人間とアンドロイドのひと 第2話

 おぼろげな朝日が差し込んできて私は目を覚ました。8時間ほど寝ていた。

 昨日行った職業センターのアンドロイドは、世の男性が気の毒に思えるほど美男子型ばかりだった。

 女の私としては悪い気がしないが、一方で美女型アンドロイドに対して冷たい目を向けている私としては、この悪習じみた容姿イズムをどうしても嫌悪してしまう。マスメディアが今まで外見を売り物にし続け、リテラシーの無い愚民の脳みそを蝕んだ結果がこの有様だ。

 まあそんなことはどうでもいい。マイナス思考は体に毒だ。


 さて、ベッドから起き上がり洗面台に向かうと、歯磨き粉をこれでもかと歯ブラシに塗った。ひたすら辛い。ぼーっと歯を磨いているうちに、なぜだか分からないがもう一度職業センターに行こうという気分になった。


 朝食はあまり摂らない。起床してすぐに胃に食べ物を入れるという意欲が湧かないし、食べる時間も節約したい。今はぶらぶらしている身だが、働いていた時の習慣はまだまだ抜けていないように感じる。


 ホテルのフロントで延長料金を払いすぐに外へ出た。毎日少しずつ財布が薄くなっていくことにもうすぐ我慢出来なくなるだろう。

 金は一銭も貯まらないのにストレスは溜まりゆくばかりだ。コップに入った液状のストレスが表面張力でかろうじて溢れずにいるような浮足立った気分に、文字通り足元がグラつきそうになる。


 そうこうしているうちに職業センターに着いてしまった。

 アンドロイドがいる場所に来ると先ほどのような焦燥感が治まってゆく。私にとってアンドロイドが唯一の癒やしなのかもしれない。猫や犬の延長にアンドロイドがいると言っても良い。


 そういえば、動物型のアンドロイドはあまり流行っていない。おそらく"動物型アンドロイドが生身の動物に勝る決定的な要素"がほぼ無いからだ。食費に相当する支出は同じくらいあるし、世話の手間も一緒である。愛嬌だってどちらかの方が良いということもない。


 一方で、"人間型アンドロイドが生身の人間に勝る要素"を探したら数えきれないほど見つかる。

 大手パブリッシャーのCMで使われているウリ文句がある。

 まず、"所有者に対する従順性"。次に、"欲求を制御出来る理性"。人間が持つ三大欲求に相当するものを段階的に設定出来る機能がある。そして、"悪意のない魅力的な人間性"。

 人間よりも優れた"人間性"を持つとは、皮肉を通り越して骨まで透けて見えてしまっているようだ。


 職業センターの入り口は二重の自動ドアになっている。どうでもいいが、入り口のドアとドアの間のよく傘立てなんかが置いてある空間を"風除室"と言うらしい。

 その風除室のところに見覚えのある小奇麗な男性が立っていた。中に入りその横顔を見た瞬間デジャヴを感じた。それから横顔が正面の顔になり、はたと目が合った。

 私をじっと見ている。

 デジャヴの先には何があるのか、好奇心が私の集中力を削いでここにじっと佇ませる。瞬きする力も奪われる気分だ。


 彼は昨日ここで並んでいた男性だ。私の前に並んでいて、突如列から抜けた若い…。些細な光景だが覚えている。

 しかし奇妙だ。服装だってお洒落に金をかけているように見えるし、わざわざここへ来る理由があるなんて。


 「あの…すみません。」


 突然彼が声を発した。


 私は、まるで今まで台詞のないモノローグだけの小説の中にでも住んでいたかのように、簡単には声で返事をすることが出来なかった。


 続けて彼は言った。


「一晩だけ部屋を貸していただけますか?」

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