第65話 因果連鎖
「……軍将?」
「ええ、まあ……何となくですが」
開戦一時間前、リューティシア皇国軍第一龍装師団において副長アディレウス=アディール・フリード・サーズは義弟からの相談を受けていた。
すでに軍議は終え、今は戦闘前の準備をほぼ完了させた状態である。
アディレウスも自らの軍将機、法礼機ミデュールへの搭乗準備を済ませていた。
その状況で、同じく装機への騎乗準備を済ませた現在の龍装師団団長であるゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアは、歯切れ悪い言い回しで、その不安を伝えていた。
「シュテルンビルド伯爵以外に軍将がいるというのか?」
「あくまで、僕の勘ですが……たぶん二騎くらい」
「戦力分析にはなかった情報だが……」
艦隊指揮官であるアディレウスは、常に司令部と連動して戦況報告を確認している。
接近するにつれ、超空間を移動中の敵の数やエーテル値はより詳細になって来る。
それを見ているのはゼトも同様であり、二人とも同じ情報分析を把握したうえで、この話をしていた。
自信なさげな言葉だったが、ふむ、とアディレウスはその感覚を信用する。
「私の推測通り、敵が見た目以上の数を揃えているとして、ゼトの言う通りなら質の確保もしていると考えるべきだろうな」
龍装師団は、合流したゼト、ザルク、そして愛居真咲の三人の超戦士を隠すことはしなかった。
軍将の存在を敵に対して示威的に利用するためだった。
しかし、フェレス復興軍艦隊は一千万艦隊という数ですでに脅威を示している。
光速戦艦の防護壁内部に、軍将の力を抑えて隠匿しているとすれば、事前分析で敵戦力の詳細を図ることは難しい。
完全に隠すこともできないが、同様に完全に見通すこともできない。
敵が本当に戦力を秘匿しているなら、それを事前に察知することは困難だ。
それでも、神速騎士であるゼトの超感覚は、超光速騎士としては下位にあるアディレウスの及ぶものではない。
一考の余地があった。
「団長はいかがです?」
その話を振ったのは、すでに剣将機ザラードに騎乗して瞑想している初代団長ザルク=ザルクベイン・フリードである。
「……少なくとも一騎以上。それ以上はわからんな」
同じ神速騎士でもその能力には差がある。
ザルクの超感覚がゼトのそれより劣るのか、本人の性格によるものか。アディレウスの経験では後者だ。団長は、不確かな部分は口にしない。
「決まりだな。敵には見えている以外に軍将が二人前後いる」
「——!」
神速。
光速を超えた超光速を超えた一閃が宇宙を奔る。
ゼトの駆る神速騎、紅零機ゼムリアスの放った剣閃が、10万艦隊の構築する絶対防壁陣を両断し、その中央に位置する指揮艦を切り裂いている。
ゼムリアスの神速剣は、自動艦の流体金属性の復元力を亡きもののように一太刀で撃沈する。
超光速剣のように数の連打が出来ないが、敵の防御を無視し、中心まで切り抜くことを優先した剣だった。
船体の中枢ブロック、艦橋と船体炉心部を切り裂かれた自動艦が、流体金属内に供給、循環させていたエーテルの制御を失い爆発四散する。
飛散する泡状の流体金属の飛沫の中から、一騎の装機が脱出しているのを、ゼトは見逃さなかった。
「ゼビア・トーヴァ!」
追撃の魔力光が走る。
ゼムリアスの背面に展開された鏡面の翼から放たれた超光速の魔力光は、その進路上の自動艦隊を次々と貫いて敵機に迫った。
絶対防壁を失えば、10万艦隊など常時超光速のゼムリアスの敵ではない。
無数の光が、途中の光速戦艦を蹴散らしてただ一騎の装機目掛けて収束し、その直前でかき消された。
「流石は軍将、かな?」
ゼトは油断なくその敵機に視線を送り、ゼムリアスが情報分析を始める。
見覚えのない機体。
事前の予測通り、もし敵国からの応援なら、簡単にその正体がわかるような真似はしないだろう。
それでも、わずかな動きでも、記録された存在なら機体が照会出来る。
ゼムリアスが剣を振る。
目の前の敵機ではない。
別の10万艦隊を再び切り裂いたのだ。
交戦を繰り返す中で、ゼトはすでにどこに敵が隠れているのかを見抜いている。
果たして、爆散する艦隊内から同様に離脱する機体があり、今度はゼトの天剣、超光速の剣がその跡を追った。
その反対、空いた左手側から最初に姿を見せた軍将機が迫る。
ゼムリアスの左肩に仕込まれていた機関砲がそれを迎撃した。
超光速剣を振る腕の動きを阻害しないように、機体の両肩に備え付けられた機関砲は、剣を振るゼトの意思に依らず、ゼムリアス自身の判断によって放たれる。
超光速にある機体から放たれる弾体はその全てが超光速。
射線を回避した敵機を追って、実体を備えた高密度のエーテルを纏った弾丸が軌道を変えた。
超光速誘導弾に追い立てられた敵と、超光速の斬撃に追われた敵。
二機の超光速騎がゼムリアスの正面に誘導された。
ゼトの動きが一瞬止まる。
視線は二騎から離さずに。
神速騎士が常に超光速域にあるからといって、それが相手の超光速騎士に対するに充分な次元領域にあるかは別だ。
小休止を挟む必要があった。
それは相手にも休息を与えることだったが、相手は軍将二人に加えて400万艦隊の支援がある。
無理に動き続けて失速することこそ避けなければならなかった。
自身が低速域に入ったところを、相手が最高速で上回れば、神速騎士の優位など一手で崩れかねない。
焦る必要はないのだ。
