第637話「彼女には見せたくない……」

 疲れ果てて投げやりになることをいいことに調子に乗らせてしまっている。

 ならば、この辺で仮にもリーダーなのだから威厳があってもいいのではないだろうか。

 舐められて苦汁をすすり続ける人生なんてあってたまるわけがない。


「いい加減に離れろよ!!」


 スペラを引っぺがすと遠心力を存分に利用して広々とした部屋の隅まで投げ飛ばす。

 ぶつかって伸びている隙にバスルームへ逃げる手はずだったが、まさかの事態意表を突かれた。

 ルナがユイナに手を掴まれたのだ。

 

「ちょっ!!」


 頬を染め目を逸らす彼女は何かを思い出して、咄嗟に手を伸ばしたようだ。

 内容なんてものは、理に聡くとも蒙くとも一つしかないだろう。

 思わず俺も目を逸らしてしまった。


 それが命取りとなった。

 その間は、文字に起こすことができないほど短い刻だった。

 壁を鋭く蹴り上げて跳ね返ってくる猫モドキにヘッドロックをお見舞いされてしまうまで、まるで時間を跳躍してきたのではないかと錯覚すらしてしまう。


 それほどまでに心臓は飛び出し、異次元の最中置き去り中だった。

 幸いにも俺の表情はスペラに隠されていたのだから誰にも見られていないと信じたい。

 恥ずかしさに耐性ができてしまえば、世の中生きやすくなるなんてことはありはしない……はずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る