやぁ、そちらの様子はいかがと思いましてね」

リステス「どうも何も、惨憺(さんたん)たる状況ですわ。多くのゴブリンが殺されたのです」

クエルト「私があげた情報は役立ちましたかね?」

リステス「・・・・・・貴方(あなた)のおかげで十分な準備をもって対処する事が出来ました。ですが、それでもこの有(あ)り様(さま)なのです」

クエルト「まぁ、また何かあればカラスを遣(つか)わせますよ。とはいえ、騎士団に隙(すき)があればの話ですが」

リステス「・・・・・・ですが正直、私(わたくし)は貴方を信用できませんわ。貴方も一応はエルフなのでしょう?」

クエルト「まぁ、エルフの皮はかぶってますね」

 と少し寂しげに答えた。

リステス「それで他に何かあるのです?」

クエルト「いえいえ。ただ、少しお伝えしたい事がありましてね」

リステス「伝えたい事?」

クエルト「ええ。今回の戦いで確信しましたよ。まぁ、ククリ島に関して、恐らくはあなた達が勝ちますよ。ええ。

     間違い無くと言っても、問題が無いくらいに」

リステス「気休めは止(よ)してくださらない?」

クエルト「いやいや、気休めじゃ無いですよ。

これはエストネアの歴史なんですよ。

大戦において、皇国(おうこく)の勝つところに必ず聖剣がある。

しかし、今回は聖剣のやる気が無いようでしてね。

     まぁ、いずれ私の言った事も分かるでしょう」

 と言い残し、クエルトは再び去って行くのだった。


 ・・・・・・・・・・

その頃、剣聖シオンは女-魔術師ユークと聖騎士エレナの看護(かんご)を受けていた。

 彼の容体はあまり良くなく、体中から冷や汗をかき、苦しげに呻(うめ)いていた。

シオン「う、うあぁ・・・・・・嫌だッ・・・・・・俺は・・・・・・」

 すると、天幕が開けられ、外から狂戦士ローが入って来た。

ロー「シオン、見舞いに来たよ」

シオン「・・・・・・ローさん」

 との言葉に答えず、ローはシオンに歩み寄った。

 そして、おもむろに彼の胸ぐらを掴(つか)んだ。

ロー「何をやっている、シオン?右腕に呪いを受けたそうだな。

   ならば何故、左腕で戦わない?」

シオン「痛いん、です」

ロー「ふざけるなッ!痛むのなら、いっその事、切り落として

   しまえッ。今日、どれ程のヒトが死んだと思う?そして、

   お前はその犠牲を本来、減らすことが出来たんだぞ。

   何が剣聖だ。何が朱(あか)の聖剣エルザハードの使い手だ。

   そこに立てかけられている聖剣も泣いているぞ」

シオン「う・・・・・・あ・・・・・・」

ロー「何とか言ったらどうだ?この愚か者ッ!」

 すると、ローの手にエレナは触れようとした。

 刹那(せつな)、ローは一瞬で手を離し、エレナから距離を取った。

 今、エレナの周囲からは異様なオーラが滲(にじ)んでいた。

エレナ「狂戦士ロー。あまりシオンをいじめないで下さい。

    さもないと・・・・・・」

ロー「過保護(かほご)が過ぎるな、聖騎士エレナ」

エレナ「少し痛い目に遭わないと分かりませんか?貴方(あなた)のような狂った人間には」

 その言葉と共に、周囲の空間は鳴動していった。

 対し、ローは腰の魔刃(まじん)に手を掛(か)けるのだった。

ユーク「はい。ケンカは駄目、駄目」

 とのユークの場違いな声が響くと、周囲の緊張は霧散(むさん)していった。

ロー「・・・・・・じゃあな、シオン。お前は一生、女に甘えて生きてればいいさ。男妾(だんしょう)のようにな」

 そう言い残し、ローは去って行った。

シオン「う、うぅ・・・・・・」

 自身の情けなさからか、単純にローの言葉に傷ついたからか、

涙をシオンは零(こぼ)した。

エレナ「シオン、大丈夫よ。私はシオンの味方だからね。ねっ」

 と優しく言い、エレナはシオンを抱きしめるのだった。

 一方で、ユークは面白(おもしろ)くないのか、テントを出て行ってしまった。


 外を歩く狂戦士ローに、ユークは追いついた。

ユーク「狂戦士ロー。少し良(い)いかしら?」

ロー「・・・・・・女性の頼みなら断る理由は無いよ。ただし、

   聖騎士エレナのように、人間(にんげん)離(ばな)れして怖いヒトは別

だけどね」

 との言葉に、ユークはくすりと笑うのだった。

ユーク「ねぇ、狂戦士ロー。貴方はエレナをどう思う?」

ロー「どう思うと言われても、まぁ変わり者だね」

ユーク「どうして?」

ロー「あの馬鹿シオンにあれ程までに入(い)れ込(こ)んでるなんて」

ユーク「そうね、馬鹿なのかも知れないわね」

 とユークは自嘲気味(じちょうぎみ)に言った。

ユーク「それは置いておいて、狂戦士ロー。貴方はエレナを

危険と思わなかったかしら?直感的に」

ロー「どうかな?まぁ確かに一種の危うさは感じたけどね」

ユーク「私はね、エレナがいずれ災厄を巻き起こすと思うの。

    そして、それを止める騎士が必要。狂戦士ロー。

    いずれエレナが暴走を起こした時、貴方は彼女を

    倒してくれるかしら?」

ロー「・・・・・・言ってる意味が良く分からないな。そもそも、

   君達は仲間じゃ無かったのか?」

ユーク「元々は敵同士。今は休戦中なだけで」

ロー「ふむ。まぁ、もし聖騎士エレナが何かしらの大罪を犯したとして、そうなったら戦う事になるかも知れないな。

   ただ」

ユーク「ただ?」

 そうユークは聞き返した。

ロー「私は狂戦士なんでね、どちらかと言えば騎士じゃ無い。

   化(ば)け物(もの)-退治(たいじ)は騎士の役目と相場が決まってる」

ユーク「エレナに対抗できる程の騎士なんて、何処(どこ)に居るのかしら?」

ロー「それはもしかしたら、この島に居るのかも知れない。

   いや、必ず居るだろう。あいつは常に、信念を貫き

   続けて来たのだから」

ユーク「・・・・・・ヴィル。だけど彼は騎士では無い」

ロー「彼は誰よりも騎士だよ。誰が否定しようとも、彼の魂は

   誇り高き騎士そのものなんだよ。彼と彼の仲間達ならば、

   墜(お)ちた女神にも対抗できるだろう」

ユーク「墜ちた女神。言(い)い得(え)て妙(みょう)ね。だけど、なら貴方(あなた)は何    と戦っていくのかしら、狂戦士ロー。貴方は」

ロー「それは決まっている。真に狂った敵とさ。

   優しすぎるヴィルでは倒せない腐った敵、

   それを私は代わりに斬っていくのさ。

   狂った呪いを受けながらね」

 と言い、ローは魔刃を引き抜き見せた。

 それを受け、ユークは満足そうに唇(くちびる)の端(はし)を上げるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 翌朝、シオン率いる第4混成旅団の陣地内にて、王立-騎士団、

