第1話 尺なんか気にしていられない

#1 上るのは難しいが、降りるのはもっと難しい

 あれから二週間と一時間後。


『ふははははははは!! この世は金で回っている! 金さえあれば何もいらないのだ!! 貴様ら魔法少女は何を掲げている? 愛か、それとも友情か? どれもこれもちゃんちゃらおかしい。全ては金で買えるのだよ! そう、金!! 金こそが世界の――』

「一ついいか」

『最後まで聞かんか』

「話が長い」


 万札の福沢諭吉を二十メートルにまで巨大化したような怪物は、鼻っ柱に回し蹴りをくらって即死した。

 少年こと古沢恭一は、短く息を吐いて足を戻すと、帽子を目深に押さえながら呼吸を整える。駆けつけてから三十秒と少しの、短すぎる戦闘だった。


 ――果たしてこれが戦闘と呼べるのかどうか、古沢にはちょっとわからない。



 豊島区内にある幼稚園の上空に、待田街と古沢恭一はいた。正確には、そこに浮かんだ机の上である。教室の適当な机を裏返して、待田が魔法とやらで飛ばして浮かべているだけの代物。ゆえに足場は安定せず、少し踏み外せばいつ落下してもおかしくない。


 それでも当の二人は平然としていた。待田は左淵に片足だけを乗せて立ち、古沢は机を安定させるために残りのスペースに立て膝で座る。


 現場確認に向かうべく、机がゆっくりと下降を始めた。高層ビルのエレベーターに乗っているかのように、滑らかな下降だった。それと同時に、白目を剥いて固まっていた福沢諭吉の体がぱっ、と白く光る。それも束の間、その体は幾千の光の粒子となって、昇華するように空気へ溶けていく。


 何とも言えない光景だった。

 諸行無常である。


 結局、個人的に引っかかることもあり、古沢はあの場で待田の依頼を受けることにしていた。しかし二人での怪物退治はこれが初めてだったので、古沢としてはもう少し達成感とかがあってもいいと思っていた。果たして実際、そんなものは何もなかった。


 むしろ、二週間前のカエルもあわせて、あまりに弱い。


 これは何か手の込んだ罠なのでは、と不安にすらなってくる。しかし、待田が今日は暑いなーとか呑気に言いながらセーラー服の胸元を指でパタパタやっているのを見るに、どうやら毎回こんなもののようだ。


 ちなみにインフルは完治したというのに、待田は相変わらず長袖セーラーに加え、校則きっかりのスカートの下には白タイツを履いていた。ゴールデンウィーク前日――夏に近付いてきた日付だとはいえ、その格好で快晴の空にいれば暑いのは当たり前だ。


 しかし古沢も古沢でまだ学ランを羽織っているので、声に出して突っ込むことができない。そこは非常にもどかしい。


 だが、古沢の服装には、これはこれで理由がある――


「うーむ、しかしこの時間はちょっともったいないな……降りる時は下が見えないから、慎重に行かなくてはいけないからな」


 銀に染めた長髪を暑そうにかき分けながら、ふと待田がそんなことを言った。

 巨大福沢の最後の一片が光って消えていくのを見ながら、古沢は目線だけを左上に向けて応じる。


「まあ、でも仕方ないだろ。滑走路みたいなのがあればいいけどな」

「将棋でも持ってくればよかった」

「そんなにかかるのか……」

「いや、せいぜい五分ぐらいだ。どうする古沢、その間しりとりでもするか」

「悲しくなるだけだろ、そんなの。生産性がまるでない」


 古沢は思わず、首を横に振った。


 相変わらず二人の机は、いっそ気味が悪いほどに振動もなく降り続けていた。風を感じないあたりからすると、どうやら待田が周りの空気ごと操っているらしい。魔法とは便利なものだと古沢は確かに思っていた。


 だが、遅い。


 待田はさらっと言っていたが、怪物の鼻先が二十メートルの高さだとして、それを五分かかるというのは相当な遅さである。秒速六から七センチの計算だ。動きの滑らかさは確かに高層ビルのエレベーター並だが、これでは横浜ランドマークタワーを降りきるのに一時間以上かかってしまう。


 ちょっと万が一を怖がりすぎていないか……? とも思った。だが、そこまで考えたところで目の前をサーチライトが突き抜け、古沢の思考は止まる。


 サーチライト、だ。


 光はすぐに消えたが、また別の場所に現れては消える。辺りを見渡してみるが、机の周囲以外には上がっていない。なぜサーチライトなのかは疑問だが、とにかく確かに真下には人がいるようだった。それがわかっただけでも安全管理上はよい。が、


