第33話 竜公子リュカ
手足を思い切り伸ばす。
機体が、その動きを拡張して再現する。
魔竜騎ドルガの反応と追従性に、リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードは満足していた。
彼の思考と、手足の動作、機体の手足の動作にほとんど時間差が感じられなかったのだ。
リュカが視線を頭上に向け、その動作と思考を読み取り、同様に頭上を見上げたドルガの目が、自動的に上空の展覧船レフィーナ号を捉え、拡大する。
底部の透過壁の天覧席に座った多くの人影が、視界に映った。
「たくさん見に来てますね」
昨晩の喧騒を思い出し、頭を掻いてリュカは苦笑した。
その動作は、機体が再現することはない。
無意味だと判断されたのである。
機体との同調率が上がればそういった細かな動作も再現されるという。
音もなく、数機の装機が魔竜騎ドルガの前に降り立った。
刃装機ベルデン。
戦臨軍将カーディウス率いるドータス騎士団の超音速騎である。
「公子殿下、準備はよろしいか?」
「ラパン殿、本日はよろしくお願いします」
試乗前に引き合わされた超音速騎士の顔を思い出しながらリュカは一礼を返し、ドルガが追従する。
ドータス式の返礼を行うベルデンたちに頷き、リュカは彼らに背を向けた。
魔竜騎ドルガの背面の翼が展開して、その隙間からエーテル光がゆっくりと、やがて激しく噴出する。
「まずは星を一周」
事前の打ち合わせ通り、機体の加速性と飛行性能の検証からだ。
格納庫を飛び出した時のようにドルガが大地を蹴り、今度はエーテル光の後押しもあってさらに加速して翔んだ。
「——!」
ラパンの驚きは声にはならなかった。
同時に飛び立ったはずだった。
それにも関わらず、魔竜騎ドルガは彼らの刃装機ベルデンより大きく先行していた。
「馬鹿な、速い!」
追いつこうとして、各ベルデンが加速する。
だが、魔竜騎はさらに加速してそれを引き離した。
「じ、冗談じゃ」
僚機のうめき声を聞きながら、ラパンはさらに機体を加速させて魔竜騎との距離をかろうじて保った。
ベルデンの定格出力を超えた戦闘速度であるにも関わらず、魔竜騎は未だに先行している。
それどころか、遊ぶように決められたコースラインから上下左右に飛び回り、余計な進路をとりながらも随伴機であるはずのベルデンたちからの距離を詰められることがない。
「殿下!聞こえていますか!」
「リュケイオン様、出力を落としてください!」
「ダメだ!加速が止まらないぞ」
リュケイオン公子の随伴役として選抜されたドータス騎士団第三音速騎団。その騎隊長を務めるラパンたち超音速騎士は、魔竜騎に何か問題が発生した際の対処にも備えて、騎士団長カーディウスが直々に任命した騎士たちだ。
彼らは光速騎士ではないが、経験豊富で対処能力が高く、超音速騎士としても上位の実力者たちばかりであった。
魔竜騎が多少暴走したところで、充分に追いつけるはずであった。
音速騎とはいえ、大気圏内では音速の100倍を超えるのがせいぜいである。
大気との摩擦が、もはや壁となる超音速域は、宇宙では亜光速に達する装機ですら思うようには加速出来ない。
その大気圏内での1000倍以上の超音速活動を可能にするのが超音速騎士と呼ばれる所以である。
その壁を押しのけ、引き裂き、突き進む。
超音速騎は超加速と大気障害の破壊を同時に行うことでその活動を可能にする。
それ故に、装機のエーテル出力を進行と防御に二分しているのである。
そして刃装機ベルデンの出力は、魔竜騎ドルガに劣っているのだ。
騎士の騎士たるゆえんは、その持てる闘気や魔力、すなわち自らのエーテルを装機のエーテル反応炉と同調させ、定格出力をさらに超えて機能させることにある。
無人兵器では不可能な定格出力以上のエーテル出力を可能にして、なお常態化させるのが、装騎士と呼ばれる存在が星海に存在する理由と言える。
刃装機ベルデンの機格は超音速騎としては高位に当たる42階位。
そして、そこに熟練の騎士たちの力が加わることで宇宙では亜光速に至る速度を発揮することが出来る。
それにも拘わらず、彼らは魔竜騎ドルガに追いつくことは出来なかった。
48階位とは言え、乗り手が未熟な子どもでは、その性能を発揮することは出来ない。