ゼトは相手より早く回復して、相手より速く動けるのだから。
「覗き見されて喜ぶ趣味はないのでね。ここで潰させてもらいます」
口調こそ丁寧で、内容は攻撃的。
一度戦闘態勢に入れば、ゼトは交戦的な戦士だ。
その言葉に対する相手の反応を待つことなく、ゼムリアスが次の斬撃を放った。
「軍将なんてそんな簡単に借りられないはずなんですけどね」
「……実に説得力のない言葉だ」
嘆息するゼトに、アディレウスは剣将機ザラード、そして獅鬼王機エグザガリュードの前に立つ愛居真咲に視線をやった。
神速騎士と軍将級の戦士の二人を連れてきたゼトの言うことではなかった。
「いや、あの二人は元々知り合いですし」
「つまり、相手を知っていればいい訳だろう」
首を傾げるゼトに、アディレウスは立体資料を呼び出す。
「バド・ガノンを覚えているか?」
「僕が団長に就任して、最初の頃に戦ったサルベニアの軍将ですね」
「そうだ。あの時、取り逃がした男だ」
「……悪かったですね」
「あれ以来、療養中だ。問題はなかった」
口を尖らせるゼトをアディレウスは無視した。
超光速騎士同士の戦いの多くは
お互いが与えた傷は呪いのように超光速騎士の回復力を阻害し、専門の法術士による解呪を必要とする。
回復力の劣る光速騎士以下の存在であれば、さらに解呪には手間がかかる。
軽い負傷でも簡単には癒えず、場合によってはそのまま呪傷によって死に至るか、引退に追い込まれることもあった。
「2年……2年ですね」
「ご明察。負傷の度合いがどうあれ、すでに復帰していても不思議ではない」
「——で、彼は」
「今も療養中だ。公的にはな」
サルベニアはリューティシア皇国とは敵対的な関係にある国家だ。
他国、それも敵対する国家の敵将の情報となれば簡単に調べられるものではない。
「表向きは療養と称して、裏ではこちらに来ている可能性があると?」
「自分に屈辱を与えた敵に対し復讐するため、病院を抜け出して私怨で動いた。
そう言えば、たとえ正体がバレても言い訳はつくからな」
「そういうの、白々しいっていうんですよ」
「それから――」
ゼトの呆れたよな言葉を無視して、アディレウスは別の、複数の立体資料を空中に呼び出した。
「我が軍と交戦し、戦後に消息を追えなくなった軍将は何人かいる。もしフェーダが彼らを匿っているのだとしたら、こちらで把握していない軍将の存在は説明がつく。流石に、この全員がそうではないだろうが」
「……素晴らしい同盟国です」
『——そういうの、よく調べてるね』
その声は、ゼトのものでもアディレウスのものでもない。
二人が振り向いた先に、同じ格納庫の整備用通路で、エグザガリュードの前で静かに直立している愛居真咲がいた。
ただ棒立ちしているように見える中で、その左目だけが別の生き物のように動く。
声は、その眼から発せられたのだ。
『ひょっとして、全員の場所を調べてるとかそういうの?』
その声は、声として発せられてはいない。
空間中のエーテルを伝播する
その左眼そのものから、念による意思が伝心されている。
「軍将というのは、ただの個人ではない。歩く軍隊そのものだ。
その動向は、ただの一挙手一投足と言えど注目され、警戒される。そういうものだと理解してもらいたい」
「虫の居所が悪いからって、気分で星一つ吹き飛ばしたりするからね」
「宴席で、酒に酔ってうっかり惑星を両断したのならみたな」
「……二度とやりませんよ」
「生憎だが、私は何度も見てきた」
「……やったの僕だけじゃないんですね」
アディレウスの視線の先を追って、ゼトと真咲の左眼が剣将機ザラードを見る。
「君も、今回の戦の結果次第でそういう存在になるということだ」
「——望むところだ」
アディレウスの言葉に、真咲の顔の右半面が応えた。
超光速。
光を超えた三つの光が交錯する。
交えた刃を翻し、ゼトの駆る紅零機ゼムリアスの剣が更なる追撃を放とうとしたところで、全方位から迫る光の束を先に弾き飛ばした。
「流石に、手がかかるな」
軍将二騎を追おうとしたところで、包囲した大艦隊からの高密度集中砲火。
流石のゼトも、光速で迫るその全てを一瞬で対処することは出来ない。
二対一でも戦闘力では上回っていても、気を抜けば落とされる。
その緊張感が冷や汗を流させた。
対峙する二騎の情報も徐々に集まりつつある。
サルベニア軍将バド・ガノン。
偽装した機体の内一騎は、実際に副長アディレウスの予測通りであると、剣を交えて確信できた。
「
皇都惑星シンクレアでお留守番になっている従兄のリュケイオンを思って、ゼトは小さく笑った。
敵の数も、強さも、開戦前の予測を大きく上回っている。
どんなに事前調査を重ねても、予測は所詮予測だ。
敵が今のような大兵力を備えている可能性も予測されていたが、それは優先度の低いものでしかなかった。
ゼト以上の戦闘力を備えた竜皇リュケイオンなら負けることはないと思っても、事故は起こりうる。
だからこそ、龍装師団は単独で敵に当たり、その全貌を明らかにする必要がったのだ。
竜皇の露払いこそ龍装師団の本懐だ。
「——まあ別に、倒してしまっても構わないんですけどね」
ゼムリアスが、ひょいと長尺刀を担ぎ上げる。
不敵な笑みを浮かべ、ゼトが眼前の敵すべてを睥睨する。
砲火を背に、迫る二騎の軍将を前に、ゼトはその剣を振るった。
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