第90話「裸の美少女と最後の笑顔」

 空を覆う暑い雨雲が突如円を描くように斬りぬかれ、太陽の光が差し込み、降り注ぐ。俺達の真上だけが晴れ渡り、悪魔の少女は徐々に光に包まれていく。天使がこの世に舞い降りたかのようだ。

 神々しく光り輝く少女はあまりの眩しさで終には直視できなくなった。


 目を逸らした俺達でもわかる程の強力な光が辺り一面を照らす。雷が落ちた瞬間のような莫大な光量が森を照らす。

 辺りが真っ白になるほどの光はすでに拡散して、元の明るさに戻っていた。俺達は少女の方へと向き直る。

 そこには俺達が助けた少女の姿はどこにもなかった。


 代わりにそこにいたのは15、6歳くらいの淡い緋髪が靡く翡翠色の瞳をした裸の少女。

 俺の腰の高さで宙にふわふわとまるでベッドに横になるかのように浮いていたのだ。将に天から少女が地上に落ちてきたかのような構図だ。全身は光り輝いていることもあって全裸にもかかわらず、身体の線以外は良く見えなかった。


 なぜ、髪の色と瞳の色がわかったかといえば、まるで自ら発光しているかのように髪と瞳がそれぞれ髪と瞳の色で光り輝いていたからだ。

 本当に目の前の少女は悪魔なのだろうかと疑問に思ってしまう。俺の知っている悪魔というのはグロテスクな外見に不気味な雰囲気を醸し出す恐恐とした化物だ。


 今は裸なので全身を隈なく見ることができるのだが、尻尾も無ければ角もない。どこをどう見ても人間と変わらない。

 羽も頭に輪っかも無いので天使ではないと思うのだが、そもそも天使と悪魔は同義として扱われることも有る為俺の圧倒的に不足している知識では答えは導き出せない。

 

 ただ、目の前の少女が人間だとすれば絶世の美少女として誰もが振り返る存在だと言える。それだけの完璧な容姿をしている。

 徐々に身体から発していた光も失われて、色白の身体が露わになっていく。しかし、完全に光が失われる前に顔を逸らした。


 ずっと見ていたいような気もしたのだが、隣で殺気のようなものを感じたのだから仕方がない。

 少女はゆっくりと地面に足をつける。

 殺気を発した張本人は地面に落ちていた俺のコートを裸の少女へと掛ける。

 そのコートは先程まで悪魔が乗り移った少女が着ていた。光に包まれる瞬間に放り投げるのを見たのだが、そのまま着たままなら衣服と一緒に消えてなくなったのだろうか。


 ただ言えるのは、俺達が助けた女の子はもうこの世にはいないのだという事だ。

 命を悪魔へささげたのだから、その魂はもうすでにこの世界にはいない。もしかしたらあの世にもいけなかったのではないだろうか。


「女の子はどうなったんだ? 教えてくれ」


 俺は結局小さな少女一人守れなかった。否、俺が見つけたときには既に全てが終わっていたのだ。

 もともと、死ぬことが決定していた。助からないことが確定していたという事実を俺が知らなかったというだけだ。

 

 俺が早く村にたどり着いていたら何かが変わったのだろうか。この答えも、もしもという仮定の話に過ぎない。過去に戻ることも出来なければ、少女がこれから先悪魔を呼び出さないとは言い切れない。

 たまたま、この瞬間に俺達が出くわした……それだけだ。

 

 もう少し村にたどり着くのが遅ければ村へのルートが変わっていれば、出会う事さえなかったのだから。

 いちど過ぎ去った時を遡ってやり直すことができないように、今この時を大切にしていかなくてはいかない。この瞬間も選択を間違ってしまえば後からやり直すことは出来ないのだから。


「あの娘の魂はボクの中へと溶けていったよ。それが契約だったからね。転生の輪廻からはずれてボクと一体となることでこれからも生き続けるんだ」


 少女は儚げに言った。その瞳の先には何が見えているのだろうか。俺達には想像もできないような光景が少女の目の前で繰り広げられているのだと感じた。

 なぜ、俺がそのような事を思ったのか。

 それは先程の勝負で結果を俺が目視で確認するまでもなく言い当てたからだ。


「さっきの事と言い、今と言いその眼には何が見えているんだ」


「あの娘の最後の姿が見えたよ。それで、君にはごめんねって言ってたよ。あなたが私の代わりに未来を切り開いてくれるって」


 少女はユイナへ遺言にも似た最後の言葉を代弁した。

 俺はユイナが何を体験したのかはわからなかったが、ユイナはその言葉の意味を理解したのか一度頷くだけで応えることはしなかった。


「君にも助けようとしてくれてありがとうって言ってたよ。それにいつまでも私の事で悩まないでほしい、私のことは忘れて生きてほしいって言ってたよ。それだけ思いつめたような顔してれば、あの娘じゃなくても心配になるんじゃなかな」


 俺はもうこの世にいない女の子の事で最善の方法はなかったのかと、未だに納得できる答えが見つかっていなかった。

 それにも関わらず、張本人が忘れてほしいとまで言ったのだ。

 人に忘れられるという事は即ちその人の生きてきた記録を消すという事。

 

「それは出来そうにないな。俺はこれからもあの女の子のことは忘れないし、これからも悩み続けると思う。だけど、前を向いて歩き出すことは出来そうだ。立ち止まらずに歩きながら考えることにするさ」


「それなら、あの娘も思い残すことなく逝けるんじゃないかな。最後の最後まで君たちの事を気にかけてたからね……良かった」


 目の前の少女は満面の笑顔を俺達に向けた。 

 あの女の子の面影が重なって見えた。最後の最後で俺達の想いをくみ取ってくれたのだろう。

 お互いに短い間だったが心が通じ合った気がした。

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