第52話 砲艦隊戦 後
「
獅鬼王機エグザガリュードの装主席で、愛居真咲の右の掌に一つの火球が生み出される。
それは、圧縮された太陽そのものだ。
エグザガリュードがその動作を再現し、機体の右の掌に一つの、真咲自身の生み出した火球をさらに数十倍に拡大したものが出現する。
超圧縮された太陽が、エグザガリュードの正面でさらに肥大化する。
足場にしている龍装師団艦隊旗艦ザイダス・ベルがその熱量を前にかすかに揺れた。
地球上であれば、星ごと蒸発する様な巨大熱量でも、60階位を超える宇宙戦艦であればわずかな影響でしかない。
それが星海での
機体の眼前で留まる火球を前に、エグザガリュードの腹から生えた二本の副腕が印を切る。
火球が、見えない壁により球状に押しつぶされ、そして虚空に消えた。
超空間に送り込まれた火球は、亜空間を経由して、真咲とエグザガリュードの知覚する最大距離に出現する。
「
わずかに遅れて、真咲とエグザガリュードの超感覚が、はるか4000光秒先の敵艦隊内の異変を捕らえる。
真咲の左右、エグザガリュードの左右で紅零機ゼムリアスと剣将機ザラードが引き起こす破壊とは異なる敵艦隊への損害。
「——届いた」
「……そのようだな」
真咲のつぶやきに、攻撃に集中する両機の背後に控えていた法礼機ミデュールのアディレウス=アディール・フリード・サーズが小さく答えた。
振り向くことなく、無言でエグザガリュードが頷き返し。
真咲はさらに10を超える超火球をエグザガリュードの正面に産み出し、一斉に転移させた。
「
数千光秒先の敵の正確な位置などわかりはしない。
勘で空間転移先を設定しているに過ぎない。
だが、密集した1000万艦隊という敵の数は、裏を返せばどこに打ち込んでも良いのだ。
真咲がさらに数を増やした超火球を一斉転移させ、機体は一時的に全身から蒸気を噴き出して停止する。
超光速騎士と言っても、連続で動き続けられないように、超光速騎であるエグザガリュードにも最大出力での稼働には限界がある。
一瞬、ゼムリアスとザラードの動きも止まった。
神速騎士もまた同様なのだ。
[息継ぎ]は誰にでも必要だ。人でも機械でも。
数秒という期間でも、彼らもまた休息する。
そして、そのわずかな休息で、彼らはそれを知覚する。
「……止められた」
真咲の感知は二人にわずかに遅れた。
真咲の放った火球の一つ。煉獄弾が消滅させられたのがわかったのだ。
弾けて消えたのではない。
同等以上の力で、その熱量を開放する前に消滅させられた。
修羅煉獄掌は真咲の使う奥義の一つ。
煉獄弾は真咲が放つ最大威力の技だ。
威力を落とさずに連続複製する術を編み出したが、それ以上の熱量を作り出せずにいる。
それを相殺するだけの力の持ち主が敵にいるのだ。
――敵に、真咲と同格の存在がいる。
「させるかぁぁ!」
フェレス復興軍艦隊指揮官、バールスタイン・ベルウッド公爵の眼前で、出現した太陽が両断され、消滅する。
怒声の主は、旗艦ハウゼリーの艦橋上に陣取り、同時に3機の超光速騎が従った。
フェレス復興軍、軍将ライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵。
そして彼の駆る軍将機、大剣将ボリュディクスと配下の超光速騎アーネンテルスだ。
「ライドか!?……無茶を」
「急げ!総員退艦しろ!」
ベルウッド公爵のその言葉が始まる前に、ハウゼリー艦長は艦内の転送機を一斉に起動するように指令を出している。
――ああ、そこか。
そして酷薄な声が降った。
それは言葉ではない。
殺気ではない。
純粋な殺意。意思そのものだ。
その意思を、シュテルンビルドと三人の超光速騎士たちだけが感知する。
そして、彼らの知覚すら超えた神速の斬撃が正面から降った。
「うぉぉぉぉぉ!」
4人がかりで無数に降り注ぐ剣撃をかろうじて弾く。
一振りずつが星をも両断する。はるか彼方から放たれた神速のエーテル衝撃波だ。
超光速域に到達した彼らだけはかろうじて、その斬撃を防ぐことが出来る。
だが、ハウゼリーはそうはいかない。
光速騎の攻撃にも耐えられる艦体も神速の剣の前ではどうにもならないのだ。
瞬く間に、ハウゼリーは展開した防護障壁ごと切り刻まれていく。
「——反撃は、できないのですか?」
「可能ではあります。そこにいるアドル……シュテルンビルド伯爵は彼らほどではないが手が長いので、ね」
軍議でなされたティリータ皇女の問いかけを、ベルウッド卿は否定しなかった。
