三分

 お湯を入れて箸を用意して机に並べる。


 ここからの三分は、いつもながら平時の三分ではない。ネットをしていても漫画を読んでいてもアニメを観ていてもゲームをしていても、三分などという時間は存在しないに等しいものだ。


 だが、よく考えてみろ。仮に毎秒一メートルのペースで歩いたとしたら百八十メートル、軽く走ったとしたら五百メートルは行けるだろう。一番近いコンビニまでなら、何とか往復できるだけの距離になる。もし俺が自家用ジェットなんか持っているほどの金持ちだったとしたら、マッハで飛んだとして――えーと時速千二百キロくらいだったか、その二十分の一だから六十キロ、東京なら横断できるくらいの距離になるほどだ。いやまぁ、そんなことを考えたところで俺は自家用ジェットなんか持っていないし、コンビニへ行くとしてもタイムアタックなんて面倒臭いことをするつもりもない。もっとこう有意義というか、実際役に立つ使い方はないものだろうか。


 とはいえ実のある何か……三分で金を稼ぐというのは難しいだろう。元手があれば投資なり何なりやりようはあるだろうが。三分で勉強ってのもなぁ。暗記だけなら何とかなるが、それは勉強とも言えないだろうし、そもそもつまらん。なら、三分で彼女を作るというのはどうだろうか。これは有意義かもしれん。この先異性と話をする機会があったとして、その時間は無限に与えられるワケじゃない。限られた時間の中で、如何に自分という存在をより良くアピールできるかが問題となる。三分という時間の中でシミュレートしてみるのも、悪くない試みだろう。


 まずは自己紹介だ。その場で面白いことを言って受けたとしても、名前も憶えてもらえないようでは後に続かないからな。そして経歴、ここはアッサリ済ませるべきだろう。女は重視したがるだろうが、ここに時間を取られたら質問攻めで終わってしまう。相手にペースを握らせないためにも、ここは十秒で片をつけるべきだ。そして話題、ここがメインディッシュになる。政治とか経済とか科学とか、俺的にはなかなか興味を引かれるような話題では食いつかない。芸能か食べ物かファッション、このいずれかで攻めるべきだろう。とはいえ芸能関係には疎いしファッションには興味がない。そうなると食い物くらいだな。そこにユーモアのセンスとかを織り交ぜて、相手を誉めるような言葉を追加していけばそれなりのトークになるハズだ。ただ、これだけじゃ相手を楽しませているだけで俺という人物をアピールするという目的とは合致しない。それとなく趣味を主張しつつ、相手の性格や人となりを許容する寛容さを見せるべきだろう。つまり、こんな感じだ。


 オッス、オラ悟空じゃなくてヒロシ。高校を卒業してからは警備員一筋さ。こう見えて甘いものには目がなくてねぇ。ケーキだったらイチゴショートからブッシュドノエルまで何でもいける口さ。何ならイチゴショートの美味しい店で一期一会してみないかい? 何つって。もちろんラーメンとか庶民的な食べ物も好きだよ。味はしょうゆが好みだね。もちろん、君がとんこつみたいに脂ぎっていても全然オーケーさ。ラーメンも人間も個性の時代だからね、しょーゆーことさ。何つって。でも正直言うと、あまり外食は好きじゃないんだ。家庭料理が一番落ち着くし、やっぱり飽きないよね。君はどんな料理が得意だい? あぁ大丈夫。腐女子は料理できないだろとか思ってないから。うん、目玉焼きは美味しいよね。僕も大好物さ。毎日食べても平気だね。でも君の得意料理と僕の好物が一緒だなんて、こりゃタマゴたね。何つって。そういえばポッキーなんだけど、あれって英語だと――


 駄目だ。駄目すぎる。俺が女なら、間違いなくグーで殴ってるところだ。我ながら言葉選びというか会話の方向性にセンスというものがない。このまま続けたところで、三分で如何に効率良く嫌われるかの模範解答になるのがオチだろう。


 そもそもだ。三分で女一人を落としたところで何になる。三分というのはその程度の価値しかないのか。もっと有意義で、人として誇れる使い方があるのではあるまいか。かのウル○ラマンなど、その三分で世界を救ってみせるのだ。もっと夢のあることに使うべきではないのだろうか。例えばそう――


 ピピピピピピッピピピピピピッピピピピピピッ。


 キッチンタイマーが三分の経過を伝えてくる。俺は思考を止め、箸を手に取ってカップラーメンの蓋へと指をかけた。


 出来ることと為すことの間には、越えられない壁を挟んで天と地ほどの隔たりがある。俺が何を思ったところで、考えたところで、仮に有意義な発想に至ったところで、そこに大きな意味はない。


 はふはふと冷ました麺をすすりつつ、俺は納得する。




 自分がニートをやっている、その理由を。

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