しゃしんのなかのあたし
藤村 綾
しゃしんのなかのあたし
シャッターを切る音が静寂な部屋に響き渡る。
『もっと、色っぽく、艶っぽく、口あけて』
photographerが裸のあたしに詰めより、カメラを向ける。
色っぽくって……
艶っぽくって……
どうしたら出来るの?顔がこわばるのがわかる。
けれど、初めてあったphotographer。シンさんに、シンさんのひとがらに、レンズを向ける真摯な姿にあたしは、いつの間にか魅了されていた。
あたしはヌードモデルだ。裸体を晒し、ヌードの被写体としてバイトをしている。けれど、未だにちっとも慣れない。特に初めて会う人だと。慣れた頃にやっと自然な笑顔が作れるようになる。
シャッター音が近くなり、シンさんがあたしの髪の毛を引っ張った。
『ああっ、』
あたしは、まさかシンさんがあたしの嗜好など知るはずなどないはずなのに、あたしの劣情を煽った。
『ヤッ!』
首を横にイヤイヤとしたけれど、シンさんの目は笑ってはいなかった。
頭にあった手が首筋に降りてくる。ああっ、
あたしは、顎を突き出し、歓喜の声をうわずらせシンさんの指を粘っこく咥えていた。
重たいカメラを片手でもち、あたしの顔を、乱れただらしない顔をジッと見つめながら、いい顔だ。一言だけゆい、シャッターをなんどもなんども切った。
あたしは指を舐めながら、よだれを垂らしながらイヤイヤという言葉とは裏腹にひどく興奮していた。
シンさんは無心にシャッターを切る。あたしはいったいどんなひどい顔をしているのだろう。
シャッター音が止み、あたしはそうっと目をあけた。
ああ! シンさんがあたしの唇に自分の唇を重ねてきた。
あたしは、ひどく驚いた。まさか、こんなことって。けれど、本音は期待をしていたのだと思う。浅はかな女だ。
あたしは彼の首に手を回し彼の唇を割り、舌を差し出す。
彼はベッドの傍らにカメラを優しくおいた。
カメラは優しく扱うのにあたしのあつかいはぞんざいだった。あたしがMだと察した判断。その判断を下す男は大抵Sだ。
あたしの首筋に舌を這わせ、背中を甘噛みし、後ろむきにして、なんども果てさせた。あたしは、彼に従順する。なにをされても泣かない、翻弄されないあたし。男の欲望を一身に享受しそれを枷に生きているあたし。女として生まれてきた以上、死ぬまで裸のあたしを受け止めてもらいたい。ヌードモデルをしている根底の理由は人から求められ認められたいのだ。それはどのような形でも構わない。
たとえ、photographerとモデルだとしても。彼の劣情を煽ったのならばあたしは少なくとも彼に必要とされたのだ。
行為を終えても、シンさんはあたしの身体をそうっとなぜた。先ほどの荒々しさは嘘のような優しく温かい抱擁。あたしはそのまま、丸くなり無防備な顔で、無防備な姿で夢の中に吸い込まれていった。
2日後に撮影された写真が送られてきた。
『う、嘘っ……』
あたしは写真に目を落としながら、何度も、嘘、嘘! と、呟き、写真を何度も見直した。そこにいたあたしは、あたしではないあたしだった。
劣情に満ちた牝の顔をした妖艶で、艶めかしい顔をしたひどく綺麗な女がいた。
あまりに綺麗すぎて、あたしはあたしを見て涙を流した。嘘、嘘……。あたしじゃないよ。これ! まで付け足した。
シンさんはあたしをひどく綺麗に映しだした。
あたしは絶句した。
彼はあたしに魔法をかけたのだ。綺麗になる魔法を。
写真の中のあたしは本当に気持ち良さそうな顔をしている。綺麗すぎて、あたしはあたしに問いかける
ーーおんなでよかったねーー
と。
けれど、シンさんにはもう会いたくないと思った。被写体はphotographerに恋をするとろくなことがないと痛感している。なぜなら彼は毎日突飛に綺麗なモデルを相手にしているのだから。嫉妬に狂うのは目に見えているし、彼は既婚者だ。弊害がありすぎる。傷つくのは目に見えているから。
あたしは、自分が写っているスマホを握りしめ、部屋の扉を開けた。
初夏の風が通り過ぎあたしの頬を優しくなぜてゆく。
シンさんもカメラをこうやって優しくなぜ、優しく扱うんだね。
あたしは顔をもたげ、雲ひとつない水色の空を見上げた。
もう一度写真に目を落とす。
『きれい、本当に』
ふと、シンさんが隣にいるような気がした。
しゃしんのなかのあたし 藤村 綾 @aya1228
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