第37話「ユイナVSオークキング」

 敵前逃亡を良しとはしないかのように目の前で処刑され、ミンチにされた2体のオークを目の当たりにし思わず目を逸らしたくなるがそれが許される状況ではない。

 気持ちが悪い、見たくないからと目を逸らせば次に待っているのはひき肉になった自分自身の姿。


 距離は50mと離れていない通路の真ん中に、先程まで戦っていたオークの3倍近い巨体のオークが二対の銀鎚を両手に構えてこちらを見つめている。

 装備も兵士というよりは国王が身に着ける礼式に趣を置いた黄金の装飾が施されたものを身に着けている。


 状況判断と知識の泉からオークキングと断定されたそれは、着実に歩を進めユイナの元へと向かっている。

 オーク相手ならば結果だけを見れば楽に勝つことができた。

 はたして目の前の怪物相手にどれほど戦えるのか、見誤れば取り返しがつかない。


 オークキングは突如歩みを止めるとおもむろに銀槌を左手の建物へと振りぬく。

 三階建ての建物は達磨落としのように一階部分が、粉砕され二階部分が真下にそのまま崩れ落ち瓦礫の山が出来上がった。


「エルフであろうと人間の見方をするのならば容赦はシナイ。だが、オレノ物になるならばオマエだけは生かしてヤロウ」


 圧倒的な力を誇示し、眼前の言葉を話すオークに意表を突かれたが引けない。

 言葉を話すモンスターがいることはわかっていたし、先生だって元はゴブリンだったという。

 まして、こんな醜いモンスターの手に落ちるなど考えたくもない。


 人を見かけで判断してはいけないなんて言うが、今も何の罪もない建造物を私利私欲のために叩き壊しているところを目の当たりにしている。

 それに生まれながらにしてこの世界の住人なら、わからないが元は異世界の女子高生にこのオークと結ばれる未来は想像ができない。


(彼氏の一人も作ってから死にたかったって思ったけど、豚の化物はないわ)


「言葉が多少話せても、豚さんを相手にするほど私も優しくはないかな」


「オマエは家畜として飼ってやることにシタ。後悔しながら生きるがイイ」


「自分の思う通りに行かなければころころ意見を変える、器の小さな豚さんはここでひき肉にしてハンバーグの材料にでもしてあげるよ」


 こういう、いかにも偉そうにしている上から目線の輩が大嫌いだった。

 どうせ、イエスと言ったところで安全など保障されるわけもないのだから倒すしかないとは思っていた。 

 時間稼ぎをしている間に何か好機となることが起こればとも思ったが、状況は何一つ変わっていない。

  

「死なない程度にはいたぶってヤル。せいぜい力を入れ過ぎないように祈ってるがイイ」


「ぶーぶーよく鳴く豚さんね。もうぶーぶー言わなくていいの?」


 自分は冷静に状況を見定めながらも、挑発することで相手の冷静さを欠くことで心理的に有利な状況を作り出していく。

 オークキングは自尊心ばかりが強いせいで糸も容易く挑発に乗ってくれる。


「エルフごときがぁーーーーーーーーーー。くたばれえええええええええ!!」

 

 怒りの頂点に達したところで叫びを上げながら猪突猛進してくる。

 距離は一瞬にしてゼロまで詰められる。


(どいつもこいつも生かすと言いながらも、頭に血がのぼると死ねと言い出すんだから本当に馬鹿ばっかだね)


「いくら力が強かろうが当たらなければ意味ないんだよ!!」


 自分の手下を叩き潰した時のように上段から振り下ろされる銀鎚を紙一重で後ろに飛びのく。

 すぐにオークキングの左脇の僅かな隙間を抜け後ろ手に回り込むと、間髪入れずに風を纏ったレクフォールを抜けてきた反対側の脇腹にフルスイングで叩き込む。


 鎧が僅かにへこんだだけで、切り裂くことも出来ず決定打には程遠い。

 オークキングは通り抜けてきた方向へと首を回したせいで隙が発生した。

 それを見逃さずに全力で叩き込んだ一撃は、言わば猫だましのようなもの。二度目はない。


 内側へ凹んだ鎧によって僅かに苦痛の表情を浮かべはしたもののすぐに銀鎚を振り回してくる。

 それをさっきと同じ手順で飛び退く。

 着地の瞬間を見計らったように、もう片方の銀鎚を地面に向けて叩き込んだのを捉えるが遅かった。


 地面には凄まじい衝撃が地震の揺れのように襲い掛かってくる。

 元の世界が地震大国という事もあり、倒れることはなかったが震度6、7ぐらいの揺れを一身に受けたことでバランス感覚が一時的に失われる。


 その瞬間を見逃すはずもなく、オークキングがタックルを放ってくる。

 半ば棒立ちの私目がけて巨体が突撃してくる、瞬間にアコによって風の障壁が展開されるが障壁ごと撥ね飛ばされる。


 咄嗟に全身に風を纏った為撥ね飛ばされ地面に転がりながらもダメージは、外へと逃がすことに成功した。

 それでも瓦礫の破片が身体中に当り傷だらけになってしまった。

 軽傷とはいえ何度も受けていればいつかは力尽きるだろう。

 

