第8話「ゴブリン死闘~邂逅」
目の前に広がる緑に、足を踏み入れる……事が出来なかった。
ゴブリンが突然目を覚ました。
否、眠ってなどいなかったのだ。
獲物の行動をじっくり観察したうえで、意表を突く結果へと収束したに過ぎない。
まるで近づくのを待っていたかのように、滑らかな動作で立ち上がり構えをとった。
左足を地面にめり込むほどの力で踏み込みこちらに向かって跳躍。右手の棍棒を振り上げる。
一気に距離が詰まり、振り上げられた拙い武器はユイナに向かう。空中から徐々に体制を傾けることにより歪な曲線を描きタイミングを誤った方向へ誘導する。
ぎりぎりまで軌道が読めず、ユイナは体制を崩す、それでも杖でいなすことに辛うじて成功するが、もう一つの棍棒からの追撃により横っ腹にスイングが入り5m《メル》ほど吹き飛ばされる。
受け身も取れず地面に叩き付けられる。
なおも追撃に身を乗り出すゴブリン。
ゴブリンのイメージは序盤の雑魚モンスターと思っていた。一瞬で切り伏せることで戦闘状況にすらならない……。予想を大きく逸れた状況の悪さに思考が追い付かない。
ゴブリンの情報に意識を向けるが……。
『??・
レベルの差が原因なのか。それ以外の要因によるものなのかわからない。しかし、わかっていることが二つだけある。
一つ、何らかのゴブリンだということ。亜種なのか、希少種なのか、突然変異なのか定かではないがこれが普通のゴブリンであってたまるか。
もう一つは、レベルが未判明だがはてなの数が三桁以上であること。単純にシステムの表示環境によって実際は二桁かもしれない。というのは希望的観測に過ぎない。明らかに達人を思わせる気配を纏っている。
慎重なくらいでちょうどいいだろう。
警戒は十分しているつもりになっていた。それなのに、 あまりの状況の早さに身体も精神もついて行かない。
わずか数秒とたたずに、戦闘不能一歩手前まで戦況が進んでしまったことに焦りがこみ上げる。
このままでは森に入ることすらできずにここで朽ち果てるのも時間の問題。
それだけは何としても避けなくてはいけない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
敵の背後に飛び掛かり『ガルファール』という名の一振りの刀を振り下ろす。
真横へスライドするかのように最少の動きで躱された。
意識は完全にユイナの方へ向いているかのように見える。
少なくとも死角から攻撃へ移るタイミングは完璧。
振り向きもせず、あたかも剣線が見えているかのような動きに感嘆の声さえあげそうになる。
吹き飛ばされたユイナも、咳き込みながらも立ち上がり杖を構える。
俺には一瞥もくれることなくユイナへ再度襲い掛かる、ゴブリン対して強い怒りが湧き上がる。
「なめるなぁ!」
当てることに重点を置いた水平切りにも、攻撃の範囲外に一歩二歩と巧みにステップを踏みダンスをしているかのように華麗に舞ってのける始末。
次元がまるで違う。
想像していた子鬼とは似ても似つかない動きにいら立ちが頂点に達する。
明らかに各上の相手だと認識を改め、玉砕覚悟で後ろから取り付こうと試みるも読んでいたかのように体制を低くて足をばねに頭突きが視覚外から飛んでくる。鳩尾に鋭く刺さり、声にならない叫びを置き去りにして空を仰ぐ。
「うぐっ」
得体のしれない化物に恐怖するも、痛みに耐えながらも視線はすぐに敵を見据える。
一定の距離を保ちなぶるように襲い掛かるも決定打に欠けている。
この状況を楽しんでいるかのように。
ユイナは相変わらず杖を構えてはいるものの、攻撃するそぶりは見せない。
ゴブリンを挟んでいる立ち位置の為挟み撃ちの恰好になるも、状況はいたって不利。
まして連携がうまくできない為より絶望的な陣形なのは誰の目にも明らか。
それにしても、周囲がやけに静かになったと感じる。
危険察知の範囲内に気配は感じるも、決して近寄ろうとはしない野次馬共。理由がわからない以上、楽観的にもなれずに精神をじりじり削ってくる。
長引けば長引くほどに不利になるならいっその事、打って出たほうがいいとがむしゃらに切りかかりつつ、ユイナに視線を送る。
(なんでもいいから、魔法を使ってくれ)
伝わったのか、表情を引き締めた少女は杖を標的に向ける。
「シャットアウト!」
これは、前戦において最強と思われた魔法だ。ボス級モンスターの五感を完全に奪い身動きを封じた、いわば一発逆転の切り札。
ゴブリンはぴたりと動きを止める。
「さっきのようにうまくいく気がまるでしないの!! あれだけの身のこなしをするモンスターがあっさり魔法にかかるなんて異常としか言えない……。 何が起こるかわからない、今のうちに倒してっ!」
確かに違和感はある。しかし、油断せず全力で行くしかない。
チャンスとばかりに俺はゴブリンに向かって渾身の一撃を上段より振り下ろす。
「にっ」
(今、笑った!?)
体操選手のように華麗に空中4回転ひねりを決めぴたりと地面に着地を決める。
五感の感覚をなくしている為か、こちらを補足することはできない。
それでもユイナに向かって立っていた。魔法を受ける前の状況と立ち位置を忘れることはないと言わんばかりにその眼は揺らぎがない。
もうどうにでもなれと、足元から手のひら大の石ころを拾い上げ投擲する。
「……!?」
当たった!?
標的の右肩にかろうじて、かすめたに過ぎない。
しかし、避ける動作も防御もせず今までにない反応を見せた。
五感がなくなるということは即ち皮膚を通して伝わる痛覚さえ感じることができない状態ということである。にもかかわらず反応して見せたということから、五感の他に探知能力の類があると推測できる。現代に日本においては
それにしても適当に落ちていた石を、やみくもに投げた他愛無い行動が勝利の緒になるとは物は試してみるものだ。
次はどう動くか考えていると、魔法の効果が切れるとユイナが杖を横に一振りし合図を送ってきた。
おそらく最後のチャンス。
先程と同じ要領で頭目がけて石を投擲するも、すんでのところで躱わされた。一つ目は……。
「俺の勝ちだ」
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