第78話 戦鬼と呼ばれた父子

「最初にゼトが旅に出たのは12歳の頃だ」

話が三度切り替わる。

ウォールドの視線の先にあるのは、軍将二騎を翻弄しながら自分の包囲する隔離艦隊を削り取るゼトの紅麗機ゼムリアスの姿。

ザルクベインを包囲していた艦隊同様、すでに自動艦隊の無人艦はほぼ壊滅しつつあり、温存されていたバルト騎士団の援護を受けて二人の軍将が攻めるのを、ゼトがいなしながら反撃でさらに包囲艦隊を削る構図になっていた。

一つでも隙を見せれば勝機はある、とはウォールドの言だが、傍目から見ても、指揮を執るバーンスタイン・ベルウッド公爵は無理に戦闘を行っているようにしか見えない。

別個に後退するドナウ艦隊を見て、保留していた撤退の判断をティリータが下したのはつい先ほどのこと。

だが、その通達が公爵に届いているかどうかは定かではなかった。

敵の通信妨害。

乱戦により発生した無数のエーテリアの嵐。

そして重力波を始めとする空間異常。

どんなに星海の科学技術が発展しても、そうであるがゆえに戦場での連絡手段は、最終的に通信よりも人を、機械を使った伝令にまで退化する。

命じて、その間は待つしかティリータにはできなかった。


「今考えると早すぎた気がします」

その頃はそこまで深く考えたことはなかった。

自分の許嫁だという優しい兄のような人が、遠いところに行く程度の感覚。

「なんせ成長期前に光速域行ってたからな。本人が早く出ていきたがってた分、止める必要もないというかなんというか」

「……成長期が何か問題があるのですか?」

「リュカがそうだったが、そういう奴は大体成長期に入るとあっさり超光速域入って大化けするんで、周りがやる気なくす」

本来、超光速域、超光速騎士というものは選ばれた騎士だけが到達しうる最高到達点である。

銀河標準年齢で10代のうちに超光速域に達する戦士など銀河一つ見渡しても片手ほど。

だが、そういった異才が集まるのが超銀河国家の中央というものだ。

超銀河各地から異能異才を集めて英才教育を施す中で、天才たちもまた壁にぶつかり、そしてその集団内で格付けされていく。

「そこでの価値観に染まる前に、それぞれの適性を見出して適切な教育を施すこともまた私たちのやるべきことなのです」

メルヴェリア・ハーレインはその教育係の一人だった。

「ラギもその辺でリュカの従士になったしな。才能がある奴には他と違う新しいことやらせるのが良いもんさ。上手く行くかどうかは結果次第だがな」

その結果としては――

「結局、ゼトは8年近く旅をしていましたよね」

それが良かったとはティリータには思えなかった。

「だが、帰ってきたときには神速騎士だ」

これ以上の結果などあるものか。

ゆえに、リュケイオンはゼルトリウス公子を自らの後継として第一師団を継がせたのだ。


「お父上を追いかけて8年も旅をしていて良かったとは思えません」

「お前は奴の戦歴を知らないからそう言えるのさ」

パッと、ウォールドが中空に情報資料を呼び出す。

「奴が星海中でどれだけの敵と戦って来たか、どれだけの評価を受けたか」

宙を舞う無数の資料をティリータの目は追いきれない。

ティリータにはそこに映し出された戦士たちがわからない。

映像内で繰り広げられている戦場がどこかも知らない。

彼女は戦士ではなく、軍に関わる気もなかった。

だが、その数にティリータは圧倒された。

「こんなにたくさん戦っていたのですか」

彼女が知らない知識を与えるためにウォールドはあえて数で見せているのだ。

「これが奴の8年の成果ってやつだ。星海で奴を知る人間は多い。人脈という点では政治をやってるリュクスとは違う層でな」

だからこそ、ゼルトリウス公子の旅は評価されているのだ。

「……こんなことになっていたなんて、知りませんでした」

年に数回、ゼトは帰国し、ティリータもその度に会っていた。

だが、このような話は聞いたことがなかったのだ。

聞いていたのはその星にはどんな土地があり、どんな風景があり、誰と会い何があった、ということと、お土産や立体映像で記録された風景写真。

戦士としてゼトが何をしていたかは聞かなかったし、知らなかった。

「相手に言ってもわからない話をしても仕方ないからな」

ウォールドの言葉に、隣のメルヴェリア・ハーレインも静かに頷いた。

軍将と参謀の夫婦には通じる話が、ゼトとティリータの間では通じない。

「別にそれが悪いってわけじゃない。ザルクとスノウはそれでうまくやってたわけだしな」


「この国を出て行った後、ザルクの方も順風満帆ってわけじゃなかった」

腕組みをしたままのウォールドの隣で、メルヴェリアが映像資料を新しいものに切り替える。

「奴が内面にどんな事情を抱えていようが、周りから見れば国を捨てた神速騎士だ。となれば誰もが欲しがってた」

「銀河規模の大国であっても神速騎士どころか上級軍将もいない国も珍しくありませんからね。リューティシアのように上中下多数の軍将を抱えているような国はそうそうありませんから」

