第698話「思いを奏でて」


「都合のいいことを言ってるってことくらいはわかってる!! それでも、お兄さん達にであったのは偶然なんかじゃない……ここでこのチャンスを捨てるのは駄目だってこともわかってる!! そのためなら……目的を代わりに、代わりに実行してくれるなら死んでいもいいしこの魂を上げたっていい。できるかどうかはわからないけど、魂に刻まれた記憶と技術は数百年継承してきた歴代の鍛冶師の魂そのもの。今すぐここで何をされても恨んだりしない。目的の為なら……」


 スミレの意思は硬い。

 揺るがない。

 死を覚悟し、それ以上の苦行にも耐えうる覚悟をねじ伏せる事など出来はしない。

 

「言っただろ!? 協力するってな。その対価が、命だの、魂だの、苦痛では割に合わないだろ……。報酬はバニティーに貰ってるあれだけで十分だ。親族から受け取った物ならそれによってどんな結末になってももんはあるまい?」


「というわけだから、私達も協力することになるってことでいいのかな。アマトがやるって言いったら私達も漏れなく協力するからね。ルナは場合によってはそれを本人に使わなくちゃいけなくなるけど」


「自業自得だよね。人間ってこんなにめんどくさいなんて思ってなかったよ……。嘘。本当は人間のコミュニティのありかたもわからなくはないんだよね。親子で殺し合いをするっていうのはわからないなぁ」


「いつの時代も争いは絶えないのね」


「アーニャに任せておけば間違いないにゃ。それに気づいたのはなかなか見る目があるにゃ」


「というわけで、反対する者がいないんだからやるしかないだろ。誰か一人でも異論が出ていればそれはそれで、断る口実としては十分だったんだがな」


「それはずるいんじゃないかな。余程無茶をしないかぎりはアマトが言ったことは間違いなくじっこうされるんだから」


「それも、今後はどうにかしていかないと不味いと思うのだが……。絶対崇拝者みたいなポジションでいる方が俺の安寧からは遠ざかるってことを理解してほしい」


「それはアーニャでも無理にゃ。アーニャは、勇者で、英雄で、神にゃ。神様のいう事は絶対にゃ」


「神何ていくらでもいるだろ、八百万のとか、心の中にとか、この世界なら本当にいるんだろうな」


「どうでもいいにゃ。アーニャ以外は認めないにゃ」


「わかった。この押し問答はいったんここで終わろうか」


 埒が明かない。

 リーダーを妄信しているチームは強い。

 信じる信じないでなく、結論ありきであるからこそぶれる事が無い。


 勝利の結末に向かってプロセスの構築をしているのだから無理もない。

 スミレの協力要請に俺がイエスと答えた時点で、結末が確定した。

 ならばうごきだすしかあるまい。


「ありがとう……ありがとう」


「まだ、何もしていない。これから全てが終わってから、それでも礼が言いたいなら聞くさ。報酬も何もいらない。俺にとって必要なことだから協力する……それだけだ」


「今から、私の全てはお兄さんのものなった。いらなければ、捨てればいい。これはけじめの問題。後からあたしがみんなを恨んだりしないって約束をあたし自身が護る。そのために必要なことだから……そうじゃないとやりきれないよ」


 一人の少女がこれから親族と命をかけるという。

 まして、それを他人に頼らなければならないといけないという。

 その心情は理解できるものではない。


 この世界いも法律はあるのから、それをとめることはできるだろう。

 しかし、心までは止められない。

 部屋数も広さも圧倒的なこの空間が息苦しさを覚えるまでに狭く感じてしまう。もう、すぐにでもこの場所から逃げ出しえt楽になりたい。

 その衝動に駆られながらも、代表者として接しないといけない。


 漫画の主人公なら、どうせ協力するのならば二つ返事でかっこよく任せておけというのだろう。

 だが、煮え切らない。

 やはり人ひとりの命を預かることに心が耐えられないんだ。


「わかった。すべては俺が引き受けた。ならば、最高の結末でおわらせてやるさ」


「というわけだから、安心してもいいんじゃないかな。これからは私達みんなスミレの味方だから」


「そういう事にゃ。アマトだけを信じればいいにゃ」


「そこは私達を信じてではないのかしら……。誰かを信じなければならない瞬間があることを鑑みれば間違ってはいないのだけど」


「まとまったところでそろそろ、あいつの居場所教えてくれないか?」


「あいつもあたしのことを探してる。でもあいつはあたしを感じ取るようなことは出来ない。それはお母さんがあいつにかけた呪いのせい。だから、あたしは一方的に有利でいられたから今までまともでいられた。でも、あいつがだんだんここに近づいてくるのを感じてからは夜も眠れなかった」


「俺たちのせいだな……。すまん。俺のせいだ」


「それは違う。お兄さんが連れてきてくれなかったら命がけであいつのところに行かなきゃいけなかった。本当にありがとう。あんまり急だったから準備も出来てなくて焦ってしまっただけなの」


「一人であそこに行くのは厳しいだろうな。ドラゴンに、得体のしれないモンスターに、俺たちでさえ危なかったんだ。いくらスミレが技術と能力両方持っていても数が数だ。捌きれないかもしれない」


「言いにくいから黙っておこうかもとおもったけど、モンスターと戦ったことないから。あいつがモンスターと戦った記憶があるから対処方は分かるつもりだけど、やったことはないから、それで強力なんて言ってだましたんだから……」


「気にするな。最初から戦力としては数に入れて無い。はじめに言っておくがなにも能力云々で戦力外ってことではないからな。初めて会った人間を戦力として数えてはいけないってことはこの世界に来てからしったんだ。未知の戦力に頼って死んだのでは遅いってことだ。それにスミレの場合は本人のポテンシャルとは別にバニティーと母親のポテンシャルを両方持ち合わせているんだ。見極めるのに時間を掛けておいても何も不思議ではないだろ?」


「それって、あいつを殺した後もあたしを捨てないでくれるってこと?」


「捨てるとか、生かすも殺すも思いのままなんて思ってはいない。勝手に死なれても目覚めが悪いだろ。すくなくとも元の生活に戻れるようにはするさ」


 自分で言ってその責任の重さに息を呑む。

 それは一同皆、同じだろう。

 ただ連れていくより、生活の保障の方が明らかにむずかしいのだから。


「今はこれだけは言わせてほしい。あたし個人の事はどうでもいいから」


「ああ」


 これ以上の言葉はいらない。

 そこは察してくれている。

 ならば、今日中に片を付ける事だけを考えるのみ。


「ここから北に6キロメートルのところにいるけど、すぐにいけそう?」


「流石にこの格好で行くわけにはいかないよな。着替えたばかりだが、みんな装備を整えてから行こう」


「「「了解」」」


 先程着替えて、装備を外したばかりだったが、再びいつもの装備に着替える。

 急いでいるからと言って、皆一様にその場で着替えを始めた事に呆れつつ慣れてしまった自分が嫌になる。

 せめて、ユイナにはべつの部屋で着替えることを期待していたのだが知ってか知らずか「向うを見ていて」とひとこといわれただけだった。

 着崩れる音が心地よいなどと思ってしまえばいよいよ変態ここに極まれりだ。


 流石にこの場で着替えを始めるのも億劫であったため、手ごろな部屋で着替えることにした。

 ああ無常。 

 このチャンスを活かせたなら、俺も、男として得られるものがあったかもしれない。


 


 

 

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