第38話「猫耳少女とお調子者の副団長」

 アマトが機械仕掛けの巨人を引きつけている頃。

 スペラとダタラは武器屋に逃げ込んでいた。

 

「邪魔にゃ!! 離すにゃ!!」


 ダタラに羽交い絞めにされるスペラだが、スペラの力はダタラでは抑えきれないほど強いので引きずられながらも懸命に引き留めようとするが意味はほとんどない。

 最終的には懇願するしかなかった。 


「おとなしくしてくれよスペラ嬢! ここで出て行っちまったら旦那がやってることが無駄になっちまうよ。スペラ嬢の気持ちはよくわかるがここは我慢してくれ!!」


 スペラがこれ以上無理に行こうとすればダタラがどうなるかは理解しているので全力で振り払うことは出来ない。

 そうこうしているうちにダタラを引きずることに飽きた。


「わかったにゃ……。ちょっと様子を見てから行くことにするにゃ」


 二人が心配だったが、ここで飛び出していくことでアマトの足を引っ張ることの方がまずいと思い踏みとどまった。

 ダタラはお調子者でその場の勢いに任せているようで、実際には状況をしっかり見極めているように見える。

 それがあの戦場で生き残ることに確かにつながっていたのだろう。


「それがいいと思うぜ。俺達は町長たちと先に合流したほうがよさそうだな。あっちはユイナ様がいるから大丈夫だと思うが、俺達だけでいるのは危ないからな」


「アーニャのところへ行きたいところだけど、ユーニャも守らないといけないにゃ」


 確かに二人でずっと店の中にいるのは危険である。

 スペラが得意とするのは俊敏性を活かした高速攪乱戦法であり、動ける範囲が限定的な室内は能力を活かしきれない。

 

 それにユイナは二人を庇いながらの戦闘になる為、本来の力を出すことは難しいだろう。

 せめて、守る対象を引き受けることができればどちらかは満足に戦える状況を作り出せる。


「そうと決まれば地下を通って向う側へ行くとするか。表通りはあのありさまだからな。出て行ったら巻き込まれちまう」


「経路は分かるのかにゃ?」


「任せておけって。この町は俺の庭みたいなものだからな。町の地図は裏道から地下通路まで全部頭に入っている」


「ほんとかにゃぁ」


「まあ、大船に乗ったと思って任せてくれよ」


「しょうがないにゃ」


 半信半疑ながらも、ダタラについて行くことにした。

 地下ということは狭く戦闘をするには不安があるが、表はモンスターの気配が多くダタラを守りながらでは戦えないと判断した。


 ダタラは店の裏口の扉を開くと、音を立てずに走り出した。

 スペラも同じく音を立てずにダタラの後を追う。

 行き止まりには鉄格子に南京錠がかけられた状態の扉が、行く手を阻んでいた。


 南京錠をいとも簡単に外して見せるダタラを、不思議そうに見えていると人差し指を口に当てるダタラ。

 

「内緒だぜ」


「何がにゃ?」


 何を言ってるのかわかってはいるが、あまりにも態度が気に食わないのでとぼけてみせる。


「鍵を開けてることだよ。関係者以外は入っちゃいけねえことになってるんだ。ばれたら洒落にならねえ。まあ、今は緊急事態だからどうなることもないだろうが、あまり大勢に知られるのも面白くねえんだよ」


 ちゃんと説明するところは、ふざけているようで意外と真面目なのがわかる。


「どうでもいいにゃ」


 興味が全くないので適当に返すことにする。


「だろうな……」


 ダタラはそうだと思ったと苦笑いしながら、懐から双耀石を取り出すと辺りを照らし出した。 

 スペラは暗闇でもよく見えるが、全く光がないところでも見えるわけではない。

 あくまでも、光を集めるのに適した眼を持っているだけなのである。


 全くの暗闇などはそうはないが、夜であれば真価を発揮することができる。

 即ち光が全く入らない地下通路であれば光源がなければ、何も見えないのである。  

 ダタラが双耀石で照らす範囲は5m程だがスペラは、その数十倍の範囲を見通すことができていた。


 地下通路に降りた二人は、入り組んだ遺跡のような場所を歩いていた。 

 辺りは地下水路などではなく、数千年前に作られた通路のようで時代を感じさせる質感と古代の文字の文字の羅列が目に入る。


「ここはなんだにゃ」


「太古の遺跡らしいが俺も詳しいことは知らねえよ。町中どころか噂によれば首都まで行ける隠し通路があるらしいだが一部の役人しかそのことは知らないんだと」


「ダタラはどこでそれを知ったんだにゃ?」


「親父が役人なんだよ。俺はそんな柄じゃねえから気楽にやってんだけどよ。それもあって意外と顔は広いんだ。ここの事も聞いていたから信頼できる仲間を連れてよく探索してたんだ」


「ここならモンスターの気配もないから安全に進めるにゃ」


「だろ、不思議とここでモンスターにかち合ったことはないんだ。まあ、上が町なのにモンスターがうろついていても面倒だがな」


 辺りは、いくつも部屋があったり石碑があったり、石造が並んでいたりと様々なものがあるのだが罠のようなものは特に見当たらない。

 常に警戒は解かないように注意はしているもののそれらしい仕掛けは全くなく、空気の流れも非常に澄んだもので淀みのようなものなく至って清浄と言える。


 ダタラは迷うことなく進んでいくが一向に出口には辿り着く様子がない。

 

