第45話「グリットとハウゼン」

 俺はシャーリーという人形の行動を常に目で追っていた。

 それゆえに文字通り陰で糸を引いていたこの男の存在から、徐々に注意を逸らされていたことに気が付かなかったのだ。


 誰もがこの男の生死を確認していなかった。

 生死を確認したからと言って、もともと身内の知り合いというだけで危機感は薄まってしまう。

 

「気が付かなければ楽に死ねたというのに、全く頭がいいやつはこれだから嫌なんだ」


「俺の頭がいいんじゃない。お前が馬鹿なんだよ!! いくら勉強ができようが学歴ばかり高かろうが、私兵団のトップだろうが人の命を何とも思わない奴は屑なんだよ!」


「何とも思ってないわけじゃない。今の今まで俺を慕ってくれる仲間たちに囲まれて気分が良かったんだから。そいつらの死に際を見るのは至高の一時だと思わないか? 人が死ぬ瞬間は一度きりだろ。その瞬間に立ち会うのは困難だから、意図的にその瞬間を作った。それもお前たちの絶望する様子も見れれば一石二鳥だろ。なんせ、そこで転がる死体をみたお前らの絶望する顔が見れるんだからな」


 不気味に笑う男は争い事には向かないひょろっとしたような体躯の優男に見える。

 しかし、軽装とはいえ鎧を纏った女性を糸を使い宙に浮かせる力を持っている。

 この強靭な糸はおそらくスペラの服にも使われているルカウェンの糸だろう。


 特に確かめるわけでもなく直感的にそうではないかと、思い至ったのは偏に目の前の男の発するオーラのようなものだろう。

 雑魚などと甘く見ていればすぐに八つ裂きにされるか、引きちぎられるかは目に見えている。


「グリット!! どうしてしまったんだ。昔のお前は虫も殺せないほど優しい男だっただろ!!」


 町長は悲痛な叫びをあげる。


「ハウゼン……。昔の俺はもういないんだよ。今の俺は貴重な時間を大切にしているだけだ。お前ならわかってくれるだろ?」


「変わってしまったんだな……」


「おしゃべりはもういいかしら、もうそろそろ遊んでくれないとシャーリー泣いちゃうよ?」


 人間の姿だったシャーリーは次第に木偶人形のような姿へと変わっていく。

 それを宥めるのはグリットだ。

 その姿はまるで自分の娘に対して接しているように見える。


「まさかお前!! 自分の妹を!!」


「何を今更言っている? 幼馴染だったお前ならわかっていただろ。目の前で死んだ俺の妹シャーリーだってな」


「生き返らせたのか……」


「そのつもりだったんだが、どうもうまくいかなくてな。ああなってしまった。だが今となってはどうでもいいことだ。おかげで毎日新鮮な気持ちでいられるんだからな」


「毎日だと!!」


 俺は思わず話に割って入り叫んでいた。

 

「毎日毎日心を満たすために遊びに出かけるんだ。楽しいことは毎日でもやるものだろ? 我慢する必要などないんだ。町には人間は大勢いる。人の一人二人消えてもモンスターのせいにして悲しみにふけるだけ。俺達は人間を、町を守るためにいるってみんな思っている。もちろん俺を除く私兵団の面子はみんなそうだろ。俺が町のチンピラどもに甘く声をかけたらまんまと私兵団に参加した時は思わず笑いそうになってしまった」


 私兵団の団員の誰もが気を失っている為真実を知るものは私兵団にはいない。

 それならば、こいつを優しい団長のまま葬り去ってやるのが情けってやつだろう。

 もうすでに心が壊れてしまっているような奴には、更生する余地などないそう思った。


「どれだけ人を殺してきたかは知らない。お前の妹がどうなったかも俺には分からない。だが、一つだけわかることがある。お前をこのまま野放しにしておくことができないってことがな!!」


 俺は辛うじて目でとらえることができるようになった、ほぼ無色透明な糸に捕まらないように走り抜け後ろに回り込む。

 すれ違いざまに刀で首を切り落とそうとしたが糸にからめとられるように、刃が通らない。

 ガルファールの切れ味をもってしても攻撃が通らないことに、いら立ちを覚える。

 

 真後ろからの振り下ろしによる一刀両断も糸によって阻まれる。

 スペラがグリットに向かって、両手を向ける。


「雷鳴よ、轟、敵を穿つ矢と成りて解き放たれよ! 『稲妻轟矢ブリッツ・アロー!!」


 両手から、複数の雷の矢凄まじい速さでが放たれるが一つとしてグリットへ届くことはなかった。

 恐らく誰もがわかっていた、スペラの服が雷の影響を受けないのならばそれを周囲に張り巡らせているグリットにも聞くことはないのだと。


 だからそれがどうした。

 方法ならまだあるさ。

 まだ……。

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