第92話 最弱の軍将
虚空に閃光が奔る。
そしてそれを上回る速さで、その顔面に拳打が撃ち込まれた。
法礼機ミデュール。
第一龍装師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズの駆る軍将機を前にしては、光速の魔導機とて児戯に等しい。
龍装儀艦ザイダス・ベル周囲に展開し、封鎖結界を形成していた魔導機の数は瞬く間に半減していた。
龍装師団中核艦隊を襲撃したマイレイ・サイズレート男爵率いる奇襲部隊の出現から、まだわずかな時間しか経っていない。
だが、千を超える光速の魔導機隊はたった一騎の軍将の前に壊滅しつつあった。
「軍将と呼ばれる存在は二種類います」
超望遠機能でその様子を捉えながら、解放された第三師団旗艦スレイドル艦橋でメルヴェリア・ハーレインは主君であるティリータに向けて言葉を紡ぐ。
「一つは圧倒的な戦闘力によって軍団に拮抗するもの。ザルクベイン将軍やゼルトリウス公子。御義父様やあの人もそうですが、手足を振り回すだけで星を吹き飛ばすほどの戦士です。
……マナイ・マサキもこちら側ですね」
無数の戦況映像から軍将の戦いぶりを優先的に取り上げ、ティリータに提示する。
言葉もない彼女の姿に、メルヴェリアは気にすることなく続けた。
「そしてもう一つは、超光速騎としては底辺ながら、大軍に対する戦闘技術を得意とし、軍団に匹敵する戦力を備えた戦士。アディレウス副長はそちら側に当たります」
映像の中で法礼機ミデュールが振るった金鞭が同時に数百の魔導機を同時に捕らえ、貫いた金属の鎖から放たれた魔力流でそれらが一斉に爆散した。
反撃で放たれた魔力波を、ミデュールは悠然と躱し、敵の懐に飛び込み、一番近くにいた魔導機に拳を叩き込む。
それだけで魔導機が展開した複数の魔力障壁を粉砕し、機体ごと叩き壊した。
離れては鞭打。近づけば拳。
ミデュールの両腕から伸びるグラム鋼の鎖は、アディレウスの意思一つで鞭にも槍にもなる。
さらに距離を取ろうとする魔導機に対しては魔力による空間圧力で押し潰す。
遠近どちらにおいても隙はない。
「こんな状況で突貫!?」
「一騎だけで勝てると本気で思って!?」
残った魔導機が一斉に散開する。
マイレイ・サイズレート男爵率いる魔導機部隊もまた精鋭。
主君と同じ時間魔法を操る魔導士たちだ。
超光速騎である魔導祭器エッケンバッハには及ばずとも、複数器で連携し、同調すれば超光速騎を捉えることを可能だった。
だが、アディレウスにも策はある。
動けない?
時間が止まる?
ならば答えは簡単だ。
――それ以上の速さで動けばいい。
配下の魔導機に足止めをさせ、自身は魔力を高めていたサイズレート男爵の目の前まで、アディレウスは一気に機体を跳躍させる。
「——遅いな」
「……そうかしら?」
冷ややかな声に被さるようにサイズレート男爵の嘲笑が振り下ろされ。
眼前のエッケンバッハの姿が掻き消える。
幻影魔法。
装機の光学観測すら欺く擬態により、実体は別の場所に置いたままアディレウスを誘い出したのだ。
ミデュールとエッケンバッハは同じ超光速騎。
低位の超光速騎であるアディレウスには一度開けられた距離を詰めるのは容易ではない。
遠方に身を潜め、展開した配下と連動魔法陣を張っていたサイズレート男爵の策により、一瞬でミデュールが逆に包囲される。
その直後、虚空から出現した無数の鎖が周囲の魔導機全てを絡めとっていた。
それも一本や二本ではない。
ミデュールの両腕から伸びた鎖は亜空間を経由し、分裂し、そして網のように張り巡らされていた。
一斉に放たれた鎖により、魔法陣を展開していた残るすべての魔導機が捕らえられていた。
「こんな……こんな仕掛けが」
魔導機の乗り手たちが呻く。
警戒していたはずだった。
相手は皇国随一の知将とまで呼ばれる男だ。
何か策があると疑って当然の存在だった。
