かみさまクラスタ オオカミの季節
NES
序章
アタシの最後のわがまま。
寒々しい住宅街には、全くと言っていいほど
かつては人がいたはずの家の中は、がらんとして空気も冷え切っている。
玄関の戸は等しく閉じられ。
落ち葉が
受け取る者のいないチラシと新聞紙が散乱している。
くすんだ色の無人の戸建て住宅が、何処までも連なっている。
ぽつんぽつんと設置された街灯が、でこぼこのアスファルトを寂しく照らしていた。
たまに風が吹いたとき、かさかさと枯葉が舞う以外に、動くものの影もない。
誰もいない住宅街を奥まで進んだ一角に、小さな児童公園があった。
幾つかの遊具があるだけの狭い公園は、手入れをされなくなって久しい。
滑り台は
砂場からは雑草が延びて。
乾いてひび割れた地面は、もう長い間人の足で踏まれていない。
その更に奥。
この公園にまだ人がいたころから。
ほとんど気付かれない奥まった場所に、石造りの小さな祠があった。
長い年月を感じさせるその祠の前に。
大きな、四足の獣がいた。
寒さをしのぐためにか、その巨躯を丸くして寝そべっている。
白い毛並は美しかったが、何処か薄汚れていて。
老いによる衰えを感じさせた。
かつては大地を掴み、蹴り飛ばしたであろう四肢も、細く骨ばっている。
しかし、それだけ力を失っていても。
獣は、美しく、神々しかった。
細長く
狼。
その背中を、そっと
細いが、日焼けして力強さを感じさせる腕。
赤い
無造作に肩口で切り揃えられた、赤みを帯びた髪がふわり、と揺れる。
狼の横に、少女は寄り添って座っていた。
「どうやら、年は越せたみたいだね」
少女の声は、穏やかだった。
まだこの地に多くの力が満ちていたころのことを思い出す。
風と、木々と、水と、草と。
懐かしい、全てが輝いていた日々。
遠い記憶の中で、少女は今と同じく、狼の背を撫でていた。
優しく。
愛おしく。
「まあどちらにしても、もうほとんど時間は残っていないんだろうけど」
少女は微笑んだ。
わかりきっていることだ。
無理を望むつもりなどない。
誰もいなくなったこの場所で。
最後まで一緒にいられるというだけで・・・
ふと、少女は何かを思い出して
一枚の紙片を取り出した。
「そういえば、こんなモノが届いていたよ」
狼の顔の前に、その紙片をかざす。
ほのかに花の香りをまとった、小さな紙片。
狼の目が少し開き。
細くなる。
その表情は、笑顔だ。
「おかしいよね。なんだこれって思った」
少女は笑った。
可笑しくて笑うということですら、なんだか久しぶりな気がして。
胸の中に、何かが
まだ、やりたいことがある。
出来ることがある。
その想いに気付いた。
気が付いてしまった。
胸の前で、ぎゅっと手を握り。
少女は立ち上がった。
「ねえ、マカミ、頼みたいことがあるの」
狼の方を振り向く。
その大きな瞳には。
決意と。
力が、みなぎっていた。
「アタシの最後のわがまま、聞いてくれる?」
少女の言葉を聞いて。
狼は小刻みに体を震わせると。
ゆっくりと。
しかし力強く。
身体を持ち上げた。
まるで白い尾根を思わせる。
雄々しく、気高い姿。
消えかけた街灯の明かりの中に、白い毛並が
その姿を、少女はうっとりと眺めて。
「ありがとう」
美しい体毛に、そっと顔をうずめた。
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