こすってる彼女(タイトル仮)
三叉霧流
第1話 変態な僕
僕は変態だ。
性欲というのは、時に自分自身でさえも信じられない行動を起こしてしまうものだと思う。なぜなら人間は生存本能を持っていて、その生存本能が人格を超えて人を突き動かすからだ。
その性欲という本能は、まるで中国の江河やアマゾン川のように巨大なリビドーの川で、人はその川の濁流に呑み込まれて理性を押し流されてしまう。その川は、人それぞれによって川の形が違い、色々な方向に川が分岐して様々なフェティズムに流れ込む。ある人は胸、ある人はお尻、ある人は脚。そういった常識的な主流と無数の個性的な分流に別れて人はバランスを取っている。
だけど、変態は別だと思う。
変態にとってその流れは、他の人とは異なった一方向にだけ異常な水量を鉄砲水のごとく迸らせる。その誤った方向への激流は人の理性や人格ではなすすべがない。もしそれが社会に著しく反した場合、人は変態のレッテルを貼られて爪弾きにされるのだ。
そして変態はそれに苦悩する。
自分の川の流れが他とは違うために、なんとか川の流れを変えようと躍起にはなるが、膨大な水量を湛えた川だけにその工事は一向に進まない。変態から脱出した偉人がいるとするなら、それはとんでもない膨大な時間を掛けた工事だろう。それこそ人の手で大陸を削り、運河を作り上げた偉業だ。
そんな僕もまたその苦悩している変態の一人。
最近では諦めもつき、社会との折り合いを付けて人知れずそのリビドーを、子供が布団の中で隠れて食べるチョコレートのごとくちまちまと楽しんでいた。誰にも見つからず誰にも批判されないように社会から隠れて平穏な変態生活を楽しんでいるのだ。
それこそが
僕には好きな人がいる。
それはまさに一目惚れと言ってもいい。
高校の入学式で一目見たとき、僕の心臓は早鐘のごとく鳴り響き、心臓がばくばくと耳元で五月蠅かった。心臓はさっそく熱い血潮のリビドーを掻き立たせて、逆巻く激流を理性の防波堤に衝突して、僕という人間が押し流されそうになった。フラフラと彼女の元へ歩きそうになるのを堪えるので精一杯。
彼女の名前は、
高校二年生である僕と同じクラスの女生徒だ。
変態だが分厚い防波堤を築き上げた僕は、見ているだけで満足する方法を会得していた。話しかけるような勇気は持ち合わせていないし、もし、話しかけるようになったら自分自身が何をしでかすかわからなかった。自分を抑える意味で彼女を遠くから見守る。それが僕に残された唯一の選択肢。いわゆる変態の義務という奴だろう。最近の変態も社会での自分の地位を確立しなければ淘汰されてしまう。生き残るためには社会との迎合が必要だ。
それに僕の思い人は、学校という小さな社会に守られていた。
黒木さんは、クラスでもとても人気がある。清楚で深窓のお嬢様のような彼女には、ちょっと派手めなクラスメイト達も特別扱いして、彼女の前だけは行儀のいい子犬のようになるのだ。そんな子犬たち、僕にとっては番犬たちに守られて、彼女はこの小さな社会の頂点に立つ、常識の王侯貴族。
それを正しく自覚していても、高校二年生で初めて同じクラスになったときは僕の心は有頂天になり、目が離せなかった。しかしジロジロと遠慮のない目で視姦するような下品な変態ではない。
何気なくを装って、教室の窓ガラスを見つめるだけだ。
教室の窓ガラスというものは実に役に立つ。片思いをする奥手な男子高校生の必須アイテムと言っても過言ではない。人知れず恋心を抱いた男子高校生。彼は同室の好きなあの子をため息と共に、窓ガラス越しにゆっくりと自分の恋心を堪能する。もしまかり間違って、窓の向こうにいるあの子と目が合うことがあれば、恥ずかしさのあまり顔を伏せること間違いなし。だが次の瞬間には、「実は俺に気があるんじゃね?」でニヤニヤ美味しくご飯が食べられる。そういうものだ。
というわけで僕はことある毎に、物憂げな表情で窓の外を見て考え事をしている振り。特に梅雨の時期は窓に映り込んだ黒木さんの素晴らしい姿がよく見える。雨や曇り空の下で登校する日は、僕にとって小さなガッツポーズを作って喜ぶべき吉日なのだ。
その喜びを密かに楽しんでいたあるとき、あの事件が起こった。その事件がどれだけ僕の心を打ち砕いたかは語ることが出来ない。強いて言うならば、世界が崩壊したに等しい。僕の穏やかで平和な世界は一瞬に打ち砕かれ、脆い窓ガラスのように粉々になった。
だからこそ僕は立ち上がらなければならなかったのだ。
僕の世界、いやこの世界の宝をなんとか取り戻すため僕は燦然と立ち上がり、銀行の通帳を握りしめ、電車を何本も乗り継ぎ、人混みの中を闊歩し、巨大な百貨店へ殴り込みに行った。
自分でも良くこんな行動力があったなと感心してしまう。だがその時の僕には世界を救う、その一点でなりふり構わず行動していた。
最初に話を戻すと、やっぱり僕はどうしようもない変態だと言うことだ。
自分が社会との折り合いを付けたニュージェネレーションの変態だと心静かに満足していたことなんてあっさり捨ててしまうような旧世代の変態。
それが僕、
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