欄干の女
めらめら
欄干の女
封筒の中には便箋が一枚。
したためた文面は「はじめまして。そしてくたばりな」だ。
欄干の際に小石で重しをしたその茶封筒を、チラチラと横目で追いながら橋を行き交う連中。会社員や学生ども。
奴らの姿をマンションのベランダから双眼鏡で追いながら、俺は誰かがそれを手に取って、封を切り手紙を読むのを、今か今かと待っている。
俺の手の中の起爆装置。
好奇心旺盛な『誰かさん』が手紙を読み終え、辺りを見回した瞬間、俺はそいつのスイッチを入れる。
途端、屋外灰皿四つに仕込んだ爆弾が同時に爆発。『誰かさん』の余計な詮索のせいで、通勤路は瞬時に地獄絵図。
……とまあ、そういう趣向だ。
別に理由も意味もねえ。下らない投資ゲームで全てを失ったこの俺が、最後に世の中に仕掛ける、少しは気の利いたゲームだ。
もう何もかも、どうでもいい。
そうこうしている内に、あ……! 来た!
欄干に立ち止まり、封筒に手を伸ばした奴が一人。
女だった。まだ若い、というより少女。真っ赤なワンピース。風に靡いた長い黒髪。
やった! 俺はベランダから身を乗り出した。
綺麗な貌立ちの女だった。数秒後にはバラバラにしてしまうのが惜しいくらいだ。
俺は、興奮で震えながら起爆装置のスイッチに手をかけた。
だが、待て。あの女の貌……どこかで見たような……!
俺の胸の中に不意に、訳のわからない『不安』と『うしろめたさ』が湧きあがった。
まさか、気のせいだ。会ったことも無い知らない貌だ。だが、この『感じ』……俺は口の中がカラカラに乾いて行くのを感じた。
……そして、ふと、女が俺の方を向いた。
双眼鏡越しに見える黒い瞳で、悲しそうにこの俺を……見つめている?
馬鹿な! 気のせいだ! この距離で俺が判るはずない!
思い出した……この感じ!
突如、俺は胸に湧きあがった不快感の正体を知った。
子供の頃、学校で集金袋から金をちょろまかして、教師から向けられた悲しい眼から必死でシラを切り通した、
どうしようもなく不安でうしろめたい、あの『感じ』……
女が口を開いた。女の形の良い唇の動きと共に、おれの耳元に吹きつけた冷たい息吹き。
「やめなさい」
そう、耳元ではっきり声が聞こえた。
うそだ!俺はパニックに陥る。消さないと!今すぐあいつを消さないと!俺は震える手で起爆装置のスイッチを入れる。
途端、バリン!
俺の周囲の景色が粉々に砕けて闇に消えた。
混乱して手元を見た俺は悲鳴を上げた。起爆装置を持った俺の手が、足が、ドロドロ崩れて闇に溶けて行く!
#
「まったく……何万回チャンスを上げても、結局最後は『スイッチ』を入れてしまう……」
全てがわからなくなって闇を漂う俺の心に響いてくる、冷たく澄んだ『あの女』の声。
「でもいいわ。私、『保護観察官』の中でも特に
#
封筒の中には便箋が一枚。
したためた文面は「はじめまして。そしてくたばりな」だ……
欄干の女 めらめら @meramera
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