聖騎士団を合わせた3軍の合同(ごうどう)参謀(さんぼう)会議(かいぎ)が行われる事となった。

 本来ならば、統合参謀本部をきちんと置くべきなのだろうが、

それぞれの管轄(かんかつ)に固執(こしつ)する者も少なくなく、それは叶わなかった。

 なので、合同会議が始まる前から、既に3軍は個々に戦うであろう事が目に見えていた。

 合同会議の出席者は聖騎士団からは狂戦士ローや老将軍ダンファンなど、王立-騎士団からはヴィグネス将軍やアルストフ将軍とさらに総大将にして第1皇子のエギルフィアなどである。

 また、混成旅団からは剣聖シオンでは無く、魔剣士ニアが代わりに出席していた。それとニアの補佐として連隊長のヤイスも当然、傍に付いて居た。

 この場で主導権を握っているのは、もちろん皇子であるエギルフィアの一派である。

 なので議事進行も彼の執事であるイヴェグとなっていた。

イヴェグ「では、諸侯(しょこう)、諸兄(しょけい)の皆様方(みなさまがた)。第1皇子エギルフィア殿下の御前(おんまえ)にて、合同会議を始めさせて頂(いただ)きたく存(ぞん)じます」

 こうして会議が行(おこな)われるのだが、しばらくは状況報告など、再確認が行われた。

 イヴェグは宮廷に仕(つか)える身であり、公式の場においては特に言葉の助(じょ)長(ちょう)さが顕著(けんちょ)となっていた。さらに要点を後回しにして、

特異な例を先に言ったりするので、説明が非常にわかりにくくなった。

 なので、長々としたその説明に、段々と人々は飽きを見せていた。ちなみに一番-退屈にしているのは主(あるじ)であるエギルフィア

そのヒトであるのは何(なん)たる皮肉であるか。

 ただし、弁明(べんめい)をするならば、王立-騎士団においては-そのような形式が重要であり、論点だけを端的(たんてき)に話せば馬鹿にされて、ロクに聞いて貰(もら)えないのである。

 なので王立-騎士団が幅(はば)を利(き)かせている-この場に置いては、彼の話し方は最適とも言えるやも知れなかった。

 ただ、いい加減エギルフィアも面倒になってきたのか、イヴェグに先を促(うなが)すように言うのだった。

エギルフィア「イヴェグ。大方の内容は分かった。そろそろ、先に進んでくれないか?お前の言った内容は

       全て今朝、目を通したものだ」

イヴェグ「これは誠に申しわけありません。仰(おお)せのままに」

 そうして、イヴェグは無理に残りの内容を簡潔にまとめて、

議題を語るのだった。

イヴェグ「では第1の議題に移らせて頂きたく存じます。

     これに関してはアルストフ将軍より、ご説明を

     お願い申し上げます」

 すると、エルフの将軍アルストフが毅然(きぜん)と立ち上がった。

アルストフ「どうも皆さん。そして、我らが君、エギルフィア

      皇子殿下。王立-騎士団・第3旅団長のアルストフ

      に御座(ござ)います。では、第1の議題に関して説明さ

      せて頂きます。今回のククリ島-遠征に関しまして、

      王立、聖騎士、混成と3軍が合同に作戦を行(おこな)う事

      となります。そこで3軍の進軍(しんぐん)予定(よてい)経路(けいろ)を折      衝(せっしょう)していきたく思います」

 すると、狂戦士ローが手を挙(あ)げた。

イヴェグ「聖騎士団、第2旅団長・ロー将軍」

ロー「まぁ、将軍と言う響きには慣れてないんで、狂戦士ローとでも呼んで下さい。それで、お話を邪魔するみたいで悪いんですけど、一応、味方どうしなわけで仲良くしませんかね?折衝なんて言い方じゃ、まるで利害関係にあるみたいですしね」

アルストフ「・・・・・・これは失礼。言葉遣いが不適切だったようだ。しかし、ならば主(しゅ)功(こう)は譲(ゆず)ろうか?

名誉ある最前線を」

ロー「そんなに死にたくないんですかね、王立騎士さんは?」

 とのローの言葉に場はざわついた。

 特に王立騎士達の反感は凄(すさ)まじく、露骨(ろこつ)にローを睨(にら)みつけていた。一方、ローはいつも通りに涼(すず)しい顔をしているのだった。

 彼だけは、緊張した場に置いて、さながら口笛でも吹き出しそうな雰囲気(ふんいき)である。

 すると、ゴブリンを虐殺(ぎゃくさつ)したヴィグネス将軍が机をおもむろに叩いた。

ヴィグネス「狂戦士ロー・・・・・・。言葉が過ぎるぞ」

ロー「これは失礼。しかし、後から隠れて来て、それで予備のゴブリン相手に無駄な殺戮(さつりく)をしたヒトに何が分かるんですかね?正直、弱い者イジメにも見えましたけど。大体、

   何ですか、あれは?ゴブリンを串刺(くしざ)しにして野ざらしに

   するなんて。あんな事をすれば、ゴブリン達からすれば、

   怒り狂うだけですよ。むしろ、必死に抵抗してくるでしょうね。向こうからすれば死活問題ですから」

ヴィグネス「・・・・・・殺(ころ)し尽(つ)くす以外に方法はあるまい」

ロー「それはどうなんですかね。彼らは船を持っていた。そして、魔大陸と呼ばれる北の人類の未踏地域は近い。

   なので、ククリ島を真に征服したいなら、ゴブリンを

適当に倒して、わざと逃がして、島の外に追い出すの

が最上と思いますよ」

ヴィグネス「正気で言っているのか?ゴブリンを逃がす?

