第104話「幕間Ⅸ~海賊少女」

 果てしなく広がる青。

 波は穏やかに凪いでいた。

 海面から僅か数メートルのところに山の頂のような場所があった。

 

 遥か太古の時代にそこはこの世界で最も高い山脈の世界を見渡すことができる唯一の場所などと言われていた。

 しかし、そこに訪れた者はそれの絶景を独り占めにしたかった。だから願った。


 この眺望を私の秘宝にしたいと……。

 が望んだのは唯一無二となる宝。

 それは金銀財宝などという誰かが作りだしたものなどというチープなものではない。神が作り出した超自然的なものでなければならなかった。


 願った。


 そして、それは叶わなかった。

 

 儚かった。

 

 神々の争いが地形を変え唯一の宝をも奪い去った。

 山脈は神の重圧によって海底へと沈められた。

 それでも過去の絶景を心に刻んだ海賊はその頂を我が物とした。


 過去の思い出という新たな宝を胸に刻み付けて。

 しかし、人の肉体というものは長くは保てない。

 そこで、自分の肉体を宝と共に封印することに決めた。覚めることのない夢を永遠に見続けることが至福な時なのだと。


 だが、封印は数百年で解ける事になった。

 世界を旅してきた海賊はあらゆる知識を経験を積むことで習得してきた。わが身をも封印することができる禁術もとある宝具によるものだ。あらゆる宝具を所持することで我が糧としてきた。


 しかし、万能ではない。

 それはわかっていたはずであった。それゆえに人の無しえなかったものに手を出そうとしたのだから。


「わっちもやきが回ったものじゃ」


 真っ白な髪を靡かせた少女は呟く。

 その傍らには数百の骸が転がっている中で、ただ唯一命を落とすことなく佇む者がいた。


「船長~、やっと起きたんですか~、早く起きないからみんな死んじゃいましたよ~」

 

 泣きじゃくる少女のような声だが、その容姿は海豚。

 言葉を話す動物……もとい精霊へと昇華を果たした元動物だ。

 

「野郎どもはみんな逝ったみたいじゃな……」


「うちの船には野郎は一人もいなかったんじゃ……」


「相変わらず細かいのぉ。よくそれでわっちについてこれたというべきか。わっちは細かいのは好かん」


「船長……相変わらずみたいですね」


「よく見ると何故わっちと話ができるのか、はなはな疑問じゃ。ペット風情が言葉を話せるほど偉くなったのか? 船長に意見できるほど偉くなったのか?」


 やけに自分に懐く海豚だと思い、ペットとして連れまわしていたのが昨日の事。一眠りから覚めればいつの間にか言葉を話してくるようにようになっていた。

 それなのに、違和感を感じないのはこの世界ではそれほど珍しいことではないからだ。


「ふぁぁぁ~、良く寝た。どれくらい寝ていたのかのぉ」


「ざっと1500年くらいかと……」


「ん!?」


「せん……」


「なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉ」


 流石に千年以上も時が過ぎていたという事に驚きを隠せない。

 マジックミラーのように外の景色が映し出されたた壁に己の姿を見て、開いた口が塞がらなかった。

 髪は真っ白になり、両目が黄金色に光り輝いていたのだ。


 封印などできていなかったのだ。

 その宝具は人間の体を無理やり精霊へと昇華させる者だった。

 周りの骸たちはその儀式に耐えることができなかったのだ。


 そして、傍らの海豚は無事に昇華を果たした。

 永い眠りは昇華するのにかかった年月そのもので、個体差によって変化にかかる月日は異なる。


 なぜ、封印などと勘違いしたのか今ならわかる。

 過去に試した者達は宝具の使用で命を落とすか、そのまま眠りについたのだ。

 そして、眠りから覚めるまでに命を奪われ昇華を終えることができなかった。


 それを腐敗せず、命を保ち続けることから封印と称していたのだ。

 だが、今更知ったところで何も変わりはしない。

 いつか目覚めるというのを今この時思い知ったというだけなのだから。


 日焼けして真っ黒だった肌も日焼け跡も全くない艶やかな色白な肌になり、茶色で潮風にまとわりつかれ枝毛だらけだった髪もまるでシルクのような肌触りの柔らかく透き通り真っ白になった。


 瞳も今まで見てきたどんな金銀財宝よりも煌びやかに輝き、これまでの宝などかすんで見える。

 これが本当に自分なのだとは到底思えないが現実は確かにここにある。


 ほしい物は手に入った。

 ならば次にほしいものは……。

 者……。


「行くぞ!! 野郎ども!! 今すぐ起きるのじゃ!!」

 

 少女は一喝すると骨のみだった骸は立ち上がる。

 意思のようなものは感じないが、骸には薄らと魂のかけらが残っていた。

 精霊に昇華できなかった者たちだが、義賊のようなことをして旅をしてきた者達は確かに何かを得ていた。


 それは本来あった魂とは別の生命体となり確かに息づいていたのだ。

 モンスターではない。人の骨が零れ落ちた魂を源にして精霊へと昇華したのだ。

 この者達は共に旅をした者達とは別の生命体だが、零れ落ちた魂に強く刻まれた主への忠誠。


 それは消えることはなかった。

 一斉に跪くと空気を震わせて、声を出す。本来声帯を失ったのならば言葉は話せないが精霊へと昇華したこの者達ならばそれも難なくこなして見せる。


「船長、あたいら一同どこまでもついて行きます」


 表情こそわからないが皆楽しそうに顎をかくかく言わせている。


「船長~これじゃ幽霊海賊になっちゃうんじゃ~」


「これはこれで面白いとおもうがのぉ」


 少女は広い海へと乗り出す為に、船に乗る。

 手入れは常に行っていた為に千年を過ぎた今でも当時と相違はなかった。

 これから新たな旅が始まる。


 その旅の果てに待ち受けるのは壮烈な戦いだという事はこの時、誰一人として想像もせず高鳴る鼓動に舞い上がっていた。




 

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