第53話 艦首衝角戦

龍装師団旗艦ザイダス・ベルの艦上で、法礼機ミデュールの手が上がる。

その手が振り下ろされると同時に、第一師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズの号令が下った。

「全艦、最大戦速!」

その言葉と同時に、それまで最大速度で後退を続けていた第一師団艦隊が逆進に転じる。

全速後退から全速前進へ。

前方から放たれたエーテル砲弾の雨に向かって、龍装師団百万艦隊は紡錘陣形を形成する。

ザイダス・ベルを先頭に、一本の錐のようになった艦隊が正面すべてを埋め尽くす大艦隊へ突撃を始めた。


「敵艦隊、こちらへ突入します!」

「……やはりそう来るか」

戦術予報士オペレーターの上ずった声に、バールスタイン・ベルウッド公爵は落ち着いた声で応じた。

フェレス復興軍の砲艦の射程は、龍装師団の突撃艦の射程距離の優に二倍。

撃ち合えば数で劣る第一龍装師団は勝ち目がない。

そうである以上、敵は砲火に足を踏み入れざるを得ないのだ。

フェレス復興軍艦隊は事前の打ち合わせ通りに艦隊を展開し、後退しつつ突入する龍装師団艦隊に砲撃を集中させる。

「全艦後退しつつ応戦。打ち合わせ通りに距離を保て!」


「敵砲!着弾まで、あと7秒!」

ザイダス・ベルの戦術予報士から艦上の団長たちに報告が上がる。

「来るぞ!」

紅零機ゼムリアス。

剣将機ザラード。

獅鬼王機エグザガリュード。

法礼機ミデュール。

ザイダス・ベル艦上に陣取る四騎の超装機が構えを取る。

それに遅れて、後続の戦艦の艦上にも次々と装機が姿を現した。

彼らの視界を埋め尽くす光速のエーテルと砲弾の雨に対し、彼らは一斉にその剣を抜く。

修羅しゅら——光迅閃こうじんせん

龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアがその剣を振るう。

愛居真咲の父、真人の音速拳。修羅閃迅拳しゅらせんじんけんを参考に編み出した光速剣。

紅零機ゼムリアスが繰り出す、今や神速に達したその剣が、迫りくる砲弾を次々と左右に撃ち逸らす。

修羅しゅら——閃迅烈覇せんじんれっぱ

エグザガリュードが追随する愛居真咲の両手が手刀を振るい、眼前に映るエーテルの流れを捌き、背後に受け流す。

その横で、剣将機ザラードがその大剣を振るった。

ザルクベイン・フリードが放った神速の一撃は宇宙を割り、時空の亀裂がエーテルの嵐を切り裂き、その砲を巻き込んで敵艦隊まで突き抜ける。

三機の後ろで、法礼機ミデュールが両手から金属の鞭を振るった。

三機がうち漏らした砲弾を、数千、数万に分裂した鞭の先端が次々と撃ち落とす。

それでも、七百万もの砲艦から放たれる砲弾すべてを相殺することは出来ない。

超装機による迎撃網を抜けた光速砲弾を、甲板上に乗り出した装機がさらに迎撃する。

光速のエーテル弾には同じく光速の剣で対抗する。

幾重にも張り巡らされた迎撃網で威力を削がれた弾体は、戦艦の防護障壁に弾かれて消滅した。


「第一波、迎撃されました」

「続いて第二波……」

ベルウッド公爵は戦況報告に目を通し、第三、第四波と集中砲火が徐々に敵艦隊の迎撃を抜けて着弾する様を確認する。

彼の指揮通り、フェレス復興軍艦隊は徐々に上下左右に展開し、突入する敵艦隊に対して半球状の包囲陣を築きつつあった。

正面からの砲火は、4機の超装機によりほぼ無力化されている。

だが、それは絶対ではない。

包囲陣が広がり、火箭範囲が広範になるにつれ、迎撃される砲火は減り、徐々に敵艦への着弾が増えていく。

フェレス復興軍艦隊は椀上に展開し、突撃する敵艦隊へ横合いからの攻撃を加えていく。

それに応じて、紅零機ゼムリアスと剣将機ザラードが先頭から離れ、龍装師団艦隊の左右を守る。

神速騎士による迎撃網は包囲艦隊のエーテル砲を防ぎきるように見えたが、その分前方への突撃衝力を失いつつあった。