そのはずだった。
「管制室!どうなっている!?」
ラパンは、
皇位継承権を返上したとはいえ、仮にも竜皇の第一子だ。
非公式であることもあり今回の試乗式は、皇国軍ではなく、皇家の管理の下で行われていた。
『どう、とは?』
戸惑うような返答が、管制士から返る。
その対応にラパンは苛立った。
「殿下のことだ!尋常の加速ではない!機体が暴走しているのではないか!?」
超音速機の装主席には、その加速に耐えられる内殻と、重力制御による耐圧機能が設計されている。
だが、それはあくまで騎士が乗ることを前提とした設計だ。
子ども用に装主席を調整しているとはいえ、まだ8歳の子どもが乗るような機体ではないのだ。
機体が制御を失って加速しているのであれば、中の子どもなど簡単に潰れてもおかしくはない。
『いえ、それが――』
『~~♪』
「——歌ってる?」
僚機の誰かの声が震えているのをラパンは聞く。
彼らが全力で加速してついていくのがやっとだというのに、リュカ公子は鼻歌混じりで飛んでいるのだ。
今もなお、魔竜騎はでたらめな軌道を取りながら飛んでいる。
必死に追いかける彼らをあざ笑うかのように。
「バケモノめ!」
ラパンは思わず呻いた。
仮にも主君の息子への言葉ではなかった。
母国を失ったドータスの民へ助けの手を差し伸べてくれた恩人の子に向けるべき言葉ではなかった。
だが、ラパンには騎士を指導した経験がある。
同僚に置いて行かれるのはもちろん、彼より若い騎士に追い抜かれたことは何度もあった。
14,5歳の見習い騎士がその若さで超音速を超え、光速騎士へ覚醒する場面にも立ち会ったこともあった。
そういった才能のある同僚や天才たちを嫉妬心を抑えて称賛する一方で、彼自身も努力を重ねてきたという自負もある。
その努力を、目の前を飛び行く子供は簡単に飛び越えていってしまっているのだ。
それを化け物と呼ばずして何というのか。
「36階位?誰がだ」
最初に聞いた言葉を、ラパンは聞き飛ばしていた。
仮にも国家騎士団長とはいえ、戦臨軍将カーディウスは第三音速騎団長ラパンにとっては同期だ。
階級上ははるかに格上の上司と部下の間柄でも、彼らは長年の友人だった。
その信頼があるからこそ、カーディウスはラパンをリュカ公子の随員に選んだのである。
「無論、殿下のエーテル係数値だ。機体との同調最大値は今回計測する」
信じられないだろが、と軽く補足が入った。
「ありえんだろ。リュケイオン殿下はまだ8歳だぞ?」
「ラシュオーン・シュード=ラシューは7歳ですでに60階位で軍将相当の戦闘力を誇ったという話を知らんのか」
「……剣凰を基準にされても困る」
別の超銀河団である紅海の星海七大星剣、剣凰ラシェンの名を持ち出してきたカーディウスにラパンはうんざりという顔で返した。
超音速騎士、光速騎士、超光速騎士、そして神速騎士と超神速騎士。
星海騎士という存在は上を見ればきりがないのだ。
「その父のラシュガル公も幼少期に50階梯の実力があったというし、あのエルディアも……」
「——もういい。殿下にそれだけの力があるかどうかは見て判断させてもらう」
話を切り上げるように、ラパンは手を振る。
先ほど魔竜騎ドルガへの試乗演習の挨拶で顔を合わせた時は、そのような巨大な闘気を感じることもなかったはずだ。
「あの年頃の子どもなら12階位もあればいいところだというのに」
「ちなみに私は30階梯だった」
「……鯖読むな。27階位だったろ」
同い年にとんでもない天才戦士がいる、と故郷ドータス星では子供のころから有名だったカーディウスが、同じ年の頃の実力を持ち出して無意味にリュカ公子と張り合うのもバッサリと切り上げた。
まったく、自分の回りには天才か化け物しかいない。
星海騎士とはそういう存在だ。
ラパンの刃装機ベルデンの両側を、挟み込むように二筋の光が走った。
大気の壁に阻まれてこれ以上加速出来ない超音速機に対し、惑星内ですら光速騎はその障害をないもののように活動する。
ドータス騎士団の光速騎、ファーデンはあっさりとベルデンを追い抜き、魔竜騎ドルガの左右に付いた。
「リュケイオン殿下、少し抑えていただきますか」
「それじゃ誰もついてこられませんよ」
まだ若い光速騎士の声に、魔竜騎が不満そうな唸り声を上げた。
