暗号化記号
とりをとこ
棘刺(とげとげ)
小さい頃からトゲトゲしたものが嫌いだった。
僕の親は服を売って生活をするひとで、僕が着る服はほとんどお母さんがデザインし、お父さんが作ったのはどれもこの世に一着しかない服で、それに袖を通して遊びに行ったり、好きな女の子の元に行ったりもした。
ある日のこと。
「いたーい、あしがいたいのー」
泣きじゃくる小さい僕がいた。
森の中でたった一人で泣きじゃくっていた。
「うえーん」
親が作った服はとても好きだった。
どうして好きなのかは判らない、説明の仕方は分からなかった。だけれどなんだか温かい気持ちになってしまうのだ。
この日の僕は新しく作ってもらった服を着て、とても楽しい感情を持って裏山の森にやってきていたのだった。
しかし。
新しいこの服にはまだ待ち針が残っていて、それが僕の足を突き刺していたのだ。
これはきっと、早く新しい服を着たくて駄々をこねた所為で服を作る仕事が少し疎かになってしまったからだろう。
いまの僕は親にいじめられていると思っていた。
「いたい、いたいよぉ、おかあさん」
僕をいじめるためにこんな事をしたの?
足が痛くて動けなかった。
でも、この痛みを助けてくれるのはおかあさんしかいない。
お母さん離れは出来ていなかった僕は必死に森の中で助けを呼び続けた。
大きな声を。いままで出したこともないとても大きな声を叫んだが、帰ってくるのは母の声でなくやまびこだけだった。
そんな時。
「きみ、どうしたの?」
僕の目の前に一人の女性が立っていた。
「あらあら血が出てる。何かが刺さっているのね、ちょっと痛むけれどコレ、抜いちゃうわね」
待ち針が抜ける痛みは無かった。
僕の住む村はとても田舎だ、これくらいの年齢の、まさにお姉さんという感じの女性が皆無に等しいこの村ではこのシチュエーションが成立するのはほぼ皆無であり、この女性に見惚れていたのだ。見惚れていて、痛みを感じなかった。
「はい、これでだいじょうぶ!」
髪は金髪でポニーテール。元気な感じだ。
それと良く似合うデニム生地のオーバーオールを着ていてカジュアルな女神様という表現がしっくりきた。
「僕はここで何をしてたの?遊んでたのかな?お友達は?」
質問の嵐がやってきた。
「ご両親は?早く教えなきゃね!」
次々と飛んでくる。
「あ、そうだ、きみの名前は?」
この質問なら答えられた。
名前を伝えると女性はこう答えた。
「ちょうど良かったわ、あなたの家に今日お邪魔しようと思っていたの」
彼女は画家だった。
「あなたのご両親はとても有名な服飾デザイナーと制作者なのよ、そして私は画家。ある日を境にあなたのご両親は業界から姿を消し、私はその姿を探した。私はねあなたのご両親の元でそのセンスを盗もうと修行をしていたの、その甲斐あってか来年私に個展を開くチャンスがやってきたのよ」
僕の親が有名な人だという事をいま初めて知った。僕が褒められている気にもなった。少し高揚感を得た。
「あなたのお母さんの想像力は美しくて、あなたのお父さんのその作業はとても逞しかったの」
「そうなんだ」
「私は二人のあの作業をもう一度、観たいし、聴きたいし、感じたい、デザインをしてそれを実行する一連の作業がとても芸術的なの。だから今ここまでやってきた。私はそれをキャンパスの上で絵として表現したいのよ」
彼女のその表現欲の語りを聴いていて僕はわくわくしていた。
今までの僕は作ってもらった服にのみ喜びを感じていた。だが、今の僕はこれが、この服ができるまでの過程が気になっていた。待ち針の痛みは上書きされて頭から消え失せてた。
「ぼくがあんないするよ」
僕はその過程がとても気になっていた。
家の地下には入るなと言われていた。
とてもとても怖い悪魔がそこに隠れているからだそうだ。
僕はその地下への階段をゆっくりと降りていく。少し足が竦む。だけれど、好奇心という麻酔が恐怖の感覚を麻痺させて歩を進ませた。
僕の小さな、子供の足。
前には先導としてお父さんとお母さんがいて、僕がそのあとをついていく。後ろにはポニーテールを左右に揺らしながら降りてくる画家のお姉さんがいた。
僕がお姉さんを連れて家に帰ると僕の親は目を見開いて驚いていた。
お父さんは「よくこんな田舎まできたね」と暖かく迎え、お母さんは「社会から逃げてきたというのに、見つかっちゃったわね」とおどけてみせた。
画家のお姉さんが先程森で僕に語った表現欲の話をリピート再生する。
お父さんは深く唸り、お母さんに決断を迫っているようだった。
お母さんは少しの沈黙のあとゆっくりと口を開く。
「そろそろ、最高傑作を作ろうと思っていたの、丁度いいわ。私たち夫婦って結婚式も挙げてないし、しっかりとした写真も撮ったことがないのよ、だから私たちの作業を絵にして残して欲しいわ、記念にね」
画家のお姉さんはにこりと笑った。
僕は製作するところを観たいから、親にお願いをしようと思っていた。だけれどお願いをする前に、「おまえも来なさい」とお父さんに言われていとも簡単にその工程を観れることとなった。
階段を降りる。
こつこつと。
そして地下へと辿り着いた。
「痛いよぉ...痛い」
指の腹に針が突き刺されている。これで十本か、それ以上か。
指の皮に針の先があてがわれると皮が張る。
そこにさらに力が加わるとプスッと音がするかのように皮に穴が開かれ、鮮血があふれだす。痛い。僕にはとてつもない痛みだった。
指だけではない、いろんな場所を突き刺されて鮮血があふれだしている。
椅子に拘束されている。
腕は後ろで組まれて縛られている。
足は椅子の脚にぐるぐると縄で縛られている。
「ぼ、ぼくにっ!なんでこんなことをするの!?」
あらゆる部位にぶすぶすと小さな穴が開いた僕が聞く。
「おまえを服にするためさ、人間の皮で作り上げた服など、素晴らしいだろう?」
そう、僕に語るのはお父さんだった。
「お父さん、お父さん、お父さん、、やめてよ!」
肉までには到達しない、ただ皮のみを突き刺す。
地下に降りなければよかったんだ。
後悔するがもう遅い。
「おまえが今まで来ていた服も、都会の女の子の皮で作ったんだぞ、良い着心地だったろう?」
やめてよ。
「本当にお母さんは天才だ、こんなに美しいものを思いつくなんて、お父さんは幸せだよ」
「うそだ、ぼくをこんなにして、しあわせなわけがない!」
「いいや、おまえをこんなにできて俺は幸せさ」
救いを画家のお姉さんに求める。
「...」
しかし、彼女はこのおぞましい光景に恍惚の表情を浮かべて、まるで水族館の海月を観るような目で僕を観る。
「やだよ!やだ!やだ!助けてよ!お姉さん!」
彼女は黙ってスケッチをするだけだった。
ぶすぶす。
ぶすぶす。
「さぁ、ここからが本番だ」
お父さんが言う。
ビリィ!ビリリリリリィ!
僕の皮が剥がされていく音だった。
森の奥底に老夫婦が営む服屋がある。
僕はそこに並べられていた。
制作から何年も経ったというのに色落ちせず、不思議な魅力を持つ服。それが僕だった。
老婆が言う。
「この美しき傑作を着こなせる人は今までこの店に来やしない。着こなせぬ者は皆、殺すしかないのよ」
その夫が優しく抱きしめた。
「俺たちの美しき
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