竜の刻印 ~異世界武芸帖~

@peridon

第1話 異世界の地

 「ここは……どこだ?」


 舗装されていない道に寝そべっている青年。いや、少年。彼のいる場所は見通しいのいい街道。


 「何でこんな事になった?」


 少年は考える。30分前の出来事を。


 「俺は確か……自分の家で……」


 


  

     ~回想~


 彼の名は龍宮アギトたつみやアギト。彼は自身の家でもある道場の真ん中で寝転がっていた。


 「これから、どうしたモンかな?」


 寝返りをうつアギト。顔には不安の色が漂う。

 彼は天涯孤独の高校2年生。何故、天涯孤独なのか?


 2ヶ月前まで彼を養っていた祖父が、病気で亡くなった。祖父は亡くなる直前まで門下生に龍宮流抜刀術を教えていた。20人もいた門下生が今はいない。両親は1年前に交通事故で、この世を去っていた。

 現在、彼は収入がない。多少の貯金はあるが何年ももたないだろう。そうなれば道場を売り飛ばすしかない。そうなる前に、彼はある行動を起こす。


 「それにしても遅いな!」


 その時チャイムの音がする。


 「ピンポーン!」


 「やっと来たか」


 アギトは道場から隣にある自宅に戻り、客を迎える。

 拝むように手を合わせる同年代の少年。


 「わりい、わりい。約束の2時を過ぎちまったな! 父さんも連れて来たぞ!」


 頭を下げる中年の男性。


 「いや~、道が混んでいて、遅くなってしまった。申し訳ない」


 アギトの数少ない友人の1人、山崎良夫が家を訪れていた。そして、もう1人は鑑定士をしている山崎良夫の父親。


 「いえ、こちらこそ忙しいところ無理言ってすいませんでした。どうぞ上がってください」


 アギトは2人にスリッパを出すとリビングに通す。


 「大変だね、まだ学生なのに。けど1人で何もかもこなして、大したもんだ。そこへいくと、うちの良夫は親に頼りっきりで…」


 「仕方ないですよ、自分しかいないですから」


 「あれ、学生服のままだけど、今日は授業があったのかな?」


 「はい。最近、土曜日も授業あるんで」


 慌てる良夫。


 「俺もちゃんと学校行ったからな!」


 軽くスルーする父親。


 「そう言えばアギト君も、お爺さんに抜刀術を仕込まれてたんだよね。かなりの腕前じゃないのかな?」


 「ええ、幼い頃からしごかれました。父が後を継がず会社員になったもんですから。祖父はよく『龍宮流抜刀術・十九代目はアギトじゃ』って言ってましたね」


 「じゃ、自称十九代目かな?」


 「いえ、祖父が死ぬ間際に『免許皆伝を許す』と言ったので、自称ではないです」


 「凄いね、その歳で! じゃあ高校卒業後、道場継ぐのかい?」


 「どうしようか迷ってます」


 雑談が続くので良夫が割って入る。


 「それより父さん、刀を査定に来たんじゃないのか?」


 今回、2人が来たのは祖父が所有していた刀を査定してもらう為だった。龍宮家の家宝だが、生活費を稼ぐ為にはやむを得ない事だった。


 アギト。


 「ちょっと待っててください。2階に保管しているので、すぐに取って来ます」


 上に上がろうとした時、良夫が手招きをする。


 「アギト、空を見ろよ。空が変だぞ!」


 アギトと良夫が一度外に出ると、アギトの家の上空だけがやたら紅かった。


 アギト。


 「なんだ、これは! ウチ以外普通に青いぞ。とりあえず刀を取ってくる。これが済んだらお前の家に行っていいか?」


 「ああ、なんなら泊ってもいいぜ」


 「悪い、助かる」


 アギトは家に戻り2階に上がると、『国切丸 吉光』と書かれてある刀を持ち出し階段を下りる。だが、その途中で階段を踏み外してしまう。そこには暗い空間があった。


 「うおおおぉぉ……!!」