      何をたわけた事を」

ロー「いやいや戦術の基本ですよね?王立-騎士団の指揮訓練で戦術について学ばなかったのですか?仮に包囲(ほうい)機動(きどう)を

   行(おこな)うにせよ、わざと一箇所(いっかしょ)だけは穴を開けておき、そこから敵を逃がして追撃をするのが基本でしょう」

 との正論にヴィグネスは体を怒りで震わせた。

 こうなると来るのは感情論か論点のすり替えである。

ヴィグネス「貴様ッッッ!愚弄(ぐろう)するかッ!・・・・・・いや、待て。

      そうか、そういう事か。ハハッ、得心がいった。

      皆の者、聞け。先日、一人の反逆者が生まれた。

      彼の名はヴィル。元聖騎士団であり、一匹のゴブリンと共にエストネ      アの国外に脱出したそうだ。

      そして、なんとその反逆者こそ、狂戦士ロー。

      貴様と蜜月(みつげつ)の仲だったそうでは無いか。

      狂戦士ロー。貴様、実は反逆的な思想があるのでは?」

ロー「いやぁ、愚かな将軍には反逆したくなりますねぇ」

ヴィグネス「貴様ッッッ!」

エギルフィア「よせッ!」

 剣に手を掛(か)けたヴィグネスを止めたのは、第1皇子エギルフィアだった。王家の言葉に、しぶしぶヴィグネスは手をわななかせながら、剣から手を離した。

エギルフィア「狂戦士ロー。貴様は何を望む。3軍の親和(しんわ)を説(と)きながら、      何故、挑発するような真似(まね)をする」

ロー「申(もう)しわけ御座(ござ)いません」

エギルフィア「・・・・・・もう良い。ともかく、これでは会議にならん。はてさて、ど       うしたものか」

 すると、おもむろに老将軍ダンファンが手を挙げた。

エギルフィア「7英雄ダンファン。何かあるのか?」

ダンファン「はい。此度(こたび)の事は我らが聖騎士団の失態に御座い

      ます。ですので、我らのエストネアへの忠誠を示

      すためにも、どうか先陣をお許し下(くだ)さい。狂戦士

      ローに関しましては、そのさらに最前線を指揮さ

      せたく存じます」

エギルフィア「・・・・・・良いだろう。では、その間、王立-騎士団

       が後方で3軍の統御(とうぎょ)を行(おこな)うので異論は無いな?」

ダンファン「はっ、仰(おお)せのままに」

 この提案で、ようやく王立騎士達の溜飲(りゅういん)は下がったようだっ

た。しかし、代償は大きい。これにより、ロー達は未踏(みとう)の最前

線を進まねばならないのである。



 ただし、今なすべきは橋頭堡(きょうとうほ)を確立する事である。

 今後の輸送を考えたら桟橋(さんばし)などの係留(けいりゅう)施設(しせつ)を早急に完成させる必要があったし、ゴブリンの夜襲を受けても平気なように周囲を頑丈な柵で覆う必要もあった。

 何故なら、特攻でもされて停留している軍艦が燃えてしまったら、本当に帰る手段を失ってしまうからである。

 なので、敵が襲撃してきても、すぐには軍艦までは近寄れないようにする必要があった。

 それを考えると、桟橋(さんばし)というのは簡単に軍艦に辿(たど)り着(つ)ける道であり問題はあると言えるかも知れない。

しかし、桟橋(さんばし)などに船を繋いでおかないと、撤退を急いでいる時などは困る事になる。

 ここらは遠浅であり、陸から停留中の船までの距離がかなり

あるからだ。

 なので総合的に考えれば、係留施設に軍艦を停泊させるのは正しいと言えるだろう。

 また、塹壕(ざんごう)などを掘り、敵の騎兵などを足止めするのも重要である。

 このような作業を狂戦士ローは率先(そっせん)して指示していた。


 一方で、王立-騎士団は適当なものであり、魔力で船底を強化して、無理矢理に岩場に停泊をしているのだった。

 確かにそれならば座礁(ざしょう)をする事もなく、楽に軍艦を岸につける事が出来るが、ときおり魔力で補強せねばならず、大規模な軍隊においては魔術師の無駄使(むだづか)いと言えただろう。

 何故なら、その分の魔術師は遠くへは進む事が出来なくなるからだ。

 とはいえ、これにもメリットはあり、岩場の付近は海が急に深くなるので、容易に接岸(せつがん)する事が出来るのだ。

 

 ちなみに、シオンの混成旅団は連隊長のヤイスの指示の下(もと)、

作業が進められていたが、ヤイス自身は海戦に詳しく無いため、

聖騎士団のサイク将軍に助けを求め、サイク将軍自身が部下を

引き連れて応援に行っていた。

 ここら辺(へん)が、サイクの面倒(めんどう)見(み)の良い由縁(ゆえん)である。

 しかし、別の管轄の者に、素直に頭を下げて協力を願えるというのも重要な事と言えただろう。


 こうして、上陸2日目は終了したのである。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ヴィル達は小屋を出て山で野宿をしていた。

