囚人花嫁
千日紅
第1話 図書館の魔法使い
『私はアンネリーゼ。あなたは?』
アンネリーゼが王都に滞在したのは10歳の頃だった。
父に連れられて訪れた王都は、田舎育ちのアンネリーゼの琥珀色の瞳に何もかも珍しく映った。
アンネリーゼの父ハインツは教師の傍ら地質学を研究していた。度々、王宮からの召喚に応え、王都に出張していた彼が、アンネリーゼを伴ったのは、母マリアが亡くなったからに他ならない。
マリアが長い病の末に息を引き取って、父子は悲しみに包まれていた。そんな中、王都への道行きは、アンネリーゼの塞ぎこんだ心に、少なからず清風を吹き込んだ。
アンネリーゼは父が王宮で仕事をしている間、王立学院に併設された王立図書館で過ごしていた。アンネリーゼは本が好きな少女だった。
王立学院と王宮は王立図書館を挟んで長い回廊で結ばれていた。
従って、王宮と一連なりになった図書館には親衛隊が警備に配され、アンネリーゼのような子供も、安心して一日を過ごすことができていた。しばし亡母への思慕を忘れ、読書に耽る静かに守られたひとときを、アンネリーゼは噛みしめるように過ごした。
魔法使いに出会ったのは、夕闇の迫る図書館だった。
アンネリーゼの記憶は時とともに褪せ、図書館の窓から入る夕日の朱色と、書架の影や机の下に凝った闇の紺色がうっすらと残っているだけだ。古いオルゴールのように繰り返す思い出の中で、魔法使いはアンネリーゼの頬をなでる。輪郭だけになった魔法使いは、あたたかく優しい手をしていた。
『ここで話したことは、私と、アンネリーゼだけの秘密だよ』
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