第93話 分体

「サイズレート殿が……」

第三師団旗艦スレイドル艦橋が捉えた光景に、ティリータは絶句する。

しかし、隣に立つメルヴェリアは無表情だった。

「ご心配には及びません。あれは分体エイリアスですから」

思わぬ言葉に、ティリータは家庭教師の顔を見上げた。

「分体?……そんな、まさか」

「まるでそうは見えなかった、ですか」

こくこくと小鹿のようにティリータは頷いた。

「確かに、分体エイリアスは通常は使い魔のような小型動物に力の一部を与えたり、人形に意識を同調させて伝達や雑用係にする程度のものですが、専門の訓練と魔導技術を用いれば、魔導士本人と全く同じ戦闘躯体に仕立て上げることも可能です」

「……では、サイズレート殿は」

「本人とその配下の実体は本星ウーシアにいるでしょう。あれほど完成度の高い分体、それも百万光年離れても思い通りに動くとなれば、惑星規模の増幅装置での完全同調か、完全な独立躯体が必要ですから、本人たちは装置から動くこともできないでしょうけれど」

「意識だけを映した分身体だったということですか?」

「こんなバカげた戦で命を落とすつもりなどないでしょうから」

馬鹿げた、という言葉に酷く実感のある口調だった。

それは、曲がりなりにもこの復興軍の首座にあるティリータにとっては屈辱的な言われようだった。

「だから、シュテルンビルド伯爵は彼女を嫌っているのですよ」

「サイズレート殿は本気で戦う気がなかったと?」

「本気ですよ。自分の命の安全は確保したうえで、充分な戦闘力を確保する。伯爵と彼女は、やり方が違うだけです。

 ――そしてそれを認められない」

暗にシュテルンビルド伯爵の狭量さを責めておいて、メルヴェリアは会話を切り上げる。

直後――。


「ち、超エーテル体、急速拡大!」


スレイドル艦橋に戦術予報士オペレータの叫び声が響き渡った。

遮断壁を解除したため、観覧席に座るティリータにもその悲鳴にも似た叫びは届いた。

「何事か――」

そして隣のメルヴェリアの声も上ずっていた。

「——メル?」

ティリータには状況がわからない。

それまで平静に戦況を解説していた家庭教師が、あからさまに動揺していた。

先ほどまでのように答えを得られず、ティリータは眼前の戦局図に目をやった。

投影された戦局図の一角で、巨大な光が出現しているのが見える。

それは、先刻、愛居真咲の獅鬼王機エグザガリュードが引き起こした宇宙大変動ビッグ・バンをはるかに凌駕するエーテル数値と規模を現していた。

ティリータにはその意味が理解できなかった。

人間が、宇宙を揺るがすほどの力を持つ。

星海にはそのような【人間】がいる。

それは事実だ。

だが、それが出来る父や兄を持ちながら、ティリータにはその実感が今まで得られなかった。

今も、彼女にはそれはただ戦局図の映像以上のものではなかった。

その映像が、不意に消える。


「……エーテル体、消失、しました」


茫然と戦術予報士オペレータが告げる。

彼らには僅か数秒の出来事だ。

膨大なエーテルが出現し、消失する。

それだけの出来事。

それが意味することを最初に理解したのは――


『——銀河断だ』


スレイドル艦上に立つ軍将機より、ウォルムナフ・ガルードの声が降った。

戦慄が走る艦橋の中で、ティリータだけがその意味を理解し得ない。

「ザルクベイン将軍の剣技です」

平静さを取り戻したメルヴェリア・ハーレインがその後に続けた。


「想像できますか?

 神速騎士の剣は、銀河をも断つということを」

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