チョコレートの包み紙ひとつ
ハルスカ
チョコレートの包み紙ひとつ
テーブルの上にチョコレートの包み紙が2つある。
空っぽになったチョコレートの一番外側。
触れてみるとかさかさと音を立てた。わずかに残るチョコの甘い香りがふんわりと僕の鼻腔をくすぐる。
僕と奈緒は家が隣同士だったため、小さい頃からよく家族ぐるみで付き合いをしていた。
いわゆる幼馴染みという奴なんだろう。お互いそれ以上に意識したりはしない。
ただ同じ学校に通うのに、わざわざ別々に行くのもおかしい。それだけの気持ちで小学校の時から一緒に登下校をしていた。
ただ、周りが放って置かない。
体の成長も進み、男であること女であることを意識しはじめる年頃だ。
なんとなく教室ですれ違うときに、肩がぶつかってしまうくらいで謝るときに声がうわずってしまうような空間で、放課後に二人で一緒に帰るというのはそれだけで話題にもなる。
しかし奈緒の方はとりたてて気にした様子もみせなかったので、僕もそれにならって周りの声は聞こえないふりをした。
クラスが違ったので授業が先に終わった方が、下駄箱の前で相手を待つ。
今日は僕が待っていた。奈緒が来て靴を履いたのを見計らってゆっくり歩きだす。
「寒いね。」
奈緒はしっかりと首に巻いたモスグリーンのマフラーで鼻を隠す。
「そうだな。」
もっとうまい返しがあった気もする。言葉にのせた息だけが白く漂った。
「わたしね、願書は仙南に出したよ。」
中3の2月、進路を決めなくてはならない時期だった。
学区で通う学校が指定される義務教育は終わり、高校からは途端に自分で歩く道を決めろと手を離される。
「洸ちゃんは飯坂中央だよね。」
建築士を目指す奈緒は電車で2時間の、理系が強い私立高校を受験する。
僕は偏差値もそこそこの家から近い公立普通科高校。
お互いに何も言わなかったが、同じことを考えていたと思う。
こうやって二人で時間を過ごすのは今だけだ。
僕たちの関係は辞書でひいたってどの言葉も当てはまらない。中学を卒業して高校が違えば、毎朝眠そうな目を擦る奈緒の顔をみることも、帰り道ポケットに手を突っ込んだまま歩いて転びそうになる奈緒を支えることもなくなる。
成長すればお気に入りだった服でも着られなくなるように、自然に大切なものが消えていく。
こうやって歩調を合わせることもなくなるんだな。
「ーーー洸ちゃんってば、聞いてる?」
いつの間にかもう家の前まで来ていた。ふと、寒さに肩をすくませる。
「やっぱり忘れてるでしょ、今日がバレンタインだってこと。」
忘れていたわけではない。ただ、奈緒からその話題がでたことは今まで一度もなかったので、今年も何も無いものだと思っていた。
「くれるの?」
「うん、今年は特別」
奈緒からチョコを貰えるんだから嬉しいはずなに、寂しさもあった。今年は特別、か。
「ごめんね、勉強で忙しくて手作りは無理だったんだけど...」
そう言って紙袋をおずおずと差し出す両手は寒さで赤くなっていた。
「チョコレートってこんなに甘くて美味しいのに、見た目はなんだか地味よね。」
いつだったか、奈緒の言葉を思い出す。
たったいま口に放り込んだチョコレートをゆっくりと舌の上で溶かしながら、チョコレートの包み紙を両手で丁寧に広げる。
「だからわたしね、包み紙もチョコレートの一部だと思ってるの。」
ほんの少し前まで優しくチョコを包んでいた銀紙は、折り目に光が反射していっそうキラキラと輝いていた。
奈緒がくれたチョコレートは15㎝四方の薄い緑の箱に入っていた。縦と横に3つずつ仕切られた内側に、色とりどりの包み紙が行儀よく収まっている姿に思わず目を細めた。
一番左端の包みをとって、人指し指と親指で銀紙をめくる。口に放るとふわっとチョコレートの香りがした。やがてほろほろと溶けて無くなったあとも、舌にはしばらくその甘さが残り続けた。
***
キッチンから足音がして、僕がいるリビングまで来る。足音の主はテーブルにある包み紙を見つけて僕を非難する。
「もう、洸ちゃんチョコレート2つも食べちゃったの?」
わたしもこれ食べたかったのに~、全然怒った様子もなく両手で綺麗に包み紙を広げる。
僕たちはお互いに第一志望の高校に合格して、一度は別々の道を進んだ。
でも奈緒は絶対に夢を叶えるだろうと思っていたから、僕はひとつ賭けをした。建築科のある大学を受験して、もう一度奈緒と同じ道を歩きたいと思い、そして僕は賭けに勝った。
キャンパス内で再会した僕たちは、また自然と二人で歩調を合わせるようになった。
「奈緒が好きなやつは残しといたよ」
「あ、本当だ。これが一番すき」
キラキラと光る緑の包み紙を開けて、舌の上にチョコを転がす。
「ん、おいしい」
僕の大切な人の顔がチョコレートのように甘くほどけた。
チョコレートの包み紙ひとつ ハルスカ @afm41x
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