彼らには聞こえない小さな舌打ちの後に、
「——了解しました」
と丁寧な返事が聞こえた。
「——まったく」
事前の顔合わせで、すでに出会っていたが、良い気分のところを邪魔されてリュカは苛立っていた。
雷装機ファーデンの光速騎士、ドルニアスとクロッサス。
まだ歳の若い才能ある騎士としてカーディウスに引き合わされた二人だ。
いずれリュケイオンが成長した時、彼らはその側近になるだろうと、あえて若手をカーディウスはつけたのである。
その二人にあっさり追いつかれて、リュカは不満だった。
――せっかく咬ませ犬たちを翻弄して楽しんでいたのに。
『——遊びの時間は終わりです』
『着地点、ご覧になれますか』
二人の声に、リュカは視線を向けた。最初に飛び立った草原まで、あっという間に星を一周して来ていたのだ。
光速騎なら一瞬、超音速騎でも数分足らずである。
リュケイオンは答えず、機体を上昇させた。
突然の進路変更にも簡単に二騎はついてくる。
所詮は超音速。光速が相手では為すすべがない。
数秒で成層圏まで到達する。光速騎は無造作に随伴する。
後続の超音速騎はまだ後方で追いついていなかった。
魔竜騎を挟むように立つ二騎を振り切ろうとするように、リュカは機体を急加速させた。
大気との摩擦で、巨大な熱量の玉が大地めがけて突撃した。
「うわ、無茶するなあ」
「どうする、止めるか?」
自分たちから逃げるように大気圏へ突入する魔竜騎の背を見ながら、ドルニアスとクロッサスは軽口をたたいた。
光速域で会話する彼らにとっては、惑星上で移動する超音速騎に追いつくなど造作もないことだ。
のんびり構えていても問題はなかった。
「団長に言われた通り、一筋縄ではいかない方みたいだな」
「……超光速騎士って割りと性格歪むらしいからな。周りが雑魚ばっかりに見えるからとかなんとか」
「やめとけ、後で聞かれるぞ」
「……え、これ
魔竜騎が地表に近づいてもリュカはドルガを減速させようとはしなかった。
地表すれすれになっての急減速と急停止。
ちょっとした遊び心のつもりだった。
だが、地表に近づくにつれて、機体は徐々に減速する。
リュカの操作ではなかった。ドルガが自動的に減速したわけでもない。
見えない壁に阻まれているような感覚だった。
大気の壁は魔竜騎が纏った闘気=エーテル障壁が突き破っているので、その障害ではない。
もっと別の見えざる何かだ。
その正体がわからないうちに、魔竜騎ドルガは低速で草原に着地した。
『惑星防壁をお忘れですな』
その声は横合いから聞こえた。
通信機越しではなく、文字通り横から聞こえたのだ。
振り向いた先に、魔竜騎を超える巨体が立っていた。
巨大な衝角を背負った螺旋状の鎧をまとった装機。
戦臨将機ベルガリア―ド。
軍将カーディウスの機体だった。
その存在に驚く前に、リュカは言葉の意味に思い当たる。
「——そうでした。地表に追突する高速物体は自動的に減速させるんでしたね」
本来は、隕石の衝突による被害を防ぐための
航空物体の墜落事故などの際にも墜落地と乗り手を守るために機能する防護機能であり、
『力は認めますが、そればかりで頭がいっぱいだったようですな。
――まだまだ学ぶことは多いですぞ』
腕組みをして見下ろすベルガリア―ドの目を受けて、リュカは静かに頷いた。
彼にはいつからベルガリアードがそこにいたのかわからなかった。
自分が気づいていないだけで、最初からついてきていたのかもしれないとも思い当たる。
カーディウスが本気で隠形術を使えば、気配を感じさせることなく高速移動することすら造作もない。
それほどに、カーディウスとリュケイオンの力は隔絶していた。
その視界に、ようやく追いついてきた刃装機ベルデンの姿が映る。
それを補助するように左右を飛ぶ光速騎ファーデンの姿もあった。
『さて、まだ続けますかな?』
「——もちろんです」
カーディウスの言葉に、リュカは当然の返事を返す。
まだほんの準備運動に過ぎないのだ。
魔竜騎に追いつくための急加速で疲労困憊したラパンたち超音速騎士を前に、リュケイオンはまだまだ元気いっぱいだった。
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