第63話 戦場遠景 1

「情報連結、入ります」

リューティシア皇国首都惑星シンクレア。

セイレーン城管制室にて、管制官の声が上がる。

その言葉とともに中央管理室の大型映像区画に、戦場が映し出された。

最大望遠での遠景でも、高解度画像処理された立体映像は、その全体像をはっきりと映し出していた。

とはいえ、光の瞬きが絶え間なく続く上に、戦場全体が広がりすぎて、人の目で全体を把握することは不可能だ。

管制室を管理する思考結晶が情報処理を行い、それを抽象化、簡略化して、視覚映像化する。

疑似的に球形、角型のブロック状で表現された両軍の戦力は一定の戦闘単位ごとに区分され、全体の戦況を表現した。


「ほぼ互角、かな?」

リューティシア皇国第一皇子リュクス=リュクシオン・セイファート・リードは誰に言うとでもなく呟いた。

ナーベリアでの戦況を確認するため、セイレーン城の軍事官僚の多くが中央管理室に集まっていた。

その中心にいるのはリューティシア皇国次代竜皇リュケイオン。

その左右に宰相補佐リュクスと、竜皇直属の竜撃隊隊長ラギアン=ソアン・ラグレード・ベルンハイムが控えていた。

リュクスより一つ年下の萌黄色の赤毛の青年は、23歳の若さでありながら、超光速騎士にして軍将。竜皇リュケイオンの戦場における右腕ともいえる武将だった。

リュケイオンは立体映像に移される戦場の遠景を冷ややかに眺め、それ以外の軍事官僚たちは簡易映像を目にしていた。

軍生活の長いリュケイオンは、戦場の実態映像を見るだけでも多くがわかるのだ。

しかし、戦地に立った経験がないリュクスには簡易映像を見る方がわかりやすかった。リュクスだけではなく、多くの官僚も同様だった。

その中でリュケイオンとラギアンの目が、戦場の実景の変化を追ってめまぐるしく動き回っていた。

「映像の時差は?」

「約三時間となっています」

「アウェネイアの仮設陣地から中継点を複数経由してなら上々ですか」

管制官とのやり取りをあえてリュクスは声に出す。

二等戦略資格者であるリュクスだが、戦地に立った経験はわずかだ。

自分の言っていることが的外れなら、兄かその腹心のラギアンに訂正してもらう必要があった。


「よく戦ってるな」

「ええ、この戦力差でよくやるものです」

数にして20倍の敵を前に、龍装師団は奮戦しているように見えた。

半分近くを神速騎士二人が受け持ち、残る半分を龍装師団本隊を率いる軍将アディレウスが支えていた。

そしてそれとは別に一群の塊がある。それがゼトの連れてきた青年、黒獅子愛居真咲なのだろうとリュクスは検討をつける。

そこまで見て、リュクスは兄が見ているのが、龍装師団の戦いぶりではなく敵であるフェレス復興軍の動きであると気づく。

兄越しにラギアンと視線を交わし、ラギアンは小さく頷いた。

ラギアンはリュクスにとっての異母兄であるリュケイオンの母方の従弟にあたる。物心つく前に父親を亡くしたラギアンの面倒を見ていたのは、今は亡き父グラスオウと兄リュケイオンであり、一歳年上のリュクスはラギアンとは子供の頃からの付き合いだった。

歳の離れた兄よりは仲が良いつもりでいる。

「で、兄上の目当てはあちらの方ですか」

「……悪かったな」

弟たちに両側から呆れたような視線を向けられて、リュケイオンは憮然とした。

彼にとっては龍装師団はよく知る戦力であり、それに対抗しうるだけの戦力を揃えたフェレス復興軍艦隊こそ興味をそそられる存在だった。

「まあ、確かにあの自動艦隊は大したものだと思いますけど」

リュケイオンの視点に同調するラギアンを前に、リュケイオンは鼻を鳴らす。

「光速騎士以上を狙って揃えるのは難しいが、光速戦艦なら金と時間さえあれば準備はできるからな」

「まあ、それを支える工廠を造れるかどうかだと思いますけど」

ああ、なるほど。

と、リュクスは兄とラギアンのやり取りで得心する。

「それで、その工廠は無傷で手に入れたい、と」

「出来るか?」

「ファルサング氏がフェーダー銀河方面には顔が効きますので、そちらから渡りをつけてみれば」

「では任せる」

兄の言葉に頷き返して、リュクスは反対側に座るラギアンが話についていけていない様子に気づく。


「フェーダ首長国連合あるいは貴族連合ですが、我が国とは同盟とは名ばかりの従属関係にありました。表向きはね」

「表向き?」

リュケイオンを挟んで、リュクスはラギアンにフェーダ首長国連合とリューティシア皇国の関係の説明を始める。

次代竜皇リュケイオンの側近、それぞれが文字通り片腕を担うべくする二人は、リュクスが政治、経済を、ラギアンが軍事と武力を得手とする。

意図したわけではない。

自然とそうなっていったのだ。

生まれながらの才能と性格に理由などないのだから。

「実際にはフェーダー銀河系内へはほぼ内政不干渉な上に、フェーダの守りをこっちが受け持ってたんですよ。つまり従属とは名ばかりで、うちが持ち出しの関係でした」

「四カ国戦争のせいだっけ?」

「ええ。それ以前にキルギスに裏切られてましたから、フェーダとの同盟交渉はかなり譲歩したようです。背中から撃たれるよりマシという判断ですね」

フゥン、とラギアンは気のない返事をした。

過去に同盟関係にありながらリューティシアを裏切ったキルギスタン共和国は、ラギアンにとっては父を殺した仇敵でもある。

だが、それは20年も前の話。ラギアンどころかリュクスも覚えてないほど小さかった。

そしてそのキルギスは今はもう存在しない。

裏切りの報復に、先代竜皇グラスオウ自身の手で、国一つ丸ごと滅ぼされたのだから。

「以来20年近く、俺たちは連中をお守り続け、連中はその間に俺たちを倒す準備を進めて今日にいたる、というわけだ」

間に座すリュケイオンが皮肉めいた言い回しでまとめる。

「……なんだってそんな面倒な同盟組んだんですか」

ラギアンのげんなりした声に、リュケイオンは知らぬ顔をした。

「あんときは敵が多くて手が回らなかったからな。少しでも敵が減るならそれでよかったし、連中の足元を見たのはこっちも同じだ」

「ちょうどティルアが、ティルテュ様のお腹の中にいましたからね。彼らフェーダにとっては待ち望んでいたフェレスの再来というもので」

兄の言葉を受けて、リュクスがまるで見て来たかのように言う。

「ティルアを主としてリューティシアを彼らの新たなフェレスに作り替える。そういう打算を持たせて、こちら側の同盟に引き込んだ側面もあるようです」

まだ幼かった彼にとっては、その時は理解の及ばなかったこと。

ただ無邪気に妹が生まれるのだと、自分が兄になるのだと喜んでいた頃のこと。

「お前も僕たち兄弟で力を合わせて妹を守るんだ!って張り切ってたしな」

「……昔の話ですよ」

ばつの悪い顔をして、リュクスがからかい交じりの兄の言葉に抗弁する。

その頃とは、何もかも違う。

「——今も変わらないさ」

そしてその時には、今日この日があることを見据えていた兄にとっては、今も昔も何一つ変わらない。変わってはいない。

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