三【トカゲ怪人さん、ゲームやりすぎて進捗駄目です】
「ヤバノーキ、ここにいるのは分かってるぞ! サキに取り付いた機械を解除しろ!」
レドグライダーは、とある廃墟ビルの扉を叩いている。その目つきは、いつになく深刻だ。
きっかけはサキがバーチャルリアリティ・デバイスを購入した事だ。サキは腐女子物から王道まで幅広く手を付けるタイプのオタクだったので、それを購入するだけなら問題はない。しかし彼女は「これに対応したゲームが公開されてるから、さっそく遊ぼう」と言ったきり、デバイスを頭から外そうとしないのだ。レドが無理矢理外そうとしても、じたばたと奇声を上げて暴れ出してしまう。
ブルがその症状について調べた結果、同様の症状を患った者がいる事を知った。普通だった人々が、ネットに公開されたとあるゲームをプレイした途端ヴァーチャルリアリティ中毒になり、飲食すらまともにしなくなるらしい。
そしてそのゲームの出所を更に詳しく調べると、衝撃の事実が発覚した。なんとそれはトカゲ怪人の所属する悪の秘密結社、ヤバノーキが制作したゲームだったのだ! ちなみに出所は、トカゲ怪人がSNSで「ヤバノーキの新作ゲームが完成しました~。公式サイトはこちらです!」という投稿をしたため判明した。
このまま洗脳ゲームを続けさせたら、サキの命が危ない。そう思ったレドとブルは、洗脳ゲームの中枢であるメインサーバーがある廃墟ビルへとやって来たのだ。ちなみにメインサーバーの場所は、トカゲ怪人がSNSで「ゲームのサーバーがあるビルから、スカイツリーを撮ってみました。夕焼けと近くのビルも良い背景ですね!」という写真付きの投稿をしたため判明した。これを見たレドは「こいつわざとやってるだろ」と思った。
「レド! 扉をぶち破る許可貰いました!」
レドの横にいたブルが携帯を持ちながら叫ぶ。彼はこのビルに突入するために交渉を行っていたが、ようやく許可が下りたようだ。
「よしっ!」
それを聞いたレドは、自慢の筋肉で扉に思い切り体当たりする。レドの本気に応えるように、扉は大きな音をたてて壊れた。
「ククク。この拙者、パソコン怪人のアジトにたどり着くとは……流石アレグライダーでござるな!」
壊れた扉の向こうには、確かに巨大なサーバーがあった。そしてその横には、パソコンの頭と人の胴体をあわせ持つ奇怪な生き物が得意げな表情を浮かべて立っていた。彼は世界征服を目論む秘密結社、ヤバノーキの最新科学が生み出したパソコン怪人であった。トカゲ怪人より背が高いが、姿勢や佇まいが美しい。あと語尾が無意味に侍チックで、喋る際のキャラ付けがしやすい作者に優しい仕様だ。
「……あれ。今日はトカゲ怪人じゃないのか」
レドは少し拍子抜けしたような表情を浮かべる。それもそのはず、アレグライダーはここ最近トカゲ怪人としか戦ってないので今日の作戦もトカゲ怪人が出てくると思ったのだ。そんなレドに対し、パソコン怪人は礼儀正しく答えた。
「あぁ、トカゲなら同人の作業するために有給を取ってるでござる」
「漫画のために有給を消費したのか……。というか有給あんのか、お前ら」
「ふ、まぁブラック企業だからお金があまり出ないでござるが。だが――」
パソコン怪人は突然、指を鳴らす。パチンと響くその音色に呼応するかの如く、部屋の天井からケーブルにつながったヘルメットが現れた。そしてそのヘルメットは、獣を飲み込む大蛇のようにレドグライダーとブルグライダーの頭部へと襲い掛かる!
