第2話

 スクリーンの中で黒い背景に白い文字が流れる中、私はパッケージの裏を見た。

 本編八十四分、オリジナル版百七十分。聞くところによればオリジナル版とは、アメリカの劇場で流されたノーカット版との事だ。

 パソコンで調べてみれば、この映画の面白い話が見えてきた。

『ディレクターズ・カット版とあるが、オリジナルからつまらない・露骨すぎる尺稼ぎな部分をカットしただけ』

『主演女優は輸送船の女船長だったはずが、サメの餌にされる脚本と知って撮影中に降板』

『同じくエルザ役の女優もサメの餌は勘弁と降板し、脚本の展開を変更』

 まだまだ探せば山のように出てきた。情報源があやふやな信憑性の薄い話ばかりだが、ないとも言えないのがこの映画だ。

 スピルバーグ繋がりか、ジョーズのサメ要素とプライベート・ライアンのノルマンディー上陸作戦の融合でも目指したのだろうが、サメや戦争要素すべてが中途半端で締まらないわ面白くないわで大変だ。

 まったく、友人はとんでもないものを贈ってくれたものだ。早送りしてスタッフロール後に何もないことを確認すると、私はプレイヤーから映画のディスクを取り出した。

 さて。世の中にはあまりにも酷い出来の創作物、特に映像作品の類ではディスクを叩き割る事で終止符を打つ習慣があると聞く。SNSなどでは時折目にする光景だが、誰が始めた事なのやら。倉庫から工具箱を引っ張り出し、金槌を見つけたところで私は考えた。

 創作者にとって、自身の創作物を貶されるのは悲痛な思いだろう。よほどの変人でもない限り、自身の創作物には最大限の愛を注ぐ。言い換えれば息子、自身の分身でもあるからだ。

 それを無下に扱われるのは自身の否定に近い。辛い話だ。しかしそれも必要な事だ。それを受け入れられないのであれば作品の発表なぞしてはならない。商売でやるのならなおさらだ。

 私は金槌を置いた。この一枚のディスクを叩き割ったところで、果たして意味があるのか。当然ない。万の可能性を想像してあるとすれば、創作者にその模様を送りつけて怒りと憎悪を叩きつける程度だ。それもよかろう、見た者が受け取った感想なのだから。しかし、私が抱いたのは怒りでも憎悪でも、ましてや満足感でも達成感でもない。

 虚無だ。燃える怒りや魂を曇らす憎悪ではない。何もないのだ。そこまでする気にはならなかった。

 ディスクを手にした私はベランダに出た。落ちかけた夕日は、庭の青い芝生を黄昏色に染めている。私はこの瞬間が好きだ。

 ポケットのジッポーでモビウス・スーパーターンに火を灯し、一服。吐息に混じる煙を見上げると、カラスが上空を通過して近くの電信柱にとまった。そこで私はこいつの処分方法を思いついた。

 さっそく持って来た紐にディスクを括り付けて物干し竿に結んでぶら下げると、再び紫煙を燻らせた。

 そう、これでいい。叩き割ったところでゴミ袋の邪魔になるのなら、こうしてカラス除けに役立たせればいい。無闇に破壊して心を曇らすのは間違いだ。

 一本を吸い終わり、もう一本の準備をすると、不意にチャイムの音色が聞こえた。



◇ ◇ ◇



 郵便の配達員が手渡した包みは、間違いなく私宛だ。伝票を見れば差出人は件の映画を送りつけた友人からだった。

 この友人というのは実に嫌な奴だ。友人と呼ぶのも憚られる畜生以下の人間だ。しかし、数少ない私の友人でもある。

 やけに覚えのあるサイズの包みを破って中身を取り出すと、やはりDVDのケースだった。

 タイトルは『美女を喰らえ、突撃! シャーク軍団!』とあった。海を泳ぐ美女を食らいつかんと口を広げる四匹のサメが映ったパッケージ画像。キャッチコピーは『肉だけじゃ物足りない! カワイ子ちゃんは食べちゃえ!』どうせこれもスピルバーグのジョーズを模倣した、無数に存在する半ポルノデッドコピー映画の一つだろう。そんなものは床ジョーズだけで十分だ。

 あいつめ、私にクソ映画を送りつけて何が楽しいんだ。

 念のためケースを開いてみると、手書きの紙切れが一枚、私の膝に落ちた。拾い上げるとこうあった。

『映画通を自称するなら、この映画を越えてみせろ』

 あの愚か者に挑発されるのは慣れているが、喧嘩を売られて静観するほど私は優しくない。

 良いだろう。その喧嘩、買ってやろうではないか。どうせやる事もないのだ。薄々乗せられているなと思いながらも、私はその手を止められなかった。

 果たして、このディスクにはいかに脱力するような内容が込められているのか。どのような汚物の塊なのか。

 もしかしたら、面白いのではないか。いやないな。

 とにかく、私が再生ボタンを押す頃には、不思議とワクワクしていた。普段見ている名作映画では味わえない異次元のスリル。どれほど酷い演出や演技が待っているのかと思えば、私の冷めきった知的好奇心が煮えたぎるマグマのように抑えられなかった。

 映画には人を変える力がある。まさにその通りだ。



 

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パンツァー・メガロドンVSパットン戦車軍団 ディレクターズ・カット版 穀潰之熊 @Neet_Bear

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