 不本意ではあるが-クエルトの忠告に従い、北西のミロク寺院へと向かっていたのだ。

 暗闇の中も緑は濃く、辺(あた)りには草木の香りが充満しており、

羽虫なども何処(どこ)からともなく集まってきていた。

 すると、ゴブリンの老婆ガ・シヤが香(こう)を焚(た)き出(だ)した。

 とたんに、羽虫たちはクモの子を散らしたように飛び去っていくのだった。

ガ・シヤ「レク・ファト姫様。虫にさされませんでしたか?」

レクク「あ、大丈夫です」

 そうニコッと笑顔を見せて答えるのだった。

トゥセ「しかし、その香、いいな。俺も欲しい」

ヴィル「トゥセ。戦場では臭いを残すのは危険だ。まぁ、

伝染病を持つ蚊(か)とかが居るなら仕方ないだろう

けどな」

トゥセ「・・・・・・戦場とか、勘弁(かんべん)っすよ」

アーゼ「それは俺も同感だ。まぁ、この辺りには兵士は全然、

    来て無いみたいだけど」

トゥセ「あーあ。どうなっちまうんだろうな、俺達」

 との言葉が、夜の密林(みつりん)に消えていくのだった。


 ・・・・・・・・・・

 数日が経過した。

 橋頭堡(きょうとうほ)においては埠頭(ふとう)(係留施設)が段々と出来上がりつつあり、ようやく少しは港らしくなったと言えた。

 そして、その桟橋(さんばし)を伝(つた)って物資が運ばれていた。

 一方で、王立-騎士団は埠頭(ふとう)の構築を全(まった)くしようとはしていなかった。


 そんな様子を遠目に狂戦士ローは見据(みす)えていた。

ロー「やれやれ、港の建設は全て、こちら任せか」

 すると、ダンファンが声を掛けてきた。

ダンファン「仕方なかろう。彼らは海戦の経験が無い。

      ワシ等(ら)は離島での戦いを経ているからな」

ロー「ルネ島・・・・・・あれは地獄でしたね」

ダンファン「そして、化け物が生まれ、一人の聖騎士がそれを

      倒し、代わりに去って行った」

ロー「ヴィル・・・・・・」

ダンファン「不幸な事じゃよ」

 しばらく二人の間に沈黙が流れた。それを先に破ったのは

老将軍の方だった。

ダンファン「いつか、何もかも気にせずに、皆で釣りでも出来れば良いのだがな」

ロー「ですね・・・・・・あいつも釣りが好きでした」

 そして、二人はどこまでも青く明るい空と海に見入るのだっ

た。


 ・・・・・・・・・・

 聖騎士団のサイク将軍は、混成旅団の連隊長ヤイスと言葉を

交(か)わしていた。

 今、混成旅団の陣地構築は、橋頭堡(きょうとうほ)を含めて相当に整えられ

ていた。

サイク「いやぁ、大分、出来てきたねぇ」

ヤイス「将軍のおかげです」

サイク「いやいや、そんな事は無いよ。君達が頑張ったからだ。

    それに、民兵達もね」

ヤイス「確かに、彼らは良くやってくれています」

 とのヤイスの言葉にサイクは頷(うなず)いた。

サイク「しかし、君達の第10連隊と協力できるのは私としても

喜ばしいよ。先任の連隊長さんとは、あまり良い関係

を築けなかったからね」

ヤイス「聖騎士イーヴィアとお知り合いだったのですか?」

サイク「ああ。結局、彼とは最後まで上手くやれなかったよ」

ヤイス「あのヒトも気むずかしい所がありましたから。

王都防衛を担(にな)っているのに将軍に任命されていない

事をいつも愚痴(ぐち)っていました。部下にも厳しくあた

る事も少なくなかったです。ただ、最後は立派でし

た。連隊にて語り継がれる程に」

サイク「獣魔-大戦においては、我々はあまりに多くを失ってしまった。そして、このククリ島-遠征。今度は犠牲が少ないと良いのだけどね・・・・・・」

ヤイス「はい。叶うのならば」

 しかし、どうにも先には暗雲が立ちこめる予感しかしないの

だった。


 ・・・・・・・・・・

 さらに一週間が経(た)った。

 この間に、狂戦士ローは偵察部隊を送っており、地形を確認させていた。

 参謀本部のテントにてローは説明をしていた。

ロー「偵察部隊からの報告によると、我々が持っているククリ島の地図と、地形はあまり変わりは無いようです」

ダンファン「ふむ。それは吉報(きっぽう)だ。しかし、およそ百年前に

      記(しる)されたとされる、この《ククリ島-紀行》。

      これの情報が正しいとはな」

 と言い、ダンファンは一冊の本を取り出した。

ロー「著者とされるポロンは小人族で、ゴブリンとも上手くやれてたみたいですけどね」

サイク「いやぁ、子供の頃に読んだ事があるよ。懐(なつ)かしいね。

    大嵐に巻きこまれた冒険者ポロンが気づけば、謎な

    島に流されていた。そこで起こる様々な冒険。うん。

    当時は夢中で読みふけったものだよ」

ダンファン「それに比べ、今のワシ等(ら)は・・・・・・。いや、あえて

      何も言うまい。全てはエストネア皇国(おうこく)のため」

 とのダンファンの言葉に、皆は頷(うなず)いた。

ロー「さて、王立-騎士団も早く出立(しゅったつ)しろとうるさいので、そろそろ侵攻を開始しなくてはいけません。まぁ、私のせいなんですけどね」

 そうローは少し悪びれた様子で言うのだった。

ダンファン「気にするな、ロー。しかし、必然的にお前には

      最前線を任せる事となる。覚悟はしておくのだ

      ぞ」

ロー「ええ。それはもう」

ダンファン「島の中央に位置するとされるガ・ルク大要塞の

      攻略が当面の目標となる。ここさえ落とせば、

      ククリ島の制圧は容易となるだろう」

ロー「そうなれば、うちらが-その要塞を使えますしね」

ダンファン「そうだ。それに要塞がある限り、我々は作戦行動を大幅に制限される事となる」

サイク「いっそ島の半分の攻略だったら、要塞を無視して

南半分を占領すればよくて楽なんですけどね」

ロー「それじゃ軍事費がいくらあっても足りないでしょう」

ダンファン「仮定の話をしても仕方ない。ともかく、ガ・ルク

      大要塞へのルートを策定(さくてい)せんとな。もっとも、これに関しては既に大まかに決定してあるが。軍師アレン、説明してくれ」

 すると、一人の軍師が立ち上がった。

アレン「はい、ダンファン将軍。まず、此度(このたび)の戦争において、

    最も重要なのは兵站(へいたん)線(せん)(補給線)の確保であります。

    通常のヒト対ヒトの戦(いくさ)の場合、攻める側は民家からの略奪という形で食料や飼(か)い葉(ば)(馬の飼料(しりょう))を得る事が出来ます。しかし、今回は相手がゴブリンであり、

    彼らと我々は食事が大きく異なりますので、それが

    不可能となります。もっとも、馬用の飼い葉を入手

    する事は叶うかも知れませんが。ともかく、少なくとも食料に関しては、そういう事となります」

ロー「しかも、エストネア本国とは海で隔(へだ)てられているので、

   物資の供給が難しい」

アレン「はい。ロー将軍の仰(おっしゃ)るとおりです。ただし、橋頭堡(きょうとうほ)の確立が最低限-成ったため、これで商船を呼ぶことが

    出来ます。既に大商人ハイネスとの協力が取り付けられており、彼の船団が今後、順次-到着して来る予定です。なので橋頭堡(きょうとうほ)から最前線まで、いかに物資を運ぶかが問題となってきます」

