第31話 魔竜騎ドルガ

それは、全長30リットほどの黒い巨人だった。

父、グラスオウの龍王機ベルセリオス。白磁の鎧をまとった竜装機とは対照的な、黒曜石の輝きを放つ竜装機。

幾重にも重ね合わされた骨のような王機に対し、積層式の黒い光沢を放つ機体だった。

魔竜騎ドルガ、と名を伝えられた。

「これを、私に?」

「龍王機の複製機に当たるとのことです。これほどの機格を備えられたのは初めてだとか」

機体を見上げるリューティシア皇国公子リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードの隣で、戦臨軍将カーディウス=ベルガリア・カドリアヌス・ラウスが応える。

「——48階位、ですか」

手にした光学資料を手に、リュカは機体に関する基本情報を目に入れる。

70階位の龍王機ベルセリオスの複製機としては不出来に思えるが、それは数字の錯覚に過ぎない。

「殿下の今のお力を考えると充分以上でございましょう」

60階位以上の装機を建造するのは極めて困難だ。

一流の設備と資材、そして多数の技師を揃え、数えきれないほどの失敗作の末にようやく生み出されるのが王機が王機と呼ばれる所以である。

光速騎格である48階位ともなれば、失敗作どころか成功と言っても差し支えない。

そもそも原型である龍王機ベルセリオス自体が、父グラスオウが血を与えられた賢者の竜より授かった古の竜の遺骸から組み上げられた装機を、竜皇自身が長年にわたって乗りこなし、成長したものである。

元の機格は40階位程度に過ぎなかったと言われている。

そういう意味では目の前の機体は、父のそれと似ているのかもしれない。

元より、まだ超音速で動けるようになったばかりの8歳の子どもに、光速騎は早すぎるのだ。


「使えますか?」


「調整は済んでおります。試乗には問題ありますまい」

言葉が終わらないうちに、少年の身体は機体の装主席に飛び込んでいる。

胸部に引き出されていた装主席に立った少年を乗せて、装主席が機体内部に引き込まれる。

その身体を包み込むように装主席の内壁から装鎧が展開。手足から胴、頭にかけて装着され、神経接続により機体との同調を行う。

リュカの視界と、魔竜騎ドルガの視界が重なり、リュカの感覚器官が延長される。

リュカの目は、装主席の内壁に映し出された外部映像を見ると同時に、ドルガの目が見ている世界を見ているのだ。

ゆっくりと、リュカは右腕を自分の目の前に持ってきた。

合わせてドルガの鋼鉄の右腕が視界の前に映る。

続いて、手の指を一本ずつ動かし、拳を握り、開く。その動作を繰り返す。

奇妙な違和感があった。

単純に自分が巨人になったというだけではなかった。

頭頂部までがおよそ27リットほどの魔竜騎ドルガは、原型となった龍王機ベルセリオスより二回りは小さく、ほとんど同じ体形をしているが、まだ8歳の手足の伸びきっていないリュカとでは、手足の長さも違う。

機体は自動的にその誤差を補正して装主の動作を機体で再現しているが、普段から慣れた自分の手足でないものがそのように動いていることに、リュカの感覚が追い付いていないのである。


「……大丈夫でしょうか」

装機格納庫から動くことなく、手足を上げ下げしているだけの魔竜騎の姿を見上げて、ノフェルは思わず上官の背に問いかけていた。

今回のリュカ公子の模擬演習の段取りを汲んだ彼にとっては、この場でもたつくのは予想外の展開であった。

もっとも、同じ光景を見上げながらも、カーディウスの意見は異なる。

「まあ、見ていろ」

若手士官に経験を積ませるためにあえて仕事を回したのだから、彼が気をもむのは当然である。カーディウスにとってはここで手間取るのは予想通りだったため、あらかじめ彼の組んだスケジュールにはそれぞれ余裕を持たせていた。

やがて、魔竜騎の動きが変わる。

全身が小さな動きを繰り返し、そして止まる。ステップを踏むように、その場で飛び跳ね、屈伸を行い、逆立ちをする。

徐々にその動きが早く、細かくなっていく。

でたらめな遊びのような動きが、演武のように洗練されたものに変わっていく。

ジャブが数回でた。続いて左のストレートが。

魔竜騎ドルガはゆっくりと格納庫の壁に置かれていた剣に手を伸ばした。

一瞬、その手が止まり、そして剣を手に取った。


「——なるほど」

自分の感覚と、機体が補正した動作のずれをおおよそ掴んでリュカはつぶやく。

自分が掴んだと思った時の距離感と、実際に機体がその後伸長した腕の長さと距離、その感覚を実感として得たのだ。

違和感は消せないが、機体に様々な動作をさせる中でその違和感の正体をおおよそ理解した。

アルミニアへの留学期間にも、練習機を使っての疑似演習エミュレーションを何度も行っていたリュカには、その違和感が何に起因するか推測はしていた。

装機とは、その名の通り、装者が纏う鎧である。

装者が動く通りに、装機はその動きに追随する。

だが、本来の装者と装機で体格差がある以上、そして思考から動作までの伝達時間により、そこには必然的な動きのずれが生じる。

そのずれは機体が自動的に補正して再現するものの、装者の側にはそのずれと補正動作そのものが違和感になるのだ。

問題なのは、そのずれがどれだけ自分の思考と差があるか、という点である。

それが確定した以上は、後は慣れの問題だ。


「外に出てみます。構わないでしょうか」


リュカの言葉に、カーディウスが手を振ってこたえた。

その横で、若い士官が慌てて周囲に指示を出しているのが、ドルガの視覚と聴覚を通じてリュカの目と耳にも入る。

格納庫の天井が開き、ドルガが収められていた区画の正面から頭上にかけて青空が広がる。

眼前に差し込む光の眩しさに、リュカは眉をひそめ、半瞬遅れて機体が自動的に光量を補正して、普通に見えるようにする。

「さて、行きましょうかドルガ」

リュカの言葉に、唸るように機体が応えた。

40階位以上の機格を備えた装機には、独自の知性が宿る。龍王機の複製機である魔竜騎には、竜のそれに似た機格が備わっていた。

リュカは腰を落とし、膝に力を込めた。

まだ飛翔術は苦手だったが、機体にはあらかじめ飛行機能が備わっている。

リュカが出来ないことでも、装機に乗っていれば叶えられることはあった。


「さあ、お披露目です」


装主席の中でリュカが跳ぶ。機体がその動きを拡張し、魔竜騎ドルガは音速を越えた一蹴りで格納庫を飛び出した。

彼らの前には大空と、新たな世界が広がっていた。

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