「今だ!敵前方へ火力を集中!」

ベルウッド公爵の号令とともに最前列にある龍装師団旗艦ザイダス・ベルに砲火が集約される。


「——!」

急激に激しさを増した砲火を前に、真咲とエグザガリュードが戦慄する。

先ほどまで左右を固めていた師と兄の姿はない。

敵の包囲網に応じるために離れたのだ。

正面は、真咲とアディレウスの二人に任されていた。

その足元で、龍装儀艦ザイダス・ベルがその砲門を開く。

すでに艦隊はお互いがお互いの射程圏に納めていた。

向かい来る敵弾を砲弾で撃ち落し、徐々に近づく敵艦へ主砲を放つ。

単艦で一個師団艦隊と渡り合ったというザイダス・ベルがその力を開放した。

「——修羅光刃閃しゅらこうじんせん!」

その艦上で真咲が剣を放つ。

父、真人の技からゼト・リッドが編み出した兄の剣。

それをさらに模倣し、自分のものとすべく修練を重ねた光速の剣。

エグザガリュードが虚空から獅子王剣を引き抜き、真咲の動きに合わせた超光速剣が敵の砲火を次々と撃ち返した。


「構うな!火力を奴に集中させろ」

ベルウッド公爵の怒声が飛ぶ。

「たとえ超光速、神速剣だろうと、それ以上の飽和火力をもってすれば討ち取れる!決して逃すな!」

ザイダス・ベルからの猛反撃にひるむ艦隊を叱咤するように、公爵の声が暗号通信に乗って艦隊に伝播する。

「狙うは王機!エグザガリュード!」


「蒼星のエグザガリュード、ですか?」

「左様です。皇女殿下」

戸惑い気味の主君に、ベルウッド公爵は深く頷いた。

「第一龍装師団の戦力については調べがついております。帰還した初代団長ザルクベイン卿についても同様。

 かの王機の乗り手こそが未知の存在です。で、あればこそ真っ先に叩くべき敵と言えましょう」

自信をもって応えるベルウッド公爵の態度を図りかね、ティリータ皇女は隣に控えた軍将に助言を求める視線を向けた。

「重征鎧将の言葉通りなら、かの者はゼルトリウス公が弟同然と寵愛するところだとか。で、あればかの者を狙えば、敵に乱れが出るやもしれません」

重征鎧将ウォールド=ウォルムナフ・ガルードを見やりながら、ベルウッド公爵は言葉を続ける。

「なんにせよ、現状で一番の不確定要素がかの王機。その全貌を早々に暴いておく必要があります」

エーテリア観測により軍将級の闘気量が観測されているとはいえ、実戦への参加記録もない以上、それが敵の全力かどうかもわからないのだ。

「初陣であればなおのこと討ちやすく、また戦場で化けるやもしれません。で、あれば真っ先に叩いておくべき存在かと」

「ま、一理ある」

ウォールドは肩をすくめて賛同の意を示す。ティリータを挟んで反対側に立つ妻メルヴェリア・ハーレインは小さく頷いた。

未知の敵である以上、最初に討ち果たすべきというベルウッド公爵の主張はティリータにはその正否を判断できないまま、軍議は進行していく。


超光速の剣が光速で迫りくる砲弾を撃ち落す。その超光速剣の余波がエーテルを偏光し、エグザガリュードの機体に到達する前に無力化する。

真咲が落とせなかった敵弾は後方に控えた法礼機ミデュールの光速の鞭が弾き飛ばす。

だが、無限にも思える砲火の前にはその抵抗は徐々に押し込まれていた。

「——ッ!」

超光速騎士と言っても、永遠に光速を越えて動き続けることは出来ない。

いずれは息が切れ、力尽きる。

それは装主が鬼であっても、装機が王機であっても変わらない。

エグザガリュードとミデュールは交互に息継ぎと迎撃を繰り返し、可能な限りその隙を減らしていた。

だが、それでも対応するには敵砲の数が多すぎるのだ。

その息切れの瞬間に、迎撃を抜けた光速砲弾が機体に直撃する。

音速弾頭なら無傷の王機の装甲も光速弾までは完全には防げない。

光速砲でもぎ取られた左肩を即座に再生。

しかし、その間にさらに放たれた砲火への迎撃が遅れ、さらに直撃を許す。

再び超光速剣を振るった真咲がペースを取り戻し、敵砲を一時的に無力化する。