「ぶ……豚の癖になかなかやるじゃない。褒めてあげるわ。ぶ・た・さ・ん……」


「諦めロ、オマエに勝機はナイ」


 圧倒的に疲弊しきっているこちらの方が不利。

 最早挑発したところで、負け犬の遠吠えのようにしか聞こえていないだろう。

 これでは隙を作ることも困難。


(アコちゃん、あいつを倒す方法を教えて)


〔ひたすら避けることに専念して。できればなるべく広範囲に逃げ回ってくれるといいかな。後はこっちで魔法と精霊術の制御はするから大丈夫〕


(避けているだけでいいの?)


〔大丈夫、攻撃はする必要はないから。今の私たちじゃ本来相手にするには力不足だけど、甘く見ている今だからこそできることがあるって事だよ。まあ、肩の力を抜いて気楽に構えていなよ〕


(しょうがないかぁ。アコちゃんに任せた)


 100倍に思考を加速させることで時間をかけることなく会話を済ませ、ボクシングのように軽いステップを踏んで攻撃の回避に専念する。

 幾度となく銀鎚が遅いくるが紙一重で躱し、時にはレクフォールを銀鎚に当て軌道を逸らし退路を確保する。


 地面に放たれる強烈なインパクトは足周りに風を発生させ地面から浮くことで、無効化する。 

 言われた通り、前に後ろに上下左右と縦横無尽に走り回り攪乱するが決して攻撃はしない。

 牽制はするもののあくまで倒す事を目的とせずに、逃げの為の手段としての行動だと割り切っている。


「ちょこまか逃げ回っているだけデハ、オマエはシヌ」


「じゃあ、早くやってごらんなさいよ。できもしないことを飽きもせずぶーぶーとよくしゃべる豚さんね」 


 再びぶり返してたようにオークキングは怒りの形相へと豹変していく。

 重さ1tはあるだろう銀鎚を、建物が壊れることなど気にせず無茶苦茶に振り回し出した。

 攻撃そのものは規則性がないが、単調な動きの為に躱すのは容易。


 後は体力がどこまで持つかを競うだけとなった。

 体力が先に底をついた方が負けると、直感で理解していた。

 だから、自分を信じて生き抜く為に行動するしかない。


 私はもうそろそろ限界だというのに、オークキングは疲れこそ見られるがまだまだ力を温存しているようだ。

 このままで後5分と持たないだろう。


〔準備は整ったよ。さあ、私と一緒に呪文を唱え……なくても大丈夫。呪文なんてないから、ただイメージを具現化するためにはキーワードはあったほうがいいよねそれは……〕


 どうやら、準備は整ったようだ。

 何が起こるかはわからなくとも自分の言っている事ならば信じるしかない。


〔(ハイパーボリア・ノヴァ)〕


 私とオークキングは一面を氷に覆われた果てしない土地に佇んでいた。

 これはラーティカが使った『三京大京世界』のような異空間召喚術の類なのか。

 ハイパーボリアの結末から想像するにそうではない。


 待ち受けているのは世界の終わり、そして住人はこの地を後にしたのだから。

 氷に覆われた世界は急速に収束していく、ユイナの掌を中心にして。

 世界の境界線はユイナの体を通りぬけると、路地裏にはユイナだけが一人佇んでいた。


 手のひらの上には漆黒の球体が浮かんでいたが、獣の嘆きを僅かに漏らすとそのまま消えてなくなった。

 そして、気が付く。心にぽかんと穴が開いたような感覚に。

 アコの存在が消えていたのだ。

 

 それは魂の消失を意味する。

 圧倒的なまでの呪法に要る代償が魂の一部を消失させることだとわかっていた。

 アコは自分自身であり、そして他人でもあったのだから。


 魂は一部を失っても元の質量に必ず戻るとわかっている。

 それでも、今ともに戦った存在はもう二度と戻ってはこない。

 私は哲学何てものはわからないけれで、昨日まで自分と今の自分、明日の自分が全て同じ何て思わない。


 私はただ、今を生き抜いた喜びと、切なさにふけっていた。

 涙は流れない。

 アコが悲しみの感情を一時的に道連れにしてしまったかのように。

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