第89話 ゼトの決死圏 上
左右から挟み込むように迫る超光速の刃を、宙空で片手をついて跳ねる。
紅零機ゼムリアス。
第一龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアの愛機である神速騎は、超光速を超えた神速域に到達した超装機だ。
それが無言で、剣を振るう。
無造作に見えても、放たれた剣閃は光速を超えた超光速剣。
対峙する二騎の軍将機がそれを躱し、そのはるか後方で無数の艦艇が両断され、残骸となった。
直後にゼムリアスの長剣が翻り、返す刀で躱した二騎を追った。
超光速騎である軍将といえ、神速域に達したゼトの剣を完全に避けられるものではない。ましてゼトの振るう天剣は鞭のようにしなる軌道を描いて敵機を追う。
機体の首を撥ねるように走った剣閃を、二騎ともに弾いて捌いた。
それでも完全には防ぎきれず、弾かれた剣先が機体の端を掠めて削り取る。
その攻防を繰り返し、対峙する二騎には徐々に損傷が増えていった。
だが、ゼトもまた余裕があるわけではなかった。
敵機から離れて一呼吸の間に、自機に迫る無数の光速弾を束を目にする。
ゼムリアスの自律機能が自動的に弾幕の軌道を計算し、万分の一秒単位での安全圏を検索。機体を超光速で移動させる。
その直後、再び二騎の軍将機が迫り、さらにその後を追うように複数の超光速騎が後に続く。
それに対峙するのはゼトとゼムリアスただ一騎。
「バド・ガノンとマーセナス・パーシアスか」
ここまでの交戦記録でゼムリアスが過去の戦闘記録と照合して敵の正体を割り出している。一人はゼト自身がかつて戦った軍将バド・ガノン。
そしてもう一人は――。
「過去に従兄上に負けて消息を絶っていたということですが、フェーダに流れていたとはね」
それも10年以上前の話、まだゼトが修行の旅に出る前の子供の頃の軍将だ。
無表情でゼムリアスの提示する戦歴に目を通しながら、ゼトの手足は別の生き物のように自分の周囲に群がる敵機を両断している。
たとえ超光速機といえど、低位の機体であれば神速騎であるゼトの敵ではない。
常時超光速域にあるゼムリアスに対峙しうるのは中位以上の超光速騎士、軍将でなければならないのだ。
それでも数が多ければ、さらに低位の光速騎士や光速艦でもその動きを鈍らせるだけの効力はあった。
父、ザルクベインと対峙していたドナウ艦隊が撤退を選んだのとは裏腹に、バールスタイン・ベルウッド公爵率いるバストール艦隊は温存していた主力であるバルト騎士団までをも投入し、ゼトを討つべく総力を結集させている。
ゼトは逃げ腰の敵と戦っている父と違い、無数の砲火を掻い潜りながらまだ健在の軍将二騎と超光速騎士たちと戦わなければならないのだ。
流石に――厳しい。
「……真咲を呼べれば少しは楽だったんだけどな」
敵自動艦隊壊滅後の支援を期待していた弟分は、上級軍将である鎧将機ガラードの襲撃を受けていた。
「流石に、ゴダートさん相手だと厳しいか」
結局、一人ですべてを片付けないといけないというわけだ。
「もし敵艦隊の秘匿戦力に他国からの客将がいたとして――」
ゼトの脳裏に、出撃前の義兄とのやり取りが浮かぶ。
「下手に傷つけると国際問題になりますか?」
「……本来ここにいるはずのない将だ。色々と面倒なことになるな」
「——では交戦は避けた方がいいですね」
「いや、むしろ殺した方が手っ取り早い」
無造作に言ってのけた副長のアディレウス=アディール・フリード・サーズの言葉に、ゼトは義兄の顔を見返した。
「……国際問題になりませんか?」
「だからこそ、殺してしまえば最初からそんなのはいなかったと言って終わりだ」
そんなものか。
「敵の正体次第では、占領下の支配地との摩擦もありうる。もめ事は最初からない方が望ましい」
皇国随一の知将と称されるアディレウスの言葉には澱みがない。
義兄はその知略をもって、敵を正面から叩き潰すことを良しとする男だ。
「それからおそらくは、お前の方にベルウッド公爵が来るはずだ」
「……よくわかりますね」
「敵からしてもお前の足止めをしないと始まらないからな。
――で、あれば公爵の性格上、自分を囮にして誘い込む可能性が高い」
なるほど、とゼトは頷く。
「だから、ここで確実に仕留めろ」
その言葉だけが強調される。
「ベルウッド公爵は艦隊司令官であり、復興軍の戦略面における指導権を握っている。彼を殺せば、復興派内部での戦略に混乱を呼べる」
「つまり、僕の役目は艦隊戦での囮と時間稼ぎ。さらにベルウッド卿は確実に仕留め、客将にあったら必ず殺せ、と」
さらに、ティルアを救い出すこと、とゼトは心の中で付け加える。
「……流石に、やることが多いなぁ」
「神速騎士を名乗るならそのくらいは当然やってもらいたいものだな」
義兄は手厳しい。
「父上の方は何も言わなくて良いんですか?」
「団長にそんな面倒なことさせられるわけないだろう」
「……団長は僕です」
そして姉と父には甘い。昔からそうだ。
アディール・フリード・サーズが団長と呼ぶのは一人しかいない。
今でも、そしておそらくこれからもずっと。
「
ゼムリアスが長剣を下から横薙ぎに振るう。
超光速で放たれた歪んだ剣閃が敵の群れに襲いかかり、その流れに巻き込まれた多くの光速騎、超光速機を引きずり込んで捩じ切っていく。
その中で、流れの中で防御姿勢を取っていた敵軍将バド・ガノンの軍将機の右肩から先が捩じ切られ、粉砕された。
おっと、とゼトは小さな声を上げた。
「……やりすぎた?」
だが、敵はひるむ様子はなかった。
バド・ガノンは数年前、ゼトと交戦して負傷した敵だ。
彼にとっては雪辱の機会であり、そう簡単に引き下がることは出来なかった。
内心、ゼトは胸をなでおろす。
ゼトにとって、今対峙している敵は、そして後方から支援砲撃を続ける敵艦隊は、その指揮官であるバールスタイン・ベルウッド公爵含めてすべてを確実に仕留めなければならない。
前回のように傷をつけて取り逃がすようなことはあってはならないのだ。
そうである以上、適度に傷つけ、消耗させたところで敵をまとめて討つ。
言葉で片づけるほど簡単な話ではない。
ゼトとゼムリアス自体もここまででずいぶんなエーテルを消耗している。
だが、そうなるように、ゼトは徐々に戦場全体を移動させ、今や自機と敵艦隊の延長に第三師団旗艦スレイドルを置いていた。
これで、ベルウッド公爵は逃げたくても逃げられない。
逃げれば、ゼトはそのままスレイドルに座乗しているティルア=ティリータ皇女を攫いに行けば良いのだ。
それでこの戦は終わる。
油断はできない。
今なお敵の数は多く、そうならないように死に物狂いで抵抗してきている。
ゼト自身も消耗し、一度でも態勢を崩せば数の差で袋叩きにされる。
綱渡りのような戦いを強いられていた。
それでも、ゼトは笑った。
それは自分でも気づかないような歓喜の笑みだった。
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