夏夢
天条光
第1話 告白未遂
決意することと、それを実際にやることは頭で考えているよりも全然違う。
夏休みが数日後に迫っている七月下旬の放課後、自分が通っている青天学園のまるでオーブンの中に入ってるんじゃないかと錯覚しそうになるくらいとても暑い屋上に立ち尽くしながら僕はそう強く思っていた。昨日の放課後に、数少ない友人の一人であり親友でもある矢島守(やじままもる)がなかなか行動に移さない僕に業を煮やしたのか、あるいはいつものなんとかなるしょみたいな軽い気持ちでなのかは分からないけど、僕にこう言ってきたのだ。優姫のことが好きなんだろ? なら早くこくっちまえよ。大丈夫だって、優姫も俺の見立てでは進一のこと好きっぽいしってね。
ああそうそう。自己紹介遅れたけど、僕の名前は羽鳥進一(はとりしんいち)といいます。青天学園に通っている高校一年生です。交友関係は良いとも悪いとも言えない感じで、さきほど話に出てきた矢島守くんとはとりわけ仲がいい。というか守くん以外とはほとんど話してないんだ・・・・・・あはは。
し、仕方ないじゃないか、僕みたいなコミ障に生物の生態系図みたいな人間関係を作れなんて無理なんだからさ。守くんみたいな明るい人間と仲良くなれただけでもほめて欲しいし、あとあれです量より質が大事だと思いますし。
今説明してきたのが僕という人間の簡略化したプロフィールなわけだけど、正直、そんなことはどうでもいいんですよ。僕の容姿がこれでもかというぐらい平凡なことと同様に、友達関係の狭さなんていいんですよ。
それよりも重大な問題なのは――――決意したことを行動に移したけど生来のコミ障のせいでそのあとがなにもできなくて固まってしまっている上に、好きな女の子を炎天下の下にさらしていること。
自己紹介した時にも言ったけど僕はまごうことなきコミ障。なんの気もない人間に話しかけるのでさえ難関大学に合格するぐらいに僕にとっては勇気のいることなんだ。そう考えると、守くんと友達になれた自分ってすごいと勘違いしそうになるけど、あれは守くんがいつも休み時間に一人でいる僕を見かねてフランクな口調で話しかけてきてくれたからなんだよね。それに対して僕は「はい、なんでございましゅか」って赤ちゃん口調でかえしたんだっけ・・・・・・って話が関係ないほうに飛んでる・・・・・・。
そんな僕にとっては難関大学合格よりも難易度が高いのが確実な告白をしようと決意して、こうして悲惨な状況に陥ってしまっているものの、一応はその場面まで行けたのはやはり守くんの鼓舞があったからだ。まあ、元凶とも言えるかもだけど、ここはプラスの捉え方をしよう。
だからここからは僕がなんとかしなくちゃいけないと思う。決勝戦に挑めるチャンスまで作ってくれた唯一の親友の思いに応えるためにも。そして、ずっと心の中に居座っていた想いを現実化させるためにも。僕は、僕は言うんだ。さぁ、言えよ羽鳥進一。さあ、さあ!!
するとそんな心の叫びに応えようとするかのように、開かずの間のごとく閉ざされていた口がゆっくりとそれでいて確実に開いていく。それに合わせて、うつむかせていた顔を持ち上げて正面に向けると、そこには頬をほんのりと赤く染めた全身から優しさのオーラがにじみ出ている銀髪の美少女――――花道優姫(かどうゆうひ)がいた。まさかいきなり目が合うと思っていなかった僕は思わず元の位置に顔を戻しかけるが、さっきの決意を思い出してなんとか踏みとどまると、そしてそのままニッコリとそれはもうぎこちない笑みを浮かべた、たぶん。優姫はそれを見て可笑しそうに笑う。かわいい。
優姫ちゃんの夜空に浮かんでまばゆき光を放つ星のような笑顔を見て僕は気持ちが高ぶり、その勢いを後押しにして振り絞った声で告げた。
「僕とちゅきあってくれないか!?」
口からはじけ出た溢れんばかりの想いの叫びは、それはそれはあさっての方向に飛んでいった。それはもう、大気圏を抜けて、宇宙空間まで届いたんじゃないか? ってくらいに。
と、あまりの恥ずかしさに内心でふざけていたが、さすがにそうはいかないのが現実の非情さというもので。
想いを受け取る側だった優姫ちゃんはいきなりわけの分からない声を上げた僕を不思議そう、というよりもものすごく心配した声をかけてきた。
「び、ビックリした。いきなり叫んだりしてどうしたの? なにか悩みでもあるの? あるなら聞くよ? 遠慮なんかしなくていいんだよ? お・・・・・・幼なじみなんだから、ね?」
うう、優姫ちゃんはやっぱりやさしいなぁ。でも、その優しさが自分が失敗したんだってことを証明している気がして地味にダメージだよ。
