第48話「会議室は寝るところにゃ」

 集まったのは生き残った、この町の職員たち。

 職員総勢30名あまり町の規模にしては少ないようにも思うが、人数が少ないという事は町長の手腕によるものだと納得する。

 先程の戦闘に巻き込まれたものも多いのだろうが、話によれば大半が役所内にいたという。


 長テーブルを囲むように俺、ユイナ、スペラの順に席につき上座の町長へと体を向ける。

 他の職員も特に迷うことなくさまざまな席に引き寄せられるように座っていく。順番は役職であったり年齢であったりと決まっているのだろう。

 

 おのずと末席にあたるスペラは退屈のあまりすぐに静かな寝息を立てて眠りこけているが、幸いにも町長を除く他の職員の視線には入らない。


 会議の議題は、町の復興に関する事項。

 近隣には3つの町、8つの村があるということがわかった。

 村の規模はどこも小さく人手を出すことは叶わないだろうという事だが、経済力も比例して小さい為標準よりも賃金を上げ出稼ぎで雇うという事であればある程度は、救援要請に答えてくれるのではないか。


 3つの町については相互救済を半ば暗黙の了解のうちに行っている為、モンスターとの戦闘のような命がけの事態でもない限りは問題なく救援に来てくれるだろうとの事だ。

 

「提案があります。アルティアにも救援の要望を出してみてはいかがでしょうか。首都から復興に携わる者を派遣するとなれば高額な請求もままならないとは思いますが、町が滅びるよりは良いのではないでしょうか」


「無論、人命を最優先にする以上そのつもりではあるのだが、モンスターの活性化に不測の事態があまりにも多すぎる。首都まで無事にたどり着けなければ意味がないのだ。落ち着くまでは連絡を飛ばすことが難しいのはわかってほしい。迂闊に皆を危険にさらすわけにはいかないということを」


 一同は皆黙り込んでしまった。

 もっとも確かなのはアルティアに救援を要請し、金と、人の数で復興を終わらせることなのだが俺達がここに来るまで常に命の危機と隣り合わせだった。


 この状況を把握していないであろう首都へ連絡を行うにしても進路が不安のいう事は俺にもよくわかる。

 ならば、俺達のやることは一つ。


「俺達の目的地は首都アルティアなんだ。よかったら首都への連絡に関しては引き受けさせてもらおうと思うが、どうかな?」


 皆の視線が俺達へと一斉に向けられる。

 会議室という空間で30人余りの人が俺達だけに注目している状態だと思えば、思いのほか緊張するの物だ。

 今まで、元の世界で学生だった為にこのような状況にたつことなどなかった。


「彼はいったい何者なのだ」「あの猫耳の少女は二首の巨大狼を屠ったと連絡があったぞ」「あのエルフの少女もオークキングを倒したと聞いている」「青年が龍剣で巨人を打倒したのを私の部下が見たというがまさか目の前にいる彼がそうなのか」「報告では勇者一向だという話だ」「町長を天冥の軍勢から守り抜き壊滅させたという裏も取れている」


 一気にざわつきだした。おそらく各個人には何らかの噂や、報告、目撃情報などは耳に入っていたのだろうが、根拠がなく真実味がなかったのだろう。

 しかし、噂や信ぴょう性のかけらもないような話でさえも当事者と30余りの情報が合わさればその効果は足し算ではなく掛け算の要領で確かな物となる。


「皆、静まってくれ。多数決を採りたいと思う。アマト勇者一向に伝令役をお願いすることに賛成の者は手を上げてほしい」


 ハウゼンはそう言って辺りを見渡す。

 不満があれば手を挙げるように促せば、手が挙げづらく速やかに結論は出せただろうが後腐れを残すことにもなりかねない。

 それを考えて敢えて、勇者であることを強調し賛成であれば手を挙げるように促した。


 この世界では勇者というものは所詮はおとぎ話の存在という意識が根強いようにも思う。

 しかし、それが実在していたとわかった時の衝撃は凄まじいというもの。

 存在が確定している者であればどれだけ優れていても、想像の域を出る事なのどない。


 いつの時代も、どこの世界もいるかどうかもわからない不思議魔物へのあこがれは一緒のようだ。

 絶望に支配されていた空気は一気に晴れ渡り、全員一致で俺達の申し出は受け入れられた。

 棄却されていたとしても、目的地が変わることもないのだが。


「改めてアマト様方、後ほど正式な書類をお渡しいたします。何卒宜しくお願いいたします」 


 町長に続き皆揃って頭を下げる。

 先程の多数決と言い、俺への見る目が変わったのは確かだろう。

 上辺だけかもしれない。内心で何を考えているかもわからない。

 それでも態度で、示してもらえただけで俺は満足だった。


「任せておいてくれ。俺達もこの町の復興を願う者の一人として協力するのは当たり前の事だからな」


 俺の言葉を聞いて、不信感に表情を曇らせていた者達もだいぶ表情が柔らかくなったようだし、間違ってはいなかったんだ。

 隣で事の成り行きを見守っていたユイナもほっと胸をなでおろしていた。

 スペラは相変わらずよく眠っているが、周りからも特に何かを言われることもなく寧ろ我が子を見るような優しい表情の者もいる。


 それからは町の被害情報、モンスターの後始末、死傷者の情報収集、復興計画、守りの薄くなった町の外敵からの対策、治安の悪化を防ぐための処置等を話し合った。

 緊急会議という事もあり、予算に関わることは今回は敢えて明言はしなかった。

 町長の考えは金銭よりも、人の命を最優先とすることを厳格に定めているということが良く分かった。


 会議が終わるころには、日も暮れていた。

 もともと滞在するつもりであったが、泊まれる場所などあるのだろうか。 

 被害はかなりひどかったように思えてならない。


 ユイナはまだ寝息を立てているスペラの肩を揺らし起こし、会議室の外へと連れ立って出ていく。

 何やら言い争うような声が聞こえてくる。


「にゃー、良く寝たにゃ。子守唄が心地よくてまた会議したいにゃー」


「スペラはもう連れて来ないからね」


「にゃー!! なんでにゃ!! ユーニャとアーニャだけよく眠れてずるいにゃーーーー」


「寝てないから! 私もアマトも寝てないからね」


 ユイナは慌てふためいて弁解していた。

 確かにユイナは頑張って起きていたけど、目元が薄らと赤くなっているので説得力に欠ける。

 途中、うとうとしていて、二、三度頭突きされたけからね。

 まあ、ぎりぎりセーフかな。


「ユーニャばっかりずるいニャー! ずる……むぐむぐ……むぐ」

 

 ユイナに口を塞がれて無理やり会議室から出て行った。

 木製の扉はしっかり閉めて出て行ったのだが、騒ぎ声がここまで聞こえてくる。

 スペラは納得していないようだ。

 納得できないことなんて山ほどあるというのに……。

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