第79話 一つの終わりの一つの始まり

「冗談ではない!このまま撤退などできるものか!」

バーンスタイン・ベルウッド公爵は眼前の制御盤に拳を叩きつけた。

光速騎士である彼が遠慮なく力を振るえば、耐久性に優れた軍用の機械とはいえ一瞬でひしゃげて動かなくなる。

「司令官、言う通りにしていただきたい!」

「すでに勝機を逃したのです。これ以上の損害を出さずに撤退すべき時です」

ライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵が送り出した超光速騎士ボルムスとゲゲの二人の言葉に、ベルウッド公爵は苛立った。

彼らはそれぞれが別の戦艦と情報連結を行い、暗号通信で旗艦と連絡を行っている。ベルウッド公爵の乗艦を敵に悟られないための隠形策である。

「司令官、第三師団からの入伝内容ですが……」

「破棄しろ!敵の攪乱作戦の可能性が高いと言った!」

「暗号認証は……」

「それが何の証明になるか!」

部下からの進言も跳ね除け、なおもベルウッド公爵は壊した制御盤の予備を使って艦隊の陣形を再設定する。

第三師団には彼の行動を制限する権限はない。

無論、第三師団旗艦スレイドルには主君たるティリータ皇女が座乗していることなどわかっていたが、彼はそれを無視した。

「これだけの自動艦を失って一将一騎も討てないなどなんの言い訳になるか!」

後方でフォーント・カルリシアン侯爵が感じたものと同じ憤りをベルウッド公爵は発している。

すでに失った自動艦の損失を取り戻すことは出来ない。短期間で同じだけの戦力を補填することも不可能に近い。

未だ敵はすべて健在で、自分たちだけが一方的に損害を被ったのだ。

「せめて奴だけは落とす!奴だけは絶対にだ!」

失った力を取り戻すことが出来ないのなら、損失に見合う成果を上げなければならなかった。

神速騎士ゼルトリウスを討つのだ。

もう一人の神速騎士ザルクベインと対峙していたドナウ艦隊が撤退し、フェイダール騎士団が討伐ではなく時間稼ぎを選択した時点で、ベルウッド公爵に退路はなかった。

主君からの、配下の、同僚のすべての撤退の進言を跳ね除け、公爵は戦闘に集中していた。



「正直、本来ならあそこにいるのが俺だと思うとぞっとする」

皇都惑星シンクレア、戦略室にて竜皇リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードは頬杖を突いたまま呟いた。

「ざっくり3000万隻の光速艦に軍将4人、光速騎団。本来ならさらに第三師団。

 あれらが犠牲をいとわずに全員で他の軍団を無視して俺一人を狙ってくると考えると正直、どうにもならないな」

リュケイオンが元々予定していた軍団は第一師団、第二師団と予備隊を合わせた3個師団相当。

現在の第一師団を超える神速騎士二騎と軍将6人以上の大所帯とはいえ、自動艦3000万隻が周辺への足止めに動くと考えれば、自分一騎を孤立させて数で押し切ることは可能だろうとみた。

