第64話 戦場遠景 2

「あの自動艦隊がフェーダの10余年の成果、というわけですか」

彼らが戦況情報を眺めるわずかな間にも、戦況はめまぐるしく変化している。

分裂、そして包囲。

そこからの反撃と破綻。

そして停滞と膠着。

各所で個別に起きる事象を、中央管理室の中空映像は全体図としてまとめ上げ、目にするものたちに提示する。


「数で押すのは対軍将戦術としては下策だと伺っていましたが」

「定石ではな。超光速騎士と艦隊の連動で対応すべしってなってる」

その光景を前にしてリュクスは兄と言葉を交わす。

「だが、ただ漫然と数で押すのではなく、それを適切な戦術で艦隊運用が出来るなら、俺たちにとって数より怖いものはないのさ」

「オレらもずっとは戦い続けてはいられないからなー

 時間差を利用した耐久戦法は正直、かなりキツい。

 というか、勝てるとしてもやりたくない」

リュケイオンの言葉を、ラギアンが補足する。

リュクスとは幼馴染であり、兄リュケイオンの武術の教え子であるラギアンは、王族であっても二人には砕けた態度で応じ、兄弟もそれを咎めることはない。

「連中の自動艦は大半が無人艦だ。分裂元だけが有人だろう。

 光速戦艦と見れば特筆した性能はないが、全てが同一規格で統率され、流体金属による可変機能で一分野なら上級艦並みの性能が出せる。

おまけに撃破されても一度は耐える耐久性を備えている。

 軍将にやられることを前提に、可能な限り人的消費を抑えて戦列を維持することを目的に作られていると見た」

「一撃離脱が身上の龍装師団とは相性の悪い相手だよな。一撃で倒せない」

なるほど、とリュクスはわからない部分は棚上げして概略で理解する。

戦術論、戦略論、軍事知識。

宰相補佐であり、いずれは宰相の地位を目指すリュクスには既知の知識だ。

だが、戦場を遠巻きに観戦したことしかないリュクスには想像するしかできない部分が多々あり、それは実践を知る兄や友の言葉を聞いても実感できることはない。

「そういえば、ゼトとザルク将軍の方には騎士団が見えませんね」

「軍将、超光速騎士ならともかく、神速騎士相手に光速騎士出してもすぐ全滅するだけだしな。超光速騎士だって手元に置いてても出さんだろ」

「この期に及んで戦力の温存ですか?」

「この期も何も、所詮は前哨戦だぞ」

そういえば、とリュクスは兄の言葉に思い直した。

当初は国境警備に主要軍団を割き、短期決戦で済ませる予定だったのだ。

アウェネイア銀河で竜皇となった兄自身が竜撃隊及び龍装師団を指揮して反乱軍、いやフェレス解放軍を打ち倒す予定だった。

だが、それを龍装師団副長アディレウスが、直前になってから龍装師団単独での正面衝突に切り替えたのだ。

その時点で、この戦いは決戦でも何でもなくなっている。


「あそこにいるのがゼトじゃなくて俺なら、連中は何が何でも殺しに来るだろう」

ギッとあえて椅子を鳴らしてリュケイオンは立体映像を眺めながら指を組む。

「だが、あいにくとあそこにいるのはゼトであって俺じゃあない。犠牲を払って倒したところで、武功にはなっても大した意味はない」

神速騎士の死自体は国家にとっての損失ではあるのだが、この場合は別問題だ。

「自動艦は多少損失したところで造り直しが効くが、騎士、それも光速騎士以上を育てるのは簡単じゃない」

「まあ、確かに戦略的に有利にはなっても、それで損害出しては意味がないですね」

「ベルウッド公爵は優秀な指揮官だが、その分、上手く勝つことを考えるはずだ。

 単に殴ればいいだけのアディレウスとは条件が違う。

 その点で優位になるのは第一師団の方さ。連中は勝ち負けはどちらでもいいが、フェレスの方は上手く勝って次に繋げなきゃならん」

そして現段階で第一龍装師団はその役割を完遂している。

敵の秘策を探り当て、その戦力の全貌を暴き、今もなお損害を与えている。

後は別に逃げてもいいのだ。

そのうえでアウェネイア銀河に集結した味方と合流し、再度決戦に挑む。それで問題はなかった。

「……あの人が皇国随一の知将って言われるの何かおかしいと時々思うんだよな」

「いや、まあ……実際、今回も一手で向こうの戦略を瓦解させてるわけですし」

ラギアンのぼやきに、リュクスも歯切れ悪く同意した。

「基本、相手を正面から叩き潰すために頭使う男だからな」

そのアディレウスを側近としていたリュケイオンの評価が一番適切だった。

「相手の策や手の内を読み切ったうえで、麾下の最大戦力をぶつけて叩き潰す。アディレウスの戦ってのはそういうものだ」

何とも返事に窮したリュクスが、話題を切り替えるために情報資料に目を通し、一つの項目に気づく。