ダンファン「その通りだ。続けてくれ」

アレン「はい。そこで単純ではありますが、最短ルートに近い

    形で進軍するのが最適でしょう。すると、候補としては二つの進路が浮かび上がります。一つ目をAルート

    と称します。これはガ・ヤ死火山を左回りに進むもの。

    もう一つ、これをBルートとしますが、こちらは反対に死火山を右回りに行(ゆ)くものです」

 と言いながら、アレンは羽ペンで地図に線を記入していった。

アレン「そして、今回は左回りの経路、Aルートが適していると思われます。これはひとえに他の橋頭堡(きょうとうほ)の位置からです。混成旅団、王立-騎士団は我々より左側に陣地を構築しています。なので、彼らの進軍とあまり距離が

    離れないようにするのが良いかと。特に、ククリ島は未開の地に等(ひと)しく、なるべく連携を取り合って行動をするのが好ましいかと」

ロー「まぁ、王立-騎士団は連携なんて考えて無いだろうけどね」

アレン「・・・・・・と、ともかく私からは以上です」

ダンファン「うむ。説明、ご苦労だったアレンよ。ただし、

      戦場とは常に流転し続けるものだ。進軍経路も

      時には大幅に変更が必要となるだろう。そして、

      それは現場における裁量も必要となるのだ。

      各々、臨機応変に対処するのだ」

 とのダンファンの言葉に、騎士達は「ハッ!」と力強く答え

るのだった。

 こうして、いよいよ騎士団の侵攻は間近に迫っていた。


 ・・・・・・・・・・

 一方、植物族の女王リステスとゴブリンの戦士長グル・フは、

ガ・ヤ死火山の麓(ふもと)に位置するゼ・ヤ城塞(じょうさい)にて軍議を行(おこな)っていた。

 このゼ・ヤ城塞は麓(ふもと)にある丘を取り囲む形で作られており、

上空から見れば蛇(へび)のように曲がりくねった城壁を有していた。

 また、城壁の高さは低く、守備陣地としての能力は低いと

言えた。

 これにはいくつか理由があるが、一つにはゴブリンの身長が人間より低いというのがあるだろう。なので、ゴブリンの目線で見れば、それ程までに城壁が低いとは言い切れないのである。

 もう一つの理由としては、壁を高くしても仕方ないというのがある。何故なら、ククリ島は火の力を有した限定魔石に満ちており、さらに城壁を強化する結界術士の数も少なく、簡単に壁を破壊されてしまうのである。

 すなわち近代戦において、城が使われなくなったのと、同じ理由である。

 ただし、今回の戦(いくさ)において、騎士団は火の魔石を有(ゆう)しておらず、城壁が低いのは致命的な弱点と言えた。

 とはいえ、海を越えてきた騎士団は攻城兵器を持っていないので、その分、城塞の攻略は難度を増す。

 また、城壁が高くない分、城を作るのは比較的に容易であり、

ククリ島には小さな城塞が数多く存在していた。

 なので、この城塞が破れても、後方の城へと移れば良いだけであるとも言えた。

 こうした複雑な事情が重なり合っており、植物族のリステス

は頭を抱えていた。

 彼女は読書家であり、魔人から譲(ゆず)り受(う)けた書物を数多く読みこなしていたが、そもそもが面倒(めんどう)くさがり屋(や)であり、夜の運動さえ出来れば幸せを感じるタイプなので、軍議というのを非常に厄介(やっかい)と思っていた。

リステス(あぁ、頭がグラグラしますわ。何で私がこんな事を。

     ヒト共(ども)め。絶対に許しませんわ・・・・・・)

 また、根っからの武人である戦士長グル・フも戦術に関しては疎(うと)く、真剣そのものではあったが-あまり深く理解は出来ていなかった。

 なので、参謀(さんぼう)である長老達が軍議を勝手に進めている状況であった。とはいえ、官僚的な立場の長老達がしっかりしているのは、非常に頼もしいと言えた。

 ただし長老達は、官僚の常と言えるが、無難(ぶなん)な案(あん)しか打ち出さないので、リステスは何とか不利な戦況を引(ひ)っ繰(く)り返(かえ)す策(さく)を考えようとしていた。

リステス(そもそも、人材不足が否(いな)めないですわね。人数としては明らかにこちらの方が多いだろうわけですが、

     こちらは練度や能力の低い兵士ばかりであり、まともにぶつかれば敗北は必至(ひっし)でしょうね。

     やはり、ゲリラ的な作戦をする必要がありそうですわね。でも、それにはある程度、敵の戦線を伸ばして、その補給を断つ事になる。それまでに、多大な

     犠牲が出るでしょうね。

     ただ、そうなっては-そもそも戦術も何もありはしませんわね。ただ、敵の防御の薄い箇所や補給部隊に奇襲を掛けて倒すだけ。

     でも、そんな泥臭い真似も必要ならばやりましょう。

     ヒト共(ども)には獣魔-大戦を含め、私の可愛(かわい)い子供らが

     大勢、殺されてきたのですから・・・・・・)

