第58話「大地が揺れる、二度も揺れた」
草原地帯に囲まれたタミエークの町は少し離れた程度では遮るものなどない為、背の高い建物が良く見える。町自体は元の世界に比べればかなり狭いもののエレベーターのない世界ではちょうどいいくらいだと思える。
昨晩泊まったホテルもよく見える。やはり周囲の建物よりも頭一つ出ているなぁなどと思っていたその時。
ドドドドドドドドッ
「なんだー!? 地震か?」
「ほんとだねー、地震なんてめったに起きないんだけどー」
凄まじい地響きが辺りに鳴り響くと同時、立っていることもできないほどの大地震が起きた。
復興の真っ只中の町にも容赦なく自身は牙をむき、次々に崩れゆく建物がここからでも良く見える。
幸いにもタミエークオリティアは崩れも瓦解することもなかったが、支配人たちは無事だろうかと心配せずにはいられなかった。
「にゃにゃにゃ!! にゃにゃにゃ!! なんだにゃ!!」
慌てふためく猫耳少女を横目にユイナは割と落ち着いている。
勿論立っていられないほどの地震など元の世界でも、めったに起こるものではないのだが地震大国出身という事もあり慣れているのは容易に想像ができた。それだけではなく、ユイナ本来の気質もあってのことだろうが一切動揺はしていない。
5分間程の長い地震がようやく収まった。
地震は直下型で、長ければ長い程建物や地形に及ぼすダメージは増していくと言われている。しかし、直下型というよりも波が押し寄せてきたかのような激しい横揺れと、地震とは思えないほどの長い揺れは何とも釈然としない。
それに、初期微動が押し寄せてすぐに大地震が起きたというよりも前触れがなかったかのようにも思える。何が起きたのかを改めて検証したくても材料が何一つないのが歯がゆい。
「今のは正直驚いたかな。何か気になることでもありそうな顔だけど、何か気づいたの?」
「地震の前には初期微動はあるよな? P波とS波の説明をしないで済むのはありがたいよ。ユイナでよかったってこういう時に思うんだよね」
「なんだか、引っかかる言い方だけど言いたいことはわかるからいいけど……。つまり、自然に起きた地震にしては突然すぎるって事でしょ?」
「そういうこと。つまりこれは人為的な何かってことで、震源は深いか浅いか以前の問題。もしかしたら、震源は地表って可能性も捨てきれないけど、ここまできたら空中どころか宇宙からの攻撃だと言われても納得できそうな気がする」
「これが誰かが起こしたっていうなら、そいつはとんでもない奴にゃ。地面を揺らすなんてミャーには出来ないにゃ」
「スペラだけじゃなく俺にもできないからな。ユイナならもしかしたらできるかもしれないけど……なーんっ……うぐっ」
冗談のつもりで言った一言が言い終えることもなく、ユイナの拳から痛烈なアッパーカットを鳩尾に深く入った俺は膝から崩れ落ちてうずくまる。
「どう、地面は揺れたかな?」
ユイナは優しく詰問してくる。
痛さと恐怖で頭を上げることなどできようはずもなく、ぶるぶると震えて縮こまっているしかない。
「涙で地面が揺れてるよ……」
「もっと揺らしみようかな? どうしっよかなぁ」
「ごめん。本当にごめん……だから機嫌直してくれよ」
「そ、そうにゃ……。な、何度も食らったら本当にアーニャが死んじゃうにゃ。ぶるぶる」
スペラは俺に助け舟を送ってくれた。
俺以上にビビッているようで震えが凄まじい。今も猫耳少女は自身の影響下にでもいるのではないかと思える程だ。
「まったくもぉー。これじゃ私が悪者みたいじゃなーい。仕方がないから見逃してあげるけど、あんまり失礼なこと言っちゃだめだよ。私も女の子なんだから……」
拗ねて見せるユイナは相変わらず可愛らしいのだが、見逃してもらう前にもうすでに一撃受けているのだが敢えて突っ込んだことは言わないでいた。否、怖くて言えなかっただけなのだが。
