第57話「さよなら、タミエーク」
本来の目的であるアルティアは山を越えた先に位置している。
地図を見ただけでは距離感がうまくつかめないが、恐らく100km以上の道のりになることは間違いない。
町と町の間には広大な土地が広がり、基本的にモンスターや動植物の楽園で人間が住むのは専ら集落であったり、集団生活ができる環境下に限られている。
師匠のような人里離れた場所の屋敷を構えるのは、この世界では一般的ではないらしい。
つまり、それだけ町から出れば危険がつきものだという事。装備を十分に備えてから旅立つのが常識だが、俺達の装備はいわば特注品。
基本的に修理の必要性も、浄化の必要性もないため回復薬の類をそろえておけば済む話なのである。
「そう言えば、俺達って薬の類は必要最低限しか持ってないけど大丈夫かな」
「ある程度の傷なら私でも治療可能だし、最悪の場合でも一度くらいなら何とかして見せるよ。薬も持てるならもっと持っていたいけど、現実的には厳しいよね……。だって、荷物が増えれば追わないで良い怪我のリスクが高くなるんだよ」
「そこが問題なんだよなぁ。ゲームみたいに鞄に武器が大量に入っていて好きに持ち替えたりも出来ないし、あんまり買いためておいても邪魔だし、腐ったりしそうだし碌なことないよな」
「ミャーは荷物が増えるのは嫌にゃー」
スペラはショルダーホルスターの小さなポーチを気にしているようだ。
俺達の鞄と比べればかなり小さい。
僅かな資金と、回復薬、解毒薬しか入っていないのに嫌がり様は人一倍だ。
「戦闘中だけ荷物を置いておくわけにもいかないからなぁ。持ってかれるか壊されるか、無くすかするのが関の山だってわかってるから戦ってる最中でも手放せないってのが現状だし、周りの冒険者はいったいどうしてるんだろうな」
「見張り役を雇ったりしてるんじゃないかな。それなら安心して戦いに専念できるし……」
ユイナはだんだんと自分で言っていることに、違和感を感じていることに気が付いてきたようだ。
「見張り役は離れて孤立するか、集団戦の中で守りに徹するのか守りつつ攻撃もこなすのか、恐らく相当の手練れじゃないと務まらないと思う。そうでなくても状況判断に関してはとても素人に任せられる仕事じゃないような気がする。足手まといだから、戦うのが苦手だとかでこなせるってことはないよな」
俺は思ったことを素直に言う。
俺達は誰一人として前線からは離れることは出来ない。
とてもじゃないが荷物番などするのであれば、前線メンバーの加入を促進させる方が得策だとさえ思っているくらいだ。
「そうだよね。このまま身軽でいる方が生き残れる可能性は高いような気がするよ……」
「ミャーもそう思うにゃ。荷物のせいで動き回れないなんて最悪にゃ」
二人の言いたい事は最もなのだ。
こんな話をしている俺達の近くを凄い荷物を背負った冒険者が通り過ぎる。
荷物は背負っている本人が全く見えない程大きく、ぜいぜい言いながらやっとの思いで歩いているが見ているだけで非常に辛そうだ。
他にも馬車に荷物を積んで馬に運ばせている者もいる。
確かに、荷車なりに乗せて運ぶのであれば運搬という面だけを見れば不可能ではない。
しかし、移動手段と小回りが封じられてしまう為足で移動する者にとっては非常に下策と言える。
なんせ、山越えも出来ず荒地を進むことすらできなくなってしまう。
それに形あるものいつか壊れる。そのタイミングが敵のど真ん中ならば間違いなく俺達の命運が尽きてしまうだろう。
「しょうがないけど、今は手持ちだけでどうにかしよう。そのうち何かいい方法が見つかるかもしれないし」
「今はまだ、実際に装備の有無で何かが変わったっていう実感はないからね。何かあってからでは遅いんだけど、言い出したらきりがないしね」
「ミャーは装備なんて何もなくてもいけるにゃ」
「いやいや、スペラは装備があってもなくてもそれほど変わらないだろ」
スペラは申し訳程度に着ている下着のような装備に、ポーチと、ホルスターだけと一番身軽なのにこれ以上減らすと言っているのだ。
これ以上は最早素っ裸しかないって言ってるのだから、いい加減にしてほしい。
裸の幼女を連れまわすなど、勇者はおろか冒険者でもなくただの変態になってしまう。
「スペラはちょっとでいいからおしとやかになったほうがいいと思うなぁ」
ユイナはまるで母親のようにスペラを諭すが、当の本人はどこ吹く風とばかしに興味がなさそうである。
町の北側の出入り口に行くにしても思ったよりも歩いていることに気づく。
南西部から町に入ったわけだが、戦闘中であまり距離感については考えていなかっ。町の横断だけでも相当距離が有るのを計算には入れていなかったので余計に出口まで遠く感じる。
それでも、割と疲れずに周囲を歩く者達よりも早いペースで歩けるのはステータスの補正があるからだろう。
パーティーのステータスに補正を掛けている俺の力も大いに影響があると思われる。
北の方に行けばいくほど町の被害が増していく。正確には町の外に向かえば向かうほどということだ。
今もなお復興に汗を流す町民を横目に先を目指す。
俺達がここで力を貸すよりも、この町のようになる前に止める事こそが重要であるが、誰もができるわけではない。
力があるのならばそれをしなければいけないのだ。
ホテルを出てから1時間程北に向けて歩き、やっと町の北口へとたどり着いた。
門番に挨拶をかわし、タミエークの町を後にする。
ここからは誰も地理に詳しい者はいないので完全に手探り状態となるが、不思議と不安はない。
俺達はたったの3日間とはいえあらゆる危機に力を合わせて乗り越えてきた。
今更、恐れるものなどたかが知れているというもので、駄目ならダメで考え直して新しい道を進めばいい。
そう考えれば割と何とかなりそうだ。
「よし、ここからが本番だ。首都アルティアへ向けて、行くとしようか」
「「おー」」
二人はノリのいい掛け声で応えてくれた。
できればすんなりと通してもらいたいが、そうはいかない。
そんな気がするのもまた事実というものだ。
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