だが、再び息継ぎの隙に直撃を食らう。

「があぁァァァァァッ!」

真咲が吠えた。

エグザガリュードの全身から放たれた闘気が機体に迫るエーテルをはじき返し、そして闘気の壁を切り裂いた貫通弾に機体を貫かれる。

一度崩れてしまえば、手が追い付かなくなる。

エグザガリュードがザイダス・ベルの艦上から弾き飛ばされ、体勢の崩れた機体に無数の光速砲が撃ち込まれ、そして塵一つ残さずに消滅した。


「敵!反応消失しました!」

「油断するな!超光速騎士ならあそこからでも復元するぞ!」

全壊したエグザガリュードがさらに細かく切り刻まれ、粉塵になるまでを見届ける。

「次、アディレウス卿を狙う!」

敵の消滅を見届ける間もなく、ベルウッド公爵は宣言し――。

「敵艦隊、散開します!」

――戦術予報士オペレータの報告に息をのんだ。


龍装艦隊の隊列が一瞬で崩壊する。

それまで錐のように一列に連なっていた紡錘陣が上下左右に一斉に広がり、包囲するフェレス復興軍艦隊の艦列の隙間に飛び込む。

「——しまった!」

その光景を前にベルウッド公爵が歯噛みする。

包囲陣を完璧に展開しすぎたのだ。

敵艦隊に対し、等距離を保ち、有利な射程圏で攻撃を行う。

その方策に従った結果、包囲陣は龍装師団全艦に対し、ほぼ等距離に広がっていた。

それまで艦上に展開した装機と防護障壁で守りに徹しながら突入していた龍装師団艦隊は、ここに来て温存していたエーテルを使用し、一挙に艦隊全艦が一番近い包囲陣の隙間に飛び込んできたのである。

それを阻止するには、フェレス復興軍艦隊は広く展開しすぎていた。

龍装師団の艦隊の大半を構成する突撃艦は、艦首衝角カルバリアラムによる突撃衝力を最大の武器とする。

左右に展開したゼムリアスとザラード。

二機の神速騎士の援護を受け、全艦隊が一挙に散れば、それに対応するにはわずかに遅れた。

「これが敵の狙いか!」

龍装師団が得意とする乱戦に持ち込むまでは想定内。

それ故に敵艦隊の突入をいなす形でベルウッド公爵は艦隊を動かしていた。

龍装艦隊の指揮を執るアディレウスは、さらにそこに力押しで乱戦に雪崩れ込もうというのだ。

そして……。

「エーテリア反応出現!……これは、まさか、エグザガリュードです!?」

悲鳴のような報告に、ベルウッド公爵は愕然とした。

「馬鹿な。完全に消滅させたはずだぞ!?」

公爵は超光速騎士を知っている。

機体の7割を破壊したところで、そこから即座に復元が可能な回復力を知っている。

だからこそ、敵王機を大破させるだけでとどまらず、塵一つ残さず完全消滅させたのだ。

だが、報告に間違いはなく、指揮所の索敵機能は新たな巨大なエーテリア反応を示している。

「再生ではない。蘇生能力まであるのか」

やられた、と公爵は呻き声をあげた。


未知の敵を正面に置き、そこに敵の注意を惹く。

たとえその敵の能力が未知数であっても、神速騎士の脅威を知る以上、見えてる脅威を避け、正体の見えざるの敵こそ先に叩くべきだと結論する。

アディレウスに、そこまでの思考を読まれていたのだ。

おそらくは、その不死身も手順があれば殺せるのだろう。

だが、それを知らずに攻撃を集中させた。

軍将という一個師団以上の未知数の戦力の持ち主を排除できるならそれは正しい選択だったが、現実は無傷で敵は蘇り、そしてその分、敵は戦力を温存できたということだ。


『勝つには、相手の予測を超える手札をいくつもっているかということです』

かつて戦略、戦術について当のアディレウスと語り合ったことを嫌でも思い出す。

一瞬、茫然となったベルウッド公爵の眼前で、公爵の目となり戦況を伝えていた艦隊前方の中継艦が、突撃してきた龍装儀艦ザイダス・ベルの衝突で粉砕された。


敵味方の艦艇が混ざり合う乱戦が始まり、その真ん中で虚空から蘇った獅子の咆哮が次元宇宙を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る