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 くだらない子供の喧嘩の方がずっとマシに思えるような、混乱と喧騒。面子への拘りと互いへの不信が罵声・怒声を飛び交させ、錯綜している情報を更に絡まらせる。


「この状況なら、どう考えたって一番怪しいのは行方晦ましてる久間瑞穂っすよ!」

「行方を晦ましてると言っても」「瑞穂は普通に有給取得しているだけですわ」

「だったらどうして、彼女の監視役の佐々野浩志が捕えられていたんだよ!」

「つーかアンタら、アイツのことをずっと見張っていたのか?」

「当たり前なのです」


 呆れを滲ませる田込雄二に、御乃津直奈が答える。


「彼女は『十三夜』に関係している元魔法少女で、しかも警魔庁にも所属していないのですよ」

「その理屈は勝手すぎるだろう。だいたいその『十三夜』の時、久間さんはまだ十歳くらいのはずだ。君たち警魔庁はその頃から、ずっとアイツを見張り続けていたのかい?」

「新たな呪術事件を防ぐためなのです」


 直奈の言葉に警魔庁捜査員たちは当然と頷くが、問うた夏端玲冶を初めとする調査研究所所員たちはザワリといきり立つ。


「何とも、横暴だねー」「へえ? 『十三夜』の被害を知っていて、そういうことを言えるんだ」「あの事件は、ミズさんのせいでは――」「いや、魔法少女だった彼女にも……」

「十九年前のことより、現在の憑獣事件の方が大事っすよ!」

「それはそうだけど――久間瑞穂の動向がつかめていない以上、彼女も事件に何らかの関与をしていると考えるべきよ」

「だから、問題はどういう関与をしているのかという点で、」

「ちなみに、瑞っちを見張ってたっていう男は今どうしてるの?」

「捜査員が警察から引き取って、こちらに向かっている途中なので――」「あーあ、その佐々野とかいう奴も、見張るならちゃんと最後まで見張ってろって…」「―彼の、責任だというのですか」「そりゃむざむざ取っ捕まってんだから、無能の誹りは免れねーんじゃね?」「でもそれを言うなら、所員の過去を把握できてなかった研究所さんにも問題はあったのでは」「当然よねえ。同僚が呪術関係者だってことも気付けないで、武蔵ヶ原の調査してたなんて――」「彼女に口止めしていたのは、あなたたち警魔庁側じゃ、」


「––––というかそもそも、本当に知らなかったんですか?」


 警魔庁職員が無造作に吐いた発言に、田込の眉が険を帯びる。


「どういう意味だい、そりゃあ」

「久間瑞穂について知らなかったっていうのも、彼女が有給で休んでるってのも、調査研究所さん側の自己申告に過ぎないわ」


 咎め立てようとする田込の言葉に、小野佳津子は悪びれず言い返す。


「ってことはそれ全部が、警魔庁の捜査状況を探るための嘘って可能性もあるでしょう」

「つまり警魔庁さんは、俺たちが憑獣事件の首謀者だと」

「失敗した魔法少女事件の関係者が内部にいる以上、疑うくらい当然じゃないかしら?」

「んだとこら!」「へぇ、やるっすか?」


 チンピラ度合には定評がある苅野郁人が立ち上がり、喧嘩っ早い古樫切継がそれに応じる。捜査班長である蘆北賢蒔が「このド素人に無能者どもが」と忌々しげに呟いて――


「いい加減にしなさい!」


 何時に無く鋭い声を張り上げた汐瑠間理絵が、長机を蹴り上げた。

 蹴られた机が倒れ込み、床とぶつかる衝突音が部屋の声を強引に鎮める。その一拍の空隙に、理絵は言葉を滑り込ませる。


「感情的な意見は無用よ。ミズホを監視してたって件は私もムカつくけど、一端は保留。

――それと佳津子さん」

「なにかしら?」

「慎重なのはいいけれど、試すような真似は止めて頂戴」

「……分かったわよ。まあ本当に事件に関係してたら、あんな反応はしないだろうしね」


 理絵に見詰められた佳津子が、口の端だけで笑いを漏らす。彼女が逸らした視線の先では、威勢良く立ち上がったままの郁人が拳の振り降ろし所に困っていた。

「それじゃ、現時点で分かっている情報を整理しましょ。奈織、記録をお願い」


理絵の指示で、琴樹奈織がパソコンを用意。倒れた机を起こした実島宏実が、プロジェクターを起動させる。


「まず、現状で分かっている事。時系列順で行くと十九年前に……」

理絵の声に従ってタイプされた文字が、部屋の壁に映し出された。


【武蔵ヶ原について】

––––警魔庁による情報

①十九年前に武蔵ヶ原で起きた災害の実態は、霊力炉の暴走 (武蔵ヶ原の十三夜)である。

②「①」の事件により、武蔵ヶ原の霊素濃度は飛躍的に上昇した。

ただしこの霊素濃度は、徐々に低下していることが予想される(現在も平均値よりは高い)。

③高霊素濃度は、呪術事件の発生率を上昇させる(上昇率は濃度に比例)。


––––調査研究所による情報

④「①」の事件以降、武蔵ヶ原では呪術事件と思われる現象の頻発が確認されている。


––––情報を基にした推測。

⑤「④」のうちほとんどは、「②」「③」で説明できる。

 ただし霊素濃度が下がったはずの最近発生している憑獣事件には、別要因が考えられる。

        