「なっ……これはVR装置!?」
「しまった、サキに取り付いた奴か!」
二人は避けようとするが、時すでに遅し。彼らの頭部は奇怪な装置に包み込まれてしまう。
「貴殿らをゲーム世界に閉じ込めれば、ボーナスを頂けるんでござるよ! さぁ、眠れぇっ!」
「ぐぅっ、意識が――!」
パソコン怪人の笑い声と共に、二人の意識は沈みゆく。レドは抵抗しようと体を動かすが、次第にその意志も深い闇へと沈んでいった。
=====
「……こ、ここは?」
レド達が目を覚ますと、そこは草原であった。
しかし遠くには地球では考えられないほど巨大な大木が見え、空には翼の生えた爬虫類が飛んでいる。美しくはあるが、明らかに現実味の無い光景だ。
「どうやら、ゲーム世界のようだね」
「だがリアリティがありすぎる……。カクカクのキャラがどこにもいないし、ピコピコ音もしないじゃないかっ!」
「ゲームの基準が古いよ、レド」
二人が周囲を見回していると、遠くの空より翼の生えた何かが猛スピードでこちらに近づく。そしてそれは二人が驚く隙も与えずに、目の前へと降り立った。
……それは先ほど出会ったパソコン怪人だった。しかし明らかに体格が巨大化している上、雰囲気も神々しい物へと変わっている。一般人が見たら、平伏してしまいそうな威圧感だ。
「ククク、ようこそ拙者のゲームへ。中々楽しそうな世界観でござろう?」
「パソコン怪人! 俺達を元の世界に戻せっ!」
レドは変貌したパソコン怪人を恐れず、殴りかかろうと走り出す。――のだが数歩進んだだけで息が上がってしまい、パソコン怪人の足元でへばり込んでしまう。
「ぜぇ、ぜぇ。なんだ、疲れて上手く走れない……」
「管理者権限で、貴殿らの能力を下げたでござる。自分の体を見ろ、筋肉や身長が大幅に減少した弱弱しい体格になってるでござろう?」
「なっ!?」
レドとブルは、自身の体を見て驚く。確かにその体格は様変わりしていた。レドの力強い筋肉も、ブルのしなやかな筋肉も今や見る影もない。さながらイジメの標的になりそうな、痩せぎすな子供のようであった。
「まぁ見た目などどうでもいい事でござる。貴殿らに言いたいことは……」
パソコン怪人はこれは余興、とでも言わんばかりにニマニマと本題に入ろうとする。
しかしレドにとっては余興ではなかった。
「て、てめええええええっ!! 筋肉を何だと思ってんだ! 十数年の時を費やして体を作ったんだぞ!? 強靭な体格は相手を怯ませるから、戦いの大事な要素なのに……! その努力を全部壊しやがってええっ!! 絶対許さんっ!!!」
「えっ」
パソコン怪人が予想していた以上に、レドの筋肉に対する執着は深かった。レドはさながら般若のような顔で、怒り狂う。体が弱体化しているのも忘れてしまう程、恐ろしい気迫を放つ。パソコン怪人は「レドグライダーはツッコミ役らしいから、シリアスイベントはテンプレ的な反応しかしないだろ~」としか考えてなかったので、割と焦った。
「……ブルグライダー。そいつ、ブチギレるポイントおかしくないでござるか?」
「レドは格闘狂だからね」
「グルルゥ……。現実世界でも筋肉消してたら、絶対潰す……!」
「消さないから落ち着くでござる! えーと、それで貴殿らに言いたいことは……」
パソコン怪人は獣のように吠えるレドを必死でなだめる。そして彼は本題に戻ろうとしたが、レドの意外な狂気を見たせいでその内容が脳内からすっ飛んでいた。
「えーと、言いたいこと、言いたいこと……。そうだ、これでござるっ!」
少し考え込んだ後、ようやくパソコン怪人は本題を思い出す。そして廃ビルにいた時と同じように、パチンと指を鳴らした。
「このゲームの中毒者にと戦って貰いたいのでござるよっ!」
パソコン怪人が鳴らした音と共に、レド達の周囲に多くの人間が現れる。皆、剣や鎧などの中世的な装備を身に着けており、誰も彼もが屈強そうだ。
「! 周囲に人間が……?」
「彼らはこのゲームのプレイヤー! そして彼らには『アレグライダーを倒す』という特別ミッションを与えた! 貴様らは彼らに狩られる小鹿になるでござるよ!」
「なんだと!?」
レドはようやく落ち着きを取り戻し、周りを見渡す。確かに周りの人間達は誰もがレドとブルを見つめている。その視線は人間に向けるような物ではない。美味しい料理を目にしたような、欲のこもった視線だ。
「さぁ、守ってきた人間達の力に飲まれて死ぬがいい! 彼らでも弱体化した貴殿らなら、数分で倒せるでござるよ!」