「まあ、あれだ。人為的なら意図があって起こる可能性が高いから対策が立てられる可能性がある。正直自然現象であってほしいところだけどね。それならそれで揺れるタイミングがわからない以上、思わぬタイミングで俺達の足を掬いかねないと思うとそれはそれで不安要素はあるけど、強敵と戦う必要もないわけだからましだろ」
俺は痛みをこらえつつ思ったことを口に出してみた。
二人の反応は正反対のようだが……。
「ミャーは自然は怖いと思うにゃ。人がどうこう出来ないから、逆らっちゃいけないってミャマからも教わってきたにゃ。でも、誰かの仕業なら必ず倒せる日が来るにゃ。それまでそいつに関わらないようにしていればいいにゃ」
「私は人の方が相手にしたくないと思うなぁ。これだけの力を見せびらかすというのはいつだって狙ってると言ってるようなものでしょ。場合によっては気が付いたらもう……なんてことになりかねないし。そう考えるなら、天災であれば、予測は出来なくても狙われているわけではない分気が楽でしょ」
二人の意見は全くの逆であり、文化の違いをよく表していると思う。
スペラの場合は自然と共に生きる上で、尊敬と畏怖で接していることで天の恵みを得られるという一種の崇拝と言える。
ユイナの場合は自然や神といった超自然的な事、つまり非現実的なものに対する科学的見解を持っている為人間のコントロール下に置きさえすれば良いという現代人における典型的な発想だと言える。
「俺もどちらかと言われれば、ユイナと同じだと思う。だけど、スペラが言うように相手が明白にわかっているならば極力避けて警戒に徹すればやり過ごせるかもしれない。可能性の域を出ることはないんだけどな」
「課題ばかり増えていくね……」
「全くだよ。結局タミエークでは情報収集は碌にできなかったし、今戻ったとしても混乱に巻き込まれるだけで、解決することはないしでてんやわんやだな」
「早く首都に行って情報収集すればいいにゃ。この辺の町や村なんかよりも得られる情報も物も桁違いだって聞いたことがあるにゃ」
「立ち止まっていてもしょうがないし、考えるのは後回しにするよ。考えていても答え何て見つかるわけないしさ」
「本当に何でもありだって思うよ。村から出てから本当に初めての事ばかりなんだもん」
「出なかった方が良かった……って思う?」
「どうかな……。辛いことも悲しいことも多かったけど、良いことはあんまりないしなぁ。でも、そのままでいたほうが良かったとも思えないよ。少なくともアマトにも、スペラにも会えないならって思えばこの旅はしてよかったって思うよ」
「そうか……。よかった。正直、旅なんてしなければよかったって言われる覚悟はしてたんだ。それなら俺一人で鍛えて能力をフルに使えばもしかしたらどうにかできるんじゃないかって……。違うな……俺がやらなくちゃいけないと思ったんだ」
「やっぱりついて来てよかった。だって、出会ってまだ間もないのにこんなに心配してくれる人と一緒にいられるんだから……」
「ミャーもだにゃ。アーニャとユーニャに出会ってなかったら森で死んでいたんだにゃ。いまさらもしもなんて思わないにゃ。それはこれから先だって変わることはないにゃ。『この命は二人が救ってくれたんだから』」
スペラの口調が、雰囲気が一瞬変わった。
語尾ににゃとも言わずに真剣な眼差しが俺の心を貫く。
「何、弱気になっていたんだか……。二人がこんなに真剣に考えているのに俺はいつだってふらついてるようじゃ駄目だな。切り替えて行かないと……。よし、こんどこそ大丈夫だ」
自分に強く言い聞かせると二人の前を一歩先に歩いて行く。
それは二人の俺に対する信頼に感動して涙を流したのを、悟らせないために……。
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