「金、地位、名誉、女、使えるもんなんでも使って奴を自分の国に引き込もうとするやつらがいたわけだ」

「中には、グラスオウ陛下との不仲を睨んで復讐を持ちかけた国もあったと聞きます」

「的外れもいいところだ。奴は強い敵と戦えさえすりゃそれでよかったんだからな」

「……私たち以外と、ですね」

「それが難問なんだがな」

くくっと笑う夫婦の姿をティリータは羨む。

「結局、蒼海を出て別の超銀河に渡って、それでも上手く行かなかった」

「他国の軍将、神速騎士と言ってもザルクベイン卿のようにどの戦場にも出てくるわけではありません。まして敵に神速騎士がいると知られているような状況では。

 なにより、神速騎士を雇える国などそうあるわけもない。

 ザルクベイン卿が望むような戦場はなかなか得られませんでした」

「結局、奴は姿を変え、名を変え、正体を隠して戦場に出没するようになった」

映像資料の中に、無数の鎧姿が乱舞する。

頭部から指先、つま先までを覆う全身鎧。

いくつもの姿。いくつもの偽名。

強くなりすぎた戦士は、ただそのままでは戦場に立つことすらできなかった。

「そうしてザルクベイン卿は戦地で傭兵として雇われ、時には軍将を始めとした国、組織の英雄を討ち、また姿をくらます。そうやって転戦を繰り返していました」

「ゼトが追っかけてたのはそういう父親だ」

「……詳しいのですね」

話を聞く中で、それが気になった。

「もともと、スオウにはそんなに長くザルクを放流して置く気もなかったからな。

 俺たちでも手を焼く厄介な敵ってのは蒼海にもまだまだ残ってて、ヤバそうなら呼び戻すつもりだった」

「……だった?」

「予想以上に、短期間でリュカが強くなり過ぎたんだよ。奴を呼び戻す必要がないくらいに」

ゼルトリウス公子が、ゼト・リッドと名乗って武者修行の旅に出た時、竜公子リュカ=リュケイオンは20歳。

もはやリューティシア皇国では上級軍将に名を連ねる青年は、それでもまだ強くなり続けていた。

第一師団長、ベルガリア騎士団長、その他複数の軍団の指揮権を兼任、統合した軍事の怪物。

リューティシア皇国軍は、かつての最強の神速騎士を必要としていなかったのだ。

「だから、ザルクを呼び戻すにはゼトが力づくで連れ帰るしかなかった」


「ゼトの旅は、ザルクの足跡を追って各地を転戦するものだった。その過程で戦い、腕を磨き、奴を見つけて挑戦する。その繰り返しだった」

「私たちの情報網も他の超銀河まではなかなか追いきれませんからね。ただ追いかけるのも大変だったようです」

「……そうですよね」

「だが、たとえ無駄足踏んでも、その全てが奴の経験になったのだから悪いことじゃないのさ」

「それに、ゼト君の同行者に情報分析や追跡に長けた人物がいました。その人がいたからこそ彼は旅を続けられたと言っても過言ではありません」

「もしかしてその人は……」

「マナイ・マヒト。あそこにいる愛居真咲の父親だな」

予想外の繋がりだった。

「そんなにすごい人だったのですか?」

「戦闘力は超音速騎士にも劣る程度でしたが、情報分析や交渉術、戦いでは罠や策に長けた、ゼト君のような超戦士を補佐することに長けた方でした」

「親子ってのは似ることもあれば全く違う道を行くこともある。その違う道が別の形で関わることもある。

 ザルクとゼトは前者、マナイの方は後者だな」

現実にティリータは両親どちらに似ているということもなかった。

「何度か、息子連れてこっちに遊びにきたこともあったらしいんだがな?」

「……私は、会ったことがありません」

「まあ、ゼトだって顔合わせるたびに父親や兄貴の愚痴ばっかり言うような奴を会わせたくはないよな」

皮肉めいた言いまわしだった。

「そんなつもりは……」

「皇女のお前が言うのはただの我が儘だが、それに一言でも同意しようものなら、それを誰かに知られたら同じ皇族でも、廷臣のゼトが周りからどう扱われるか。

 そういうところに考えが及ばないからお嬢様って言われるんだよ」