「ゲームを作ったのもこのためか……。人間の欲を使うなんて、なんて卑劣な……!」
レドは歯ぎしりをして、悔しがる。中毒ゲーム自体が、アレグライダーを倒す作戦への布石だったのだ。
周囲のゲームプレイヤーは少しずつこちらに近づく。鎧騎士、魔法使い、忍者、格闘家、科学者、トカゲ怪人、弓使い、僧侶、軍人、衛兵、盗賊。全員が違った恰好をしていた。しかしその誰もが、レド達を殺そうと欲望に眩んだ表情を浮かべていた。もはやこれまでか……とレドも今までにない焦りを見せる。
しかし寸前である事に気づく。ゲームプレイヤー達に一人、既視感を感じる者を見つけたのだ。
「……おい。一匹怪人が混じってないか?」
「は?」
突然のレドの発言にパソコン怪人はきょとんとする。
「ほら、あそこにいる奴。あれ、モデル体型になってるけどトカゲ怪人に似てるぞ」
「……あっ」
レドの指さした顔は、明らかに見覚えのある顔だった。今日は有給取って作業しているはずの、トカゲ怪人だ。体型や目鼻立ちはカッコよくなっているが、そのなんとも言えぬニヤニヤ笑顔はそう見間違える物ではない。
「こ、こらーっ! そこのトカゲーっ!! 何故このゲームをやってるでござるかーっ!?」
パソコン怪人は、トカゲ怪人へ大声で怒鳴りながら近づく。どうやら彼もトカゲ怪人がゲーム世界にいる事を知らなかったようだ。
「あ、やっべ……。逃げねぇとっ!」
笑っていたトカゲ怪人も気づかれたことに危機感を抱き、プレイヤーたちの間をかいくぐって必死で逃げだす。
「逃がさん! 管理者権限コード【制止】!」
しかしこの世界はパソコン怪人の作った世界。彼は管理者だけが使える秘技でトカゲを拘束した。
「ひぎゃあーっ! 動けないーッ!?」
こうしてトカゲはあえなくお縄となった。
=====
神々しいパソコン怪人の前で、美形になったトカゲ怪人が正座している。近くにはレドとブル。周囲にはゲームプレイヤーたちがいる。レドやゲームプレイヤー達は若干呆れている。
「……トカゲ。拙者は伝えたはずでござるよな? 洗脳ゲームをフリー公開すると。それは絶対にプレイするなと。それなのになぜ貴様は、自身のPCからログインしているのだ? 今日は同人活動の日じゃなかったでござるか?」
「い、いや。昨日仕事から帰った後に興味本位でプレイしたんだ。で、面白かったから時間の合間にチョコチョコ遊んでて……」
「嘘つけ。貴様、職業がドラゴンスレイヤーになってたでござる。これって課金と長時間プレイ必須の高難度職でござるよ。さては徹夜でやってるな?」
「……あ、あはは」
「それになんでござるか、その見た目。フォト編集ソフトでいじられたアイドル写真みたいになっておるぞ」
「アバターの編集機能を駆使したんだ……。誰でもゲームぐらい、盛ってみたくなるだろ。あ、あはは……」
トカゲ怪人は、ゲーム用にカッコよく整形した顔に照れ笑いを浮かべた。人外好きなら惚れる表情かも知れないが、苛立ってる周囲の人々にはウザさしか感じない。
「で。入稿データの作らずに遊びほうけていたの? 僕、ネット通話で一昨日話したよね。もうそろそろ送ってくれないとこっちがやばいって。覚えてないの? 馬鹿なの?」
「は、はは、は。そんなわけ無いですよ、ブルグライダー先生。3時ぐらいにはログアウトして作業するって決めてたし……」
ブルは、小さくなった体でトカゲに詰め寄る。先ほどの怒り狂ったレドと違い冷淡な雰囲気であったが、その恐ろしさは同等である。トカゲは美しく整形した顔を歪め、必死の笑顔で言い訳を並び立てた。
「ちょっと待ってください! トカゲさんはさっき『作業は進んでるから午後3時にドラゴンを一緒に狩らない?』って私とチャットしましたよね! 嘘だったんですか!?」
そこに、魔法使いの格好をしたサキグライダーがゲームプレイヤー達をかき分けて乱入してきた。
「うぎゃあっ!? バラすなよサキ氏ー!?」
「というか、いたのかよサキ!?」
当然レドの突っ込み対象となったサキだが、その悪気無き告白はブルの静かな怒りを深めてしまう。
「ふーん、トカゲはよっぽど地獄に行きたいのかぁ……」
その深い闇にも似た静かな恐ろしさを感じる覇気は、トカゲ怪人の表情を狩られる子犬の表情に変えさせた。
「申し訳ございませぇぇぇっん!! 明日までには絶対上げるんで許してーっ!」
トカゲは命の危機を感じ、即座に正座を土下座に切り替えた。涙交じりのその声は、追い詰められた生き物が放つ声のようだった。
「何なの、あの男……。レベル1の状態で廃人を土下座させてて怖いでござる……」
