第42話「ゴスロリ少女は胸を穿つ」
あれからモンスターに出くわすこともなく、瓦礫となった建物を踏みしめ蹴散らし最短距離で駆けるてきた。
まだ二人の歩みは止まっていないこの分だと間に合うだろううか。
間に合わなければいけないと、心の底からこみ上げる何かが訴えかけている。
疲れなど忘れてひたすら走り続け、アビリティの範囲内に二人を捉えた。
危惧していた敵の反応は何一つとして感じることはない。
考え過ぎなのだろうか。
遠目にユイナ、町長、ライオットの無事な姿を見つけたことで、安堵した自分がいた。
あれだけのことがあったというのに、不思議とどうでもよかったのではないかと思ってしまう。
人間は辛いことがあっても些細な幸福感でそれを忘れてしまえる、都合のいい生き物だと知った。
この世界に来てからあっという間に足が速くなったようだ。
見つけてから追い付くまではあっという間だった。
「ユイナ無事でよかった」
俺はユイナが生きていることはわかっていたが、あらためて声に出すことでより深く気持ちを実感しただった。
「アマトも無事でよかった!!」
ユイナは俺に向かってくるとその勢いで抱き付くことは……なかったが、手をしっかりと握られた。
その掴む手は非常に力強くも、かすかに震えが伝わってくる。
俺以上に思うところはあったのではないだろうか。
俺は二人を感じていたから、安心を早くに得ていたが二人は俺がどうなっていたかなんてわかるはずもなく下手をすれば未だに出会えていないとさえ思っていたであろう。
「町長さんに、ライオットも無事で何よりだ。正直、モンスターが町にあふれていたから何んかあったのではないかと思っていたんだ」
「お気づかい感謝します。ユイナ様のおかげで我々は命拾いすることができました。感謝してもしきれないというものです」
「はっきり言えば自分たちは足手まといにならないようにすることで精いっぱいでした。やはりあなた達とは何もかもが違い過ぎるみたいで、自分自身の力のなさに憤りを覚えますよ」
ライオットは空回りばかりでしたと肩をすくめながらに言った。
「この辺りにはモンスターがもういないようだな。ある程度は殲滅しつくしたと思うが、油断せずに行こう」
「アマトの方にもモンスターがいたのね。私もしゃべるオーク……オークキングを倒したの……。それから急に近くにいたオークは食べ物を貪るのをやめて逃げるように何処かへ行ったんだけど。もしかしたら目の前で自分たちの親分がやられたからビビって逃げてくれたのかな?」
まだ、戦闘の疲れを回復しきれていないユイナだが俺の問いに答えてくれた。
激しく動き回る様子は感じ取れていたが、今の表情からそれ以上の疲労と苦労が感じ取れる。
服には大量に浴びたであろう血しぶきのが浄化しきれずに、ドレスを真っ赤に染める。
本当ならば、気の利いたことでも言った方が良いとは思うのだがそんな余裕はない。
まさか、オークキングなるオークの親玉と対峙していたなど思ってもみなかったからだ。
ざっくりとオークキングとの戦闘内容をユイナから聞いたが聞いた限りでは、俺一人でも相対できたかは不明である。
三人から俺のいない間の戦いの様子を聞いていると、横道からスペラの気配が近づいてくる。
真っ直ぐ北を目指していたが方向転換し俺の方へと進路を変えたようだ。
俺達はこのまま少し待つことにした。
5分ほどでスペラ達と合流することができた。
「アーニャ!! ユーニャ!!」
元気に叫びをあげると俺とユイナへと飛びついて来た。
どうやらスペラもダタラも無事だったようだ。
まだ早いとは思いつつも張りつめていた緊張の糸が切れたようなような気がして、ふらっと足を取られてしまった。
危うくスペラに押し倒されそうになるも何とか踏みとどまった。
「スペラも無事でよかった。ダタラもしぶとく生き残ったみたいだな」
「それが取り柄だからな、旦那もユイナ様も生きているって特に疑う事もなかったけどな。あんたらはやっぱ化物だわ。スペラ嬢の活躍をみたら次元の違いを目の当たりにしちまったよ」
ダタラは自分の事のように、自慢げにスペラの活躍を話し出す。
本人は私兵団を指揮して雑魚の討伐を中心にこなしていたという。
それに、まさか私兵団の副団長を任されていたとは思いもよらなかった。
「傭兵崩れのチンピラみたいなものだと思ってたが、私兵団の副団長を務めるほど優れた逸材だったんだな。いやー気が付かなくて悪かったよ」
わざとらしくダタラへ言うが本人は苦笑を浮かべている。
