第16話 STAGE10



 ジンファンデルは夜明け前に結論を出した。

 結局のところ、「ゲーム」に勝ち残る以外に活路は無い。


 なので、二人には死んでもらうことにした。

 





 銀氷天ぎんぴょうてんの手の平を蹴り、ジンファンデルが跳躍する。

 その瞳には壁面の三分の一ほどを破砕された古城が映っている。

 青空に飛び上がった勇者は長剣を振り上げ、億劫そうに呟いた。


「『支配の快力オルゴン』」


 剣身を覆った水の膜が瞬く間に十数メートルの伸長を果たす。

 ガルナチャを抱くセキレイは愕然とした。


「っ、皇帝の――――!?」


「じゃあなァ」


 しゅおおお、と地を走る白雷のごとき剣が壁面に空いた大穴から古城の内部へと侵入し、床に敷かれた石畳を破砕する。

 ひと抱えほどの石畳が吹き飛び、セキレイが休んでいた寝台にぼだぼだと降り注ぐ。

 伸びきった水の剣はそのまま床を走り、ガルナチャを抱く彼女の下へ。


「ウォリアーズクルセイド」


 少年の腕の中に、青と白の宝玉で構成された巨大な盾が生まれる。

 セキレイの腕を振りほどいた彼は迫り来る水の刃を盾で防ぎ、大量の飛沫を浴びた。

 青と白の宝玉が弾け、水の刃が四分の一ほど消滅する。


「……!」


 その光景を直視したジンは片眉を上げながら古城の内部に着地した。


 やはりあの宝玉がもたらすのは『破壊』でも『死』でもなく『消滅』らしい。

 カルガネガの散りざまを思い出した勇者は僅かに顔を顰める。


「ハーベストっ!」


 ガルナチャは一声叫ぶと、両手に鈴なりの宝玉を蓄える。

 身を捻った少年は一山をジンに放ち、一山を自分達の目の前に展開した。

 室内を駆け抜けたジンは宝玉群をかわしつつブラックマンバを構えたが、既に女と少年の目の前には七色の壁が完成している。


 攻防一体。いい動きだ、とジンは感心する。

 感心した直後、夜坂北光よるさかほっこうの怒鳴り声に殴られる。


「おいジン! 作戦と違うぞ!」


 マイクで拡大された北光の声にガルナチャとセキレイはぎょっとしていたが、隙は生まれなかった。

 ジンは口内で軽薄な笑いを噛み殺す。


「気にすんなって。要は勝ちゃいいんだ」


「……」


 北光はそれ以上追求しない。

 彼の見ているモニターにはミュスカデの刻む文字列が映っている。


(ジンが快力オルゴンを解いた時がチャンス……)


 分かってるよ、と北光は頷く。

 コクピットの中を漂う電子の精霊もまた頷き返した。


 北光はジンよりも十数時間早く結論を出している。

 初めから「ゲーム」に勝ち残る以外に活路は無い。


 なので、余計なことを企んでいそうなジンには死んでもらうことにした。

 後はタイミングを計るだけ。








 ガルナチャは油断なく宝玉を構え、ジンを見上げた。

 先ほど防いだ水の刃が細かい霧となって室内を漂っている。


「念のために聞きますけど、おじさん」


「お兄さんって言って欲しいな」


 ジンは軽い口調で訂正し、笑う。


「で、何を聞くって?」


「降参する気はありませんか」


 喉元に切っ先を突きつけるがごとき言葉。

 後に続くフレーズが「降参すれば楽に死なせてやる」であることにジンは寒気を覚えた。


 筋肉のつき方で分かる。

 この少年は戦闘行動はおろか運動にすら慣れていない。

 手足の運びがいちいちサマになっているので育ちの良い子供だということも分かる。


 だと言うのに一体いつの間にこんな――――殺し屋のような目をするようになったのか。


「降参、ね。できない」


「ですよね」


 かちり、と。

 何かが吸着する音をジンの耳が拾う。


「え」


 振り向いた彼が見たのは、つい先ほど自分に向かって放たれた宝玉群に真新しい青の宝玉が合流する光景。

 鈍足の宝玉を放つスキル、スローダンサーで放たれた青い宝玉だった。


「セキレイさん跳んでっっ!!」


 言われるより早く、セキレイはガルナチャを抱いて跳んでいた。

 ぱあっ、ぱっ、と短い光の花が何度か咲き、スキル『ハーベスト』によって放たれた数十個の宝玉が不規則な連鎖を始める。

 ただ消滅するだけではない。

 秘精ヌミノースは容赦なく古城の壁面と、床と、寝台を削り取って光の粒子へと変える。


(さっきのは最初からこれを狙っ――――!?)


 がらがらと足元が崩れる感覚にジンが青ざめる。

 彼は快力オルゴン習得ラーニングしてはいるものの、咄嗟に快力オルゴンありきの行動を取れるほど慣れているわけではない。

 ジンは反射的に――――上ではなく横に跳んでしまう。


 見ればセキレイはガルナチャを抱き、半壊した古城の壁面に飛び移っている。

 己の判断ミスを呪いながらジンは声を絞り出す。


「くっそ。『断罪の快力オルゴン』!」


 全身を鋼鉄の塊に変えながら古城の崩落に巻き込まれるジンの姿を見下ろし、セキレイは渋面となった。


(あいつ、私たちの技を……!)