 と、暗い殺気を纏(まと)いながら、リステスは思うのだった。

 すると、一人の呪(まじな)い士(し)のゴブリンが入って来た。

呪い士「ただいま、戻りました・・・・・・」

長老A「おお、呪(まじな)い士(し)ゼル・ハン。偵察より戻ったか。して、

    敵の様子はどうじゃった?」

 そう長老は尋(たず)ねるのだった。

ゼル・ハン「そ、それが・・・・・・」

長老A「なんじゃ?既に侵攻を開始したのか?」

ゼル・ハン「いえ。奴らは陣地を作り上げてきています。

      しかし、エルフ達の陣において、私は信じら

れないものを見付けました」

リステス「信じられないもの?」

ゼル・ハン「は、はい。今まで何度か偵察を繰り返しましたが、以前には有りませんでした」

グル・フ「何があった?教えてくれ」

ゼル・ハン「はい・・・・・・。奴らは我らが同胞の死体を槍で串刺しにして野ざらしにしております」

グル・フ「それは知っている」

ゼル・ハン「今回、その一つに弟君が・・・・・・・」

グル・フ「ッ!ガル・フがッ?クソッ!分かっては居た事だが、

     事実を突きつけられると堪(こた)えるッ」

 と、グル・フは悲痛な面持(おもも)ちで言うのだった。

ゼル・ハン「そ、それだけでは無いのです。ガル・フ様の

      ご遺体(いたい)には酷(むご)たらしい痕(あと)が・・・・・・。恐らくは」

グル・フ「拷問(ごうもん)を受けたのかッ?」

ゼル・ハン「は、はい。ご遺体は比較的に新しくありました。

      つまり・・・・・・」

グル・フ「俺の弟は、奴らの上陸から今まで苦しみ続けていたのだな。だが、よう     やくその魂は女神クル・セレの

     御許(みもと)へ帰ったのだな、安らかに・・・・・・ッ」

 全身を怒りと哀(かな)しみで震わせながら、グル・フは絞(しぼ)るように

言葉を紡(つむ)いだ。

 そして、彼はおもむろに立ち上がった。

長老A「戦士長グル・フ。どこへ行くッ?」

グル・フ「・・・・・・頭を冷やす。このままでは単身、奴らを殺しに向かってしまいそうだ。だが、島のため、それは許されはしないッ。俺はッ・・・・・・」

 そう言い残し、グル・フは場を後にするのだった。


 グル・フが立ち去った後、軍議は-なし崩し的に解散となった。

 なので、長老ホン・ゼはグル・フを探しに行く事にした。

 すると、そこではグル・フが二刀で剣技の型を確かめていた。

 その剣は哀(かな)しみを湛(たた)えており、かつ、静かなオーラを纏(まと)っていた。

 これを目にし、長老ホン・ゼは心を畏怖(いふ)で震わせた。

ホン・ゼ(敵も愚かな事だ。眠れる獅子(しし)を呼び起こしてしまったか・・・・・・。この闘気、新たな勇者が生まれたと言っても差(さ)し支(つか)えあるまいに)

 とホン・ゼは悟るのだった。



 ・・・・・・・・・・

 そして、いよいよ橋頭堡(きょうとうほ)より聖騎士団の出陣がなされるのだった。すなわち、それは本格的な陸戦を意味する。

 この時、狂戦士ローは多数の偵察部隊を送り、付近の地形をさらに把握(はあく)していた。

 ちなみにククリ島は国土の大半が森林と山岳で占められている。そして、その麓(ふもと)などに砦(とりで)が位置するのだった。

 また、山岳地帯といっても、標高はさほど高くなく、傾斜も厳しくない。なので山を踏破するのは、さほど難しくは無い。

 ただし、それは敵の待ち伏せや奇襲が無い場合の話であり、

実際に山を行くのは多大な危険を有するだろう。

 それに傾斜が緩(ゆる)やかな割には水場が少なく、不用意に頂上に陣を敷(し)けば、包囲された時に取り返しのつかない事になる危険もあった。

 また、高地(標高が数百mくらいの小山)にもゴブリンの砦や陣地は存在し、これらをいかに制圧するかも重要になってくるだろう。

 

ロー(しかし、仮に敵の拠点を奪ったとして、それからがこの戦争の本番だろうな。拠点を失えば、敵は本格的にゲリラ戦を繰り出してくるだろう。そうなれば、これだけの人数でどうやってククリ島を実効支配できる?

   もっとも、ある程度-目星がつけば本国からの増援が来るかも知れないが・・・・・・。

   まぁ、とりあえずは拠点を固めて、補給線をしっかりと

   確保してくのが妥当(だとう)なわけだけど。

   やれやれ、憂鬱(ゆううつ)な戦いになりそうだ)

 そうローは進軍しながら物思(ものおも)うのだった。

ロー(さぁ、どうくるゴブリン達?正直、私としては無益(むえき)な

殺生は避(さ)けたいところだが、お前達が獣魔-戦争で我が国

の同胞(どうほう)や民を殺したのも事実。今後、再び-お前達が攻めて来ないという保障も無い。エストネアの未来の為(ため)にも、

   その戦力を削らせて貰(もら)おう。

   ・・・・・・ヴィル、お前は私を否定するかい?

   正直、シオンのように眠ってしまいたいくらいだ。

   でも、私は戦い続けるよ。

   それが義務であり、私の生(い)き様(ざま)なのだから)

 と狂戦士ローは決意するのだった。


 一方、戦士長グル・フは部隊と共に、ローの軍勢に忍(しの)び寄(よ)っていた。

ホン・ゼ「戦士長グル・フ。分かって居るとは思うが、今回は

     あくまで攪乱(かくらん)が目的。初撃を与えたら、即(そく)離脱(りだつ)とす

     るのじゃぞ」

 そう長老ホン・ゼは言うのだった。

グル・フ「承知している。全ては部族の勝利の為(ため)に。私情を

     挟(はさ)みはしない。憎しみも押さえよう。

     では、行ってくる。後の指揮は任せた」

ホン・ゼ「気を付けるのじゃぞ」

 との言葉に、グル・フは微笑(ほほえ)みを見せ、わずかな部下を連れ

先を進むのだった。


 いつしか小雨(こさめ)が降り出していた。

 そんな中、聖騎士団は森の中の道を、長い縦隊(じゅうたい)で進軍していた。

ダンファン(雨か・・・・・・嫌なものだ。あの日も、このような

      くすんだ空が広がっていた)