「まあ、旦那が思っている通りだぜ。もともと昔なじみの連中が勝手に集まって傭兵として町を守ってたのを団長にまとめて雇われたのが始まりなんだ。俺が副団長っていうのもたまたま昔の連中を囲ってたってだけの話でたいしたことはねーんだ」
「良くも悪くも人望があっていいんじゃないか?」
「ちげーねえーな」
まんざらでも無さげに笑うダタラの背中を叩いてやった。
スペラに協力してくれて助かったと。
「ミャーはアーニャの約束を守ったにゃ!!」
スペラが双頭のヴーエウルフを撃破したことで、ヴーエウルフが町に次々に入ってくる異常事態が止まったことを聞いた。
遠吠えを上げては町にモンスターの大軍を発生させていたのだと私兵団から聞いたのだという。
それはヴーエウルフ本来の性質ではあるらしいのだが、その巨大差は自分の群れに限定せず種族全体に作用するのだという。
それを駆逐したことは非常に大きな功績といえるだろう。
俺もスペラは仲間の一人だと考えていたため、従者という認識ではなかった。
従者そのものがそうという事ではなくスペラという存在が俺達のパーティーの要になっているのだと俺は思う。
「スペラは良くやってくれた。ありがとう……。俺が戻れないところまでいかなかったのはスペラのおかげだ」
スペラは何のことを言われているのかはわかってはいなかったが、自分がアマトの役に立ったことが嬉しかったようでしがみついたまま離れない。
もちろん、ユイナからは離れてアマトにべったりである。
それを見ているユイナは、先程までの感動の再会といった雰囲気をぶち壊し鋭い目で俺を見詰めてくる。
「アーニャの為ならなんだってするにゃ! もっと褒めてくれにゃ」
頭を撫でてやると気持ちよさそうに猫なで声を上げてくるスペラ。
本当に猫のようでとても可愛らしいのだが、やはり全身は返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
俺も含めて誰一人として血にまみれていない者はいない。
それは偏に各戦場が苛烈だったことを意味していた。
「そろそろ離れてくれ!! ユイナもそんな目で見るな!」
「アマトは今がどんな状況かわかっていないわけではないでしょ? すぐデレデレしちゃって……」
ユイナに責められるが俺のせいではないと思う。
まあ、本気で引きはがそうとしていないのを見透かしての事だろうけど。
「ユーニャもアーニャにくっつきたいのかにゃ?」
思わぬ発言にたじろぎ顔を薄らと赤く染めるユイナ。
美少女二人に板挟みにされながらも、少しずつ目的地へと近づいていた。
町の中心部という事もあって、モンスターの侵攻は外側に比べるとかなりましな方だった。
ましといっても外側と比べてというだけでこの一帯だけ見れば壊滅的といっても過言ではない。
倒壊した家屋も10や20ではきかない。
原型をとどめたままなのは一部の立派な石造りの建造物に限られる。
その一部の建物には目的地である役所も含まれていた。
「あれが、役所です。ここまで戻ってくるだけのはずが、世界を廻って来たかのような思いです。どうかお礼をいたしますので中へどうぞ」
町長は物思いにふけっている。
「町長、俺は依頼でここまで来たが団長もここへ向かったようなんだが、結局追い付けなかったみたいだ。何か知らないか?」
役所を前にしてダタラは町長に問う。
「私は何が起こっているのかすらわかりかねているのです。グリットが来るという話も聞いてないですし……」
町長がいうグリットというのが私兵団の団長の事だろう。
名前で呼びあう間柄でも来訪は聞かされていないという。
「きゃぁーーーー」
突如役所から女性の悲鳴が響き渡った。
「ネイー!!」
ダタラが悲鳴の元へと向かう。
俺達も続いて悲鳴の元へと駆けつける。
扉を開くとそこには胸を貫かれた軽装を纏った男と、それを抱きかかえる軽装の女性と二人を庇うように立つ鎧を纏った女性がいた。
その先には10歳くらいの少女が、壊れたような奇怪な笑い声を上げている。
真っ赤なゴシックドレスに床に届く長い翠の髪、感情の見えない真っ黒な目をした可憐な少女。
纏う雰囲気も異常だが、抱えている胸が貫かれたようなぬいぐるみが、いっそう引き立たせている。
「次は誰が遊んでくれるのかしら?」
どこを見ているかわからない目に魅入られているような錯覚を覚えた。
「冗談じゃないぜ」
俺は吐き捨てた。
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