第10話 目覚め
まぶしい朝の光に起こされて目覚めると、なんだか目が開けにくかった。おかしいと思いながら目をこする。妙に熱を持っていて腫れぼったい上に、頭の奥も鈍い痛みがあった。
(昨日の夜、どうしたんだっけ……男の人に出会って、それから──)
そこまで考えて、リリスは昨晩の醜態をすべて思い出した。
「わたし、散々泣いて……っ!」
寂しい、助けてと泣きじゃくって男にすがった。昨日あったばかりの、まだ名前も知らない人に。自分のしたことを全て思い出したリリスは、頬に熱が集まっていく感覚を振り払うようにぶんぶんと首を横に振った。
(なんてことをしたの。 あんな、あんな恥ずかしいことを……!)
思わず頭をかきむしりたくなるほどの羞恥心に見舞われながら、慌てて辺りを見回す。彼はどこにいるのだろう。今出会ったら、絶対に目をあわせられない──そう思って必死で探したが、それらしき人影は小屋の中には見あたらなかった。
「どこに行ったのかしら? まさか、昨日のことは夢だったとか……?」
少し安堵感を感じながら考えてみて、すぐにその想像はありえないと打ち消す。そんなに都合のいいことがあるわけない。リリスがこの小屋に運ばれてきたのも、大泣きしたのも、はっきりと記憶が残っていた。
「……起きたのか」
「きゃあぁっ!!」
いないと思っていた男の声が突然後ろからして、リリスは悲鳴を上げて飛び上がる。思わず後ろを振り向くと、いつの間にか小屋のドアが開いていた。どうやら男は外から戻ってきたらしい。
「な、なな、なんでいるのよっ!」
振り向いた瞬間にばっちり目があってしまい、動揺したリリスは上ずった声でそう叫ぶ。その後すぐに、しまったと思った。これでは男がこの小屋へ入ってきたことをとがめているように聞こえてしまう。弁明の言葉も見つからず、リリスが口ごもった。だが、男は少し困ったような顔をしながらも、昨日とまったく変わらぬ調子で答えた。
「近くに川があったからそこまでいって水を汲んできただけなんだが……戻ってきてはまずかったか?」
そう聞かれて逆にリリスが返答に困った。戻ってきてくれたこと自体はまずかったわけではないのだが、いかんせんタイミングがまずかった。だがそんなことは言えるはずもなく、リリスはしどろもどろになりながら答えた。
「そんなことは、ない、とおもう。……ええと、水、ありがとう」
「ああ。昨日のことで疲れただろうし、少しこの小屋でゆっくり休んでから出発するといい」
昨日のこと、と聞いてとたんリリスの体が固まる。またもや思い出された自らの醜態に、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
「そっ、そういうわけじゃないけど……っ、ええと、その……」
「そうか。その水は自由に使うといい。あれだけ泣いたのだからのども乾いているだろうし、目も赤いからそれで冷やせばましになるだろう」
「……っ!」
男のストレートな言葉にリリスはさらに恥ずかしくなってうつむいた。 そんな様子にも気付かず、男は言うだけ言うとそばから離れていく。固まったまま動けないでいるリリスは下を向いたまま、しばらくその場に突っ立っていた。すると、目の上にひやりとしたものが当てられる。不意打ちの冷たさとその突然さに思わず顔を上げると、目の上に水に浸した小さな布があてられていた。
「これ……」
「少しそのままで座っておくといい。そうすればすぐに赤みもひく」
男はぽんぽんとリリスの頭を軽くたたいてそう言い、さっさと離れていった。リリスは言われたとおり、素直にテーブルの近くに合った椅子へ座り込む。冷たい布はとても気持ちがよく、同時に気分も落ち着かせた。
そうしているうちにリリスは昨日泣いたことを騒ぐ自分がなんだか馬鹿らしく思えてきた。自分は恥ずかしいだの何だの言って男の言動をいちいち気にしていても、男のほうは昨日自分が泣いたことをこれっぽっちも気にしている様子がない。泣いた理由を追求するのではなく、泣いた後のリリスを心配する彼は不思議な人だ。そう首を傾げながら、リリスは目の腫れがひくまで大人しく椅子に座っていたのだった。
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