 と、老将軍ダンファンは心の内(うち)で感傷(かんしょう)に浸(ひた)っていた。

 刹那(せつな)、ダンファンは妙な胸騒ぎを覚えた。

 戦場にての-こういう勘(かん)は当たるものである。

 とっさにダンファンは右方の茂(しげ)みに目をやった。

 まさにその瞬間、猛烈(もうれつ)な勢いで何かが飛び出してきた。

 それこそはゴブリンの戦士長グル・フだった。

 彼は内なる全ての魔力を、この一撃にこめていた。

 しかし、ダンファンも黙ってやられる程に、やわでは無い。

 一瞬にして愛剣である偃(えん)月(げつ)刀(とう)をグル・フに向けて振り下ろした。それをグル・フは両刀で受け止めた。

 両者の魔力がぶつかり、周囲に衝撃波が走る。

 この時、馬上のダンファンとグル・フの視線が交錯(こうさく)した。

 しかし、次なる刹那(せつな)にはグル・フは身を捻(ひね)り、次なる一撃を繰り出した。

 それを今度はダンファンが受ける。

 ここに来て、ようやくダンファンの親衛隊(しんえいたい)が事態に気付き、

グル・フに迫った。

 だが、それを後から続いたグル・フの部下の戦士達が懸命(けんめい)に食い止める。

 ダンファンとグル・フの間には神速で無数の火花が散っていった。

ダンファン「喰(く)らえいッ!」

 そう叫び、ダンファンは上級剣技を発動した。

 しかし刹那(せつな)、ローの言葉が脳裏によぎったのだ。

《今回の戦(いくさ)、獣魔-大戦と同じように戦えば、手ひどい目にあうやも知れません》との言葉が。

 ダンファンの上級剣技は確かに発動し、それはグル・フの

右腕に炸裂(さくれつ)した。だが、それはグル・フの誘いだった。

 同時に、グル・フは残った左の剣で、ダンファンの右足を

半(なか)ば貫(つらぬ)くのだった。

ダンファン「グッ・・・・・・」

 と、ダンファンは苦悶(くもん)の声をあげた。

グル・フ(弟よ、今はこれで許せッ)

 そして、グル・フは右腕を失いながらも、撤退していった。


 一方で、そんな中、ダンファンはゆっくりと馬上から倒れた。

騎士「将軍ッ!」

 との悲痛な声が後には響いた。


 一方、聖騎士の縦隊の側面からはゴブリンの兵士達が奇襲を同時に仕掛けていた。

 そして、ゴブリン達は自爆を行(おこな)っていくのだった。

 爆音が響き渡る。

ロー「怯(ひる)むなッ!魔力を全開にし、防御をすれば問題は無い」

 すると、一人のゴブリンの戦士が長い槍をローに突き立てようとした。

 次の瞬間、魔刃(まじん)が煌(きら)めき、そのゴブリンは上半身と下半身に両断されていった。

ロー「敵に背を見せるなッ!盾で互いをかばい合えッ!」

 そして、落ち着きを取り戻せば、聖騎士の勝ちである。

 次々にゴブリン達は切り倒されていった。

 すると、笛(ふえ)の音(ね)が鳴り、ローの部隊の周囲に居るゴブリン達は撤退していった。

 それを騎士達は追撃しようとする。

 しかし、それをローは止めた。

ロー「今は深追いをするなッ!第1、第2小隊は私と共に後続の支援に向かう。急げッ!」

 そして、ローは-未(いま)だ戦闘の行(おこな)われている縦隊(じゅうたい)の中央部へと馬を駆(か)るのだった。

 彼らは早かった。

 騎馬は元(もと)より歩兵も軽装備であり、すぐに戦場へと辿(たど)り着(つ)くのであった。

 横からの攻撃を受けたゴブリン達は、たまったものでは無かった。ゴブリン達は次々にロー達の刃(やいば)の餌食(えじき)となっていった。

 ゴブリン達の赤黒い血しぶきが舞っていく。

 そんな中、一人のゴブリンが逃げだし、それに釣られて、他のゴブリン達も森の中へと撤退(てったい)していった。

ロー「終わったか・・・・・・」

 そうローは呟(つぶや)いた。

 すると、一人の男が馬にまたがり駆けつけて来た。

 その男こそ、軍師であるアレンであった。

 彼の後ろには、少年に見える能力者が空中を浮遊しながら、

付いて来ていた。

ロー「軍師アレン。それにホシヨミ。どうした?」

 と、ローは二人の名を告げた。

アレン「ロー将軍。敵の拠点らしき場をホシヨミが見付(みつ)けました。ただちに襲撃を掛(か)けるのが宜(よろ)しいかと」

ホシヨミ「ロー隊長。さっき空をフヨフヨ飛んでたら、向こうの丘の上にゴブリンさん達が集まってたんです」

ロー「よくやった。歩兵は私に続け。迂回(うかい)して叩くぞッ!」

 そして、ローは慎重(しんちょう)に追撃を開始するのだった。


 この頃、丘の上ではゴブリン達が少しずつ戻って来ていた。

 ゴブリン達は散開して追っ手が来て無い事を確認してから、

この仮の拠点へと帰還していった。

 ただし、多くが傷ついており戻らない者も多かった。

 一方、戦士長グル・フは右腕の手当てをしていた。

ホン・ゼ「良くやったぞ、戦士長グル・フ。お前は真の勇士(ゆうし)だ」

 そう長老は声を掛(か)けるのだった。

グル・フ「褒(ほ)めすぎだ。一撃は喰(く)らわせてやったが・・・・・・」

 すると、森から鳥たちが飛び出して行った。

グル・フ「なんだ?」

ホン・ゼ「まさか・・・・・・」

 その時であった。

 森の中から仮面を付けた男が現れた。彼こそは狂戦士ロー、その人だった。

ホン・ゼ「仮面の狂戦士ッ!」

 とのホン・ゼの声を裏返(うらがえ)っていた。

グル・フ「ッ!」

 立ち上がり片手で剣を抜くも、グル・フは体をよろめかせた。

 そんな中、ローは突撃を告げた。

 森の中から次々に騎士達が出てきて、丘へと駆けて来た。

 すると、呪(まじな)い士(し)ゼル・ハンが口を開いた。

ゼル・ハン「長老ホン・ゼ、戦士長グル・フ。ここは私が引き受けます。お二人は急ぎ撤退なされて下(くだ)さい」

グル・フ「だがッ」

ホン・ゼ「いや、ここは任せた。ゼル・ハン。100の兵で何とか食い止めてくれ」

ゼル・ハン「承知」

 そして、ゼル・ハンは部隊を引き連れ、丘を駆け下(お)りた。

 丘の中腹で両軍がぶつかり合う。

 本来ならば高所から向かうゴブリンの兵士の方が有利であったが、体格の差と装備の違いにより騎士達に蹴散(けち)らされていった。

 それでもゴブリンの兵士達は必死で騎士達を食い止めようと奮闘した。

 だが、狂戦士ローの部隊は練度(れんど)も高く、まともにぶつかって

敵(かな)う相手では無い。

 瞬(またた)く間(ま)に戦線には穴が空き、ゴブリン達は包囲されていった。


ゼル・ハン[狂戦士ッッッ!]

