三 転

 ここで個人的な意見を述べさせて頂きたい。某巨大掲示板にある盗作に関するスレッドの是非についてだ。

 駄作を晒すという点については悪趣味だとは思うが、盗作などというくだらないことをする書き手については、盗作スレッドに晒され、まとめサイトに記載されることでその抑止となり、何よりも私のように本当に事件化した場合には、まとめサイトに記載された情報が証拠として利用できる。

 はっきりと書いてしまえば、例え著作権に対して無知であったとしても、盗作行為は明確な犯罪だ。そういった犯罪行為をしなければ、盗作スレッドに晒されることはまずないだろう。

 そしてその証拠保全に大きな成果がある以上、盗作スレの存在を否定するのは無意味だ。

 勿論、まとめサイトに記載される情報は、前提として「限りなく客観視された事実」でなければならず、主観によって歪められることがあってはならないことは言うまでもない。

 その時、刑事さんは私の活動報告だけでなく、まとめサイトの情報から事件の大まかな流れを的確に把握し、更には該当スレまで精査されていた。

 さすがに驚かされた。

 私は刑事さんと話し合い、今回の盗作に関わる全ての証拠類を印刷し、翌日には生活安全課で被害届とそれらを提出し、事件についての事情を細部まで説明した。

 所轄署でのやり取りは詳しくは記さないが、担当の刑事さんは彼とのやり取りでの疲労や苦悩を労ってくださり、「時間は掛かるが必ず解決する」と力強く言って下さったことを今でも覚えている。

 また、私はこの時点で「小説家になろう」の運営へ、今回の事件について事情の説明と、サイトを騒がせてしまったことに対する謝罪のメールを送った。

 そのメールに対する返信はなかったが、事件の内容からしてそれも仕方がないと考えている。

 正直、一ヶ月か二ヶ月で決着がつく。私は何の根拠もなく、安易にそう考えていた。

 だが、捜査に必要とされる時間は、私が考えていた以上に長いものだった。

 それは運営サイトやプロバイダなどのIPアドレスを調査する為には様々な手続き、手順があるからなのだが、それを知ったのは後の話だった。

 被害届を提出したことを活動報告上に記し、「小説家になろう」運営により彼が所持していた複数のアカウントが削除され、更にはアクセス禁止措置を受けたことにより、私の周辺は平穏を取り戻したかのように見えた。

 だが、所詮それは仮初の平穏に過ぎなかった。彼は陰でこれまでよりも更に恐ろしいことを考え実行していたことを、私は小説仲間からのメールで知ることになる。

 そのメールには、何と盗作を有料配信していた前回と同じサイトで、今度はご丁寧にも作品名を変えた上で、またも「傭兵戦記」が有料配信されていることが記されていたのだ。

 それだけではない。私の小説関係の知り合いの作品も数作、同じように盗作され有料配信されていた。

 背筋がゾッとした。彼が考えていることが理解できたからだ。つまり、彼は私の周囲を巻き込むことで、私に更なる精神的な苦痛を与え、これ以上の事態の悪化を防ぐ為に刑事告訴を取り下げるように仕向けようと画策していたのだ。

 この行為は私の精神を大きく削った。私個人に対する攻撃ならば、辛いなりにも何とか耐えることもできる。だが、それを私の周囲に向けるというのは、あまりにも卑怯だと思った。だが、それは私にかなりの打撃を与えたのも事実だった。

 それでも、ここで逃げる訳にはいかなかった。

 彼は被害者である私に対して、臆面もなく「盗作はビジネスモデルに成り得る。盗作されることは名誉だ」と言い放っていた。

 盗作はビジネスモデルになんぞ成り得ない。どんな言い訳をしようが書き手の尊厳を踏み躙る犯罪だ。

 盗作されることが名誉なはずがない。盗作とオマージュやパロディを一緒にしてはならない。

 今回、彼がやったことは、盗みを見咎められて逆ギレし、更にナイフで脅し始めるような居直り強盗と何ら変わりがない。

 私は盗作を有料配信しているサイトの運営会社に再び電話をして対応をお願いした。また、巻き込んでしまった小説仲間に対して謝罪のメールを送った上で、別に謝罪を記した活動報告を公開した。それは私が取るべき最低限度のケジメだったと思っている。

 幸いにも、巻き込まれた小説仲間は皆、優しい言葉をかけてくれた。

 中には私と同じく厳しい対応をすると宣言する方もいたが、後に調べた際に、そういう対応はしていなかったことが分かった。

 それから、事件は一応の落ち着きを見せた。彼は別の活動領域で、相変わらず妄言と奇行を繰り返し、方々に迷惑を掛け続けていた。私は彼の行動を注意深く見守り続けた。

 それはいつ私の周囲へ嫌がらせをするのか分からなかったからだ。同時に、いつ彼が家族を狙うかも知れないという恐怖もあった。

 今まで、何度か活動報告上に自分が住んでいる街について書いたことがあった。そのことをどれだけ後悔しただろうか。

 今だからこそ、彼にはそんなことをする度胸はないと知っているが、当時はネット上で妄言と奇行を繰り返す彼しか知らなかった。

 そういった胃が痛くなる日々が続き、体調は崩れ続けた。食事は全く喉を通らず、常に頭痛と倦怠感が襲い掛かってくる。もう作品を書けるような状態ではない。

 それまで、有料での依頼を落としたことはなかった。どんなにきつくても苦しくても、絶対に書き上げてきた。

 この事件があって、初めて受けた依頼を仕上げることができずに、断った。

 どうしても書くことができなかった。何とかリハビリをと短い話を書こうとするが、書いている途中で具合が悪くなってしまう。

 情けないことに、自分でももうどうすることもできなくなっていた。

 その時、依頼を下さっていたお客様には本当にご迷惑をお掛けしてしまった。本当に申し訳ないことをしてしまったと今でも悔やんでいる。

「どうして私がこんな目に」と夜中に泣いたこともあった。

 順風満帆とはお世辞にもいえないが、「今年こそ」という目標もあり、それに邁進しようと考えていたというのに、全てがおかしくなっていた。

 事件は落ち着いたものの、それからも周囲は何かと騒がしかった。様々な著作権に纏わる問題が発生し、その度に誰かが傷付き、誰かが泣いていた。

 そして私もまた、その時の小説投稿サイトのアカウントを削除した。その理由についてはここでは記さないが、ただ一つだけ言えることがあるとするならば、「誰であれ、吐いた言葉の責任は取るべきだ」ということだけだ。

 その地獄の日々は半年ほど続いた。ダイエットなどしてもいないのに、その半年で私は十キロほど痩せた。

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