パソコン怪人を始め、サキ以外の全員がこの光景にはドン引きである。
=====
「じゃあ、明日の夜までに仕上げてね。これ以上遅れたら……トカゲさんのPCを二度と動かないようにするから」
「はい、分かっております。締切は絶対に守りますです!」
「それじゃ、早くログアウトしてね?」
「了解です! パーティメンバーにクエストのキャンセルメッセージ送ったら、すぐ帰りますっ!」
トカゲはもはやブルのペットになり下がった。もはや歪んだ笑顔でムリヤリ尻尾を振り、命令に従う駄犬でしかない。
「トカゲ、あやつを恐れ過ぎでござる。あやつは拙者が閉じ込めるから、もう締め切りの心配はないでござるよ?」
「いいや、アイツは絶対執念でここを出るっ! アイツの同人CDへの情熱は、一昨日ネット通話した俺の方がよく知ってる!」
流石のパソコン怪人も、ヤバノーキの評価が下がりそうでまずいと思ったのかトカゲを落ち着かせようと説得する。しかし、締切に追われるトカゲに落ち着いて思考する余裕などない。今できる事をしようと、必死でゲーム上の仲間にメッセージを送信していた。
「どんな応対したんでござるか……。それにお前、もう一つ同人制作してるであろう? そっちを優先させないと印刷所の〆切に間に合わないのではないか?」
パソコン怪人は、なんとかトカゲがブルグライダーの依頼を放棄するよう言葉を選ぶ。だがトカゲは自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「だ、大丈夫だ! た、確かにやばいが……。でも同人漫画なら、特急料金で印刷してくれる所があるからもうちょっと余裕があるはず! 大丈夫だっ!」
その口振りは、全然大丈夫ではない。
……するとパソコン怪人は「あれっ」と言葉を漏らす。そして少し考えた後トカゲに質問を投げた。
「漫画……とは何だ? 拙者は拙者のサークルの同人ゲームジャケットを依頼した件を聞いたのだが。そっちの作業以外に何か抱えてたのか?」
「……」
質問を聞いたトカゲは、次第に冷や汗がダラダラと流れ体も震え始める。目に見えて呼吸も乱れていた。その表情は、数日前にブルグライダーの依頼を忘却していた際や、ペンタブを盗んだことがバレた際に浮かべた表情と同じだった。
「――もしや、拙者の依頼忘れていた訳ではない……よな?」
パソコン怪人はジトッとした目でトカゲを見つめる。どうやら彼もブルと同じく、トカゲに絵の依頼をしてたようだ。
「……」
【トカピース さんはログアウトしました】
突然そんなアナウンスが聞こえたかと思うと、トカゲは消えた。もはや誤魔化しきれないと判断し、ゲーム世界から逃げてしまったらしい。
「……あ、あ、あんの野郎おおおおおおぉぉーーーーーっ!! 絶っ対ぶっ潰すっ!! あのクソトカゲ、どんな事をしてでもたたっ切るでござるぞおおおおおおーっ!」
さすがに冷静なパソコン怪人でも、この対応にはブチギレた。ゲーム世界だけあって、パソコン怪人の体はどんどん巨大で禍々しい化け物へと変貌していく。あまりにもおぞましすぎて、普通の人間が見たら正気度が下がる程だ。実際、周囲のプレイヤーはアレグライダー以外は悲鳴を上げて気絶している。
「お、落ち着けパソコン怪人! 絵くらいで殺さなくても……!」
「拙者の最高傑作に関った事を忘れるなどっ! この世にいる価値などなぁぁぁーーーーーいっ!」
「お前も創作物に命かけすぎだろ!? とにかく沈まれ、殺したら作業もできなくなるだろ!」
「そうですよ……。せっかくですから改造して同人制作しかできないサイボーグにしませんか? 我々にはその技術がありますよ」
「ブルはややこしいから入ってくんなっ! というか俺らの組織、そんな技術あんのー!?」
レドは懸命にパソコン怪人とブルを落ち着かせようとするが、そんなんでトカゲに対する怒りは止められない。その後ゲーム世界は、暴走したパソコン怪人達によって1時間で壊滅状態に陥るのであった。
「……しばらくかかりそうだから、クエストやろっかな~」
そしてサキはマイペースに崩壊したゲームを遊び続けるのであった。
プレイヤー達に盛大なトラウマを植え付けたため、洗脳ゲームは二度と蔓延らないだろう! だが一つの問題が消えても、すぐ新たな問題が迫るのが生命の理だ! 進め、パソコン怪人! ちゃんとしろ、トカゲ怪人!
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