「まだかにゃ。早く行かないとユーニャがどっか行っちゃうにゃ」


「急かすなよな。迷ったら洒落にならねえんだから。出入り口はそう、多くはないんだよ! 向う側と言ったって出られる場所はちっとばかし遠いんだ。もう少しだから任せてくれって」


「しょうがないにゃ……」


 あまり待つのは得意な方ではないので、だんだんじれったくなってくる。

 天井をぶち抜けば済むのではないかと思って、うずうずしていると「頼むからぶち抜いたりしないでくれよ」とダタラに止められた。

 

 いくらなんでも本当にやろうとは思っていなかったのだが、止められたことでちょっとイラッとした。


「ミャーを何だと思ってるのにゃ!!」


「本当にやりそうに目を光らせてただろ!」


 猫の目が光るのはタペタムで光が反射されるからであって、感情は関係ないんだがそんなことはダタラには知る由もないのだが。

 

「鬱陶しいにゃ!! 放っておけにゃ!」


「あーわかったから、ひっかくなって!! あれだあれ、あそこから出られる!!」


 話を逸らせる為ではなく本当に出口にたどり着いたようだ。

 通路の横に開けた空間があり突き当りにはスロープのような傾斜の坂が伸びている。

 そこを真っ直ぐ進むと、天井に木の板が嵌め込まれている。   


「どこに出るにゃ?」

 

「俺達の詰所だ」


 トントン トトン トントン


 と扉をたたきダタラが上に向かって話しかける。


「ダタラだ開けてくれ。水が欲しい」


 返事が返ってくる。


「酒ならあるがどうする?」


「泥水で良い」


「今開ける下がって待っていてくれ」


 何やら重石を引きずる音が扉をとおして聞こえてくる。

 板の蓋が開けられるとそこは小奇麗な詰所の一室だった。


「ダタラ無事だったか。みんなはどうしたんだ?」


「やられちまったよ。俺はたまたまアマト・テンマという勇者の一行に助けられたんだ。町長は今勇者の契約精霊様が守ってくれている。それでこっちの嬢ちゃんが勇者の従者のスペラ嬢だ。勇者の仲間なだけに相当強いぜ」


「そうか、みんな逝っちまったか。スペラちゃんこいつを連れてきてくれてあんがとよ。俺もダタラと同じタミエーク私兵団のゴッツ・バルムってんだ」


 上半身裸のボディビルダーのようなゴッツが満面の笑顔で、歯を煌かせながら礼を言ってスペラの手握り上下にぶんぶん振ってくる。


「にゃー!! お前らうっとおしいにゃ。それにおまえら傭兵じゃないのかにゃ!?」

  

「傭兵ってのは建前で、この町を守るのが俺達の仕事だからな。給料は町の援助があって成り立ってる。それだけじゃたりないから戦争にも参加してこの町の防衛に金を回してるんだ。自警団はあるにはあるが、規模が小さくてな、腕っ節が強い奴はそれだけ食うし鍛えなくてはならんから金もかかるんだ」


 ゴッツが筋肉を見せつけるようにスペラに説明するが、あまりの暑苦しさに説明が頭に入ってこない。


「どうでもいいにゃ……」


「それよりも、詰所の外で俺達の仲間が狼型のモンスターと戦ってるんだ。すまねえが手を貸してくれねえか。少しなら報酬だって出す。頼む」


 頭を下げられ、正直困っていた。

 早くユイナの元へと行かなくてはいけないが、目の前で困っている人を放っておくと後でアマトに怒られてしまうかもしれない。


「しょうがないにゃ。さっさと蹴散らしてユーニャのところへ行くにゃ」


「恩に着るぜ、スペラ嬢!! ここには弓もあるし、少し離れたところで俺も援護するからよ」


「いらないにゃ」


「そう言うなって。ゴッツは中で待機していてくれ。まだ他の仲間がここへ来るかもしれないからな」


「わかった。頼んだぜ」


 部屋の扉を開ければそこは本棚の裏だった。

 どうやら、この部屋そのものが隠し部屋になっているようだ。

 本棚をスライドさせることで書斎に出ることができる仕掛けが施されている。


 この通路が公にはできないものであるとわかる。

 書斎から出れば一際広めのホールになっていた。

 

「外はモンスターが徘徊してますので気を付けてください」 


 受付の女性はスペラが目の前を通っても、特に気にする様子もなく会釈をし心配するように一声かけてくる。


「大丈夫にゃ」


「じゃあ、行ってくるがカーナも危なくなったら例の場所から逃げろよ」


「副団長もお気をつけて」

 

 どうやら、ダタラの肩書は私兵団の副団長だったらしい。

 あまりの小物っぷりに怪訝な表情をみせると、「ダタラは人は見かけによらないだろ?」と笑っていた。

 それなら、戦闘でも少しは役に立てと思いながらスペラは詰所の玄関口を出るのだった。

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