だが、ミデュールの張り巡らせた鎖の網は、彼らが展開した連動魔法陣の魔力の流れに沿って亜空間を潜っていたのだ。
彼らの作戦に連動して、網は張り巡らされ、それが魔法陣の展開と同時に発動した。
知らず知らずのうちに、奇襲部隊は裏をかかれていたのだった。
「なぜ、アディレウス卿が皇国随一の知将と呼ばれるかわかりますか?」
その言葉に、ティリータは首を振った。
アディール・フリード・サーズは、皇国の戦略室長を兼任する第二魔鏡師団団長イシュトーと異なり、軍師、戦略家としての活躍はあまり有名ではない。
彼は第一師団副長として数十年の長きに渡り戦場にあり、実戦における戦術家として名を馳せていたが、ティリータはその具体的な内容までは知らなかった。
「子供の頃から天才軍師だったと伺いました」
「——彼とは知恵比べに意味がないからです」
メルヴェリアは小さく首を振った。
「敵の作戦、戦略を見抜き、それを力で叩く。彼は優れた戦略眼と作戦立案能力があり、そしてそれ以上に最強の軍団長の力を最大限に活かす姿勢がありました」
それはアディレウスと戦った彼女の経験だ。
「第一師団とは、誰もが正面からの戦いを避けます。策をもって分断し、軍団としての無力化を図る。それが最も効率的で、そして困難なことだったのです」
皇国最強の第一師団。その強さの本質をメルヴェリアは知っている。
「アディレウス卿にはどんな策を講じてもすぐに見破られ、そしてたとえ裏をかいたとしてもすぐに対応され、力づくで押し切られる。戦術家として彼ほど力押しが得意な将はいないでしょうね」
第一師団は最強の団長がいるから強いのではない。
どんなに対策しても、最後は団長と正面から戦わざるを得ないように追い込まれるから、第一師団は最強なのだ。
「軍将としては、一対一で彼が勝てる軍将はいないでしょう
——ですが、軍団を率いての戦いならば彼に勝てる将もまたいません」
そうやってメルヴェリア・ハーレインはここにいる。
龍装儀艦ザイダス・ベルの砲門が火を噴いた。
サイズレート男爵の奇襲部隊の封鎖結界により足止めされていた神速艦は、結界の解除を試みながら、副長アディレウスが敵を拘束する一瞬を待っていた。
たとえ分断されていても、彼らは副長のやり口を熟知している。
そこに指示は不要だった。
超光速のエーテル光弾が捕らえられた魔導機を吹き飛ばし、奇襲部隊は一斉に消滅する。
その中で、超光速騎である魔導祭器エッケンバッハ、マイレイ・サイズレート男爵だけが離脱しつつあった。
ミデュールとエッケンバッハは同じ超光速騎。
形勢が逆転すれば、逃げるのは容易ではない。
空間転移を図ったエッケンバッハの魔力波が、追いすがるミデュールの魔力波に打ち消される。
最初の奇襲と立場が逆転した。
「——終わりだ」
「……そうかしら?」
再び同じやり取りが繰り返され。
ミデュールの拳が繰り出される。
いくら知恵を誇ったところでアディール・フリード・サーズは力の信奉者だ。
その右腕に鎖を巻き付け、肥大化した右の拳が、エッケンバッハを魔導障壁ごと粉々に粉砕した。
無数の破片となって四散するエッケンバッハを見ながら、アディレウスはその力を探る。
「……逃がしたか」
驚くにはあたらない。
最初から彼女はここにはいなかったのだ。
魔導士であるマイレイ・サイズレート男爵とその配下は、すべてフェーダ銀河の奥、彼女の領地である惑星ウーシアにいる。
今まで戦っていたのは、彼女たちが連動させていた
百万光年以上の距離で意識を連動させることが出来ていたのは、彼女の魔導士としての高い適正に他ならない。
ゆえに、最後まで余裕を崩さなかったのだ。
「——まあ、いい」
すでにこの戦場では彼女たちが再出現することはない。
撃ち込んだ
今はそれだけで充分なのだ。
それに、敵の位置は掴んだ。
彼の役目はそこまでだ。
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