それはそうと気になったんだけど、なんか幼なじみなんだからさって言う前に少しだけど空き間がなかった? 聞き間違いかな? まさかこの年で難聴になったわけでもないだろうし、どうしてなんだろう。
あっ、もしかしてあれっ? 進一が幼なじみなんてありえないだけどって暗にアピールしてるとか? いやいや、それはないでしょ。だってあんなに心配した表情と慈愛深い言葉をかけてくれたんだよ? ああいう言葉は偽心からは出てこないと思うし、そもそも優姫はそんな女の子じゃない。
とすると、どうしてなんだろうって堂々巡りに思考なってしまうな。僕には言いづらいこととか? うーん・・・・・・。
そう僕が悩んで頭の中でいろいろと考えていると、まちかれたように優姫が「進くん?」と小首を傾げる。
「ああ、ううん。なんでもないよ」
僕は慌てて答える。
「それならいいんだけど。でも、そうだったらなんでわざわざ屋上なんて人気のないところに呼んだのかな?」
優姫がとても不思議そうな顔でそう言った。そこでさっきから薄々感じてはいた悲しいことを考えざるを得なくなった。こ、これはもしかしなくても僕の想いは欠片も伝わってないんじゃないかと。いや、確かに酷い噛み方して分かりづらかったかも知れないけどさ。
と、とりあえず勝手に憶測で決めてしまうのは僕の精神衛生的にも優姫の意思的にも良くないから、ちょっと怖いけど聞いてみよう。
「あ、あのさ、優姫ちゃん」
「うん? なに進くん」
うわぁぁ、この何気ない周りから見たらなんてことはないやり取りだけど、なんかカップルっぽい。どきどきする。
僕はそんな小さな幸せを密かに味わいながら決定的なことを尋ねた。
「さ、さっきなんか大声で叫んだじゃん? 僕。その時になにを言ってたか分かった? 本当に些細なことでもいいから、一言でもなにかない?」
コミ障さが垣間見えるちぐはぐな日本語で、なんとか尋ねた僕の勇気に対して、優姫ちゃんはまるでお母さんが我が子に向けるような優しげな瞳で僕を見つめながら言う。
「赤ちゃんみたいな口で可愛いかったよ。ちょっと恥ずかしそうに頬を赤くしてたのもポイント高かったし、それにちゅきって赤ちゃん言葉まで言ってたからなんか母性をくすぐられちゃったっ」
「そうですか。それは良かったです。あはは・・・・・・」
・・・・・・死んでもいいですか?
うわあああああああああああああああああああああああああ!!
こ、これは予想していたとはいえきつい。まあ、最悪僕の想いが伝わってなかったのはいいとしよう。いや、良くないけどとりあえずね。僕が盛大に噛んでわけのわからないこといってしまったわけだし。
しかしだよ。目の前で天使かって思うくらいの美しく愛らしい笑みでこちらを見ている優姫は僕のことなんか少しも意識してないんじゃないかこれ。完全に幼なじみの、いつも通りの会話だもん。そしてお母さんのような優しい笑み。アウト。
なんだかわずかになにかをごまかしているように感じるけど、それがなにか分からないし、でも少なくとも好意とかではないはず。
そうか、そうだよね。なにを思い上がってたんだか、僕みたいな平凡を絵に描いたような男子に、青天のアイドルと賞されている優姫がそういう気持ちをもっているわけがないじゃないか。本当に、僕はなにを。
そんな風にして僕が肩を落としてセルフダメージを受け落ち込んでいると、なにやら思い詰めたような顔になった優姫が、緊張したような声を出した。
「そ、それで私からちょっと話があるんだけど聞いてくれる?」
あっもう僕の告白のターンは終了ですか。そうですか。まだターンエンドは宣言してないんだけど・・・・・・まあ再チャレンジ出来そうに無いから助かるけど。
「うん、大丈夫だよ。まだ、というかこれからやることって言えば寄り道するぐらいだから時間はあるし」
僕がそう言うと、なぜだか優姫ちゃんはこちらに向けていた顔面を下に向ける。そしてなにやら小さな声でぶつぶつとつぶやき始めた。二メートルぐらい離れている僕にはどんな内容を言っているのかは分からなかったけど、それでも優姫ちゃんがこの後に語るであろうことが明るいものではないのは自然と察せられた。
僕は告白した―――いや、失敗したことで動揺していた心を深呼吸をして落ち着かせ、優姫ちゃんが再び口を開くのをじっと待つ。
それから数分経った頃、優姫ちゃんがようやく垂れていた頭を動かして、そのまま僕に向ける。そして、目に見えて震えている口から言葉を放つ。
「わ、私の友達の一人が進一のことも知ってるみたいで会いたいらいしんだけど、もし良かったら会ってくれないかな?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?