「ゼト君は子供の頃からお父様に憧れていて、ずっと父のようになりたいのだと。

 今でも第一師団長の地位以外の政治に関心のないことを公言していますが、それは本心であると同時に、自分の立ち位置を理解しての言動をとっているということです」

「奴はずっと権力争いから距離を置きたがっていた。8年も旅を続けたのも、それをスオウやリュカ、母親のスノウが認めていたのはそういうことだ」

そしてリュケイオンが次期皇位継承者として足場固めを進める一環としてゼト・リッドが呼び戻され、そのまま第一龍装師団団長に就任したのもまたその采配の一つだった。


「結局、あの父子にとっちゃ一番楽しかったのはあの頃だろう。

 お互いに戦場で腕を磨いて、時々追いついてきたゼトの挑戦をザルクが下す。

 奴も顔合わせるたびに強くなってくる息子と会うのがうれしかっただろうよ」

それは矛盾している。

「ザルクベイン卿は、ゼトを戦士にしたくないから、この国をでていったのではありませんか?」

「人の気持ちは一言では測れません。まして子供の成長を願う親としては、私は危険な道を選んで欲しくないことも、子どもが自分で選んだ道で成長することを喜ぶことも、どちらも本心だと思えますよ」

メルヴェリア・ハーレインも多くの子どもを育てた教師であり、母である人だ。

「まして、奴は敵が欲しかったわけだしな」

「……皮肉ですね。スノーフリア様にとっても」

夫と息子の望みをかなえられる存在が、お互いにしかいなかったのだから、妻であり母であるスノーフリアは、自分の望みこそを諦めざるを得なかった。

「ザルクが本気で息子を戦士にしたくなかったのなら、負けたら諦めるって条件つければよかったんだよな。ゼトが勝てば家に帰れって言われてたんだから、それで対等だ」

「実際、マナイ・マヒトは何度目かの挑戦の時にそのように提案したそうですね。本当に彼に自分を追うことを止めさせたいのなら、迷惑だと思っているのなら、負けることに罰を儲ければいいと。

 ――ですが、ザルクベイン卿はそうしなかった」

「ゼトが自分に勝てるようになるのを待っていた、と?」

「そもそも負ける気は全くなかっただろうよ。戦うこと自体が面白いんだ」

「……私にはよくわかりません」

そりゃそうだ、とウォールドは頷く。

「結局のところ、何度もやりあってるうちにゼトの方がザルクの境遇を理解するようになった。あいつも国に戻ってる間より旅していろいろな奴と戦ってる方が楽しかったみたいでな。

 見た目が丁寧なだけで、中身は父親と同じだからな」

ゆえに、ゼトの旅は8年もの長きにわたることになった。

「勝った時には、もうザルクを家に連れて帰る気はなくなってた。生まれてからずっと父親を知らない妹たちには不憫なことだろうが、奴自身は散々父親とじゃれ合って満足してただろうからな

 勝ったけど、無理は言わないから。気が向いたら帰ってこい、とそうなった」

「……そういうことだったんですね」

ティリータは思わず頭を抱えていた。

ザルクベインとスノーフリアの間にはゼトの後に双子の妹が生まれていた。

ザルクベインが出奔した時にすでにスノーフリアのお腹にいた双子は、その旅立ちの決意を鈍らせたくないという母の意志で、父に知らされることなく、双子は父を知らずに育った。

そのことを不憫に思い、必ず父を連れ戻すのだと意気込んでいた年上の少年が、いつの間にかそのことを口にしなくなっていたことを思い出す。

父と子は互いに戦うことが楽しくて、それだけで良かったのだ。

そして、ゼトはザルクと同じ神速騎士にまで上り詰めた。


今、戦場を支配しているのはその父子おやこだ。

ただ戦場で剣を振るうことだけが楽しいという二人。

なぜザルクベインがリューティシアに帰ってきたかなど考えるまでもなかった。

――ゼトに呼ばれたから

それ以上の理由などあるはずもなかった。

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