第三章  天青と藍晶は闇夜に輝く

第12話 犠牲者

 魔法都市ヘパティカに通じる街道は東西南北の大都市からそれぞれ一つずつのびている。南の都市ロータスとヘパティカをつなぐレシティア街道は、四つある街道の中で一番多くの旅人たちが行き交う道だ。北方や西方に比べ、南方は人を襲う妖魔が多い。そのため魔法使いになって功績をたてようと、素質のあるものはこぞってヘパティカを目指すのだった。


 レシティア街道の大きな特徴は宿場町の少なさである。ロータスからヘパティカまでにいくつか宿場町は存在するものの、街と街の間は二、三日かけてようやくたどり着ける距離だった。宿場町が少ない原因はこのあたりが湿地帯であることに起因する。ゆるい地盤に街は築けず、道をそれて迂闊に足を踏み出せば底なし沼へと沈んでしまう。そのため、宿場町を出た旅人たちは昼夜を通して歩き続けることが多かった。


 今宵もまた、夜を徹して歩き続ける旅人がいた。その小さな人影は、ロータス近くの小さな村から出てきた少年だ。母親を妖魔に殺された少年は「魔法使い」になることを志してヘパティカへ向かっていた。最寄りの宿場町から三日三晩歩き続け、ようやく遠くのほうに見えてきたヘパティカに安堵の息をつく。疲弊する体を叱咤し、後もう少しだと重い足を前へと運んだ。このまま歩いていけば、夜中にはヘパティカにつける算段だった。


 異変が起こったのは月が雲に隠れ、あたりが真っ暗になったときだった。不意に、少年は低い声を聞いて立ち止まる。


「……ヨコセ……」

「え?」


 低い声で呻くようにささやく声に、少年は身震いする。先ほどまで、周りに自分以外の人間は見当たらなかった。いつの間に誰がこんなに間近まで来ていたのだろうか。


「……そこにいるのは、誰?」


 思い切って問いかけてみると、道の脇から現れた人影がかすかに見えた。よく見ようと目を凝らすと、ちょうど雲間から顔を出した月が人影を照らす。そこには妖しく光る青い目が二つあった。美しい青に少年は思わずしばしの間見とれる。それが命取りとなった。


「魔力ヲヨコセ──!」


 喉を掻き切られ事切れた少年が最後に見たもの。それは、月に照らされて光を放つ銀糸のような髪と美しい青の瞳だった。

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