 快力オルゴンを二つも操る人間など聞いたこともない。

 あれはおそらく異世界の技術だ。

 シャールドンと秋鈴しゅうれい、二人の快力オルゴンを『真似た』もしくは『覚えた』のだろう。


「セキレイさん! あいつを!」


 崩落した壁面に飛び乗った二人の目の前には銀色の鎧武者。

 そいつは既に得物を振り上げており、崩落する古城を粉微塵にしてしまうほど強烈な振り下ろしを見舞う。


「なっ!?」


 回避ではなく、転落に近い動きだった。

 古城の二階から落下したセキレイは一度壁面を蹴り、燃えカスしか残らない元・草地に着地する。

 鼓膜を直に殴られるかのような大音量と共に、白い太刀が古城に激突する。

 がらがらと斜面を岩が転がるような音を立て、古城がブロック塊へと変わる。


(こいつ、仲間まで一緒に――――)


 北光は攻め手を緩めない。

 振り下ろし、即、水平斬り。

 回避が間に合わないと判断したセキレイはガルナチャを庇ってその一撃を喰らい、荒れ地を何度かバウンドする。


「くっ! ぐっ、うっ!」


 ダメージは軽微だが、紅島甲州べにしまこうしゅうにぶち込まれたボディブローの痛みが呪いのようにセキレイを苛む。

 だがこれでいい、とセキレイはほくそ笑んだ。

 少年は既にハーベストによる防御を整え、鎧武者の腰部に宝玉群を吸着させている。


『北光! あの子がっ!』


「!」


 北光はハンドルを操作したが、一歩遅かった。

 ガルナチャの放った宝玉が硬化光体の腰部を彩ったかと思うと、晴天の下でもはっきりと輪郭が分かるほどの光の輪となって弾ける。

 衝撃無き一撃だったが、鎧武者はよろめいた。


「うっ……!」


 銀色の装甲が球形に削り取られ、フレームが覗いている。

 スプーンで掬われたプリンよりも無様に銀氷天ぎんぴょうてんは腹の中身を晒している。


「なっ――――」


 北光の驚愕する声がマイクを通じて辺りに響く。


「――――んだ。こんなモンか」


 先走りのような勝利の陶酔に酔っていた少年は凍り付く。

 その矮躯は振り上げられた日本刀の影にすっぽりと収まっていた。


「大人しく……してろっっっ!!!」


 飛び込んだセキレイが間に合ったのは奇跡だった。

 少年を抱きかかえたまま、セキレイは数メートルも土を擦って急停止する。


 ぼぐん、と日本刀が大地を割る。

 へし折れた刀身が見る見るうちに復元し、秘精ヌミノースによって消滅した腰部も既に銀色の装甲に覆われていた。 


「馬鹿が」


 北光はコクピットの中で嘲笑を浮かべる。


「誰でも彼でも『消滅』にビビると思うなよ」


「……!」


 ガルナチャは瞬時に理解した。

 この巨大ゴーレムに『消滅』は効かない。

 何度秘精ヌミノースの粒子に変換して消し飛ばしても、無限に復活してしまうのだ。


 相性は最悪。













 間違いなく、相性は最悪だ。


 北光はちらりとセキレイを見下ろす。

 闘技場で記録された画像より髪は短いが、銀氷天ぎんぴょうてんの太刀を受けて二度も立ち上がるこの耐久力は間違いなく快力オルゴン使いのそれだ。

 しかも彼女が操るのは『電気』。


 銀氷天ぎんぴょうてんの装甲は無限に復元するが、コクピットは純然たる機械の塊だ。

 一撃でも電流を浴びればひとたまりもない。


(あのバカが……!)


 本来なら消滅を操る少年を北光が引き受け、紫電を操る女をジンファンデルが引き受けるはずだった。

 だが現実には北光が二人を相手どる羽目になっており、ジンは瓦礫の下で休憩中。

 何てことだ、と北光は天を仰ぎたくなる。


『! 来ます!』


 警告音。

 セキレイが投網の要領で樹状に広がる紫電を放つところだった。

 ヂヂッ、ヂッと濁った鳴き声が大気を満たし、ノイズとなって北光を苦しめる。


「―――――!」


 バーニアを噴かした鎧武者は後方へ飛翔し、たっぷりと距離を取る。

 だが硬化光体は火器を搭載していない。いくら距離を取っても事態は好転しない。

 それどころか下手に距離を離そうものなら瓦礫の下敷きになったジンが標的にされ、先に仕留められる恐れすらある。


(……)