「……しかし、反撃するということは、彼らにこちらの位置を知らせるということです。我々より手が長く、速く、強い相手に、です」
横目でシュテルンビルド伯爵を見ながら、ベルウッド卿はやんわりと主君の提案を否定する。
「一度狙われてしまえば離脱は困難になります。こちらの有効射程圏に入るまで、可能な限り彼らに見つからないようにして、後は祈るしかありません」
『抜けたぞ!』
端的に、簡潔に、ベルウッド公爵からの通信がポリュディクスの装主席で奮戦するシュテルンビルド伯爵に届く。
ハウゼリー内部から別のエリアの同型艦内へ移動し、再度、連絡網と指揮系統を再構築したベルウッド公爵からの暗号通信だ。
この通信により、第二基幹司令部の位置を察知される可能性もあったが、敵に見つかっていないことを確認するためには、暗号通信自体も試してみる必要があった。
「離脱、離脱だ!」
次々に撃ち込まれる神速の斬撃を何とか弾きながら、シュテルンビルド伯爵もまたハウゼリーを後にする。
その過程で、僚機の超光速騎がその一撃にとらわれ、両断された。
「——カルバス!」
脱出も回復もできず、そのまま絶命した配下の名を叫びながら、シュテルンビルド伯爵は全力でその領域を飛ぶ。
その直後、旗艦ハウゼリーがいた周辺の艦隊が丸ごとエーテルの奔流に飲み込まれて消えた。
それまで防いでいた神速剣とは全く異なる一撃。
剣将機ザラード。
もう一人の神速騎士、剣臨軍将ザルクベインの剣技だ。
神速砲弾から切り替えた大剣による一振り。
それだけで、放たれた巨大なエーテル波によって10万隻を超える艦隊が一瞬で焼失。その余波で数倍の艦艇が損傷を追う。
敵に近づいているのだ。
それは、それまで以上に強力な攻撃にさらされるということだった。
そして、その二つの神速剣に注意を割かれた伯爵は、自身に向けて撃ち込まれた転移砲弾への対処が一瞬遅れた。
「——伯爵!おさがりを!」
その一瞬を、伯爵配下の超光速騎アーネンテルスが稼いだ。
二騎がかりで超火球を防ぎ、その威力を相殺する。
その反応を予期していたかのように、歪んだ空間の向こうから、二機を飛び越えた超光速の斬撃が、大剣将ボリュディクスに撃ち込まれた。
――
ボリュディクスが剣を振るい、その超エーテル一撃を辛うじて防ぐ。
だが、その一撃は、機体の胴部を切り裂き、装主席のシュテルンビルド伯爵自身にも刃を突き立てていた。
「——!!」
声にならない呻きが伯爵の喉から漏れた。
直後に二機のアーネンテルスが左右からボリュディクスを抱え上げて超光速で離脱。
周辺の自動艦隊内部に姿を消し、さらに艦内転移で敵の索敵範囲から逃れる。
「医療班を呼べ!解呪班もだ!」
側近たちの声を聴きながら、前進に走る激痛に伯爵は耐えた。
これで傷つけられたものは、装機でも人体でも回復は容易ではない。
「——逃した」
「……充分だと思うけど」
最後に放った技の手ごたえの悪さに、不機嫌になった真咲の一言に、ゼトは軽く笑った。
神速騎士二人に超光速騎士一人。三人がかりの攻撃を4人の超光速騎士で一人だけの損失で切り抜けられたのだ。敵とはいえ賞賛すべき結果だった。
「少なくとも、伯爵機はこの戦場では復帰できないだろう。十分だ」
後ろから投げかけられたアディレウスの言葉に、真咲は小さく頷いた。
そのやり取りに加わることなく、剣将機ザラードはその大剣を振るい、敵艦隊をさらに削っていく。
わずかな小休止を挟んで、ゼトと真咲もまた攻撃を再開した。
「——つくづく、私は運がない」
新たな艦隊旗艦となった乗艦シェリンドンで、ベルウッド公爵は小さくつぶやいた。
「有効射程まで残り100!」
近づけば近づくほど、敵の攻撃は激しさを増している。
すでに一千万艦隊の艦艇数は7割を切っている。
たった三騎の敵にここまで良いようにされているのだ。
そして、その敵を前に、対抗可能な武将を早々に失ってしまった。
「有効射程まで残り50!」
だが、ついにたどり着いた。
ここまで来た以上、彼には散っていった同胞のためにも、全力で勝利に邁進するしかないのだ。
「残り10!」
「罪人上がりどもにこれ以上好きにさせるなよ!
全艦全砲門、一斉射!」
ベルウッド公爵の号令が、暗号通信に乗って艦隊すべてに伝播する。
「撃て!!」
そして戦場は、新たな局面を迎えた。
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