第50話「町で最上のホテルの部屋に3人」

 町の復興に向けた動きがあるのは見て取れるが、やはり生きる気力を失って漠然としている者も少なくない。

 大通りの端には横たわる人、喧嘩をしている人、助けを求める人……。

 

「やめておけ……」


 俺は背後の気配に向けて振り返らず諭すように言う。

 

「ひゃっ」

 

 子供の驚く声が聞こえて、すぐさま走り去る。

 足音は徐々に薄れゆく。

 物乞いだろうか、振り返る気もしなかったので詳しいことは何もわからないが気が滅入ってしまう。

 元々生きるのに、盗みを働いていたのか突然それを余儀なくされたのかはわからないが、子供が生きるのに苦労する世界なんてやるせなかった。


 元の世界にもいなかったわけではないが、目撃することはなかった。

 見てしまったという事はそれな地に多いのだろうか。

 どうにかできればしてやりたいが、全員の面倒を見ることはできない。


「見逃したのかにゃ? 見逃すってことは誰かが襲われるって事にゃ。下手したら返り討ちにされるにゃ」


 スペラは目を逸らせ俺に何かを期待していたかのように、切なげに言う。


「俺にどうしろって?」


 俺は言ってしまってから、半ば後悔していた。

 スペラに八つ当たりしたって何も解決はしない。

 

「アマトなら何とかしてくれるって、私も思ったのよ。無理でも可能にする力があるって今までのアマトを見てきた人なら、みんな思ったんじゃないかな」


 ユイナは俺の苛立っているのを知っていてそんな事を言っているのか。

 周りからの重圧は時に想像を超えるプレッシャーになり心を蝕んでいくことを、知ってほしい。

 

「俺はみんなが思ってる程の事なんて何もしてないしできない。確かに助けてあげたいと思ったが、何ができるわけでもなかった。町の復興だってそうだ。その都度立ち寄った場所で復興に力を貸していたのでは旅なんて続けてられない。実際に天冥の軍勢とも一戦交えてしまった以上、俺達はゆっくりもしてられない」


 敵は待ってはくれないというのは日々の戦いの中で良く分かった。 

 それもいつだって窮地に立たされ、完全勝利することは愚か、多大な犠牲の上に辛うじて生き残ったに過ぎないのが現状だ。


「ごめん……。アマトばかり甘えてたみたいだね。今日一人になってわかったつもりになっただけで結局何もわかってなかったみたい。本当に何言ってるんだろ……」


 ユイナは背中越しに謝ってくるが、俺は相変わらず地図と周囲の建物に注意を向けていてその言葉を受け入れることに躊躇していた。

 パーティーをまとめる人間が弱音をみせることは最悪の事だとわかっているだけに、ユイナにも、スペラにもこんなことを言わせている時点で最早取り返しがつかないところまで来ている。

 

 一度失った信用は取り戻すことが困難だという。

 今二人は俺を信頼してついて来てくれているが、俺の間違った選択で失ってしまうのを恐れていた。

 必要以上に慎重な余りに救える命を切り捨ててしまうのであれば本末転倒だろう。


 考えていてもきりがない。

 あの角の通りに入ったところに地図上の印がされた目的地。

 あと少しでたどり着くというのに、ぽつぽつと静かに雨が降り出して次第に激しくなり雨粒が痛い。

 雨の打ち付ける雨なのか、心の痛みなのかがわからなくなればなるほどにもどかしい。


「あそこの角を曲がればすぐだ……走れる?」


 ユイナは静かに頷いた。

 スペラも後に続いて、駆ける。

 周囲の建物よりも若干立派な建物が目的地のホテルだった。


 町の建物は2階か3階が多かった印象だが、ここは4階と頭一つで出ている。

 木造ではなく煉瓦造りというのはこの辺りでは珍しくないが、それでもデザインに多少凝っている感じが見受けられる。


「ここみたいだな」


「良さそうなホテルだね。雨でびしょびしょになっちゃったから、早く御風呂に入りたいなぁ」


「ミャーもアーニャと一緒に風呂入るにゃ!」


 無邪気にはしゃぐスペラを見ると不思議と安心する。

 言ってることはかなりあれだが、少なくともさっきまでふてくされていたのがばからしくなってくる。


「何言ってるの! アマトと一緒に入るなんてダメに決まってるでしょ!!」


 ユイナは激しくスペラに抗議している。

 この二人の騒がしい風景をゆっくり眺めていられるくらいが俺の性に合っている。


「何でにゃ? どうしてにゃ??」


「なんでって……」


 ユイナは顔を赤くし言いよどんでいる。 

 入り口の前でぬれた防具を軽く拭って、ホテルの玄関の扉を開く。

 そこは、家をなくした者や冒険者、雨宿りの為と様々な人たちであふれかえっていた。

 

 俺達はロビーのカウンターに行くとフロントマンに声を駆け、ハウゼンから預かった紹介状を渡す。

 それを見ると慌てて、奥の扉へと消えていくフロントマン。

 するとすぐに支配人らしい男性が姿を現す。


「これはこれは、この町を救っていただいた勇者アマト様ですね。常々お噂は聞いております。私はこのホテルの支配人をしております。バルムントと申します。当ホテルへお越しいただけるなんて光栄でございます。本来ならばおひとり様ずつお部屋をと思っておりましたが、如何せんこの状況ですのでお時間さえいただければ何とか人数分ご用意いたしますのでお待ちいただけないでしょうか」


 小声で今宿泊している者に退室を願うようにと指示を出すバルムント。

 俺は咄嗟にそれを止めた。


「いや一部屋でいいから。明日には町を出るんだし、横になれればそれでいいのであまり気を使わないでくれ」


「そうですか……では、最上階にスイートルームが一部屋ご用意がありますのでそちらをご案内いたします」


「いや、そこまでしてくれなくても……」


「私の顔を立てると思って、ご納得いただけませんか?」


「わかった、それでいい」


 こうして、俺達は一部屋に3人で宿泊することになった。

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