四 結

「もしもし」

「私、○△弁護士事務所の○△と申します。こちら秋口様の携帯電話でよろしいでしょうか」

「はい、そうですが」

 正直、内心でもう解決は諦めていた。半年掛かっても生活安全課からは何の連絡もない。連絡がないということは手詰まりなのかそれとも、と考えていた。

 携帯のモニターに浮かぶその番号には心当たりがなかった。訝しげに思いながら電話に出ると、相手は国選弁護人を名乗った。

 弁護士の先生によると、数日前に彼が警察に逮捕され、今、所轄署の留置所に拘留され、取り調べを受けているというのだ。

 突然の話でさすがに驚いた。半ば諦めかけていた時でもあったので余計に驚かされた。

 電話で話を聞くよりも、直接話を聞いた方がいいと思い、翌日には弁護士の先生の事務所を尋ねた。

 弁護士の先生の話を聞けば聞くほどに、背筋が寒くなった。あれら今までの迷惑行為の全てが、もしも悪意ではなく本当に善意や好意からだったとしたら、どう思われるだろうか。

 一度目の盗作が自分の売名行為とは別に、盗作を使って「傭兵戦記」の話題づくりをしようと考えていたとしたら、二度目の盗作が儲けた金を私にアカウントごと渡して許してもらおうと考えていたのだとしたら、小説仲間の作品を盗作したのが「被害者が増えれば秋口の心の負担も軽くなるに違いない」と、浅はかにも考えていたのだとしたら、どう思われるだろうか。

 それらの行為が、ただ孤独で寂しくて構って欲しかっただけだったとしたら。

 彼にも同情すべき背景はあった。だがだからといって犯罪行為をしていいという論理には絶対にならない。

 私には二つの選択肢があった。一つはこのまま逮捕してもらい刑事罰に処してもらうということ。もう一つは示談ということにし、賠償金を払ってもらい訴えを取り下げるということ。

 正直、私としては起訴してほしかった。きちんとケジメをつけるべきだと思っていた。ただ、同時に彼の更正のチャンスを奪うのはどうかとも考えた。前科がつけば、現状から鑑みて間違いなく彼の更生は不可能になる。また、彼の背景に同情すべき点があるのも理由の一つとしてあった。

「これをお受け取りください」

 それは彼のご両親が私に宛てた謝罪の手紙だった。そこには、息子が犯した罪に対して苦悩する姿が克明に記されていた。

 そして彼本人からの謝罪の手紙。

 私はそれを読みながら、深く溜息をついた。逮捕され留置所に放り込まれ、厳しい取り調べを受け、親の泣き顔を見て初めて自分が犯した罪に気づき、後悔し、苦悩する姿が目に浮かぶような文面だったからだ。

 許せるのかと問われれば、今でも許せないと答えるだろう。目の前にいれば間違いなく殴りつけるだろうし、そんな自分をを止める自信は全くない。

 だが、これ以上のことはできないし、してはならない。世界には法という定めがあり、それを遵守することが正しいというのならば、私はそれを犯すことはできない。もしも犯してしまえば、私も彼と何も変わらないことの証明になってしまう。

「示談にします」

 下した決断に間違いはなかったと今でも信じているし、そう信じていたい。彼が手紙で約束してくれたように、外の世界で人と接しながら真っ当に生きていると信じたい。

 そう思っている。

 ただそれでも、私は言いたい。

 未だに盗作されたことで受けた傷が癒えない。全てが終わり、これを記せるようになるまで回復するために、一年を超える日数が必要だった。「甘えだ」とか「精神力がない」だとか、そう思う方もいるだろう。

 それも否定はしない。自分でも立ち直れないことを情けないと思っているのだから。

 それでもハッキリしていることは、盗作は犯罪であり、こうして刑事事件として逮捕されることが現実としてあるということだ。

 盗作された側の苦しみを理解できなくても、盗作することによって受ける逮捕という不利益は想像できるはずだ。

 例えば「知らなかった」という言い訳は、法の前では全くの無意味だ。

 例えば未成年なら、その責任が両親に向くだけだ。

「あなた」の中にはきっと、目の前の小説よりも素晴らしい作品を書く為のアイデアが詰まっているはずだから。

 どうか、罪を軽々しく考えずに踏みとどまって欲しい。

 どうか、どうか。

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