 北光は少々悩んだが、まだジンを死なせるべきタイミングではないと判断した。

 元居た世界こそ違うはずだが、あの少年と女は明らかに協力関係を構築している。

 この状況で二体一になれば北光は確実に疲弊し、そして死ぬ。


「セキレイさん! このまま一気に!」


「分かってるっ!!」


 女と少年はほぼ同じタイミングで左右に別れた。

 北光とミュスカデは実質二人分の働きをすることも可能だが、肉体たる銀氷天は一つだけだ。 


『防御を!』

「回避だ!」


 二人は狭いコクピットの中で顔を見合わせ、吠える。


『では回避を!』

「さっさと防御しろ!」


 ええい、と北光は唸り、指示を上書きした。


「攻めるぞ!」


 ガルナチャが竜巻状の宝玉群を放てば鎧武者は身をよじり、両手を上げたセキレイが直径数メートルにも及ぶ紫電の網を振り回せば地を蹴ってこれをかわす。

 銀氷天の最大の長所は飛翔能力だったが、不用意に逃走することのできない北光は日本刀を振り回して二人を迎撃することしかできない。


 橙色の光が爆ぜたかと思うと、螺旋状に絡む宝玉がどこからともなく飛来する。

 その上にはセキレイが乗っており、迎撃した鎧武者の腕に乗る。

 慌てて装甲をパージすれば紫電が視界を覆い、雷の網がフレームを掠めた。


 女と少年の攻めは隙が少なく、完全に連携が取れていた。

 ブドウを思わせる宝玉群は銀氷天に追いつく事ができず、あちらこちらに散らばっていたが、セキレイが回避の隙を縫って紫電を浴びせるため、北光が攻めに転じる機会はなかなか訪れない。


(くっそ……!)


 がん、と。

 銀氷天ぎんぴょうてんが何かにぶつかる。


 サブカメラに映っていたのは七色の宝玉で構成された壁だ。

 少年が見当違いの方向へ放っていた「ハーベスト」の一撃が宙に停滞し、誰にも動かせない壁となって鎧武者の後退を妨げた。


(こいつ、ジンにやったのと同じ――――!)


 気づく。

 だが遅すぎた。

 ガルナチャは既に宝玉の山を抱えており、セキレイは跳躍すると共に紫電の網を広げている。


(――――!)


 電流か。消滅か。

 北光は咄嗟にリスクを計算したが、ミュスカデが先手を打った。


『フルパージします!』


 北光の返事を聞かず、ミュスカデは全身の装甲を切り離した。

 フレームのみの惨めな姿となった銀氷天ぎんぴょうてんは見事に宝玉の壁をかわしきり、後方への回避に成功する。

 だがかわせたのは紫電の網だけだった。


 飛来する宝玉群をかわすことはできず、鎧武者の残った脚部フレームと、コクピットを庇った左腕とに宝玉が吸着する。


『切り離します!』

「切り離せ!」


 白く細い煙を噴き上げ、吸着された脚と腕とが地面へ落ちる。

 次の瞬間、それらのパーツは光の粒子となって消えた。


「くっ……!」


 北光の顔が恐怖に歪む。

 フレームを失った以上、もはや両脚と片腕は使えない。

 今や銀氷天ぎんぴょうてんは空飛ぶスクラップだ。


「今です! 押し切――」


「! 待ちなさいナチャ! 後ろっ!」


 がらら、と瓦礫を持ち上げながらジンファンデルが立ち上がる。

 毛皮のコートに粉塵を浴びた勇者は片手で片目を押さえていた。

 残る目に気だるげな殺意をぎらつかせ、勇者は口唇を耳まで裂き、嗤う。




 お ぼ え た ぞ




 本能的に恐怖を覚えた少年は両手に宝玉群を蓄える。


「ハーベスト!」

「敵の技。『ハーベスト』!」


 鏡写しのように宝玉群を抱えたジンはガルナチャと全く同じ軌道で七色のブドウを放擲する。

 二人の中心点で交差した宝玉群は立て続けに発光し、昼の花火となって光の雨を降らす。


秘精ヌミノースを……!」


「あ~……こうやるのか。なるほどな」


 ジンファンデルは感触を確かめるように手を開閉させた。

 そして仲間の一人を消滅させた少年を睥睨する。


「お前も消える恐怖を味わえ。『敵の技』。秘精ヌミノース……」


 咄嗟に少年が身構え、一球で二色に対応できるローリンローリンのスキルを発動させた。

 両手に四色二球を構えた少年をジンは嘲笑う。


「――――なんてな」


 地に転がっていた長剣をブーツの先で蹴り上げたジンファンデルは器用にそれをキャッチし、腰だめに構えながら呟く。


「『支配の快力オルゴン』」





 しゅああ、と。

 水の刃を数十メートルにまで伸長しつつ、その場でジンファンデルが一回転した。





 次の瞬間、セキレイは腹部に激痛を覚えた。

 快力オルゴンを帯びた水の剣が腹部にめり込み、肋骨で止まっているのが見える。


 血が幕を作り、腰から流れ出す。


「ぐっ……!」


 痛みに呻いたセキレイは、自分のすぐ傍にガルナチャが立っていたことを思い出す。

 水の剣は――――既に彼を通り抜けていた。



「――――ァ」


 

 セキレイを見つめたガルナチャの口から音もなく血が溢れ、胸部がずるりと左右にずれる。

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