 暗い空間に落ちて行くアギト。遠くから良夫の声がする。


 「アギト、大丈夫かー!?」


 アギトはそれを最後に何も聞こえなくなる。ただ落ちて行く感覚。上を見上げると光が見える。その光は徐々に小さくなる。


 アギト。


 「あそこから落ちたんだな」


 今度は足元を見る。足元にも光が見える。こちらは徐々に大きくなっている。下の光に向かって落下しているようだ。


 目を凝らすと誰かがアギトの方に近づいている。いや、正確に言うとアギトの頭上の光に吸い込まれている様だった。お互いが逆さまの状態で近づくと、足と足がすれ違い顔と顔が交差する。

 その人物はアギトの顔を見て声をかける。


 「やぁ!」


 アギトはその顔を見て驚く。見覚えのある顔。聞き覚えのある声。それは彼自身だった。






     ~異世界の地~


 アギト。


 「そうだ、俺は家にいたんだ」


 アギトは身体を起こすと、全身筋肉痛に襲われる。


 「か、身体が痛い!」


 回りを見回すと既に暗くなっていた。


 「今何時だ、夜なのか?」


 ポケットからスマホを取り出すと昼間の2時30分だ。あれからほとんど時間がたっていない。アギトは念のため今身に付けている物を確認する。スマートフォン。サイフ。学生手帳。足はスリッパ。手には国切丸。


 「……何て、格好だ」


 確認の為、スマートフォンで良夫や他の友人に電話をかける。だが誰も通じない。

 諦(あきら)めるアギト。


 「それにしてもずいぶんと田舎だな。電柱が1本もない。何処かに民家があればいいが」


 仕方がないので歩く事にする。暫(しばら)くすると、遙か前方から赤い煙が立ち昇っているのが見える。その方角からは馬に乗って槍をかざした男が、女性を追いかけているのが見てとれた。距離にすると300mぐらいはあるだろうか。女性の顔がよく見える。


 「俺ってこんなに目が良かったかな?」


 アギトはその女性とは面識はなかった。だが何故かその顔を知っていた。その時、アギトの頭の中で声がする。


 「リリーを、僕の妹を助けてくれ!」


 「……お前、誰だ? なぜ俺の頭に直接、語りかけてくる?」


 返事がない。頭を軽く叩くアギト。


 「どう言う事だ? それよりも彼女を助けなくては」


 アギトはスリッパを脱ぐと裸足で駆け出していた。


 「なんだ? 体か軽い。足も速い。今までこんなに軽やかに地面を蹴った事がないぞ!」


 アギトの方に向かって駆け寄って来る女性。

 その女性はアギトの顔を見て叫ぶ。


 「兄様、助けてーー!!」


 「今、助ける! 待ってろリリーー!!」


 彼女の名を叫びながら国切丸を腰に差し、抜刀の構えをとるアギト。彼女が横切る瞬間、腰をきりながら抜刀する。刀は青い閃光を放ちながら逆袈裟懸(ぎゃくけさが)け(腹から肩口に向かって斬り上げる技)で人馬ごと斬り伏せる。近くに男と馬の死骸が転がる。


 納刀(のうとう)すると自分の手が震えているのに気が付くアギト。

は、初めて人を斬った。人を助ける為とは言え。


 胃の中のモノが逆流する。それを飲み込むアギト。そして死骸を見つめながらさっきの光景を思い出す。


 さっきのは何だったんだ? 敵を斬る瞬間、相手の動きがゆっくり見えた。あれは一体……それより彼女が心配だ。


 アギトは仏になった屍に手を合わせると、後ろにいる女性に声をかけるアギト。


 「怪我はないか、リリー?」


 「はい、兄様!」


 何故だ? 俺は彼女の名前と顔を知っている。彼女の名はリリー・ブーリン。身長は俺より10㎝ぐらい低い165㎝。セミロングよりやや長い金髪。整った顔。大きい緑色のタレ目。白い肌。くすんだ赤いワンピースからこぼれ落ちそうな胸。年齢は俺より2つ下の15才。記憶が正しいなら俺の妹だ。