【ミズホさんについての情報】

––––警魔庁による情報

⑥ミズホさんは「①」の事件に巻き込まれた際、呪術能力を獲得している。

⑦「①」の後、警魔庁はミズホさんを監視下に置いていた。

  ……この監視に拠れば、『十三夜』以後の彼女は呪術と深い関わりは持っていない。

⑧現在の監視役である佐々野浩志は二日前(11月14日)の夜に監禁状態に置かれ、今朝脱出した。   ・脱出した佐々野は、現在ここに向かっている。

         ・今朝の駅前ホテルの火災は、彼の脱出に際するもの。


––––調査研究所による情報

⑨武蔵ヶ原の調査開始当初から、彼女は「多発している事故」という要素を重視していた。    ・憑獣事件について知っていたため?

         ・霊素濃度の高さを感じていただけ?

⑩彼女は昨日午後から有給取得し、出所していない。

         ――調査研究所による情報。


「これ以外で――あるいは既に書いてあることででも、何か気になる点はあるかしら?」


 質問も受けつつ分かっていることを大雑把に列挙した理絵は、それを奈織がタイプした映像を背に皆を見回す。騒動を収めた勢いのまま、完全に会議を掌握した彼女に数本の手が上がり、その内の一本を理絵は迷うことなく選択する。


「はい、宏美。何かしら?」

「あの、警魔庁の方に確認したいのですが。③にあるように、霊素濃度が高い場所で呪術事件が起こるってことは、十九年よりも前から武蔵ヶ原には霊素が多かったのでしょうか」

「いいえ。正確な値までは分かりませんが、事件前までは平均的な濃度を保っていたはずなのです」

「じゃあなんで、あの『十三夜』事件は――」

「あの事件は霊素濃度とは関係なく、意図的に発生させられたと言われています」


 宏美に問われ、直奈は苦々しげに十九年前の『真相』を口にする。


「町村剛平太と言う男の妄念が、あの呪術災害を引き起こしたのです」


 表示されているパソコン映像の「①」の脇に、奈織が『人為的に(町村剛平太により)発生』と書き加える。その文字に、皆と同じく頷こうとした田込がふと思いついて口を開く。


「あいつと同じ、名字だな」「あいつ?」

「そういえば郁人さんが取り次ぎした方のことを忘れていましたわ」


田込が漏らした言葉の続きを光澤こよりが引き継いで、更にその後を光澤こよみが続ける。


「内閣情報局員を名乗ってて、瑞穂が会いに行った男――確か町村コウジとか言ったかな。今までの話からすると、彼も警魔庁の調査員なんだろう?」

「コウジではなく、甲次郎ですが」


 こよみの言葉を訂正した奈織が、「⑩」の横に『町村甲次郎からの言伝あり』と書き加える。調査研究所の所員たちが、ああそういえば、と頷いて

 ――けれど新たにタイプされた文字に、警魔庁の捜査員たちは騒然となる。


「町村、甲次郎っすか⁉」


 切継が唾を呑み、佳津子が乾いた笑いを漏らし、立ち上がった蘆北が「なんでそんな大物が」と忌々しげに呟く。他の捜査員たちも揃って色めく只中で、自身を落ち着かせるように直奈は大きく息を吸い、


「町村甲次郎――呪術災害『武蔵ヶ原の十三夜』を引き起こした町村剛平太の弟にして、国際手配呪術組織『打ち棄てられた呪術者連盟』日本支部の指導者――」

「そして一昨日おとといの夜、僕を拘束した男です」


 開けられた貸オフィス扉から、所々が焼け焦げているスーツを着込んだ男が入室した。


「浩志! 無事だったのですね!」「ええ、何とか」


 男――佐々野浩志の姿に直奈が破顔して、彼女の表情にこんな時なのに切継が顔を渋くする。その表情に目敏く気付いて微苦笑を漏らした宏美は、だがふと感じた違和感で、新たな男へと視線を移す。


――自分は、この佐々野という男に何処かで会っていただろうか?


持ち前の勘の良さにより首を傾げる彼女だが、流石に確信を抱くまでには至らなかった――佐々野が放っている雰囲気が、二日前の夜、瑞穂と帰宅する最中に感じたものと同じだということに。

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