「……いや、おかしいぞ?」

「……そうだな」


 古沢と町田はまた顔を見合わせ、無意味に頷いた。


 白昼なのでサーチライトは全く眩しくなかったが、逆に言えばそれは、サーチライトが全く本分を果たせていないということだ。

 もちろん、それが本当にサーチライトだったらの話だが。


「何がしたいんだ一体……というか誰が何をやってるんだ、こんな昼間に。まさかまた何か攻めてきたわけでもあるまいし」

「しかもかなりの数だな……しかし待田、これはまずい」

「いきなりどうしたんだ古沢、らしくもない」

「一旦聞け。よく見ろ、これはサーチライトじゃない――何なのかはわからないが、確実に違う」


 古沢は帽子の奥で、青空に広がる光景を睨む。

 最初から気になってはいたが、さっきからの光は白くない。サーチライトの割にはうっすらピンクだったり、水色やオレンジだったりする。夜にやれば、パレードかと見紛うだろう。


 そして、もう一つ――決定的に最悪な、特徴。

 だが待田は、まだ全てを把握しきれてはいないようだ。


「? ……うむ、言われてみれば確かにやたらとカラフルではあるが……しかしサーチライトの光源の一つにキセノン灯があるだろう。あのキセノンをネオンに変えればよくあるネオン管になるし、ヘリウムやアルゴンでも色は出るはずだぞ」

「そもそもキセノンじゃなきゃ輝度が足りないし、重要なのはそこじゃない」

「色ではなく?」


 そこで一呼吸置き、古沢は右手で机の脚を握った。その手がわずかに震えていて、初めて古沢は、自分が存外焦っていることに気付く。


 こいつ性善説で動きすぎだろうと歯噛みしたい気分だったが、ぐっと堪えた。もはや全てが遅いし、これはもっと早くに気付かなかった自分のミスでもあるのだ。


 何条もの光が現れては消え、徐々に。その中で古沢はもう一度、帽子の奥から待田と目を合わせた。



「繰り返して何度も点いたり消えたりする、そんなサーチライトはないだろう。これじゃまるで、照準調節中のビーム攻撃だ」


 そこまでだった。

 ダンッ!! と次の瞬間、突き上げる衝撃が二人を襲う。


「なっ、あ!?」

 バランスを崩されて待田が叫んだが、もう手遅れだった。加速度と暴風に苛まれるのも束の間、立て直す暇もなく、古沢は一秒で園庭に落下した。


 二階分の高さだったので、古沢は特に受け身もとらずに足から着地する。数秒前と比べて軽く一五〇倍ぐらいの速さで落とされた気がするが、膝で衝撃を吸収すれば何ということはない。


 だが、今は砂塵で見えないが――待田の様子が心配である。二週間前せっかく助けたのに、ここで頭から落ちられてはもうどうしようもない。


 右も左もわからないまま、古沢はとりあえず、どこに待田が落ちたのかを探した。敵は地上にいる。二人で早めに離脱したほうがいい。

 離脱して、状況を把握して、さっさと反撃しなければ――だが、古沢の予想よりも早く、そいつは現れた。


 足音はなく、砂煙の向こうからシルエットが歩いてくる。中学生ぐらいの、ツインテールの少女だった。そこまではいい。だが、

 問題なのはその――膝上二十センチの丈である上にフリルが満載されているらしい「服」と、右手に持つ、先端にハート形の板がついたステッキだった。


 シルエットが口を開く。


「ちょっとちょっとちょっとおー……私達の可愛いに、何してくれちゃってんすかあ。ねえ?」


 そしてハートのステッキで砂をかき分け、少女は獰猛な笑みと共に姿を現した。

 その髪も、服も――蛍光ペンのインクをバケツで被ったように、どぎついピンクに染められている。古沢はその風貌を見て、状況把握云々よりも先にまず困惑した。


 現状が現状でなければ、コスプレ好きの外国人かと思って素通りしていたところである。

 だがおそらく、古沢達を撃墜した「敵」とはこいつのことだ。


 砂塵はまだ晴れず、待田の姿も見えない。それが何とかなるまでに追撃されないよう、まずは会話を引き伸ばすことにする。


「――――名乗れ」


 帽子を目深に押さえながら呟くようにそう言うと、少女は見下したようにくつくつと笑って、両手を広げて返した。


「勅使河原亜莉沙――そして他三名。世田谷区から増援に来ましたー。ってか、インフルで死にかけてるような奴に任せておけないんすよね、東京都って大事だし?」

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