 怨嗟(えんさ)の叫びと共に呪(まじな)い士(し)ゼル・ハンは渾身(こんしん)の魔力をローに

向けて放った。

 しかし、その魔力はローの刃で両断され、さらに一瞬にして間合いを詰めたローにゼル・ハンは叩き斬られるのだった。

 だが、ゼル・ハンも呪(まじな)い士(し)であり、ただでは殺されなかった。

 恐るべき呪詛(じゅそ)がローを襲う。

 刹那(せつな)、ローはその呪詛(じゅそ)ごとゼル・ハンの首を斬り裂いた。

それと共に、呪詛(じゅそ)はローの魔刃(まじん)に吸収されていった。

 ゼル・ハンの首から鮮血が噴き出し、ローの全身にかかっていく。

 仮面を赤黒く染めながら、ローは次なる敵に刃(やいば)を振るうのだった。

 そして、ローの部隊は短時間で丘を制圧していった。

ロー「追撃だッ!銅鑼(どら)を鳴らせ。貝(かい)を吹けッ!敵を威圧しろッ!」

 とのローの命令で、けたたましい音と共に追撃戦が始まった。

 逃(に)げ惑(まど)うゴブリン達は恐怖で怯(おび)えながら、何度も転びつつ森を走った。

 しかし、山岳での戦いも訓練されているローの部隊は、ここでも俊足(しゅんそく)を見せた。

 すぐさま、遅れたゴブリンの兵士に追いつき、殺しくのだった。

 こうして数えきれぬゴブリンの兵士を倒し、黄昏(たそがれ)時(どき)にローは

帰還したのである。



 ・・・・・・・・・・

 勝利は聖騎士の側(がわ)にもたらされた。

 しかし、この戦いでの代償は大きかった。

 七英雄にして老将軍であるダンファンは倒れたのだ。

 戦士長グル・フの刃には毒が塗られており、それが骨(ほね)の髄(ずい)に染みこみ、ダンファンの体を蝕(むしば)んでいた。


ロー「将軍の体調はどうなんです?」

 とローは休みもせずに、主治医に尋(たず)ねた。

主治医「良くないね。ともかく、これから骨を削る手術を行(おこな)わねばならない。相当の激痛だろう。もちろん、痛みは押さえるけど、元々、将軍は痛み止めが効きづらい体質だからね・・・・・・」

ロー「治るんですよね」

主治医「それは分からない。将軍の生命力次第(しだい)だ。もちろん、

    私も全霊(ぜんれい)を尽(つ)くすがね」

ロー「お願いします」

主治医「ああ。しかし、君も体調は良くなさそうだね。後で、

    診察を受けると良い。痛みも酷(ひど)いんじゃないのかい?」

ロー「はい。でも、これは呪いですから。恐らくは治りません

よ。一生、私に付いてまわるモノなんです」

主治医「・・・・・・そうかい。君が我慢強(がまんづよ)すぎるね。少しは体を

いたわった方が良いとは思うが。・・・・・・では行って

くるよ」

 そして、主治医は執刀(しっとう)に向かって行った。

 しばらくすると、老将軍の苦悶(くもん)の声が響き渡った。

ロー「将軍・・・・・・」

 そうローは言葉を漏(も)らすのだった。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、植物族の女王であるリステスは必死に逃げ戻って

来たゴブリン達から報告を聞き、苦々(にがにが)しく思っていた。

リステス(ここに来ても狂戦士ローですか。

襲撃からの退却ルートには私の可愛(かわい)い子達を伏兵として配置していたというのに、全く別のルートから

丘に向かってくるなんて・・・・・・。

やはり、奴はあなどれませんわ。

     でも、犠牲は多くとも、最低限の目的は果たしました。これで七英雄などと呼ばれて居る奴らの動きは封じたと言えるでしょう。

     後は狂戦士ローと、そしてエルフの殺戮(さつりく)-将軍。

     この二人を何とか倒せば・・・・・・)

 と、思うのだった。

 だが、この時-リステスは知らない。

 真の脅威(きょうい)がククリ島の東部に迫っていた事を。




 東の海岸は火に包まれていた。

 そこには無数の軍艦が易々(やすやす)と上陸を果たしていた。

 本来-国旗や、その国を現わす国旗マークが存在するはずの

場所は削られ、彼らの所属は不明であった。

 しかし、その者達は人間の兵士であり、地味な色の鎧に身を

包んでいた。

 それがどれ程に怖ろしい事か。

 すなわち、それは近代の迷彩(めいさい)を先(さき)取(ど)っているのだった。

 そんな中、一人の女性が周囲を見渡していた。

女性「・・・・・・たやすいものだな。エストネアも良(い)い囮(おとり)になってくれた」

 すると、背後から異様なオーラを纏(まと)った能力者達が歩(あゆ)んできた。

 その一人の少年が口を開く。

少年「上陸作戦は敵の備(そな)えの薄い所を突(つ)くのが基本だからね。

   エストネアは馬鹿みたいに正面から戦いを挑んだ。

   だからこそ多くの損害が出た。本当に愚かだよ。

   でも、確かにイルヒ大佐の言うとおり、陽動としては

良かっただろうね」

 と、少年はその女性に言うのだった。

イルヒ「・・・・・・タヒニト中佐。上官には敬語を使え。それでは部下に示しが付かない」

タヒニト「ちぇっ、同じ皇帝陛下-直属の親衛隊だって言うのに」

 と少年タヒニトは文句を言うのだった。

 その時、彼らの前方に突如として一人の魔導士が出現した。

タヒニト「空間転移・・・・・・」

 と、タヒニトは呟(つぶや)いた。

魔導士『大佐、状況は?』

 そう現れた魔導士は尋(たず)ねた。

イルヒ「ハッ、海岸一帯の制圧を完了いたしました。

    シーレイ将軍」

魔導士『そうか。急ぎ陣を敷(し)け。ゴブリン共(ども)が増援を呼ぶ前に。

    皇帝陛下の名のもとに、我らサーゲニアがククリ島を制圧する』

 と、魔導士シーレイは不気味(ぶきみ)に告げるのだった。

 そして、ククリ島に新たな虐殺(ぎゃくさつ)が巻き起ころうとしていた。

 だが、それを阻(はば)むべき運命(さだめ)の者達が居た。

 それこそがヴィルとヒヨコ豆-団なのであった。

 しかし-この時、ヴィル達は知るよしも無い。

 これこそ、《無名の英雄達》と《サーゲニア帝国》の長きに

亘(わた)る因縁の始まりであると。

 


 



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ランドシン伝記Ⅳ キール・アーカーシャ @keel-a

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