 「兄様、村に盗賊が現れて父様や母様が襲われています。む、村の人達も! すぐに助けに行かないと」


 「何人ぐらい盗賊がいた? 大雑把でいい。あと父さんも母さんも元王国の騎士だ。早々にやられはしない」


 俺は何を言ってるんだ? 俺の両親は1年前の交通事故で亡くしたのに。


 アギトの頭の中に知らない情報が流れ込んでくる。混乱するアギト。それでも彼女を落ち着かせようと気を配るアギト。そこへ彼女が来た方向から馬に乗った、別の女性がやって来る。馬をもう1頭連れて。


 馬に乗った女性。


 「ダメよ、行ってわ!」


 「まだ間に合うかも知れないだろう?」


 この女性の顔にも見覚えがある。名はジーナ・ラッセル、19才。ここより3キロ離れたコーカス村の住人だ。腰まである金髪のロングへア。碧い目。整った顔。はっきり言ってかなりの美人。そしてリリーを遙かに凌ぐ胸の持ち主。

 白いシャツの上にはデニムのベスト、下はボトム。足もとは茶色のロングブーツと言うスタイルだ。幼い頃、リリーの面倒を看てくれていた隣村のお姉さん……まただ。頭の中に情報が流れ込んでくる。


 ジーナ。


 「様子を見てきたけど、盗賊の数は40人ぐらいいるわ。2人で行ってもかえって殺されに行くみたいなもの。ここは一度私の村まで来て。そこで対策をねらないと」


 冷静さを欠くリリーナ。


 「それじゃ遅すぎます! 急いで助けに行かないと!」


 「落ち着いてリリーちゃん。今行くと貴女やアル君も危ないわ。ハッキリ言って、もう手遅れよ。貴女達まで危険な目に合わせられないわ。私の村なら距離もあるし、砦みたいな所だから安心よ。私は貴女達だけでも守りたいの。お願いだから言う事を聞いて!」


 「でも、でも、今助けに行かないと一生悔やむ事になります!」


 「殺されたら悔やむ事も出来ないわよ」


 「それでも今行かないと。兄様、早く、早く助けに行きましょう!!」


 ジーナの腕を振りほどき、走り出そうとするリリー。


 「落ち着きなさい、リリーちゃん!!」


 取り乱すリリーの頬を打つジーナ。


 「私はね、リリーちゃんのご両親から万が一の時は貴女達を助けて欲しいと頼まれていたの。こうなった時の為に! もし貴女やアル君も死んでしまったら、本当にご両親は悲しむわよ」


 「兄様」


 彼女はアギトの目を見つめながら、どうしたらいいのかアギトに訴えかけて来た。

 決断するアギト。


 「ここはジーナさんの意見に従おう」


 リリーは涙を流しながら、うなずく。


 アギト。

 今気が付いたが俺の名前はアギトではなく、アルなのか? 何がどうなってるんだ? まず自分自身が分からない。


 アギトが考え込んでいると、ジーナが寄って来て話かける。


 「聞きたい事は色々あるでしょうけど、詳しい事は私の村に着いてからね。リリーちゃんは私の後ろに乗って。アル君はこの馬を使って」


 躊躇(ちゅうちょ)するアギト。


 「俺、生まれて1度も馬に乗った事がないんだが」


 「「え?」」


 「ウソよ! 兄様は馬に乗って遠乗りするの好きじゃないですか? あれ? 兄様、着ている服が違う。それに赤い髪が真っ黒に…貴方、誰?」


 ジーナ。


 「そこらへんの事情は村に着いてからよ。とりあえず馬に乗って」


 アギトは恐る恐る乗ってみた。


 随分と高い。けど懐かしい感じがする。何とか乗れそうだ。


 「大丈夫、いけそうだ」


 「じゃあ、私の村コーカス村に行くわよ」


 アギトは馬にまたがると、ジーナの後を追った。

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