父の死と自分の即位に伴う混乱の中で、周辺諸国への牽制のための国境警備と首都の防御を考えれば、自由に動かせる軍団はそう多くはなかった。

だからこそフェレス復興軍が蜂起するには好機であり、それを誘ったのは事実だが、敵戦力は想定を大きく超えていたのだ。

「……一千万艦隊までは事前情報通りでしたけどね」

「艦体の分裂機能も耐久強化策も予測の中には会ったけど、全部載せは正直キツイ」

リュケイオンの言葉に弟のリュクスと副将のラギアンが続く。

「ザルクを連れてきたのはゼトのおかげだが、アディレウスは上手くやってるよ」

「兄上を温存して戦闘に突入したので、彼らこそ第一師団相手に主要戦力を温存して挑まざるを得なくなった、と。戦略で一戦場の戦術策を制限するのは妙手ですね」

「神速騎士相手に戦力を出し惜しみしなきゃならないってのもキツイ話だな。流石は皇国一の知将ってことか」

弟たちの言葉に、静かにリュケイオンは頷く。

「……とはいえ、これで決着ですか?」

リュクスの目にはナーベリア全域において崩壊した敵軍の様子が映っている。

全滅は時間の問題だと思えた。

「将の質が違う。あの状況から盤面をひっくり返せる奴は連中にはいない」

「第三師団が救援に入る可能性は?」

「それには遅すぎるし、長引けばこっちも第二師団が突っ込むから泥沼だな」

リュクスの言葉にリュケイオンとラギアンが応える。

ナーベリア全域を映し出す戦術図の中で、フェレス復興軍とリューテイシア皇国軍は第三師団と第二師団がそれぞれ後方に位置している。

アウェネイア銀河で防衛線を構築した第二師団からは増援部隊を送り込む準備があった。

「今退けば、ゼトも追うだけの余力はないだろうが……」

「ベルウッド公爵には退く気はなさそうですね」

「退くに退けないだけじゃねーかな」

光速騎士団を展開し、ゼトの駆る神速騎ゼムリアスと戦う軍将二騎を全面的に支援するベルウッド艦隊の動きを三人は静かに見守っている。


「——陛下」

その言葉は、外から発せられた。

「……カーディウスか」

リュケイオンは振り向くことなく答える。

戦略会議室に入室してきた老人の名はカーディウス=ベルガリア・カドリアヌス・ラウス伯爵。

今は引退したリューティシア皇国軍軍将であり、かつてはベルガリア騎士団を率いてリュケイオンに仕え、またリュケイオンにとっては師に当たる人物だ。

数年前に現役を退いたのちは、彼の名を冠した惑星ベルガリアを含むベルガリア伯爵領にて日々を過ごしていた老人は、ベルガリアの代表としてかつての主君であり教え子である次代竜皇リュケイオンの即位式に参列していた。

「——殿下、いや陛下、お別れを申し上げに参りました」

老人は静かに言葉を紡ぐ。

「……その必要はないだろう」

リュケイオンは振り向かない。かつての功臣と顔を合わせようとはしなかった。

「俺としては、あの大軍を相手にベルガリア騎士団の責任を問う気などない。惑星一つの戦力で出来ることなどたかが知れている」

カーディウスもまたリュケイオンの即位を取り巻く情勢を理解していた一人だ。

次代竜皇の即位に対し、フェーダー銀河系に集うフェレス復興派が蜂起する。

その予測があったからこそ、フェーダー銀河外縁の惑星ベルガリアには先代竜皇グラスオウ、次代竜皇リュケイオンの父子双方からの信任厚いカーディウスとベルガリア騎士団が配置されていたのである。

リュケイオンの子供の頃から突き従ってきたベルガリア騎士団は、団丸ごと即位式に参列してもおかしくない軍団だった。

そこをあえてベルガリア領に残し、引退した軍将カーディウスのみが指揮に参列したのはフェレス復興派を警戒してのことだ。

しかし、フェレス復興軍の蜂起に対しベルガリア騎士団は何の動きもみせなかった。

動けなかったのである。

騎士団長ら超光速騎士を合わせても一個師団に満たない戦力では、一千万艦隊に対抗することなど不可能。

敵意を示さないよう蜂起軍の発生を知らせる通信もできず、ただ見送るしかできなかったのである。

銀河系そのものが情報封鎖された現在では、惑星ベルガリアの状況を探ることすら困難だ。

辛うじて、惑星が無事であることが超望遠観測にて検証されただけである。

とはいえ、リュケイオンにそれを責める気はなかった。

ベルガリア騎士団はあくまで牽制であり、一団のみで対抗することを求めているわけではなかったからだ。


「ナーベリアの戦はもうじき終わる。この様子ならフェレスの連中はフェーダの奥地に引っ込んで戦力の補充をしなきゃならなくなる。

 ベルガリアの開放はその後でも遅くない」

「確かにその通りですが……」

カーディウスの方を見ずに、理詰めで自身の行動を剪定するリュケイオンに、老人は苦笑を返した。

「息子たちが心配で仕方がないのです。笑っていただいても構いません」

開き直ったかのような老人の笑顔に、リュケイオンは初めて横目でその顔を見る。

「お前といいザルクといい、いつからそんなに子煩悩になったのやら」

「陛下とて、子を持てばわかるのではありませんか。そう誰か城下に良い人でも……」

「——言ってろ」

嫌な方向に話が転びかけたので、リュケイオンは話を打ち切った。

リュケイオンは妻帯していない。

弟のリュクス=リュクシオン皇子との後継者問題を抱えていた彼にとって、次代竜皇として即位し、その足場を固めるまでは自分が妻子を持つことをあまり考えたくなかったからだ。

