第21話 仮契約

「さっさと答えを出せ。 我はあまり待つのは好きではないのだ」

「お願い、少しだけこの人と話をさせてちょうだい。すぐに済むから。そうしたら、私はあなたのところへ行くわ」


 焦れる青の妖魔への返答は、リリス自身が驚くほどに冷静だった。もちろん、その言葉は出任せである。窮地から抜け出す手があるという男の言葉を信じて、最後の手にかけてみたかった。


 リリスの言葉に反抗するかと思われた妖魔は、意外にも大人しく一歩引いた。戦いが長引けば、最悪相打ちになりそうなほどの気迫を男から感じたのだろう。 多少は妖魔のほうも怪我を負っているようだった。


「お前、本気なのか?」

「一発逆転できる方法があるんでしょう。そのやり方を教えてちょうだい」

「やむを得ない。多少お前にも覚悟が伴うが……」

「かまわないわ。話して」

「わかった、単刀直入に言おう。お前の魔力を貸して欲しい」


 その言葉にリリスは大きく目を見開いた。『魔力を貸して欲しい』ということはつまり――。


魔法使いウィザードの契約を結ぶの……?」


 まさか、と思って問いかけると、男はあいまいに頷いた。


「正式なものではない。仮契約の形で魔力をもらう」

「仮、契約……?」

「すまないが、時間が無いんだ。説明している暇も無い」


 そういわれて青の妖魔のほうへ視線を移すと、もう我慢の限界のようだった。リリスが来ないのなら自分が行ってやるとばかりに、じりじりと少しずつ歩み寄ってくる。


「説明なく仮契約を結ぶことを許してほしい。あくまで仮であって本当に契約するわけではないし、妖魔の契約に近いもので契約破棄に何の制約もつかない。 だから安心してくれ」

「遅いぞ、小娘、時間だ! 我のところへ来てもらおう!」


 吼えるように妖魔が叫ぶのと、男が立ち上がるのとは同時だった。何をされるのかわからぬままに手を引かれ、リリスは共に立ち上がる。すまない、というささやきとともに唇へ降ってきたのは柔らかな感触だった。


「――?!」


 優しく触れるように口付けられているだけなのに、体中の力が吸い取られていくようだった。遠慮がちに唇をついばまれ、そのたびに体から魔力がなくなっていく。酸欠でぼうっとする頭で状況を理解した時にはもう、男の唇はリリスから離れていた。


「こいつはお前に渡さない。さあ、観念しろ」

「仮契約を結んだだと? さては小娘、我を謀ったな! ええい許さぬ、許さぬぞ!!」


 気づけば男の体には妖魔を遥かに凌ぐ魔力が宿り、傷はすべて癒えていた。騙され怒り狂った妖魔がこちらへ突進してきたが、男は顔色一つ変えずに迎え撃つ。ふたつ、みっつと放たれた光の玉の威力は桁違いのすさまじい力だった。


  あっという間に行く手を阻まれ、今度は逆に傷だらけとなった妖魔は悔しがって地団太を踏んだ。だが男の持つ力に形勢不利だと感じたのか、あまり粘ることなく後退を始める。追いかけるようにして男がもう二、三発魔力を込めた球を放つと、妖魔の姿は完全に姿を消した。


「終わった、の……?」

「ああ、終わった」

「よかった……」


 訪れた静寂の中、リリスは目の前の事が信じられずにぼんやりと問いかける。はっきりと答えてくれる男の言葉に、戦いが終わったことを実感した。安心したせいなのか、これまでの疲労が一気におしよせ、ふっと体から力が抜けていく。慌てて支えてくれる男の手にすがったものの、少しずつ意識は遠のいていった。


「おい、お前……?!」


 暗転する視界の中。最後に聞いたのは、ひどく慌てる男の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る