第611話「星の海の底で」

 迷いを断ち切るには時間も経験も足りない。

 そんな俺達の前には行く手を妨げる草木。

 数百キロを駆け抜けて、真っ赤な夕日も次第に色を失っていく。


 幸いなことに月が明るく照らしてくれているおかげで、足元を気にせずとも走り続けることができる。

 無限に空を埋める煌びやかな星も相まって、今日は一段と幻想的な世界を感じていた。

 たかが一日だとしてもこの圧倒されるには十分すぎる神秘な世界を目にしていないだけで、感動は膨れ上がる気球のようだ。


 放っておけば現実から解き放たれ自分の欲望のままに理想郷へ行ける錯覚さえするのだから、人間というものはつくづく利己的な生き物である。

 こんなことなら、元の世界の自然というものを味わっておけばよかった。

 文明というものは時として原始という壮大な事象の前では、無に等しいと感じえずにはいられない。


 

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