まだ、思考結晶は取り上げていない部分。

情報確度が低く、優先順位が付けられていない話があった。


「分析には艦隊内に軍将がいるとあります」

「シュテルンビルド伯爵なら、少し前にやられてたけど」

兄弟のやり取りにラギアンが口を挟む。

最初の砲艦隊戦における超長距離攻撃で軍将が一騎下がったのは理解している。

「いや、それとは別に二人いるってなってますよ。詳細不明だけど」

今送られている情報資料は、アウェネイア海に陣営を構築した第二魔境師団からの観戦情報だ。

第一龍装師団がリューティシア皇国最強の軍団なら、第二魔境師団は情報分析、処理能力に長け、敵にまみえることなく敵を屠るとまで言われる魔術集団だった。

彼らから送られる情報は、最初に龍装師団から送られた接敵情報以上に詳細だ。

「ああ、やっぱり他にいたのか軍将」

「……わかって、いや、いいです」

今さら、兄の超感覚が超光速通信による情報より早いことなど言う気も起きない。

「つってもフェーダの軍将って全部で三人だろ。あそこにいたシュテルンと。

 ゴタンはフェザリアでお留守番。あとメリクルは中立で引っ込んでる」

ラギアンが指折り数えて、フェーダー銀河系内に属する軍将を羅列する。

銀河系一つで軍将が全部で3人というのは珍しいものではない。

軍将とは超光速騎士の中でも軍団戦に長けたものを差し、その超光速騎士ですら一つの銀河では同時代に10数人程度、というのが星海の習いだ。

リュクスたちが把握している軍将の数と、敵の側にいる軍将の数が合わなかった。

「こっちが把握してるフェーダの軍事情報も完全ではないですからね」

「まあ、連中が噛みつく相手になんでも正直に話してくれるわけないよな」

「でも、兄上も今日まではご存じなかったんですよね」

「……そうなるな」

兄の超感覚が万能ではないことも理解はしている。

「ではこの二人は一体どこから、ということになりますが」

リュクスの中ではある程度検討がついている。

「まあ、そういうことだな」

鷹揚に頷いたリュケイオンに続き、ラギアンが二人の顔を見比べる。

「他所の国から応援で来たって言いたいんだろ?」

回りくどい言い回しをする兄弟に対して、赤毛の青年は正面から切り込む。

「勝つために、俺らの敵を国内に引き入れたって話」

「……あの子、そういう政治取引とかが嫌で僕らに反抗したはずなんですけどね」

「世の中、綺麗事だけで回ったりはしないからな」

兄弟そろって皮肉めいた言いまわしだった。

兄として今回反乱を起こした妹の性格を読み切っているのだ。

所詮はお飾りだと。復興派閥内での実権などないのだと断じている。


「軍将は、単騎で一個師団以上の戦力になる。手伝い戦に送るには適任と言えば適任だな」

今回、リュケイオンの側も同じことをしている。

第一師団団長ゼト=ゼルトリウス公子が連れてきた初代団長ザルクベイン。そして黒獅子、愛居真咲の来訪がそうだ。

「……国際問題になりますけどね」

「だから言い訳が突くような奴を寄こしてるんだろ」

「最悪切り捨て、良ければ身代金でも払って送還ですか」

「その二人がどこの誰で、どこの国の仕業かは早く知りたいところだな」

兄の口の端がにやりと吊り上がり、リュクスは静かに次の情報連結を待つ。

それが次の戦の口実に出来るかどうか、重要なのはそれだけだ。


「……ところで兄上」

「——なんだ?」

「ひょっとして、もう終わってたりします?」

その言葉に、ラギアンが「あ」、とリュケイオンの方を見た。

兄の余裕ある態度から、リュクスはうすうす察している。

彼らの見ている戦況情報は時差にして約三時間遅れ。

リューティシア皇国内に張りめぐらされた情報連絡網。超光速通信をいくつもの銀河基地を中継しても、その情報が同時進行リアルタイムとはいかず、彼らは過去を見ているに過ぎない。

兄の超感覚は、それよりずっと早いのだ。

もし龍装師団が負ける。もしくは戦場を離脱していれば次はアウェネイア銀河での艦隊決戦。

そこには兄も出陣することになる。皇都でのんびりしている余裕はないはずだ。

しかし、そのそぶりはなかった。

「さてどうだかな?」

とぼける兄の姿にため息をついて、リュクスは再び戦況分析に目を向ける。


兄にとって重要なのは結果より、そこに至る経過そのものだ。

なぜ、どうしてそうなったのか、それを知り、次に活かす。

兄は今までもそうやって来たのだから。

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