「え、そんなこと? いや、別に会うのは良いけど・・・・・・え、本当にそんなことであんなに言う言わないか迷ってたの?」
思わずそう素直な言葉を口にすると、優姫ちゃんの表情が見るのが辛くなるほどに歪んだ。
「そんなことって・・・・・・私にとっては伝えるかどうか随分と悩んだんだよ? これを聞いたら進くんは驚くんじゃないかって。それをそんなことっていくらなんでも酷いよぉ・・・・・・」
「ちょっとちょっとなんでそんなに泣きそうになってるの!? だって、優姫ちゃんの知り合いに――――」
僕が知り合いって言葉を何気なく発した瞬間、
「知り合いじゃない、友達!」
普段の優姫ちゃんからは想像も出来ないような、怒気の籠もった、意志の強い大声が吐き出された。
「――――と、と、友達だよね」
僕のかなり怯えたような声で、我に返った優姫ちゃんはばつが悪そうな顔で言う。
「あ・・・・・・そのいきなり叫んだりしてごめんなさい。ビックリしたよね?」
「ううん、まあね。でも、本当にさっきからどうしたの? なんか辛そうだし、すごくなにかを頑張って隠しているように見えるよ?」
「そ、それは・・・・ごめんなさい。理由は今は言えない。でもいつか話せると思うからそれまで待って貰えないかな?」
「なんかとっても気になる言い方だけど分かったよ」
僕がそう言うと、優姫ちゃんはどこか肩の荷が下りたようで強ばっていた表情が僅かだけど緩む。とても笑みと呼べるものではないけど、それでも先ほどまでと比べればマシと言える。
その様子に内心で安堵しながらもやはり感心の触手は別のところに向いていた。それはもちろん、優姫ちゃんの友達に対する敏感さ。こういっては酷いかもだけど、非常に異常だ。友達を知り合いって言い間違えただけで、あそこまで感情が荒れるなんて普通じゃないし、僕にとってその友達さんは今のところX氏なわけで。いわば、友達の友達。たとえ相手側が僕を知っているのだとしてもそれは変わらない。シュレディンガーの猫じゃないけど、その人に会うまでは僕の中では存在しないかも知れないし存在するかも知れないって認識なんだよね。でもまあ、それを抜きにして好きな人を悲しませて、あまつさえ泣かせたのは男として最悪だ・・・・・・。
「それじゃこの話は一度保留ってことで。だから私の友達と会って欲しいってほうも忘れて。今はまだ、そのタイミングじゃなかったみたいだから」
「うん。分かった。保留了解だよ」
「それじゃ、私はこの後その友達と会う約束があるからそろそろ帰るけど、進くんはどうする? 久しぶりに分かれるところまで一緒に帰る?」
その提案は魅力的だったけど、今の僕にはいろいろと一人になって考えたいことがあったから、「いや、一人で後から帰るよ。寄り道もしたいし」っと言って断った。ああ、せっかくの優姫ちゃんが誘ってくれたのに・・・・・・。
「そっか、分かった。それじゃ、また明日教室で会おうね。バイバイ」
「うん、バイバイ」
手を振りながら徐々に屋上から校内に戻る優姫ちゃんを見送り、僕も同じように左右にぶんぶんと手を振り子みたいに動かす。
そして扉の前にたどり着いた優姫ちゃんはドアノブに手をかけて、ちらりと最後にこちらに儚げな笑みを振りまいて、そのままドアの向こうに消えていった。
ドアがばたりと重々しい音を立てて閉じると、そこに残るのは僕一人だけ。当たり前だけど、気持ちを落ち着かせるために言っておく。
そしてそれから、今日のまとめを脳内で始める。
告白は未遂で終わり、そしてなにかは分からないけど優姫ちゃんが抱える悩みという問題が残されただけ。
「これはどうしようもないなあ・・・・・・」
そう締めくくり、
「それじゃまぁ、寄り道でもしようかな」
気持ちを切り替えるためにそう言って、僕は屋上を後にしてある場所へ向かって歩き出した。
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