それは政治的に、国内外に新たな問題を呼び込むことになりかねないのだから。

「将軍、お気持ちはわかりますが、現在は航路制限を行っており、フェーダ―銀河系への移動経路は次元封鎖されています」

「ああ、いや。無論、殿下たちにとって大変な時期なのはわかっております。光速艇ふねを出してもらう必要もありません。増幅器バスターの一、二基も貸していただければ結構」

リュクスが兄の気持ちを汲んで援護に入り、力付くで押し切られた。

たとえ次元封鎖されていたとしても超光速騎士であるカーディウスは単騎で銀河を横断できるのだ。

止めようがない。

ラギアンがそこで話題に加わる。

「そういやベルガリアード持ってきてたんすね」

「騎士団で他に乗れるものがいなかったのでね。その点では、ザルクがうらやましくもある」

「つってもザラードも10年以上しまいっぱなしでしたけどね。ゼトが自分には合わないって言ってたし」

「陛下も乗り慣れたほうが楽だと言って結局使わなかったですからな」

剣将機ザラード。戦臨将機ベルガリア―ド。

かつてリューティシア皇国の主力を担った二騎の超装機は、それぞれが乗り手不在のまま死蔵されていた。

どんな超装機もそれに見合う乗り手がいなければ宝の持ち腐れ。

軍将機を乗りこなせるのは軍将しかいない。力が足りなければ機体と同調できずに乗り手が死ぬだけだ。

軍事大国であるリューティシア皇国でもそうそう見つかるものではなかった。

特にザラードは神速機どころか、星海七大星剣、すなわち超神速機である古代の剣将機ザラードの複製機。

原型機から劣化したとはいえ、神速域に至った破格の性能を誇る機体だった。

第一師団を継いだリュケイオンとゼルトリウスはどちらも子供の頃からの乗機が進化しんかして超光速、そして神速域に至り、それぞれ愛着ある機体を優先したため、ザラードに至ってはザルクベインの出奔後、今日までずっと龍装師団本部で保管されていたのだ。

「なんだかんだで新型の超光速騎が作れるってのも考え物ですね」

乗り手、後継者不足。

超光速騎士は望んで生まれるものではない。軍将以上の戦闘力の持ち主となればなおさらだ。

ザルクの子、ゼトが父と同等の戦士に育ったことも。

竜皇グラスオウの子、リュケイオンが父を超える存在になったことも。

ごく少数の例であり、親子で才能が引き継がれる保証などない。

次世代の騎士が育っても、彼らがそれを選ばない限り超装機は死蔵され続けるのが常だった。そんな贅沢な話が出来るのもリューティシアほどの大規模国家だからであるが。

「……私も、息子を騎士に育てていれば、と思うことがあります」

しかし、そうはならなかった。

カーディウスの息子ランディウスは争いを好まず、騎士としての才能にも恵まれなかった。たとえ騎士となっても、父と比べられ続けることを考えれば、その道を選ばないことが正解だっただろう。

しかし、だからこそ……

「もしもがあれば、息子や孫たちを守れるのは私だけなのです」

惑星ベルガリアに残されているのはカーディウスの息子夫婦と孫だけではない。

彼についてベルガリアの開拓に従事した同郷のもの。

ランディウスの開拓募集に集った移民。

その全てが彼の守るべきものだ。

「……たとえ軍将だろうが、今の貴様一人で何が出来る」

リュケイオンの言葉に苛立ちが混じった。

「——未練ですな陛下」

カーディウスの言葉によどみはない。

最初から、最後まで。


「部下に死ねということも主君の務めでございましょう」


彼は、自分のこれからを、ベルガリアの行く末をすでに見定めていた。

リュケイオンが引き留めようとする理由も。

それでも、彼は主より家族を選んだのだ。

リュケイオンは答えず、リュクスたちは老臣が深々と主君に最後の礼をこなす姿を見送った。

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